見出し画像

「今日もコピーが書けません」第3話:クリエイティブ・ディレクターはつらいよ

2016年。それは、
・トランプが大統領に初当選
・ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞
・AKBと乃木坂と嵐のみでチャートの TOP10を占める
・「君の名は」大ヒット
の年である。徐々に働き方改革が進み始めており、
これまで語られてこなかった「効率化」が、
広告代理店にも浸透してきている時代でもあった。

「揃ったか、おい、P、早く座れ」クリエイティブ局長のSが、クリエイティブ・ディレクターを集めて会議を開いている。局長の机の後ろには書道の張り紙があり、「想像力」と書かれていた。なんでも、昔CMをつくった際に仲良くなった書家の先生に毎年書いてもらっているとか。その経費はどこから・・・

「というわけで、クリエイティブ局もどんどん効率化していくことが求められている。統合プロデュース・インタラクティブ・ソリューション局は、早くも効率化のために、会議時間を15分で区切るソリューションを生み出したそうだ。なんでもポモドーロだか、ペペロンチーノだか言う、イタリアの手法らしい。」こうやって、すぐ他の局と対抗意識を燃やし、流行りの手法をいち早く取り入れては、いつの間にか忘れ去られていく。ま、それも、広告代理店らしいか。

Pはクリエイティブ・ディレクターとして、いくつかのCMやキャンペーンを任されるようになっていたが、名刺にはコピーライターとだけ書かれていた。出世には順番があり、上はいつまでも詰まっているのだ。ようやく、自分がリーダーとして仕切れる仕事が増えた、と思っていたら、こうした退屈な社内会議への出席も求められるようになった。わかってはいたが、つまらない。

「・・ということで、社内にも制作プロダクションをつくることにした。これからはどんどん社内に発注して、内製で広告をつくるように。これまでのつきあいで外に発注する場合は申請書を出すように。それに、ここから新たなプロダクションと組みたい場合は、局長のハンコが必要なので、よっぽどのことがない限り、中でつくってくれ。質問あるか?」

Pは手を上げて発言した。「新たなプロダクションと組むことができる、よっぽどのことって、たとえばどういう時でしょうか?」「お前、聞いてなかったのか?中でつくれって・・・」「基本、中でつくるのはもちろんですけど、どういう時に外と組めるのか知っておきたくて」「そうだな・・・まあ、業界ナンバーワンかオンリーワンの実績がある場合じゃないか。CGならここが一番、とかこのドローンはこいつしか操縦できない、とか」「わかりました」

会議が終わり、喫煙室に移動する。まったく世知辛いの世の中だ。海外ロケでCMつくってた時代は遠い昔。今や、タレントがグリーンバックの背景の前でにこっと笑い、青い海や白い雲はぜんぶ合成なんだから。

老舗デパートTの営業であるOから電話がかかってくる。Oはスポーツマンというかレジャーならなんでもこなす男で、スキー、ダイビング、自転車にトレイルランニングなど、長期休みがとれるたびに大会に出場している。肌は年中黒く焼けており、爽やかな笑顔でクライアントの心を掴んでいた。「会議終わりました?」「ああ、内製でつくれだとよ」「その方が営業利益的にも助かります。いろいろ調整も聞いてくれそうですし」「クオリティは調整じゃどうにもならないけどね」「わかってますって、で、T社の件なんですけど。」「営業フロア行こうか」「待ってます」

営業フロアは、クリエイティブのフロアと違い、なんだかざわざわしている。みんな誰かと電話したり、雑談が多いからだろう。スタッフ部門はもっと静かで、みんなヘッドホンやイヤホンをしながら、自分の作業に没頭していることが多い。同じ会社でこうも違うものか・・と思いながら、営業フロアの会議室へに辿り着く。「Pさん、わざわざありがとうございます」「T社がどうしたの?」「来年で50周年でして、なんかでかいキャンペーンをやってほしいらしく」「あいまいだな〜」「今回はそこそこ予算もあるので、なにかでかいことを・・・」「じゃあ、AKBと嵐を呼んで屋上ショーでも」「そこまでの予算はありません」「CMは?」「わかってるでしょ?もう20年以上CMなんてやってませんよ。予算があるって言っても、あくまでこれまでよりは、ってところで」「はいはい、わかってるよ」

「夢を叶えるキャンペーンにしよう」そう思いついたのは、Oと話した日から2日後だった。50周年にデパートができることは、原点に戻って、「なんでも売っている。どんな願いも叶えてくれる。夢のような場所」というイメージを取り戻すことだと考えたのだ。必要なスタッフは、「プロモーション・プロデューサー」だ。こうしたキャンペーンは、意外とやることが多い。事務局をつくる、告知をする、応募を厳選し、整理する。そして、夢を叶えるなら、そのためのスタッフを集め、お金を仕切り、撮影や、お弁当を手配する。要は制作進行にまつわる、すべてのことを取り仕切ってもらうのだ。これは、アイデアや映像制作を主戦場とする、広告のクリエイティブディレクター、つまりPには、できないのだ。

「え〜、なんか大変そうだね。」Iは、子どもが3人いるママさんプロデューサーだ。と言っても、子どもたちは高校生以上であり、手がかかる年頃ではない。百戦錬磨のプロデューサーなので、Pも全幅の信頼を置いている。「大変だからIさんにお願いしたいんですよ」「ちょっと、うれしいこと言うじゃない。よし、やろう!」この前向きさに何度救われてきたか。

提案はトントン拍子で進み、夢をかなえるキャンペーンの告知も始まった。お店という最大の広告メディアがあるので、各フロアにポスターを貼り出してもらい、レジでは小冊子を渡す。もちろんサイトにも特設ページをつくり、意外とフォロワーの多いTwitterでも告知を発信した。このすべてにおいて、クリエイティブ・ディレクターは指示を出し、判断し、調整し、連絡する。デザイナー、WEBディレクター、PRプランナーなどなどと話しながら、キャンペーンは進んで行った。

1000通近く応募された、お客様の「夢」の中から、実現可能かつ広告として映えるものをピックアップし、クライアントとともに選んでいく。「この、学校に天体模型をつくりたいっていう夢、いいんじゃないですか?」「確か模型好きな店員が、家具売り場にいたような・・・」「一度アフタヌーンセットを食べたいみたいな小さい夢もありますけど」「予算的にはそういうのも入れておいて欲しいです」「ニュータウンのお祭りっていうのは?」「これいいじゃない。地域とのつながりもデパートの使命よね」

こうして、いくつかの夢が選ばれ、老舗デパートTの店員や、Iさんが手配した外部スタッフの力で、夢を叶える様子を撮影し、ムービーやグラフィックをつくっていく。「夢をかなえるキャンペーン」は実施するだけじゃなくて、その様子をドキュメントとして、店頭やWEBでPRするのだ。ところが、最後の夢で問題が起こった。

「もうやりたくないって言ってる?」Iさんが困った顔で報告してきた。「ニュータウンのお祭りという夢を叶えるのはいいんだけど、応募してきた人が引っ込み思案というか、あまりコミュニケーションが得意じゃないみたいで。ニュータウン全体への告知とか、当日のお手伝いとか、その連絡もぜんぶこっちサイドでやってほしいって言ってて、なんだか、幹事のようなことをやりたくないんだって、言ってるんです。」「なるほど〜、応募要項にも、そのへんは曖昧にしていましたね。こういうキャンペーンだから、しょうがないっちゃ、しょうがないですが。僕はできるところまでで一線引くべきかな、と思ってしまいましたが、Iさんはどう思います?」「私は・・・こういうことは、応募した本人がいちばん苦しんでると思うから・・・もう一度話してみます。」「・・・無理はしないでくださいね」「私も子どもの町内会のスタッフとかやって、大変だったことあるから」「そんなに大変なんですか?」「会社と違ってね、基本的に協力的な人って少ないのよ。冷めた目で見てるというか。でもね、子どもが喜ぶイベントやって、最後までやり切った時は、だいたいみんなやってよかったって顔してるものよ」「Iさんに声かけて、本当によかったです」「褒めても何も出ないからね!」

Iさんの電話によって、なんとか持ち直したキャンペーンであったが、もうひとつ問題が発生していた。「キャンペーンソング?」「夢をかなえるキャンペーンの映像を会長に見せたらとても気に入ったらしくて、アーティストに曲をつくってもらえっていうんですよ」あの爽やかなOが珍しく困った顔だ。「それも、シンガーソングライターのFに」「え〜、アーティストに企業の周年ソングをつくってもらうのは・・・ちょっとハードル高いかもな」アーティストというのは、広告代理店がいくら間に入っても、いや、むしろ、代理店が入っているからこそ、簡単には曲をつくってはくれない。もちろん、時と場合によるが、アルバム制作やツアーなど、レコード会社との契約上の動きが優先されるのだ。それをねじ伏せられるだけの予算を積めるなら、また話は別だが。「とりあえず、キャスティング部に話を通しておくか」

OとPは、社内のキャスティング部へと出向いた。いかにも業界人といった風体のキャスティングプランナーBは、茶髪の長髪を揺らしながら席に着く。香水の香りがむせるようだ。「お二人そろってどうしたの?でかい仕事?」「T社の案件なんですけど」Bのサングラスが心なしか曇ったように見える。「T社?あそこCMとかやんないでしょ??」「そうなんですけど、50周年でちょっと気合いが入ってまして、周年ソングをアーティストのFに・・・」言い終わらないうちにBがかぶせる「ダメダメダメ!CMなかったらレコード会社がOK出さないよ〜」若手のOはタジタジなので、Pが助け舟を出す。「レコード会社通さずに事務所に連絡するっていうのは?」「あのさ〜Pちゃん、わかってるんでしょ?俺の立場。そんなことしたら、次から誰も紹介してもらえなくなっちゃうじゃん。ね?つらい立場なのよ、こっちも」「じゃあFと知り合いの誰かを探すとか・・・」「少なくともその場合は、うちのキャスティングは通せない。制作会社が契約して、何%かを、うちに回してもらうっていうやり方かな」「え、関わらなくてもですか?」「局長がそう言ってたでしょ?なるべく内製になるように、中にお金を落とす仕組みなんだって」「・・・わかりました。また相談させてください」「はいは〜い」

「うちのキャスティングはどっちの味方なんですかね?」Oが憤っている。「まあ、難しい立場だよな。バブルの頃はタレント事務所と西麻布で毎晩のように飲み歩いて、人間関係で仕事をとってくる、なんて時代もあったんだけど、今は経費も使えないし、事務所の顔色を伺うことくらいしかできなくなってるんだよ」「Pさん、やけに優しいですね。もっと怒ってくれるのかと」「若いな〜」「若いですもん」「誰しもに事情はある。その中で人に動いてもらうしかないんだよ」「そんなもんですかね」

それから3日後、Oが走ってきた。「Pさん、ラジオです、ラジオ!」「どうした、落ち着け。何がラジオなの?」「ぼく営業やる前はラジオ担当だったんですよ」「それで?」「ラジオ局って、やたら音楽イベントとかやるじゃないですか。昔から音楽アーティスト事務所との関係があって、そこにはレコード会社も絡んでこないんですよ」「なるほど」「だから、ラジオ局に、キャスティングをお願いするっての、どうでしょう?」「いいかもしれない」「じゃあ早速あした、六本木に行きましょう」「え、あした?」「当時お世話になってたプロデューサーが時間とってくれたんです」「おまえ、若すぎるぞ」「若いですもん」

「で、いくら出せるの?」初対面なのにタメ口のラジオ局プロデューサーTは企画書をぱらぱらっとめくってデスクに放り投げた。「Fは確かT社で買い物よくするとは言ってたな。家が近いんだってさ。Fのマネージャーが言ってた」Pはお金の話は任せた、とばかりにOに目線を振る。「ええと、700万円までなら、今回出ると思います。会長がとにかくやりたいと言っているので」「それだったらなんとかなるかもな・・・でも、あいつも忙しいからな〜、俺が言って、ウンというかどうか。もうちょっとテンション上がるようなことがないと、難しいかもな〜」Tは、音楽業界では有名人らしく、いろいろなアーティストや事務所スタッフの間でも兄貴分のような存在らしい。有名な音楽プロデューサーのクルーザーでBBQしている写真がFBにアップされていた。

Tはこう言っているのだ、「オレにおいしいことはないのか」と。PはOの顔を見て、うなづいた。「じゃあ、こういうのはどうでしょう?プラス300万円、合わせて1000万円をラジオ局にお預けします。そのかわり、Fのキャスティング、新曲制作、それに、T社でのFのインストアLIVEを、このラジオ局の特別番組として放送。このセットで手を打ちませんか」「なるほど・・・そりゃあでかいな。インストアLIVEの設営はそっち持ちだぞ」「わかりました」「よし、決まりだ!Fのマネージャーに電話するから、ちょっと待ってろ」

嘘のように簡単に、Fのキャスティングと新曲作成、それにインストアLIVEまで決まってしまった。最後のラジオ番組は余計だったが、クライアントにはこのセットで押し通すしかない。何しろ会長のご意向なのだ。

後日、Iさんから相談を受ける。「ねえP、この設営費、聞いてないんだけど。」「ですよね。なんとか予算内に収まりませんかね〜」「クライアントに相談してお金もらえないの?」Oを見ると苦々しい顔をしている「う〜ん、予算的には、アーティストのアサインでけっこう使っちゃいましたからね〜、あ、そうだ、デパートの設営部隊に相談しましょうか?」「何それ?」「年間で安く請け負ってる専属設営部隊がいるんですよ。クライアントから相談してもらえば安くできるかと」「ていうか、それうちで請け負わなくてもいいんじゃない?」「あ、そうなるかも」

結局、どこまでがクライアントのお金で、どこからが代理店のお金なのか、こういうプロジェクトをしていると訳がわからなくなる。クリエイティブ・ディレクターがどこまで口を出すのかはわからないが、もともと営業を担当していたため、そのへんまで把握したくなってしまうのが、Pの特徴でもあった。

「どうしてもサビにデパート名をいれてくれって言ってます」
「サビにクライアントの名前入れろだと!できるかそんなもん」
「デパート名じゃなくて、コンセプトでもいいそうです」
「コンセプト?あ、その単語くらいならいけそうだな」
「クライアントがレコーディングに来たいって言ってます」
「ついでにインタビュー撮影させろ?お前、どこまで図々しいんだよ」

クリエイティブ・ディレクターという肩書きはついているが、クライアントとラジオ局プロデューサーに挟まれながら、神経をすり減らす日々。その甲斐もあって、なんとか周年ソングはできあがった。その曲とともに編集した映像を会長も気に入り、なんと20年ぶりのCMをつくることになったのだ。

Oが興奮しながら話す。「Pさん、これは歴史的な出来事です。僕は営業人生でこんなにうれしいことはありません」「まあ落ち着けよ。CMとなると、クリエイティブ局的には内製だっていう話なんだけど」「もちろんPさんにお任せしますけど、僕はこれまで通り、Dさんといっしょにつくりたいです」Iさんは外部の若手映像ディレクターDを連れてきていて、これまでの夢を叶える映像は、Dとつくっていたのだ。それは、ドキュメンタリーとして撮られているのに、編集の色合いや写りは映画のように美しく、他に類を見ない映像だった。もちろん、CMもDにつくってもらいたい。しかし、内製でつくれとお達しが出ている。「わかった。Dとつくろう」Pは腹を決めて、CM の構成を考え始めた。

「え〜次は、Pのやった仕事をみんなに見てもらおう。T社のキャンペーン映像だ。「夢を叶えるキャンペーン」だ。これは、なんだっけラジオ局と組んだんだっけ?よくわからんが、映像は綺麗だな。よし、いいものをつくったな。」S局長はよくわかっていない様子だったが、みんなが集まる会議の場で、映像を褒める言葉をいただいたので、よしとした。この言葉が重要なのだ。

「S局長、お時間よろしいでしょうか?」会議後に話しかける。「なんだ?さっきの映像はよかったな。」「よかったでしょう?で、この映像、内製じゃないんですが」「どこでつくったんだ?」「Dというディレクターに頼んで」「おまえ、まさか」「はい、まだ登録もしていないので、今すぐハンコをもらいたくて・・・」「なんてやつだ」「いい映像っておっしゃいましたよね?オンリーワンなんです」「いいかげんにしろよ」「想像力を働かせて、仕事しました」「うるさい」

こうして、なんとか周年ソングをつくり、キャンペーンは成功に終わったが、どうにも広告代理店が居心地悪くなっていたため、翌年には退職し、1年ほど世界を放浪することにした。若いうちにクリエイティブ・ディレクターをするのは、Pにとって、ちょっとつらかったのかもしれない。それに、今日もコピーが書けなかったから。




この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

ありがとう!Thank You!谢谢!Gracias!Merci!Teşekkürler!Asante!Kiitos!Obrigado!Grazie!Þakka þér fyrir!