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「今日もコピーが書けません」第1話:皆殺し

あらすじ
コピーライターとして働くPの仕事奮闘記を、①若手時代②営業時代③CD時代④学生時代⑤独立時代の5話に分けて構成。はやくコピーが書きたいのに、なぜか遠回りばかりしてしまう。でも、その遠回りがないと、コピーというものは書けないのかもしれません。

第2話 https://note.com/door13/n/n908a7160f7ad
第3話 https://note.com/door13/n/nf80ec4027b59
第4話 https://note.com/door13/n/n1b6100eddd8d
第5話 https://note.com/door13/n/n263a37aebf5d


2014年、それは、
・集団的自衛権の行使が容認される
・STAP細胞論文に捏造が発覚する
・「アナと雪の女王」大ヒット
の年。これは、広告業界に働き方改革の波が押し寄せる、ほんの少し前の物語である。

「明日ですか?」

Pは耳を疑った。クリエイティブディレクターのYは顔色ひとつ変えずに言う。「クライアントがそう言ってんだよ」「でも、今からじゃ」「しょうがねえだろ、もう時間ないんだ。いいか、これはチャンスだぞ。今どき新聞広告をやろうなんてクライアントはいない。コピーライター冥利に尽きるだろ。Tもやる気だから、声かけとけよ。」

Pは、中堅の広告代理店でコピーライターをしている。Tとは今回の企画を出したアートディレクターのことだ。デジタル全盛の時代に新聞広告という大きな媒体に自分のデザインが載ることはひとつの名誉と言える。しかし、今日までに何度提案してもクライアントのOKは出ていなかった。

クリエイティブディレクターのYもすっかり匙を投げたような顔で「あとはTとお前に任せる。海外の広告クリエイターは昔からアートディレクターとコピーライターの2人体制で広告をつくってたんだ。そのやり方でやってみろ。」と言って、別の会議室に消えていった。広告制作の仕事は常に複数並行して抱えていることが多い。広告代理店の中で売れっ子になるほど、ひとつの仕事にかかりっきりにはなれないのだ。

今回の新聞広告のクライアントはお菓子会社。人気の男性アイドルを起用した広告シリーズは第一弾があたり商品のチョコ菓子は売れた。今回はその第二弾というわけだ。ただし、Pは第一弾に関わってはいなかった。第一弾が終わったところで、お菓子チームから前任のコピーライターが離脱した。どうやら精神的に限界だったらしい。

クライアントは広告にうるさく、なかなかOKを出さない。クリエイティブディレクターはあまり具体的な指示を出すタイプではなく、「もっとこう…ガツンとインパクトが欲しいな」「こう、グーニーズのようなワクワク感でいきたい」「ミッションインポッシブルのようなスマートさも欲しいな」などと、感覚的な指示を出すタイプで、真面目に考えすぎるタイプの部下は病んでしまうのだ。そこで、チャランポランだが、体力と根性だけはあるPがチームに加わることとなったのだ。

「Pくん、俺この仕事めっちゃ気合い入ってんねんか」アートディレクターのTさんは言う。この仕事は、というより、Tさんはすべての仕事に気合いが入っている。「今回のテーマはな、『皆殺し』でいこかなと思てんねん」「お菓子の広告ですよ」「精神的にやん」

こんな調子で目が血走っているので、明日までの提出、と聞くとTさんはむしろ喜んでしまうのだ。「戦場やな」といい微笑んでいる始末だ。

「今回の撮影は大御所のカメラマンにお願いしてバッキバキにかっこええやつにするから、ハンパなコピー書いたら…」「書いたら?」「殺すで」「人事部案件です、Tさん」「それくらいの気合いで頼むわ、今夜はずっと作業してるから、できたら言うて。」そう言ってAKGのヘッドホンをしてMacに向かい始めた。もう何も聴こえていない。今夜も長くなりそうだ….。

夜22時。他の作業や会議など、もろもろを終え、ようやくデスクに戻ってきた。チョコ菓子のコピーを書くにあたり、とりあえず食べてみないとな、と口に一つほうりこむ。甘さひかえめのチョコと、サクサクしたクッキーの食感。ふつうにうまい。が、今思ったそのまんまの言葉しか浮かばない。「チョコとサクサク、ふつうにうまい」「0点やな」Tさんがいつのまにか後ろに立っている。「これだとダメですか」「半殺しやな」「勘弁してください」

買い換えたばかりのiPhone5が鳴る。Pの恋人Aからだ。廊下に出て電話に出る「もしもし」「話せる?仕事中??」「仕事中だけど、まあ話せるよ」「毎晩本当に遅いよね」「まあね、明日までのやつがあって」「本当に?」「なんで嘘つくんだよ」「ちょっと話したいことがあって」「10分くらいなら」「妹がなんか転職したいっぽくてさ」「え?あのお得なクーポンならなんでも集めてる妹さん?」「そう、いちばんお得なクレカのことを知り尽くしてる妹なんだけど、広告業界に興味があるらしいの」「そりゃ大変だ」「Pの職場は大変なんでしょ?」「ご覧の通り、というか、時期と部署によっては帰れない日もあるね。それで病んじゃう人もいるし」「大丈夫かな…なんかアドバイスというか、できることないかな、と思って。」「う〜ん、やる気さえあれば大丈夫じゃないかな」「なに?冷たくない?」「いや、どの職種が希望かもわからないし」「とにかく何かヒントあったら教えてよ」「わかった」「明日の夜は空いてる?」「明日にならないと分かんない」「じゃあまた連絡して」「わかった、またね」時計の針は30分以上進んでいた。コピーは、まだ1本もできていない。

24時。気分転換にオフィスの外のコンビニに飲み物と夜食を買いに来た。そこには同期のMがいた。眼鏡とアイロンの効いたシャツがスマートである。マーケティング部で働いており、市場調査やターゲットへのインタビューなどを担当し、ロジカルな企画書を書く。まさにブレーンのような業務だ。あまり冗談が通じない奴だが、周りが奇人ばかりのPにとって、Mの真面目さは嫌いじゃなかった。「残業?」「もはや残業の概念は消えてしまったよ」ストレスを軽減させるチョコを手に取りながらMは応える「忙しいの?今夜は?」「まあ、あと2時間ってとこかな、そっちは?」「全然見えない。神様待ち」「同じ会社とは思えないスピリチュアルな意見だね。」「なあ、もしこの業界に転職したいって人がいたらなんて言う?」「地獄にようこそ。天国になるかどうかは君次第です。じゃまた。」どっちがコピーライターなんだよ。アロハシャツに髭だらけのこちらと比べて、Mは、なんて社会人としてきちんとしてるんだろう。だけど、そんな奴とも同じチームで働けるのがこの仕事の楽しさでもある。そんなことを妹さんに伝えればいいのかな、なんて思った。

深夜2時。なんとかひねりだしたコピーは、商品のことだけじゃなく、デジタル時代のことを踏まえてアナログな魅力を言葉にした。「ええやん」TさんのOKが出る。ほっとして椅子にもたれかかる。これでやっと帰れる。「これをA案として、あと2案くらい出したいな。」耳を疑った。「え?」「明日決めないと完全に時間切れや。ここは無理してでも3案くらいは持っていって選ばせたいんや」広告代理店のつらい習性である。これまで世に出なかったB案、C案の屍が代理店の倉庫には眠っているとか。

深夜3時。Aからのラインが溜まっていた。「妹にいろいろ教えてあげたほうがいいのか、自分で調べるようにほっておいたほうがいいのかわからない。やさしさってむずかしいね。」という内容を500字くらいの分量で送られてきている。うかつな返事もできないし、返信は明日のプレゼンが終わってからだな。なんて思っていたけど、何か引っかかる言葉があった。「やさしさって、むずかしい。」

昨今のお菓子は健康志向が強く、糖分控えめ、食物繊維入り、ストレス軽減などのものが売れるという。かたや、デカ盛り、悪魔の味、など話題性を先行したものも流行ではある。しかし、今回担当する商品は昔ながらのチョコ菓子であり、機能も話題性もない。でも、変わらない味を守り、人生の岐路に立つ人にも、ほっとする味を提供できることが、いちばんのやさしさなんじゃないか。そんなことを考え、そのまんまコピーにしてみた。そして、もともと考えていた商品のサクサク感を伝えるコピーと合わせて3案。Tさんも納得してレイアウトし、新聞の原寸大に出力してプレゼンできる資料が出来上がった時、オフィスの東側から太陽が輝いていた。

着替えて風呂に入るためだけに帰宅し、午前のうちにクライアントの宣伝担当Sさんの元へ向かう。なんでも別の撮影中らしいので、スタジオに向かい、競合代理店もいる中、担当の元に辿り着く。他社の現場にお邪魔する形でなんだか気まずい。「悪いね、時間なくて。」撮影スタジオの隅にある別室で、新聞広告案を拡げる。Tさん渾身のビジュアルはバッチリである。

「カッコいいね〜、コピーはどうなの?」汗をかきながら、A案、B案、C案と説明する。やさしさをテーマにしたコピーはC案だ。気に入ってはいるが、おそらく商品のことをしっかりと語っているA案かB案に決まるのではないかと思っていた。じっくり目を通した後、Sさんはにこっと微笑んで言った。「コピーライターとして、君はどの案がいいと思う?」背筋に緊張が走るが、ふっと息をついて、ただ本音を言った。「C案がいいと思います。いちばん読む人の気持ちに寄り添っていると思います」「わかった。それでいこう。ご苦労様。」PとTは目を合わせて喜び、Sさんに言った「ありがとうございます!」

帰り道、PとTのどちらも眠気はなく、電車の中で声を小さくして話した。「こっちに決めさせてくれるとはな」「なんかカッコよかったですね。ああいうクライアントって珍しい気がします」「ここまでP君ががんばるとは思ってなかったわ」「殺すって言ってたじゃないですか」「前のコピーライターはそういうのについてこれへんかった。俺はやり方変えられへんから、最初から強めにいって、できるかどうか試してたんや」「合格ってことですか?」「まあ、クライアントも厳しいから、これからの働き次第やな」「厳しいな〜」

AからのLINEがまた鳴り響いた。やばい、そろそろ返信しないといけないけど、こっちのコピーはまったく浮かばない。しょうがなく、なんか曖昧な表情のワニのスタンプでごまかす。寝る前に、こっちのコピーも書かないと。そう考えた途端、強烈な眠気に襲われる。車窓からは、春の日差しが差し込んでいた。

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