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【挿絵小説】タックスキングダム 第八章

1 リー将軍

 俺達は財前からもらった地図を片手に魔霊界へと乗り込んでいる。
「まさかこんな秘密ルートがあったとはな」
 意外さを覚える俺だが、その傍らで興奮を隠せないのは蘭だ。どうやらはじめての異世界に感動を覚えているらしい。
「ほんまにファンタジーゲームの世界に来たみたいやわ」
 これはあながち間違いではない。事実、この世界は剣と魔法で成り立っている。ただその方法は、少々独特だ。
「しかし澪桜、そのリー将軍というのは、信用出来るのか?」
 サクラの問いに俺はかぶりを振る。
「信じるも何も、今はそれにすがるしかないさ」
「情けない話やな」「全くだな」
 身も蓋もない二人に苦笑する俺だが、あのリー将軍を頼らねばならないことにゲンナリしている。
 ――確かに忠臣だが扱いづらく、鼻つまみ者だが実力者、と言ったところか。
 事実、亡き魔王ゾーラと互角に渡り合い、王国の危機にあっても、リー将軍だけは頑として残り続けており、戦にも長けている。
 ――とにかく今は仲間集めだ。それと情報がいる。
 切迫感に追われた俺は、先を急いだ。
 リー将軍が設営する陣地に着いたのは、その日の夜だ。至る所で篝火が焚かれる中、招きを受けた俺達は、リー将軍と面会を果たした。
「よぉ坊主。お前は厄災をもたらす――俺が言った通りになっただろう」
 酒を片手にガラ悪く言ってのけるリー将軍に、俺は返す言葉がない。リー将軍はニタニタと笑みを浮かべながら、俺の両サイドに控えるサクラと蘭を見比べ言った。
「女たらしの元魔王兼勇者か、噂通りだな。坊主、ジュリア女王がよろしく言ってたぜ」
「リー将軍、冷やかしは間に合ってる。悪いが時間がない。あのジャックを勇者の座から引き下ろす必要があるからな」
「根拠は?」
「コイツだ」
 俺は徴霊の剣を引き抜き、地面に突き立てた。たちまち光が溢れ俺を包み込む。それを見たリー将軍は、ふんっと鼻を鳴らし言った。
「なるほど。徴霊の剣は、お前を選んだってことか。だが俺は認めていない。協力は惜しまないが、お前が持つポテンシャル、その片鱗くらいは見せてもらおうか。着いて来い」
 リー将軍は酒の入った器を地面に叩きつけ、威勢よく立ち上るやマントを翻し俺達を案内した。
 その背中を追いながら俺は、思うところを問うた。
「リー将軍、アンタにとってこの魔霊界は何なんだ?」
「監視の対象だ。そう聞かされているだろう?」
「あぁ、だが本心は別にあるはずだ。何が将軍を将軍たらしめるのか聞きたい」
「ふん。生意気なガキだ」
 リー将軍は問い詰める俺に憤慨しつつ沈黙の後、こう言った。
「責務だ。残念ながら日本には、未来がない。巨額債務と止まらない少子化に、その巨体を持て余している。ならこの異世界で暴れるまでだ。それが俺が持つ国への忠義さ。坊主、お前は違うか?」
「あぁ、ちょっと違う。はじめは道楽だった。憧れだったファンタジーの世界で、冒険が出来るしな。だが、今は……何というか、その……俺の分身だ。俺そのものだと言ってもいい」
「ほぉ。まぁ、それもありだろう。ならお前が育てた分身とやらをくれてやる」
 リー将軍は傍らに控える配下の兵に命じ、目の前のテントの幕を開けさせた。中から出てきたのは、まさに俺が手塩にかけて育てた魔法法人たる召喚獣である。
「エンタープライズっ、ベンチャーじゃないかっ!」


 思わず俺は声をあげ、両手をあげて二体に駆け寄り抱きついた。照れ隠しか虚勢を張るエンタープライズと、ありのままの鈍臭さを見せるベンチャーに俺は涙を禁じ得ない。
 ――コイツらがあれば、俺は再起できる。この世界は、俺のものだっ!
 俺は心の中で秘めたる野心を叫んだ。

2 四神
「ひゃーうちら空飛んどるで!」
 声をあげるのは蘭だ。エンタープライズにまたがり任務を遂行すべく移動中なのだ。
 事の発端はリー将軍にある。
「澪桜、四神を取れ」
 作戦会議の場で命じられキョトンとする俺に、サクラが補足をいれた。何でも東西南北を司る神獣を意味し、これを揃えることが出来れば、大いなる戦力増加が見込まれるらしい。
「お前はすでに南の朱雀でエンタープライズを、西の白虎でベンチャーを得ている。残り二体を押さえるんだ」
 このリー将軍の命令を受け、俺は蘭とエンタープライズで移動中である。目的は東の浮島エデンに生息すると噂される青龍だ。
 玄武はサクラとベンチャーに任せている。二手に別れ、一気に戦力増強を目論んでいた。
 ちなみにこの任務の遂行にあたっては、一悶着あった。危険性を鑑み、蘭を現場から外そうとしたのだ。
 だが、これを蘭が拒絶する。
「うちも行くで」
 そう言って聞かないのだ。やむを得ず行動をともにすることとした俺だが実際、大いに助かっている。
「蘭、場所を教えてくれ」


「えぇで。前に見えるのが鮮麗山、その麓に流れるのが、零河やな。目的地まであと半分程やろ」
 地図を手に方向を確認する蘭にサポートされながら、俺はエンタープライズを全速力で飛ばせている。この作戦には、あのジャックが絡んでくることが予期されたからだ。
 ――アイツのことだ。俺達が四神を揃えることを見越しているはず。求められるのは速度だ。
 幸いサボり気味のエンタープライズも、今回は任務の重大さを認識してかいたく従順だ。俺は多少の無理強いをさせつつも、先を急いだ。 
 やがて、風が強まりはるか遠方に雷雲が現れた。その周囲には、黒き羽で羽ばたく召喚獣デスバードが五体、編隊を組み周囲を固めている。
「澪桜、方角を確認する限り浮島エデンはあの雷雲の中や」
「なるほどな」
 俺はうなずき前方を睨む。どうやらジャックは俺に青龍と接触させまいと、あらゆる手段で妨害に出てきたらしい。
「蘭、誘導を頼む!」
「えぇで。二体が後ろ、残る三体は左右に展開中や」
「上等だっ! 行けエンタープライズっ。雷雲に飛び込むんだ!」
 俺は叩きつける風の中でエンタープライズを旋回させ、大きく軌道を描かせた。案の定、デスバードの群れはその背後を付かんと、軌道の中に割り込んでくる。
 ――今だっ!
 俺はエンタープライズの背の上で立ち上がるや、引き抜いた徴霊の剣を天に向かって突き立てた。
 たちまち周囲の雷雲に稲光が走り、吸い寄せられた剣に降り注ぐ。帯電を確認した俺は、その剣を背後のデスバードに振り下ろした。
 剣から放たれた電気の波動が、見事に二体のデスバードを貫き、撃退に成功した。
「えぇで澪桜。残り三体っ、うち二体がこっちに向かってくる。挟み撃ちする気や」
「よしっ。エンタープライズ、やれっ!」
 俺の命令を受け、エンタープライズは一気に広げた翼を立て、その速度を押し殺す。突然の急ブレーキを受け、スピードののった二体のデスバードは互いにその身を激突させ、地上へ墜落していった。
 ――残り一体……。
 俺は最後のデスバードを探ると、上昇気流に乗って高度をぐんぐんあげて行った。
「なんやアイツ、逃げていくわ」
 ――いや、違うな……。
 笑う蘭に、俺はかぶりを振る。
「蘭、おそらく本命が来るぜ。アレはその誘いだ」
「どうするんや?」
「誘いにのるまでさ。エンタープライズ、奴を追え!」
 俺はエンタープライズに命令しつつ、その体力の消耗度を危惧した。だが、そこはエンタープライズである。限りない勝負強さを持ち合わせているだけに、俺の懸念に構う事なく、デスバードにぐんぐん近づいた。
 ――やっぱり修羅場は、コイツだな。
 感心する俺は、前方を睨む。そのまなこに長い巨体を泳がせる緑色の生物の姿が飛び込んできた。


「澪桜、アイツかいな?」
「あぁ、間違いない。青龍だ」
 俺は標的を逃げていくデスバードから、青龍へと切り替えた。距離をつめその姿を確認した俺は、青龍にまたがる金髪青眼の顔見知りを確認する。
 ――ジャック……。
 向こうもこちらを確認したようで、不気味な笑みを見せている。俺達は互いに並走し間合いを図りながら剣を手に吠えた。
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「澪桜、この時をずっと待ってましたよ」
「ジャック、なぜ裏切った?!」
「ただの既定路線です。言ったでしょう。僕が求めるのは、血湧き肉躍る世界だと。この世界は現実世界の日本と繋がっている。僕は勇者としてこの魔霊界だけでなく、日本そのものを救って差し上げたいんですよ」
「ふん、例の小さな政府論か?」
「澪桜、はっきり言いましょう。日本人は僕ら移民がキライです。外人の血で秩序を汚されるのがね。それは、海外の血が混じる君なら分かるでしょう」
「あぁ、確かにこの国の潔癖症には辟易させられることはある。イジメや差別を受けたことも一度や二度ではない。だが、それとこれは別だ」
「一緒ですよ。僕が好きな日本は、かつての斬新さと独創さに溢れたエネルギッシュな姿です。それには、政府は小さくあった方がいい。税制も然り、です。今ならそれが出来る。澪桜、君を犠牲にしてね」
「ジャック、真の魔王はお前だ。俺が勇者としてケリをつけてやる。この徴霊の剣でな」
「お相手しましょう。勇者澪桜殿……」
 ジャックは、話はそれまでとばかりに一帯の霊魂をその剣に宿らせる。対する俺も徴霊の剣で対抗した。
 いかにジャックの構築する青龍の結界とはいえ、三種の神器・草薙の剣をルーツとする徴霊の剣の敵ではない。たちまちジャックを凌ぐ霊力を魔術化した。
「食らえっ!」
 俺はエンタープライズから青龍へと跳び移り、ジャックに斬り掛かる。対するジャックも自らの剣で応戦していく。
 元々、ジャックとは剣道部で竹刀を交わし合う関係だ。実力が伯仲する中で、互いの手は知り尽くしており、なかなか決着へと結びつかない。
 だが、この青龍の背上での戦いでは、僅かに徴霊の剣をもつ俺が勝った。ジャックの持つ剣をその霊力でへし折ったのだ。
「ジャック、ここまでだ。降伏しろ」
 剣先を喉元に突きつける俺だが、ジャックはニヤリとほくそ笑む。その懐には一枚の鏡が隠されている。突如として俺の体から力が抜け始めた。
 ――な、何だこれは……。
 俺は身に起こる異変に困惑を隠せない。膝から崩れ落ちる俺と入れ替わるように、ジャックが白い歯を見せ勝ち誇った顔でこう言い放った。
「澪桜、八咫鏡ヤタノカガミです。三種の神器を持つのは、キミだけじゃないんですよ」
 ――八咫鏡だと!?
 俺の頭にサクラから聞かされた記憶がよぎる。何でも草薙の剣とは別に存在する三種の神器で、相手の霊力をその肉体ごと取り込む力を持つと聞かされていた。
 ――くそっ、このままやられてたまるか……。
 完全に虚を突かれた俺は必死に抵抗するものの、八咫鏡が持つ力を前にその霊力を吸い上げられていく。気がついたときには、完全に鏡の中の閉鎖空間に閉じ込められてしまった。

3 鏡面バトル
「なんだここは!?」
 白を基調とした幾何学的な空間に困惑する俺だが、その背中にジャックの声が突き刺さった。
「ようこそ。鏡の中の世界へ」
 声をかけるジャックだが、驚くべきはその数だ。分身と思しき十体の人影を引き連れているのである。
 それぞれが同じ姿で笑みを浮かべ、俺を取り囲んでいる。
 ――このままではやられるっ!
 危機感を覚えた俺は、脱出を試みるものの、徴霊の剣がない。どうやらジャックに取り上げられたようだ。
 万事休すとなった俺は、開き直りとばかりにその場に仁王立ちで言った。
「ふんっ、好きにしろ。ひと思いにやれ」
「残念ですが、それは僕の主義に反します。澪桜、キミのことは好きではなかった。親に恵まれながらもその道を拒み、好き勝手に振る舞うキミがね。これは僕からキミへの憎しみの一発です」
 そう言い放ったジャックの分身の一体が、俺の頬をぶん殴った。


 よろける俺を別の分身が受け止め、胸ぐらを掴むや「これはキミへの妬みの一発です」と、無防備な腹へ膝を叩き込んだ。
「うっ……」
 腹筋を貫通し内臓に抉り込むような蹴りに俺は、背中を丸めうずくまる。
 ――息が……出来ない……。
 腹を抱えのたうち回る俺だが、別の分身がさらなる蹴りを加えていく。その虐待たるや実に陰湿だ。これまで隠してきた感情を一発一発、丁寧に叩き込まれた俺は、たちまちボロ雑巾のごとくスタボロになった。
 やがて、ジャックは分身達にうずくまる俺を無理やり立たせるや、俺の顎を親指で突き上げ、目鼻の距離で底意地の悪げな顔を見せつけた。
「僕の気持ち、少しは分かって頂けましたでしょうか?」
 憎々しげな顔を目の前に突き出すジャックに、俺は最後っ屁とばかりに唾を吐きかけた。
 たちまちジャックの端正な顔が憎しみに歪んでいく。
「澪桜、その鼻っ柱の強さだけは認めましょう」
 ジャックは俺を物凄い表情で睨みながら唾を拭い、その手に剣を取る。
「澪桜、サヨナラです」
 ジャックの剣先が俺を貫こうとした矢先、異変が起きた。周囲を取り囲む鏡の空間が、音を立てて崩れ始めたのだ。
 気がついたときは、俺の体は外の世界に放り出され、目の前には腹這いに横たわる青龍と額から鮮血を流すジャック、さらにそのジャックから俺の身を庇わんとする蘭の姿があった。
「悪いけど澪桜には、これ以上触れさせへんで」
 そう言い尽くす蘭にジャックは「おのれ……」と憎しみをあらわに後退り、懐から出したアイテムでその身を消滅させ、逃げ去った。
 一方の蘭は、ジャックの背中を見届けるや否や、その場に崩れ落ちぐったりと横たわった。
「おい蘭、しっかりしろ!」
 叫ぶ俺は、蘭の手に握られた一枚の霊札に息を飲む。それは、自らの命と引き換えに強力な霊力を発生させる究極のアイテムだった。
「サクラさんに頼んで、もらったんや……どうせうちも長くないしな」
「おい何を言ってるんだ蘭。お前、手術は成功したって……」
「フフッ、あれは嘘……もう長くないなら、せめて私の好きなアンタに尽くそう……そう思ってな」
「蘭……」
 俺はあまりの事実に声を失ってしまった。
 ――こんなの……こんなの絶対、許せねぇ。 怒りと悲しみにくれる俺は、周りに目を走らせる。そこにはあるのは、静観するエンタープライズと虫の息となった青龍だ。
 ――こうなったら、奥の手だ。
 俺は徴霊の剣を手に取るや、瞳を閉じ呪文を唱えた。それは白髭先生から教わった事業承継税制を元とする転生の魔術である。
 ――頼む。うまくいってくれ。
 祈る俺に蘭の体から、その身に宿る霊魂が浮かび上がった。俺はそれをすかさず青龍に宿らせる。
 その途端、一帯が神々しい光に包まれ、蘭の霊魂が肉体ごと青龍に吸い込まれていった。
 ――よし、あと少し。頼むぜ……。
 ハラハラしながら成り行きを見守る俺だが、どうやらその祈りは通じたようである。蘭の全てを取り込んだ青龍が目を覚ました。
「蘭、分かるか? 俺だ!」
 その身を揺さぶる俺に青龍が応答する。首をもたげ、うなずいて見せるその姿は青龍だが、宿る魂は蘭そのものだ。
 今、蘭は神獣に生まれ変わったのである。
「よかった……」
 俺は涙を禁じ得ない。一方、青龍と化した蘭は、その持つあり余るパワーを解き放つべく、俺の前にその身を差し出した。
「よし、蘭。行こう!」
 俺はその長首にまたがり、エンタープライズとともに一気に天へと駆け上がった。その力強さたるや、驚くべきものである。あっという間に一帯を見下ろす上層部まで昇りつめてしまった。


 無論、これは一時的な処理に過ぎない。蘭の霊魂が完全に復活すれば、元の姿に戻ることも可能だろう。
 だが今は、ともかく青龍を母体とし、ともに戦う道を選んだ。
「蘭、帰るぜ。リー将軍の陣地までひとっ飛びだ」
 笑いかける俺に蘭は、その長い体をしならせ、エンタープライズとともに帰路についた。

4 タイプ別プロファイル

 朱雀、白虎、青龍、玄武――四神全てを揃えた俺達だったが、状況はさらに複雑さを呈している。
 ジュリアが忽然と姿を消したのだ。さらに不可解なのが、リー将軍である。まるで女王の不在を見越したかの如く、傘下の軍を動かし始めたのだ。
「一体、どう言うことだ」
 陣地に帰還するや声を荒げる俺だが、リー将軍は机上に足を放り出し、そっぽを向きながら言った。
「知らん。知りたきゃお前らが勝手に動け」
「それは、我らに四神を委ね遊撃軍になれと言うことだな?」
 サクラが念を押すものの、リー将軍はそれに答えることなく、鋭い視線で俺に言った。
「澪桜。お前は以前、この魔霊界は自身そのものだと言ったよな。ならここで証明して見せろ」
 ――なるほど。独断行動を見逃すかわりに、失敗すれば軍法に処すってことか。
 俺はリー将軍の意を汲み、了承の意を伝えた。するとリー将軍は部下に命じ一人の人物を呼んだ。現れたのは見覚えのある顔である。
「剛!?」
「よぉ澪桜、久しぶりだな」
 驚く俺に、剛は意味深な笑みを浮かべている。そもそも剛は二重スパイとして国王軍と魔王軍を天秤にかけ、情報屋を生業にしてきた人物だ。
 その剛が何を思ったのか、リー将軍のもとにいたのである。
「澪桜、この男をよこす。好きに使え」
 リー将軍はそれだけ言うや、俺達を下がらせた。不可解さを感じた俺は早速、剛を問い詰める。
「おい剛。一体、どう言うことだよ!?」
「どうもこうもないさ。そろそろ俺も身を固めようと思ってな」
「嘘つけ。お前がそんなことを思うかよ。さては白髭先生の入れ知恵だな」
「フフッ、その辺は想像に任せるぜ。ま、お前のことは俺が監視させてもらう。リー将軍の命令だ。悪く思うなよ」
 あっけらかんと言ってのける剛に、俺は不穏な何かを感じている。傍らに控えるサクラも同じ感想の様だ。
 ――これは、何かあるな……。
 第六感が鋭く働く俺だが、剛の情報ネットワークが貴重な戦力であることに変わりはない。
 早速、その情報を求めた。
「なぁ剛。今、何が起きているんだ?」
「知りたいか?」
「あぁ、早く言え!」
 焦らす剛に俺は苛立ちを覚えつつ、サクラとともに聞き耳を立てた。すると剛はニヤリと笑みを浮かべ、水面下で進行中の極秘計画を晒し始めた。
 それは、ジュリアの出生にまつわる陰謀である。その内容に俺は眉をひそめた。
 ――そんな事があり得るのか……。
 剛を疑う俺だが、その一方で冷静に頭を働かせている。確かにその話を裏付ける根拠はあった。
 これまでの亡きジパング王や魔王ゾーラといい、ジュリアの言動といい、剛の話を前提に考えれば全て辻褄が合ってしまう。
 ただそのあまりの内容に俺は、憤りの感情を抑えることができない。
「あの腐れ外道どもめ。どこまで鬼畜でゲスなんだ」
 思わず罵る俺に剛は諭すような口調で言った。
「澪桜、これが紛れもない現実なんだよ」


「だったら、こっちも相応の行動で出るのみだ」
 俺は地図を広げると、ここぞと思しき場所をマークしていく。猛烈に頭を働かせ、魔霊界全体の諸勢力を俯瞰しつつ、作戦の絵図を描き始めた。
「いいか。あくまで推測が前提だが、俺達は諸勢力の利害に立った上で、ジュリアを救うべく遊撃を遂行する。まず今、一番激しく動いているリー将軍だが、奴はセント川で必ず進軍を止める」
「ほぉ、なぜそう思う?」
 剛の問いに俺は、ズバリと答えた。
「アイツが持つ軍には、性質的な制約があるからだ。これまでの戦歴を見ても、常に軍を二手に分け、前軍に後軍を補完させている。例えるなら贈与税で相続税を補完させるハイブリット、一税法二税目の資産税タイプなんだ」
 俺は地図上に手駒を配しながら、さらに続ける。
「次に姿こそ直接見せないものの、軍略で間接的に将と兵を動かす白髭先生だ。納税者と担税者を異にする消費税タイプと言えよう。軍の移動に注目するリー将軍と違って、戦力が持つ価値の付加に重きを置いている。となれば動きはこうさ」
 説明を続ける俺に剛は「なるほど」とうなずきつつ、問うた。
「魔物達は、どうなんだ」
「アイツらなら心配はいらない。魔王ゾーラを失い、今や烏合の衆だ。言って見れば本税なき後の付帯税みたいなもんさ」
 その後も俺は次々と諸勢力の動きを読んでいく。二人は黙ったまま聞き役に徹しているが、分析が佳境に入ったところで、意を察したサクラが声を上げた。
「まさか、お兄様は法人税をやるつもり!?」
「ほお、よく分かったな。そうだ。収益と費用に対し益金と損金――俺はこの似て非なるこの二つで動く。おそらくジャックも同じ腹だ。なら鍵は別表四と別表五、ここに四神の全てをぶつける!」
「フッ、お前らしいよ。いいだろう。その作戦で行こう」
 剛が笑みを浮かべつつ、俺に同意して見せた。これにサクラも続く。二人の同意を得た俺は、さらに細部を詰めるべく情報収集と分析を重ねた。
 ただ一つ、ジャックの正確な潜伏先だけは突き止められない。
 ――ジャックめ、次こそケリをつけてやる。
 俺は心の中でリベンジを誓いつつ、ジャックの潜伏場所とジュリアの消息を追い続けた。

第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6

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