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【挿絵小説】タックスキングダム 第三章

1 ライバル

 魔霊界で大いに暴れた俺だが、現実世界でもそれは変わらない。剣道のインターハイで並々ならぬ成績を残したのだ。
 特に団体戦では俺とジャックのコンビで強豪校を次々に撃破し、惜しくも優勝には至らなかったが、それでも十分に満足のいく結果を叩き出した。
 その一方でバンド活動にも精を出している。
「体が幾つあっても足りねぇよ」
 ぼやく俺に苦笑するのは、ジャックだ。事実、例のテロ事件を機に知名度を得た俺達のバンド・タークスは、全国区となっている。
 全てが満ちていく中、ジャックが俺を戒めた。
「澪桜。好事魔多しですよ」
「あぁ、分かってるさ。あくまで本分は魔霊界、その基本は税制だ」
 俺は改めて税務に通ずることの大切さを痛感している。魔霊界で生き残るには、それしかないのだ。念頭にあるのは、洞窟での魔王ゾーラとの戦いである。
 赤く目を光らせ、こちらの動きを完全に読むが如くの戦いぶりに完敗状態だった俺だったが、ここで一つの疑念を感じている。
 ――もしかしたら魔王の奴、魔術で俺の心を読んでいやがったんじゃないか。
 あの時は何とか騙し討ちで乗り切った俺だが、地力の差は明らかだ。奴に勝利するにはもっと上手く霊力を徴収する必要があるらしい。
 俺は帰宅とともに早速、兄貴の部屋を訪れた。
「兄貴、今日は損益通算について教えてくれ」
 レクチャーを乞う俺に兄貴は「やれやれ」とため息をつきつつ、まんざらでもなさそうな表情で説いた。
「要するに所得と損失の相殺さ。利益が出たときは税がかかるのは分かるよな。逆に損失が出た場合は、利益から差し引いて減税できるんだ」
「だが兄貴、所得は十種類に分かれるんだろう。どの損失から通算してもいいのか?」
「いや、不動産や事業、譲渡や山林の所得に限られる。順番もあるしな」
 俺は兄貴から懇々と説明を受けながら、その知識をいかに魔術化するかについて、頭を働かせていく。
 やがて、その説明が佳境に差し掛かったところで、もう一つの本題を切り出した。
「兄貴、そもそもなんだが、自然人でも法人でもない……何というか、その中間的なものへの課税はどうなってるんだ?」
 念頭にあるのは、例の浮遊石だ。万物に宿る神々から霊力を徴収するのが魔術の基本だが、浮遊石はその特殊性ゆえに徴収が及ばないのである。
 この懸念に対し兄貴は、一つの概念を示した。〈人格なき社団〉である。
「何だそれは?」
 首を傾げる俺に兄貴は、その内容を説いた。何でも権利・義務の主体となりえないにもかかわらず、社団としての実質を備えるものらしい。
「簡単に言えば町内会や自治会、学校のPTAさ」
「なるほど。で、その人格なき社団は課税の対象になり得るのか?」
「収益事業に対してはな」
 太鼓判を押す兄貴に俺は、興奮を覚えた。もし、浮遊石から人格なき社団への課税同様に霊力を徴収できれば、強力な魔術となるのは疑いようもない。
 ―ー魔王を倒せるかもしれない。
 俺はノート片手に、兄貴の説明を書きとめ続けた。


 季節は完全な夏を迎えている。すでに学校は夏休みに入っており、有り余る時間を魔霊界や剣道、バンド活動に全振り中だ。
 今日も和馬やサクラとともにライブ会場へと向かっているところである。
「しかし、驚いたな」
 電車で揺られながら、俺はスマホのネットニュースを眺める。かつて剣道部に所属し、テロを引き起こした剛が脱獄したらしいのだ。
「まだ見つかってないみたいだね」
「あぁ、逃走中だ」
 俺は和馬に返答しつつ、サクラを見た。その目には、現実世界で進行しつつある何かに懸念を覚える様子がうかがえた。
 ――さて、どうしたものか。
 俺は腕を組み頭を捻る。そもそもサクラがバンド活動に協力してくれた目的は、こちら側の世界で復活しつつある魔王が、ミュージシャン絡みと見たからだ。
 実際、剛によるテロもライブ会場で起きた。水面下で何かが進んでいるのは疑いようがないのだが、その全容が見えないだけに不気味さが残り続けている。
 ――今は我慢だ。そのうち奴らは尻尾を出す。その兆候を掴むまでは、この体制で行くしかない。
 俺はサクラの心中を察しつつ、皆で目的の駅に降り立った。



 会場入りした俺達は、熱狂をもって迎えられた。テロ実行犯を取り押さえたことが、いまだに俺達の人気を押し上げているらしい。
「凄い熱気だね」
「あぁ、このビッグウェーブに乗って行こうぜ」
 俺は和馬にウィンクするや、三人でステージへと上がり、勢いそのままに演奏へとなだれ込んだ。
 もはや会場のボルテージは、最高潮だ。無論、観客の注目はボーカルのサクラなのだが、それでも俺達は興奮を隠せない。
 ――このままミュージシャンの階段を駆け上がれば、夢が叶う。
 そんな野心を秘めつつ、俺は大いに沸く会場で演奏に没頭していった。
 やがて、全ての曲を演奏し切った俺達は、歓声に包まれながらステージを降りていく。入れ替わるように姿を現したのが〈エルタ〉と名乗る学生バンドだ。
 そのすれ違い様、エルタでボーカルを張る女子学生がボソッと捨て台詞を吐いた。
「とっととどきや。このヘタクソ!」
 この茶髪で関西弁丸出しの勝気そうなボーカルの名は、森田蘭モリタランといい、労せず人気者となった俺達を徹底的に敵視している。SNSでも打倒タークスを公言して憚らない代表格なのだ。
 ステージに上がり演奏を開始するエルタを苦々しく眺める俺に、和馬が言った。


「仕方がないよ。僕らがラッキーだったのは事実だし、彼女の実力は折り紙付きだ」
「あぁ、分かってるさ」
 俺は和馬にうなずく。事実、その歌声はプロレベルでアニメの主題歌の仕事も見事に勝ち取っている。そんな蘭らを横目にサクラに問うた。
「サクラ、アイツらだが、どう思う?」
「今のところ魔王との関係は見られない。ただ、利用されやすい立ち位置にいることだけは事実だろう」
「だよな」
 俺は改めてステージ上の蘭とそのグループに視線を向ける。ギラついた目といい、敵愾心を隠さない姿勢といい、まさにライバルと呼ぶに相応しい存在だ。
 だが、その関係が意外な方向に転がることを、俺は後々、痛感することになる。

2 魔王ゾーラ

 魔霊界の城内訓練所で俺は特訓を受けている。どうやって浮遊石に宿る神々から霊力を徴収し、魔術化するについて試行錯誤を重ねているのだ。
 ――鍵は〈人格なき社団〉だ。
 俺は兄貴から受けた税法上のレクチャーを思い出す。現実世界においても自然人でも法人でもないこの中間的な存在への課税は、一つのトピックだ。
 当然、魔霊界においても自然霊とも魔法法人とも取れないこの存在は、厄介ではある。
 ――だが、もしこれを御せればデカい。
 まさに特訓三昧な日々なのだが、そこへ朗報が届く。
「魔王軍が敗れた?」
 思わず声をあげる俺に、駆けつけたジュリア姫がうなずく。ジパング王傘下でも常勝で鳴るリー将軍が奇襲をかけ見事に打ち破ったらしいのだが、問題はその後だ。
 忽然と魔王軍が消えたのである。
「一体、どういうことなんだ?」
「分かりません。ただ存在が確認できなくなったとしか今は」
「つまり、俺達の出番という訳か」
 うなずくジュリア姫を前に俺は頭を働かせる。
 ――あの魔王のことだ。必ず何かを企んでいる。まずは偵察だ。エンタープライズを使おう。
 俺は早速、ジュリア姫、サクラ、ジャックを交え魔霊界の地図を囲む。
「ジャック、この一帯の偵察はどうだ?」
「危険です。距離を置いて探るのがベストでしょう」
「サクラはどう思う?」
「異論はないが、山岳や森は匂うな」
「オーケー、このルートで行こう」
 俺は皆の意見を取り入れ、地図に書き込みを入れていく。やがて、可能な範囲で魔霊界全般を探る冒険的なプランが仕上がった。
 早速、ジパング王の元へ裁可を仰ぎに赴いた俺達だが、ここでジュリア姫が大胆に参加を申し出た。
「ジュリア、そなたはこの国の姫だぞ。もっとすべき事があろう」
 呆れながら異議を唱えるジパング王にジュリア姫は「だからこそです」と声を上げた。
 その後、喧々諤々と言い合いが続いたものの、ジュリア姫の決意は固い。結局、ジパング王が折れることとなった。
「澪桜、ジュリアを頼む」
 頭を下げるジパング王に俺は「必ずや姫を」と誓ってみせた。
 かくしてジュリア姫を含む俺達四人は、ジパング王の見送りの下、エンタープライズにまたがり空高く舞い上がって行った。



 魔王軍索敵作戦から二日目、月夜の空から浮島諸島群をしらみ潰しに探って行くものの、魔王軍の存在は一切、確認できない。


「奴ら、どこへ行きやがったんだ?」
「確かにあれほどいた魔物達が、完全に姿を消していますね」
 ジャックが同意し、サクラも地図を手に頭を抱えている。そんな中、思わぬ可能性を指摘するのが、ジュリア姫だ。
「もしかしたら地下世界に行ったのかも」
「地下世界って浮島の下にある下界ですか?!」
「えぇ、あくまで可能性の話ですが……」
 言葉を濁すジュリア姫にサクラが異議を唱えた。
「澪桜、いくらエンタープライズが使えても、下界までは広大過ぎて手に余るぞ」
「あぁ、分かってるさ。要するにアレを使えばいいんだろう?」
 投げやりな俺にジャックが苦笑しつつ、言った。
「ご理解が早くて助かります。澪桜、ここはあなたの出番です」 
 ――やれやれ……。
 俺は徐ろに徴霊の剣を引き抜くや、目の前にかざし瞳を閉じる。精神を集中させた後、浮島中に宿るすべての浮遊石に協力の文言を誦じた。
「浮遊石に宿りし、魔法法人にも自然霊にも当たらない人格なき神々に命ず。我が徴収に応じられたし」
 盛大に呼び掛ける俺だが、案の定、大した霊力を集めるまでには至っていない。だが、それでも魔王の行方を知るには、十分な手がかりは得た。
 脳裏に魔王の行方を知らせる走馬灯が流れたのだ。それは、魔王が魔物を地下に封印し、魔法陣を前に何かを試みるビションだった。
「サクラ、ジャック、こんな場所なんだが分かるか?」
 俺は二人に頭によぎったビジョンが示す簡単な絵地図を描いてみせた。するとすぐさま反応が返ってきた。何でもここから北方に位置する下界らしい。
「よし、行こう。エンタープライズ、全速前進だ!」
 俺の命令にエンタープライズは急降下で速度を稼ぐや、一気に目的の下界へと俺達を運んでいった。
 やがて、目的地と思しき場所まで来たところで俺達は地上へと降り立ち、魔王のアジトと思しき場所へと潜り込んでいく。
 すると目の前に魔法陣が彫られた祭壇らしき場所が現れた。
「間違いない。異世界転装置だ」
 声をあげるサクラに「どういうことだよ」と俺が問う。答えたのはジャックだ。
「つまり、魔王はここからリー将軍との戦いで失った戦力を補うべく、君のいる現実世界へと向かったんですよ」
「何だそれは!?」
 思わず声をあげる俺だが、そこへまさにその魔法陣が作動した。たちまち一帯が光に包まれ、俺達は有無を言わさず魔霊界から現実世界へと引き戻されていった。



 俺達が降り立った場所――それは、コスプレ会場である。周囲がアニメやゲームのキャラを模した格好で埋め尽くされる中、中世風の格好をした俺達は、特に目立つこともなく馴染んでしまっている。


「ここが澪桜さんの世界、ですか?」
 はじめて現実世界を知ったジュリア姫は、戸惑いつつもどこか興奮気味だ。一方で俺は魔王の行く先を求め手がかりを探している。
 だが、そこへ人を小馬鹿にしたような生意気な声が響く。
「何? アンタってオタクやったんか?」
 振り向いた俺の前にいる声の主は、俺達のバンド〈タークス〉を敵視してやまない、あの蘭である。
 どうやらこのコスプレ会場でアニメの新曲を披露することになっているらしい。俺は投げやり気味に言った。
「こっちにも色々事情があるんだよ」
「何それ、バッカみたい。そうや。アンタにいいことを教えてあげるわ。私らに新しいスポンサーがついたの。投資家のゾーラ・タカスギさんよ」
 蘭の手招きに応じ、現れた人物に俺は目を見開いた。服装こそ違うものの、怪しげな目で微笑をたたえるその顔は、忘れようもない。
「お前は魔王ゾーラっ!」
 思わず剣に手をかける俺だが、それをジャックが止める。無理もない。ここは現実世界なのだ。
 いきりたつ俺は、蘭に吠える。
「おい蘭、今すぐそいつから離れろ。そいつはお前が思っているような奴じゃない」
「はぁ!? 何言ってんの。嫉妬でもしてるんかいな」
 忠告に全く耳を貸さない蘭に俺は幻滅の念を禁じ得ない。そんな俺に魔王ことゾーラ・タカスギは、涼しげな顔で言った。
「澪桜、君達の人気は長くは続かない。あちらの世界の弟にも言っておいてくれ。首を洗って待っておけ、とな」

3 アンサーソング

 魔王が現実世界に戻っている――魔霊界に戻った俺達の報告を受け、ジパング王は驚きの声をあげた。かくいう俺も魔王の腹が読めない。
 一体、なぜ現実世界の音楽界へ――疑問を投げかける俺に、ジパング王が苦々しい表情で言った。
「澪桜、この世界が万物に宿る八百万の神から徴収する霊力によって成り立っていることは、知っておろう。同時にあちらの現実世界ともリンクしている。兄は双方の世界に厄災をもたらし、その混乱に乗じて覇を唱え牛耳ろうとしているのだ」
「はぁ……しかし、なぜそれが軽音バンドなんでしょう」
「それが兄のやり方なのだ。あれは一見、無関係の世界から着想を得て、己の世界に引きずり込む才を持っておる。おそらく此度もなんらかの青写真は描いているはずだ」
 ジパング王は苛立ちを覚えつつ、頭をフル回転させている。やがて、覚悟を決めたように言った。
「澪桜、応戦しよう。向こうが音楽バンドに打って出るなら、こちらも同様の手で打って出るまでだ」
「と、申しますと?」
「あちらの世界で、新たに芸能プロダクションを設立する。そなたらは、その所属バンドとして活動するのだ。マネージャーに我が娘ジュリアをつけよう。音楽活動を通じて、弟の陰謀を暴き阻止してくれ」
 これには、流石の俺も興奮を覚えた。思わぬ形で夢が叶ったのだ。
 ――いよいよプロの道が開ける。
 拳を握りしめる俺だが、ジパング王は釘を刺すことも忘れない。
「よいか澪桜、これはあくまで魔王対策だ。そなたの本分は、税制を模したこの魔霊界との橋渡しだと言うことを忘れるな」
「もちろんです」
 俺は皆とジパング王に拝礼するや、その準備にかかるべく、王の間を引き下がった。



 かくして俺達のバンド・タークスは、強力なスポンサーを得た。現実世界に戻った俺達は、新たに立ち上げた事務所の設立作業に追われている。
 無論、税金上のサポートは兄貴に丸投げだ。
「いや悪いな兄貴。いつも頼ってばかりで」
「全くだ。なんで俺がお前の世話などに……」
 愚痴を並べる兄だが、その表情はまんざらでもなさげだ。どうやら珍しい顧問客を得たことに新鮮味を覚えているようである。ちなみに名前は、ジパング王にちなんで〈ジャポーネ芸能事務所〉である。
 法人設立届出書に納期の特例、青色申告の承認申請書など必要な手続きを踏んでいく中、慣れない作業に困惑を覚えるのは、ジュリア姫だ。


「不束者ながら私がマネージャーとして、サポートしますね」
 そう宣言するものの、新たな世界での生活に悪戦苦闘中である。ただ、意気込みは感じられた。
 必死に準備にいそしむ生真面目なジュリアを眺めながら、いつしか俺はジパング王から密かに受けた伝令を思い出している。
〈我が娘ジュリアだがな。あれは、いまだに己のポテンシャルを引き出せずにいる。これまで色々試したが、ことごとく失敗に終わった。よってアプローチを変える。そなたらのマネージャーにつかせたのは、そういう意味なのだ〉
 ジパング王は、周囲に誰もいないことを確認し、深々と頭を下げた。
〈澪桜、ジュリアを長い目で見てやってくれ。双方の世界に救いをもたらすことが出来るのは、あの娘だけなのだ。どうかポテンシャルを引き出してやって欲しい〉
 ――ポテンシャル、か……。
 様々な思惑が交錯する中、俺は本格的にはじまるであろう新たな戦いに向け武者震いを覚えていた。



 音楽事務所の後ろ盾を得た俺は、ますますバンド活動にのめり込んでいく。無論、剣道や学業と両立させつつだ。
 やりたいことは全てやる――鼻息の荒い俺は、思わぬ人物との再会を果たす。丁度、単身で帰路についていたとき、道中にかつての剣道部仲間で脱獄中の剛が現れたのだ。
「剛!?」
 思わず声をあげる俺に剛は、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「よぉ、久しぶりだな。澪桜」
「脱獄中のお前が何の用だ。魔王の手先め」
「そうツンケンすんなよ、今日は情報を持ってきた。お前を敵視するボーカル・森田蘭の弱点だ。聞きたいだろう?」
 俺は憤りを覚えつつ、剛の話に耳を傾ける。剛はここぞとばかりに切り出した。
「あの森田蘭はな、歌手としては超一流だが、致命的な欠陥を抱えている。本人は隠しているが、アイツは筋肉を硬直させる難病持ちだ」
「初耳だ。直せない病気なのか?」
「治療に金がかかる。だが頼るべき両親は、借金苦で蒸発していてな。帰宅したらもぬけの殻になっていたらしい。残された蘭が病弱の弟と生きていくために頼ったのが、反社勢力をバックに持つ芸能事務所という訳だ」
 聞き耳を立てる俺に剛は、畳み掛ける。
「澪桜。蘭は今、黒い連中と組んででも稼ぐべき金がいるんだ。いずれ難病で歌えなくなる日が来ると分かっていてもな。どうする? このネタを週刊誌に持ち込めば、一気に蘭を蹴落とせるぜ」
 証拠資料を片手に持ち掛ける剛にしばし間を置いた俺だが、やがてかぶりを振りながら、資料を突き返した。


「剛。悪いがこの話、聞かなかったことにする」
「ほぉ。ガチで蘭と勝負すると? 言っとくがあの女は、天才だ。今、戦っても勝ち目は薄いぞ」
「それが蘭の望む道なら、俺は大いに相手になるよ」
「ふっ、澪桜。お前らしいぜ。まぁいい。だが忘れるな。蘭との戦いで行き着く先は税制を模したあの魔霊界だ。健闘を祈っている。じゃぁな」
 剛はそれだけ述べるや、俺に背を向け去っていった。残された俺はポツンと路上に立ち尽くし、考え事に耽り始めた。
 破滅の先に見える一筋の光――これが蘭の歌に共通するテーマだ。今思えば、それは蘭が持つ秘めた願望の裏返しなのだろう。 
 ――蘭には、どこか生き急いでいる感があったが、アイツには今しか自分を活かす道はないという訳か。
 納得する俺だが、それでこちらが遠慮することを是とする蘭でないことは、重々承知している。ゆえに全力でかかるつもりだし、その先に魔王ゾーラの真の狙いがうかがえると見ている。
 その夜、帰宅した俺は早速、楽譜にペンを走らせた。今の偽らざる気持ちを音楽という型に落とし込むためだ。
「確かに蘭に敵わない。だが、それでも俺は勝ちたい。それもアイツと真剣勝負が出来るうちに」
 俺は、今のありのままの思いを一気呵成に歌へ昇華させていく。時を忘れ没頭し、気がつけば夜は完全にふけていた。

 翌日、俺は新曲をタークスのメンバーに披露した。真っ先に食いついたのは、和馬だ。
「へぇ、いいね。ちょっと今までの澪桜と雰囲気が違ってて」
「まぁ、徹夜で作ったやつなんだがな」
「私も和馬と同意見だ」
 同調するのは、サクラである。ジャックも同様だ。早速、音合わせに入った俺達は、急造スタジオで収録を済ませるやネットに配信していく。
 たちまち新曲に感想が集まり始めた。
「高評価連発だ。澪桜、これはイケる!」
 興奮する和馬の傍らで俺は、感想に目を走らせた。確かに好評だが、どれも表面上を薄く捉えたものばかりで真の意図は伝わっていない。
 ――無理もない、か……。
 若干の物足りなさを感じる俺だが、その新曲に秘めたメッセージを正確に把握した人物がいる。蘭だ。
 驚くべきは、その反応である。アップロードからほとんど間を置かないうちに、俺の新曲に対するアンサーソングを作り上げてしまったのだ。
 アンタとは才能も覚悟も違う――そう言いたげな蘭の挑発的な新曲返しだった。

第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6

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