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【挿絵小説】タックスキングダム 第六章

1 白髭先生
 ジュリア姫の罪を被った俺だが、幽閉された地下牢は変わった場所だった。大量の本が山積する二人部屋で、囚人達が「白髭先生」と崇める翁が入っているのだ。


「新入り。ジパング国王を殺害したそうではないか」
 ほぼつるっ禿げながらも、小柄な背丈をピンと張る白衣姿の白髭先生に俺は、うなずく。だが白髭先生は、眼鏡の奥に独特の眼光を漂わせながらニヤリと笑い思わぬ返事を口にした。
「正直に言え。誰を庇った? 姫か?」
「え、や……そんなことは」
 返答に窮す俺に白髭先生は「まぁいい」と詮索を止め、続けた。
「澪桜。お前の噂は聞いている。あちらの世界の魔王に育成されている事もな」
「はい。でもなぜ、それを?」
「二つの世界は平行線だ。その双方を異変から守るのが、ワシの使命……いや、違うな。道楽だからな」
 ――世界を守るのが、道楽だって!?
 思わず首を傾げる俺だが、白髭先生は構う事なく続けた。
「そなたも知っての通り、この魔霊界は魔王と亡き国王が税務の仕組みを模して創造した異世界だ。万物に宿る八百万の神から税の如く霊力を徴収し、魔術化してまわしている。その片割れが亡くなったのだ。魔霊界はカオスと化そう」
「あの……白髭先生は、ジパング国王や魔王ゾーラとどう言うご関係なんですか?」
「赤の他人だ。だが、ワシは学者だからな。研究材料として二人を追っておる。無論、澪桜。そなたもだ」
 ここで白髭先生は筆を置くや、俺と向き合い目の前に五冊の本を積んだ。
「よいか澪桜、そなたはまだ魔王としての経歴が浅い。これをこの順番で読んでいけ。さすればそなたの道も開けよう。くれぐれも魔霊界が税制に基づいて動いておることを忘れるでないぞ」
 俺は訳が分からないながらも黙ってうなずく。それを見た白髭先生は、満足げに笑みを浮かべ再び書物に向き合い直した。
 残された俺は、目の前に積まれた五冊の書物に目を向ける。全て税制に通ずるものばかりだが、意外なことに音楽にまつわるものも存在した。
 ――まぁ、どうせ他にやる事もないしな。
 俺は地下牢のベッドに転がるや、言われた通りの順番で書物に目を走らせていった。 
 この日を境に俺と白髭先生との問答修行が始まった。税はいかにあるべきか。その理論的根拠は。さらにその税制を模したこの異世界で、知識をどのように活用していくか。
 まさに哲学にまで遡って、理解を掘り下げていく。世の原理原則を説く白髭先生に俺は大いに感化され、いつしかその教えに自ら慕うまでになっていった。



「ぐるぐる大作戦、ですか?」
 白髭先生に俺は問うた。何でも俺を牢から脱出させるために、ジュリア姫が白髭先生を通じて伝えた作戦らしい。
「澪桜。国税徴収法第二十六条のぐるぐる回りは、分かるな」
「はい。確か差し押さえた財産の債権者が国税を含めて三者以上いる場合に、優先権が三すくみになってしまう規定ですよね」
「うむ。税法の盲点を定めた条項だが、同じものが魔霊界の魔術法律書にもある。サクラ、魔王軍、国王軍が三つ巴となって、手が出せなくなる奥の手だ。これを使う」
「しかし先生。俺はジパング国王殺害の重罪人ですよ。たとえ脱出出来たとしても逃げ場所がありません。第一、文官や武官達が許しはしないでしょう」
 俺の懸念に白髭先生は、人差し指をチッチッチと揺らしながら断言した。
「心配いらん。ジュリア姫が不満分子を一斉に摘発し、反対派を粛清した」
「え、あの姫が!? 一体、どうやって……」
 驚く俺に白髭先生は、にんまり笑みを浮かべながら言った。
「中国の歴史で楚の荘王の逸話に〈鳴かず飛ばず〉がある。父王の死で若くして王位についたものの、飲酒に明け暮れ政務を顧みず遊び呆けた。だがその間、じっと家臣を見定め、機が熟したと見るや目を付けておいた者を新たに数百人登用し、悪臣数百人を誅殺した。姫はこれをやったのだ」 
「へぇ、あの姫が……」
 俺は驚きを隠せない。出会った頃は根暗で自信がなく後ろ向きだったジュリア姫だが、今、為政者として覚醒しつつあるらしい。
「地位が人を作り、環境が人を育てる。あの姫はなかなかの策士だぞ。ただ、いかんせんまだ権力を得て間がない。そこで正式な女王即位に合わせてお前に恩赦を出し、念には念を入れ、裏からお前を野に放とうという訳だ」
「なるほど……先生、一つよろしいですか?」
「なんだ?」
 聞き耳を立てる白髭先生に俺は言った。
「この作戦、発案は姫ですが、立案は先生ですよね? 俺は先生の真意が分かりません」
「真意? そんなものはない。ワシは趣味で好き勝手にやっているだけだ」
 すっとぼける白髭先生に俺は笑みを浮かべ、指をチッチッチっと振りながら言った。
「魔霊界と現実世界、魔王軍と国王軍、そして、サクラ。一見、対立するこれらですが、絶妙なバランスで均衡を保っている。それは先生がバランサー、いやフィクサーといってもいい。裏で糸を引いている賜物なのでしょう」
「おいおい澪桜、ここは地下牢だぞ。誰が好き好んで……」
「確かにこの地下牢は自由を束縛する過酷な環境に思える。だがその実、情報を集め策を練り秘命を飛ばすには、もってこいの場所だ。俺は先生が最終的にこれらの世界をどうしたいのかを知りたいです」
 問いを突きつける俺に白髭先生は、黙り込んでいる。しばしの沈黙が流れた後、白髭先生はポツリと言った。
「血湧き肉躍る世界、だ」
 俺は意外さを覚えた。てっきり平穏や秩序、安寧の世と答えると思っていただけに、その真意を図りかねている。
 そんな俺の心中を察したのか、白髭先生はこう続けた。
「澪桜、まださほどの自覚はないだろうが、お前はもう現実世界を束ねるれっきとした〈魔王〉なのだ。それ以上は言わずとも、分かっておろう?」
 ――つまり、先生は俺を盤上のメインプレイヤーとして、自身の手駒にしたいってことか。
 俺は嘆きが止まらない。結局、どこへ行こうとも束縛が絶えないのである。悶々とする俺だが、はたと白髭先生が述べた禅問答がよぎった。
〈師に逢うては師を殺し、仏に逢うては仏を殺せ〉
 これは中国の禅僧・臨済義玄の言葉で、悟りに至るためには、あらゆる執着、思い込みから離れよ、との意が込められている。
 確かに一度身についた考えや哲学は、同時に先入観や固定観念をも生んでしまう。だからこそ、どんな教えにも疑ってかかる姿勢がなければ主体的になれないのだ。
 ――時には捨て、時には頼る、か……。
 白髭先生の心中を悟った俺は、頭を下げた。
「先生、お世話になりました。ここから先は修羅の道――先生といえども相手にせねばならぬかもしれません」
「結構。それでこそワシの求める道だ。澪桜、ここは一つ、大いに暴れようではないか」
 白髭先生はいつもの笑顔に戻るや、力強く俺にうなずいて見せた。

 数日後の夜更け、女王となったジュリアの兵の下、俺は地下牢から無事に解放された。念には念を入れたぐるぐる大作戦だが、どうやら成功したようだ。
 国王軍の反乱分子も、敵対する魔王軍もこの事実を密かに知りつつ、国税徴収法第二十六条のぐるぐる周りを模した魔法条例の盲点を前に動くことができない。
 事は作戦を発案したジュリアや白髭先生の思惑通りに進んでいく。
 やがて、魔霊界と現実世界の境目まで来た俺は、後ろを振り返る。無論、ジュリアや白髭先生は城内におり、姿を確認する事はできない。
 それでも俺はこの魔霊界で助けてくれた人々に対し、感謝の念が絶えない。
 ――いつかは、必ず恩返しします。
 俺は密かに誰もいない場所で、頭を深々と下げるや現実世界へと戻って行った。

2 大きな政府と小さな政府
 魔霊界から現実世界へ戻った俺は今、学校の屋上にいる。傍らには蘭とジャックをともなっている。
 一時は文化祭でテロ犯の首謀者に挙げられた俺だが、その後の捜査で無関係であることが証明され、事なきを得た。
「アンタの学校のエロ校長のおかげよ」
 屋上でそう告げるのは、蘭だ。なんでも校長は自慢の人脈をフルに活用し、捜査機関が提供する証拠の矛盾点を指摘したらしい。
 おかげで俺への疑惑は晴れ、今こうして昼休みをとともにしている。
「よかったですね。無事に解放されて」
 ジャックが相槌を打つ中、両サイドを挟まれた俺は空を仰ぎすっとぼけた。
「でも何だったのかなぁ。あのテロ、犯行声明もないし、首謀者も不明らしいし……」
 無論、全ての内情を知っている俺だが、機微に触れることを恐れ、知らぬ存ぜぬを貫いている。
 だが、それを許さない存在がある。蘭だ。彼女は俺に刺すような視線を向けながら、ズバリと言った。
「首謀者はサクラやろ。で、アンタと剣の主の座を争って負けた。勝ったアンタは、今やこの世界の魔王ってわけや」
「え……」
 俺は絶句せざるを得ない。試しにジャックの方を見たが、どうやら奴も俺と同じ心境のようだ。
 俺は改めて蘭と向き合い、言った。
「おいおい欄、それはゲームかアニメの話か? 俺は別に……」
「澪桜、アンタ、この私がそこまで無知のバカやとでも思ってる? 全て見させてもらったわ。魔霊界とやらでね」
 呆然とする俺に蘭は魔霊界での出来事を延々と語っていく。俺は返す言葉がない。やがて、蘭はスマホを取り出すや、俺宛にSNSの鍵垢を送った。
「よく知らんけど、ややこしい事情がおありのようね。何が出来るか分からんけど、困ったことがあったらここへ連絡して。すぐに駆けつけるから。ほなな」
 蘭はそれだけ告げるや、手を振り去っていった。その背中を呆然と見送る俺に、ジャックが言った。
「ごく稀にあるんです。霊魂化された状態での記憶が残り続けることがね。どうやら蘭は、そういう霊感体質のようですね」
「……みたいだな」
 俺はただ首を縦に振り、その場に立ち尽くした。




 秋が深まっている。現実世界の魔王となった俺にとって、当面の脅威は魔霊界の魔王ゾーラだ。
 かつて一戦交えた折には、圧倒的な実力差ゆえに危うく命の危機に見舞われた。
 ――まずは、奴の居場所を特定するところからだ。
 そう考えた俺は、エンタープライズとベンチャーに魔霊界を探らせているものの、未だに成果が得られずにいる。
「おい参謀、どうすればいい?」
 剣道の稽古を終え帰路に付く俺は、傍らのジャックに知恵を求めた。
「そうですね。澪桜魔王殿お抱えの参謀として一つ、手がありますよ」
「言え」
 焦れる俺にジャックは、微笑とともに策を献じた。それを聞いた俺は、大いに唸る。
「なるほど、ね。言いたいことは分かる。しかしジャック、あの魔王ゾーラがその手に乗るか?」
「賭けてもいいですよ」
「ほぉ、いいだろう。その手、考えてみる。あとは……」
「サクラ、ですね?」
 セリフを先取りするジャックに俺は、眉間に皺を寄せうなずいた。前回の戦いで白虎を率いて来ただけに、次にどんな策を講じるのか、気になるところではある。
「なぁジャック、俺はサクラのことが、今一つ理解できない。お前達は以前、同じパーティを組んでいたんだろ。一体、何があったんだ?」
「澪桜、それを語るにはまだ時期尚早です。多分、言っても分からないと思いますから」
「いいから言えよ。お前らの狙いはなんだ。徴霊の剣を得てどんな世界にしたいんだ?」
 苛立ち気味に問う俺に、ジャックはしばし考慮の後、こう答えた。
「血湧き肉躍る世界、でしょう」
「はぁ!?」
 俺は思わず声を上げる。まさか白髭先生と全く同じ答えが返ってくるとは思わなかったのだ。驚く俺にジャックが切り出した。
「僕が求めるのは、軽税な成長社会である小さな政府なんです。政府は極力民間に介入せずあるがままにする」
「雇用や福祉はどうなるんだ?」
「放っておきます。いいですか澪桜。まず価値の創造があり、その後に雇用や福祉が付いてくるんです。これを逆にすれば、世の中はゾンビ企業だらけになりますよ」  
 サクラの求める大きな政府、つまり重税福祉の成熟社会を大いに否定するジャックの説明に俺は心の中でうなずく。
 ――なるほど、その違いが埋めようのない溝となり、決裂に至ったって訳か。
 納得しつつ、さらに俺は考える。
 ――俺は大きな政府と小さな政府、どちらを取るべきなのだろう。



 その後、ジャックと別れた俺は、この答えの出ない禅問答に頭を捻りつつ、単身で帰路につく。そこへ思わぬ人影が現れた。
「剛!?」
「よぉ、澪桜。久しいな」
 かつて同じ剣道部に属し、目下二重スパイとして暗躍する剛が、意味深な笑みを浮かべ立っていた。その表情から察するに何か重大な秘密を握っているようだ。


「魔王ゾーラの潜伏先でも分かったのか?」
「残念ながら澪桜、そいつは言えねぇな。だがヒントだけでもと思ってな」
「幾らだ?」
「タダさ」
 肩をすくめ両手をあげる剛に、俺は首を傾げる。守銭奴で鳴る剛だけに、この大盤振る舞いには何か裏がありそうである。
 警戒する俺に剛が人差し指を突き立て続けた。
「いいか澪桜、魔霊界と現実世界は一つのゲームになりつつある。いよいよ二つの世界はクライマックスを迎えるんだ」
「剛、俺にはお前が何を言ってるのか、さっぱりだ」
「フッ、要するに役者が揃ったってことさ。これが何を意味するか分かるだろう?」
「いや、分からん」
「嘘つけ。澪桜、俺は曲がりなりにも情報屋だ。この目はごまかせねぇぜ。ま、気をつけることだ」
 それだけ述べるや、剛は去って行った。その背中を見送った俺は、複雑な心境を吐露した。
「やれやれ、神出鬼没な奴だ。しかし、随分と複雑で派手になってきたな」
 頭を抱える俺の脳裏にあるのは、剛の言う〈ゲームの世界〉だ。それに基けば今のこの状況は、本来あるべき大切な存在を欠いている。
 それが何なのか、概念として理解はしているが、言葉にするのは憚れた。もっとも、そこは楽天家で鳴る俺だ。
「まぁ、何とかなるだろう」
 懸念を覚えつつも、それ以上の詮索をやめ家へと帰って行った。

3 重要なファクター
 魔王ゾーラの居場所が判明した。知らせを受けた俺は、思わずガッツポーズを取った。
「おい参謀、狙い通りだ!」
 興奮気味な俺にジャックは、微笑を浮かべうなずいている。実は魔霊界に一つの噂を流したのだ。
〈魔霊界が魔術バトルに税務技法を持ち込んだファンタジー世界だとするなら、重要な存在が欠けている。それが今、生まれようとしている〉
 これには流石の魔王ゾーラも動かざるを得なかったようだ。無論、扇動した俺にもそれなりの計算が働いている。
 ――ゾーラ同様、俺も魔王だ。なら俺の世界を持ち込んでやる。
 つまり、剣と魔法が魅せるゲームの世界である。事実、これに不可欠なファクターを目論んでいる。
 もっともこの判断が、後々思わぬ事態を引き起こしてしまうのだが、この時点ではそれが最適解と信じて疑わなかった。
 ――今は、策動あるのみ。
 俺はジャックを引き連れ、我先に魔霊界へとダイブした。



 さてその魔霊界だが、姿を現した魔王ゾーラの軍団とジュリア女王の国軍が真正面からぶつかっている。
「一進一退……と言ったところか?」
 俺はエンタープライズにまたがり上空から戦況をうかがった。


 意外なのは、即位して間もないジュリア女王軍の踏ん張りである。
 魔王ゾーラの猛攻に対し、巧みに応戦しているのだ。
「鋭気を避けてその惰帰を撃つ……と言ったところでしょうか。ジュリア女王としては、なかなかの健闘ぶりですね。それで澪桜、どうするつもりで?」
「まずは、セリア諸島群だ」
「ほぉ、浮島ですね。確かにあの一帯は浮遊石が豊富です」
「そう言うことだ」
 俺はジャックにうなずき、エンタープライズに命じた。
「エンタープライズ。全速だ」
 だが、そこで素直に従うエンタープライズではない。あろうことか休暇を要求してきたのだ。
「有給、クレ。コレ我々の権利ダ」
「おいジャック、エンタープライズに変な入れ知恵するなよな」
 ぼやく俺にジャックは、微笑をたたえながら言った。
「フフッ、気をつけましょう。ただセリア島までは距離があります。道中はベンチャーに切り替えましょう」
「あぁ、分かったよ」
 俺は苦々しくうなずき近辺の浮島に舞い降りるや、エンタープライズを解放した。代わりに召喚したのが、白虎のベンチャーである。
「ベンチャー、頼むぞ」
 俺はジャックとともにベンチャーにまたがりセリア諸島群へと向かった。だが、その移動は遅々として進まない。
 ――コイツも変わらないな……。
 白虎でありながら小心で、そのデカい図体に似合わず細心なのだ。自ら安全ルートを嗅ぎ分け進んでいくベンチャーに苛立ちつつ、俺は先を急いでいく。
 結局、目的のセリア諸島群に着いたのは、丸一日過ぎた後である。なんとか浮遊石の鉱区にたどり着いた俺は、早速、作業にかかった。
「よし、始めるぞ」
 魔術式が克明に記された紙を横目に浮遊石を操る俺に、ジャックが唸った。
「ほぉ……澪桜、それでジュリア女王と連絡を取るんですか」
「あぁ。アイツによれば、この魔霊界は霊魂に限らず情報も浮遊石の力で抽出出来るらしい。要するに、俺の世界でいうクラウドって奴さ」
「なるほど。ジュリア女王軍の強さは、税制を模した魔霊界のデジタル化にある、と」
「そう言うことだ。強いて言うなら情報魔術だな」
 俺は徴霊の剣を引き抜くや、呪文を口ずさみ浮遊石の結晶に突き立てた。たちまち光の塊が現れ、それがジュリアの姿に変わっていく。


「ジュリア、聞こえるか!」
「聞こえます! 澪桜さんっ、こんな姿でスミマセン」
「問題ない。それより浮遊石でクラウド通話とは、考えたな」
「フフッ、私の専門分野ですからね。本当は直接お会いしたいのですが……」
 そう答えるジュリアは、久しぶりの再会ながらも、元気そうである。俺は安堵しつつ、情報交換に入った。
「ジュリア、このファンタジックな世界には足りないものがある」
「〈勇者〉ですね」
 俺の問いかけにジュリアは、即答で返す。事実、勇者伝説の存在を匂わせたことで魔王ゾーラが動かざるを得なくなった。
 あくまで奴を脅すために広めた噂に過ぎないのだが、俺達はこの存在を実際に出現させようとしている。
「今、適任を探しているのですが、なかなか見つからなくて。そこで澪桜さん。しばらくの間、勇者の役割を引き受けてくださいませんか?」
「おいおいちょっと待ってくれ。俺の役回りは魔王だ。不倶戴天の敵役に勇者を兼任させるってのか!?」
「はい。自作自演でいいから一旦、澪桜さんに勇者役を託したいんです」
 ジュリアからの思わぬ依頼に俺は戸惑いを隠せない。その一方で冷静に頭を働かせている。
 ――勇者、か……確かにそれもありかもな。
 そう考え直し、俺はジュリアの提案を受けた。ほっと安堵の表情を浮かべるジュリアに俺は釘を刺す。
「ジュリア、あくまで暫定的な措置だぜ」
「えぇ、分かっています。本物の勇者が現れるまでの繋ぎと考えて頂ければ……」
 そう話すジュリアだが、ここで通信が乱れ始めた。どうやら浮遊石でのクラウド通信に限界が現れ始めたらしい。
 映像が途切れ途切れになる中、ジュリアが言った。
「澪桜さん……私は、あなたを信じています……どうか気をつけて……」
 ジュリアとの通信が完全に途絶えるや、傍らのジャックが語りかける。
「澪桜、次は勇者役ですか?」
「そう言うこった。体が幾つあっても足りねぇよ」
 愚痴る俺だが、その一方でまんざらでもないと考えている。
 ――ここは一つ、ジュリアの描いた絵図に乗ってやるか。
 俺は心の中でうなずき、ジャックとともにセリア諸島群を離れ、現実世界へと戻って行った。

第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6

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