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新しい物に身を包んだ日

 冷たい風が頬を撫で、指先は氷の女王のように固まっている。吐息で溶かすその光景は、12月を間近に感じさせる。

 同時に、自分が30間近だということも気付かされる。この冷たさが体に本当に堪えるというのを実感する。節々もキツい。まだまだ若いと内心自信があったのに、これが老化なのか・・・。

 そんな冷え切った時期に、奮発して新調したブーツ。レッドウィングだ。試し履きに近所を散歩するが、冷え切った革は、私の指と同じようにかちこちだ。歩きづらい。だけど、そんな歩きずらさも自分の足元を見るだけで忘れられる。ああ、なんてかっこいいんだ。レッドウィング。ここ最近ずっと公式サイトで見続けたこのブーツ。ベックマンフラットボックス。今、私の足元に存在しているのかと思うとゾクゾクする。

 その勢いで、エイジングセットも買っちゃったし、もう一生吐き続けて行くつもり。

 このレッドウィングと合わせる服はどうしようか。ジージャン?スタジャン?ミリタリージャケット?。

 いや、まずは下からだな。とりあえずLevi's501は外せないでしょ。いやいや、ワークパンツとかスエットとかもアリだなぁ。細身でもありだし、ぶっといのもありだし・・・。ああ!考えたらキリがない!!。

 そんな感じで悩みに悩む、一週間。靴に思考を乱される日々を送りながら今日を迎えた。

 もう箱を開けた瞬間から・・・渋い!何も手を加えられてないピカピカのブーツ。

 とりあえず匂いを嗅いどこう。ああ、こういう新品の靴ってなんか匂い嗅いじゃうんだよなぁ。

 いろんなブーツを履いてきたけど、今までファッションになんて無頓着だったから、意識してブーツ買うなんて初めてだし、それで、初めてのレッドウィング。私の中では、王道ブーツのイメージ。アメカジって言ったらこれな気がするんだよね。

 ファッションに無頓着。そう、私は今まで、こういうのが着たい。とか、こういうものを身に付けたい。ということが全くなかった。

 そんな私だが、この30間近でありながら、ヒップホップというものにハマり、それからこんなアーティストみたいな服を着たい。と、いろんな物を聞いて見ていくと、付随してくるようにファッションが目に入る。

 音楽にハマるなんてことも初めてだし、ファッションに興味を持ち出すのも初めてだった。

 ヒップホップを聴き、なぜかバントを聞くようになり、グランジだのパンクだの、そんな彼らは当然、アイコン的なファッションを見せつけてくる。

 ああ、私もこんな格好したい!。こんなファッションで飲みに行きたいなぁ。

 それで唐突に、思いついた。

 そうだ、古着屋に行こう。

 まあ、たまたま近所に古着屋さんがあることを知っただけなんだけど。とにかく、こういう時は行動するしかない。楽しい時こそ、行動するべき。なんか、自己啓発本みたいなこと言っちゃてるけど、こういうことって、学生時代に済ませておくべきことなんだろうなぁ。もっと、服や音楽に興味を持っていればよかった。昔の自分の皺寄せを受けてる。

 若干の足の疲れを感じながら、スマホのマップの指す目的地に立った。

 古着屋って、結構、レトロな玩具、看板とか小物にたくさんの服っていうゴチャッとイメージだったけど、意外と、シンプルで白を基調にしたような店内。ああ、オシャレが投球してくる。それでいて、外から見るだけでも数多くの服が確認できる。

 もう、欲しい。バイキングみたいだな。でも、食べ放題じゃないんだよなぁ。

 外から見ていてもしょうがない。重たい扉を勝手に感じる緊張感と共に、押し開けてた。

 「いらっしゃいませ〜。」

 まさに古着屋さんの店員と言うべき、エキセントリックな女性に一礼する。

 まずは一周。

 この時期だからなのか、真っ先にニットセーターや、モヘアのカーディガンが迎え入れてくれる。

 多種多様な模様に、動物のセーター。動物のニットって可愛いなあ。こういうのって、目で温かくなるような気がする。

 そして、カーディガン!モヘア!頭の中で切り裂くような、ギターサウンドが広がる。見るだけでノイズがすごい。グランジスタイルには外せないアイテムだよね。これ。 

 そして、シャツ。ネルシャツが欲しいんだよ。大きめで着るのが好きなんだよね。チェックのシャツって、ヒップホップにロックって、いろんなジャンルで使われてるから、これさえ持っていれば、何にでもなれる。

 ジャージ。トラックジャケットって言うんだっけ、今は。
NIKE、PUMAどれもカッコいいんだけど、やっぱり、adidasだよね。
このスリーラインにオリジナルスのマークやっぱりカッコいい。大きめでもジャストでも様になるんだよね。ああ、欲しい!!。

 そして、ジーンズ、ワークパンツ。うわ、Levi'sいっぱいだ。え?。いくら無頓着な私でも知っていただけど、501、502、505、511、541、550っておいおい・・・シルバータブってなんだよ。

 それ以外にも、ディッキーズにカーハートまである。ワークパンツかっこいいなぁ。しかも、W38!こっちは42!?太すぎるだろ・・・。これを履くB-boy見て見たい。かっこいいんだろうな。

 キャップ、ハットもたくさんある。被ったことないから自分に似合うかどうか分からないんだよなあ。

 小物もたくさんあるけど、今は服の方に集中しないと、収拾つかないぞ、これ。

 「何か、お探しですか?。」

 「あ、いや・・・。」

 しまった。来てしまった。店員さんに話しかけられるやつ!。忘れてた。話しかけられるの苦手なんだよなあ。

 「いや、本当、見に来ただけっていうか・・・。」

 「何か見て、ここ知ってくれたんですか?。」

 この歳で服に興味持ち始めましたって、ちょっと言うの恥ずかしいなあ。というか、今それ言わなくていいのか。ああ、落ち着け。私よ。

 「あ、いや、近所にあるって言うのを最近知りまして。」

 「あ、ここら辺の人なんですか?。」

 「ええ、そうなんですよ。」

 「そうなんですか。古着屋とかよく来られるんですか?。」

 「あ、いや、そんなに・・・。」

 いや、なんか自分ってこんなにコミュニケーション能力なかったっけ。変な汗かいちゃうなあ。

 「さっき、ジーンズ見られてましたよね。」

 「え?。」

 いつの間に見られてんだ。当然か店員だもん。

 「Levi's好きなんですか?。」

 「いや、まあ、あんまりわかんないんですけど、かっこいいんですよね。」

 「そうですよね。やっぱり王道ジーンズっていうか。」

 そうそう、王道で身につけたくなっちゃうんですよ。

 「新しいブーツ買いまして、それに合うのないかなと思って。」

 「かっこいいの履かれてるなって思ってました。」

 でしょでしょ!。かっこいいんですよ。ベックマンフラットボックス。この黒色、渋いでしょ。

 「なら、こういう暗めの色褪せた感じなんかどうです?太めのジーンズだし、お兄さん身長高めだから似合いますよ。」

 「そんなそんな。」

 いや、なんか恥ずかしいぁ。照れちゃうよ。お兄さんだなんて。

 それに、うわ、こういう色褪せてるジーンズやっぱかっこいいなぁ。

 「ご試着なさってください。」

 「え、いいんですか?。」

 「まずは試着して見ないと。」

 確かに、なんか試着って緊張するなあ。

 「じゃあ、お願いします。」

 「こちらでどうぞ。」

 いや、初めてきた割には試着まで辿り着いたぞ。でも、試着って変に手間取るからちょっとやなところあるんだよね。器用で度胸のある人間に生まれたかった。

 「あ、終わりました。」

 恐る恐る、カーテンを開ける。当然、エキセントリックな店員が目の前にいる。

 「え、めっちゃいいじゃないですか。」

 「そうですかね。」

 自分の真後ろにある鏡に振り返ってみる。

 え、めっちゃいいじゃないですか。自分。

 「あ、かっこいいですね。ちょっと丈ありますけど。」

 「ロールアップしてみるといいですよ。よかったら調節もしますけど。」

 ろ、ロールアップ?。

 「え、ろ、ロール・・・。」

 「ああ、裾まくるんですよ。」

 「あ、なるほど。」

 そういうんだ。知らなかった。いや、なんか知らない言葉たくさんありそうで怖いなぁ。

 「よく合うと思いますよ。」

 言われた通りまくってみる。え、これ、かっこいい。アメカジって感じめっちゃする。またこのブーツに合うんだなぁ。

 「これ、いいですね。かっこいいなあ。」

 「よく似合ってますよ。本当。こういうブーツだったら、ワークパンツとかでも絶対合うと思いますよ。」

 「そうですか?。」

 いや、店員さんってホント人の乗せ方うまいなぁ。他のも欲しくさせるなあ。

 でも、やっぱりこれ、いいなあ。

 「あ、でも気に入ったんで、これにします。」

 「わかりました。ありがとうございます!。」

 私はそそくさと元の状態に戻り、レジに向かう。その間にも店員さんとの話がまあ、弾む弾む。ああ、また来る。絶対来るぞ。というか、まだ全然見切れてない。ああ、服選びってこんなに楽しかったっけ。

 店員さんが実はオーナーだっていうことを知り、また、どんどん入荷するから楽しみにしてくださいという、なんとも、心躍らせることを聞かせてくれたその店を後にする。

 外の冷気が一気に私を凍らせる。でも、私の足元は暖かいし、なんだか柔らかくなったような気がする。

 さあ、服選びの次は、居酒屋選びだ。

 いや、またいろんなの見てたら、凍死してしまうぞ。でも、いつも行く店もいいし、新しい店もいいし・・・。

 また、終わりの見えないような幸せな悩みを持ったまま、私は冷たくも暖かい雰囲気の呑み屋街に足を運ばせるのだ。



 あ、酔っ払って、買ったジーンズ忘れないようにしなきゃ。



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