![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145055617/rectangle_large_type_2_b1a9acaa05770e4349692a0db0ba65c8.jpg?width=1200)
【挿絵小説】タックスキングダム 第五章
1 文化祭
文化祭が迫っている。校内が徐々に彩られていく中、俺達のバンド・タークスもその準備に追われている。厄介なのは、そこに蘭達のエルタが加わっている点だ。
「何でうちがアンタらのバンドに参加せなあかんねん」
文句を垂れる蘭に俺は「それはこっちのセリフだ」と言い返す。実はこれには、特殊事情が絡んでいる。
「蘭、うちの校長がお前のファンなんだよ。夏の音楽フェスでやったコラボが忘れられないらしい」
「あのなぁ。あれはスポンサーに言われて嫌々引き受けただけや。本心では……」
「分かってる。とにかくしょうがないだろう」
喧々諤々とやり合う俺達だが、そこへ教室の扉がガラリと開く。現れたのは騒動の中心である。
「や、元気にしてるかね。タークスとエルタの諸君」
素っ頓狂な声を響かせる恰幅のいい人物こそ、我が校における職務権限の一切を司る校長だ。その傍らには、ジュリア姫を伴っている。
――また姫の差し金か?
疑いの眼差しを向ける俺だが、ジュリア姫はかぶりを振っている。どうやら完全な校長の趣味らしい。職権濫用もいいとこである。
呆れる俺だが、校長は構うことなくズカズカと乗り込み、有無を言わさず蘭の手をがっしり握った。
「いやぁ蘭君。いつも応援しているよ。是非、我が校でもキミのハスキーボイスを響かせてくれたまえ」
さらにあろうことか蘭の尻をパンっと叩くや、ケラケラ笑いながら部屋を出て行った。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145030207/picture_pc_947f3c637753ff3226a56c8d48be1ec1.png?width=1200)
明らかに応援を超え、セクハラの域に達する校長の傍若無人ぶりに蘭は呆気に取られている。
「澪桜。アンタんとこの校長って一体、どうなってんのよ?」
「ああいう人なんだよ。我慢してやってくれ」
俺は校長になり変わって頭を下げる。というのもこの校長は、行く先々で様々な問題を起こしつつも、なぜか騒動を丸くおさめる謎の人徳を持っているのだ。
事実、地域社会から様々な案件を持ち込まれ、その人脈の広さは計り知れない。反社のレッテルを貼られた俺達を救ったのも、この校長なのだ。
その旨を説明すると、蘭は分かったとばかりに肩をすくめ言った。
「まぁえぇわ。とにかく音合わせといこか」
口では散々、嫌がる姿勢を見せるものの、いざ演奏となるとガラリと態度を豹変させるのが蘭である。それは、この日も健在だ。
俺が文化祭用に仕上げた曲を、ほとんどミスなく一発で歌い上げてしまった。それだけではない。
「澪桜。ここ、こうした方がええんちゃう?」
楽譜を指で示しつつ、納得がいく説明で改善点まで指摘していくのだ。
――要するに天才だ。惜しいよな……。
俺は改めて蘭が持つ難病に同情した。同時にこの限られた時間を共有できる喜びを覚えるようにすらなっていた。
「それでしばらく蘭達と一緒にバンドを?」
剣道の稽古を終え、面を外す俺にジャックが話しかける。俺は大きくうなずき返答した。
「あの校長には、何度か助けられたしな」
「澪桜。それは大いに結構ですが、ご自身の本分だけはお忘れなく」
「分かってるさ。魔霊界だろ。でも肝心のエンタープライズがあの状況では、どうしようもないだろう」
苛立つ俺だが、ジャックは意味深な笑みを見せている。その表情から察した俺は、恐る恐る問うた。
「もしかして、もう治ってるのか?」
「えぇ」
「マジか!?」
思わず声を上げる俺は、思い立ったが吉日とばかりに立ち上がる。
「ジャック、魔霊界へ行こう!」
「え、今からですか?!」
「当然だろう。善は急げさ。行くぜ」
俺は強引にジャックを誘うや、魔霊界へと乗り込んだ。いつもの場所へ赴くと、調教係のサクラが待っている。その傍らには、見事に再生を果たしたエンタープライズがいた。
「エンタープライズっ、会いたかったぜ!」
駆け寄る俺だが、エンタープライズの様子がおかしい。ツンと澄まし顔でソッポ向き、こちらを見向きもしないのだ。
「どうしたんだ。エンタープライズ?」
首を傾げる俺だが次の瞬間、驚くべきことが起きた。なんとエンタープライズが言葉を発したのだ。
「レオ。メシ、早くシロ」
「え……おいサクラ。どうなってんだ?!」
「どうもこうもそう言うことだよ。澪桜」
微笑みかけるサクラに唖然としつつ、俺はエンタープライズを眺めた。どうやら傷の回復だけでなく、言葉も習得し始めたようである。
片言ながらも声を発するエンタープライズに俺の目尻は下がり放しだ。エンタープライズの巣立ちは近いようである。
「よし。エンタープライズ、飛ぶぞ」
俺は命じるものの、エンタープライズは、まるで聞く耳を持たない。
困惑する俺にサクラが、肩をすくめながら言った。
「どうやら反抗期に差し掛かったらしい」
「はぁ!?」
俺は思わず声を上げる。曲がりなりにもエンタープライズは魔法法人だ。召喚主の要望に応えないなど論外なのだが、現実は違うようだ。
仕方がないので、俺はとにかくエンタープライズを褒めた。その上でいかに俺の要望が喫緊であるかを説き伏せ、なんとかエンタープライズにやる気を出させた。
――やれやれ、先が思いやられる。
俺は新たな段階に入ったこの召喚獣に頭を痛めつつ、スペックを確認していく。
諸性能を調べB/SとP/Lにまとめ上げるのが、目的だ。
「魔法決算も近い。頼むぜエンタープライズ」
「オレ、知ったことじゃナイ」
「そういうな。これはお前のためでもあるんだ」
俺は懇々と説き伏せつつ、難しい年頃に入ったエンタープライズをあの手この手で御していった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025346/picture_pc_60b7c8e8b56e055c72af8f26e4fa7e21.png?width=1200)
やがて、全ての測定を終えたところでエンタープライズの詳細を魔法決算書にまとめていく。
「凄いな……」
帳簿類を前に改めてエンタープライズの潜在力を痛感した。なんと言っても力強さに溢れているのだ。
――そりゃぁ、生意気にもなるか。
俺は苦笑しつつエンタープライズが叩き出した霊魂を利益化し、魔法局に納めるべき魔力を別表として算出していく。簡単に言えば税金であり、早い話がみかじめ料だ。
――兄貴の税法ソフトを転用できるのはラッキーだな。あとは申告と納霊か。
俺は期限を睨みつつ、召喚獣・エンタープライズの魔術決算書を閉じた。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025511/picture_pc_4ba69d0e12346d16225ec60bbf8d8ee6.png?width=1200)
2 トラップ
文化祭に向け、俺達タークスと蘭達エルタは練習に明け暮れている。ちなみにバンドの構成は、前回の音楽フェス同様に蘭とサクラのダブルボーカルが軸だ。
「ま、こんなところやろ」
文化祭を明日に控え、バンド練習を終えたところで蘭がうなずいて見せた。もっとも周りのメンバーは、蘭の求める高いレベルに辟易し、すでに疲労困憊である。
――もう当面は、楽器も見たくねぇ。
蘭達やサクラと別れ解放された俺は、ゲンナリしつつ雨中の帰路につく。傘を片手に楽器を背負いながらアパートの階段を登って行くものの、その足取りはいつもより重い。
だが家の前に到着すると、思わぬ人物が待っていた。ジュリア姫である。その表情はどこか不安げだ。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025583/picture_pc_187e6c5a669003e62240198f6ddf9e21.png?width=1200)
「姫。何かあったんですか。確か今日は非番だったんじゃ……」
「えぇ、実は折り入って澪桜さんに相談があって」
ジュリア姫は徐ろにスマホを取り出すや、動画サイトを開いて見せながら言った。
「今度の文化祭のバンド演奏ですが、是非、ここで生配信したいんです」
「まぁ、ネットに上げるくらいはやぶさかではないですが、なぜそのサイトに?」
首を傾げる俺にジュリア姫は、小声で話した。
「ここだけの話、魔王ゾーラがこの世界に放った内通者と意思疎通を図る場として利用しているらしくて」
「ほぉ……」
俺は思わず唸った。どうやらそのサイトに投稿し、反応を見て内通者を炙り出そうと言う作戦らしい。
俺はうなずきつつ再度、ジュリア姫の様子をうかがった。不安げな表情は見せているものの、そこに出会ったばかりの暗さはない。
むしろ魔王ゾーラを相手に勝負を張る覚悟すら感じられた。
――姫は姫なりに必死なのだろう。
ジュリア姫の心中を察した俺は、その作戦を了承した。
「えぇ、いいですよ。他のメンバーには俺から説明しておきます」
「本当ですか?! ありがとうございますっ!」
ジュリア姫は、笑顔を弾けさせ喜んでいる。実はこの判断が後々、突破口を産むことになるのだが、この時の俺には何も分からずにいる。
ジュリア姫の救いになれば――それだけが、この時点での判断基準だった。
文化祭の日が到来した。目玉は世間を賑わす俺達タークスとエルタのコラボ合奏だ。すでに体育館の席は埋まり、立ち見の列まで現れる熱狂ぶりである。
ちなみに校長は職務権限を逸脱し、特等席で待機している。
――あの厚顔無恥ぶりは、相変わらずだな。
俺は呆れつつ傍らの蘭を見ると、すでに臨戦体制だ。
「皆、分かってるやろな。練習通り一気に突っ走るで」
蘭の鼓舞を受け、俺達は武者震いを覚えた。
――いつもながら、この時間は慣れねぇな。
深呼吸でプレッシャーを凌ぎつつひたすら出番を待つ中、ついに合図が入った。
「よっしゃ、行くで!」
蘭が気を吐き先陣を切る。後に続く俺達は手筈通り、ステージの持ち場へと散った。
ちなみにこの様子は、セットされたカメラを通じ、ジュリア姫が指定した動画サイト上で配信されている。リアル・ネット問わず皆が注目する中、俺達は一気にイントロへとなだれ込んだ。
たちまち観客席が沸き、熱狂が肌感覚で伝わってきた。
――これは、イケる。
手応えを感じた俺達は、ますますボルテージを上げていく。もはや体育館とネット上は興奮のあまり一体となってシンクロ状態だ。
成功を確信した俺だが、ここに思わぬ落とし穴があった。突然、熱狂の中にあった観客がバタバタと倒れ始めたのだ。
――何事だ!?
異変を感じた俺は、ギターを片手に周囲に目を走らせるものの、状況を把握しきれない。そうこうするうちにその異常事態は、ステージ上にも波及した。
「蘭っ!」
倒れる蘭に叫ぶ俺だが、そこへ凄まじい眠気に襲われた。たちまち膝から崩れ落ちる俺は、その眼中でほくそ笑む人物に驚きの声をあげた。
「サクラ……?」
「澪桜、悪いな。そういうことなんだ」
「一体、な……ぜ……」
思わぬ内通者の正体に俺は愕然としつつ、俺は微睡の中へと消えていった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025635/picture_pc_d2d17adff395d45387f1bb6130c8fa6a.png?width=1200)
………
……
…
朦朧とする意識の中、俺は浅い川で佇んでいる。
――俺は一体……。
己に問う中、はたと向こう岸に懐かしい人影を見つけた。幼少の頃に亡くした母だ。
たちまち俺の脳裏に走馬灯が走る。次々と蘇る母の懐かしい記憶に心を打たれた俺だが、なぜか足が前へ進まない。
「澪桜、こちらへ来ないの?」
母は俺に問いかけるや、微笑とともに続けた。
「それともあなたが行きたい場所は、後ろに広がる無限の世界なのかしら」
――そうだ。俺は文化祭で演奏の最中にサクラに騙され気を失ったんだ。
記憶を取り戻した俺に母は、優しい眼差しを投げかけながら言った。
「澪桜、あなたなら謎に満ちたこの世界の真実に辿り着けるわ。広大な世界を開拓していけばいい。波乱の中にあなたの未来が待っている」
――俺の未来?
首を傾げる俺だが、そこで急速に意識が戻り始めた。
――母さん……。
心の中で叫ぶものの、声は母に届かない。そうこうするうちに物凄い勢いで現実世界に引き戻されていった。
………
……
…
はたと目を覚ますと、涙が滲み出ている。慌てて拭うや、母を失ったときの物悲しさを振り払うように立ち上がり一帯を見渡した。
そこは俺の知らない部屋である。何気に室内に据えられたテレビをつけた俺は、そこに流れる映像に思わず声を上げた。
「俺だ。俺の画像が映っている!」
驚愕すべきは、その内容である。体育館にいた人間が忽然と蒸発し、俺はその拉致犯グループ筆頭として取り上げられているのだ。
さらに部屋の外が騒がしい。窓から覗くと警察と思しきグループが迫っている。そこで俺はようやく状況を把握した。
――ヤバいっ。俺はサクラに嵌められたんだ。
危機を察した俺は、取るものも取らずほとんど身一つで裏口から逃走を図った。だが、そこは警察である。すでに裏手にも捜査の手が及んでいた。
――参った。一体、どうすれば。
焦りを抑えつつ頭を働かせるものの、打てる手がない。まさに万事休すだ。
もはやこれまでかと覚悟を決めた矢先、携帯に着信が入った。見るとジャックである。
俺は藁にもすがる思いで着信を取った。
「ジャックか。大変だ!」
「えぇ、状況は把握してます。だから言ったでしょう。サクラには気をつけろ、と」
俺はジャックの忠告を痛感しつつ「どうすればいい」と問うた。ジャックの答えは地下通路からの脱出だった。
――おい、マジかよ……。
俺は半信半疑ながらも指定されたマンホールから地下へと逃れていく。促されるがままに地下通路を走りながら、俺はなぜサクラが裏切ったのか、俺に何をさせようとしているのかについて考えた。
――多分、はじめから仕込まれていたんだな。
それが俺の偽らざる直感である。そんな中、ついに俺はジャックと合流を果たす。
「スマン。ジャック、助かったよ」
「まだ喜ぶのは早いですよ。早くこれに変装してください」
ジャックは俺をたしなめながら、ケースからとんでもないものを出した。俺は思わず二度見する。
「おいジャック、何だこれは?」
「制服です」
「女性用じゃねぇか。お前は一体、俺に何をさせたいんだ」
「女装です。これで警察を撒きましょう」
何でもないことのように話すジャックに、俺は開いた口が閉まらない。
――コイツはこんな形で俺に変態プレイをさせるのか!?
抵抗を示すものの、状況がそれを許さないだけに従わざるを得ない。やむなく俺は女子高生姿へと変装した。
「あー澪桜……いや、何というか。フフッ……案外、よく似合ってますよ」
スカートを身にまとう俺をジャックが笑う。俺はそれを横目で睨みつつ、人生のトラウマを前に声すら出ない。
だが、ジャックはさらに追い打ちをかけた。
「さ、澪桜、行きましょうか」
「どこへだ?」
「表通りです。決まってるでしょう。警察の裏を掻き、堂々包囲網を脱出しましょう」
「この格好でか?」
目を剥く俺にジャックは、笑ってうなずいた。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025695/picture_pc_dbef03d9033f39bb9d2b961de8fd375f.png?width=1200)
かくして俺はジャックに促されるまま、この容姿を晒すことになった。ビジネス街を素通りしていくものの、気恥ずかしさに歩くことすらままならない。
「澪桜、もっと自然に振る舞って」
「アホ。こんな恥ずかしい格好、照れずにおれるか」
俺は憤りつつ周囲の視線に耐えながら検問所を突破した。警察の包囲網から逃れることに成功したのだ。
事なきを得た俺はジャックが用意した隠れ屋に潜伏しつつ、事の真相を問うた。
「なぁジャック、これは剛から聞いたんだが、サクラの正体は旭日神社の氏神なんかじゃねぇ。俺が持つ徴霊の剣の管理人なんだろう」
「フフッ。どうやら色々聞いておられるようですね。ただ、君は徴霊の剣が持つ真の姿を知らない。一見、税の如く霊力を徴収する剣に見えますが、その裏には持ち主をダークサイドに導く妖しさを秘めた魔剣なんです」
「どういうことだ?」
「いいでしょう。全てをお話します。以前、魔霊界で魔王が生まれた以上、この現実世界も呼応して魔王が誕生したはずだと言いましたよね」
「あぁ。だが、いまだに見つかっていない」
「いえいえ、とんでもない。しっかり見つかっています。ここにね」
ジャックにポンっと肩を叩かれ、俺は目を剥いた。
――魔王は、この俺だって!?
絶句する俺にジャックは、こんこんと経緯と説いた。事の発端は俺の生誕にあるという。これは我が家のタブーなのだが、実は双子だったらしい。
だが、出産の過程で片方を亡くした――少なくとも俺はそう聞かされて育ったのだが、ジャックはこれを否定する。
「澪桜。君の双子は生きている。サクラがそうなんですよ」
「はぁ!?」
俺は思わず声をあげた。確かに俺とサクラは褐色の肌を持っているが、まさかそれが生き別れの双子だとは思いもよらない。
ジャックは、さらに続けた。
「ゾーラがまだ魔王でなかった頃、病院をしらみ潰しに調べ、魔術実験に相応しいサンプルとして君達双子を見つけた。そこで医者を買収し、表面上、サクラを亡き者に装った上でその身柄を盗み、徴霊の剣の継承者として育てた。だが、剣がそれを拒んだ。そこで君に白羽の矢を立てた」
「つまり、俺は何も知らずに剣の継承者に仕立て上げられ、こちら側の世界の魔王へと育成されられていたってことか?」
真相を問う俺にジャックは、うなずいて見せた。ちなみに剣の継承者の候補は他にもおり、その一人がジャックなのだという。
「残念ながら、それは叶いませんでしたがね。あくまで剣は、君を選んだんです」
そう語るジャックの眼差しは、羨望とも嫉妬ともとれる複雑なものだった。
3 ナイアガラ作戦決行
「澪桜さん!」
「姫!」
ジャックの案内により、俺はジュリア姫との再会に成功した。歓喜の声をあげて駆けつけるジュリア姫だが、その目には涙が溢れている。
「スミマセン。私がもっとしっかりしていれば……もう自分が情けなくて……」
ジュリア姫はすっかり肩を落としつつ、カバンからノート端末を取り出した。以前、聞いた話ではジュリア姫は、あのライブを生配信し内通者を炙り出すとの話だった。
慣れないながらもノート端末を駆使し、ジュリア姫は重大な事実を晒していく。
「私、生配信のログを追ってみたんです。そこで気付いたんですけど、どうやら体育館にいた観客は、霊魂化され魔霊界に閉じ込めらたらしいんです。狙いは人質、交渉相手は徴霊の剣を持つ澪桜さんです」
「だろうな。今、剣は俺との契約に基づき、その傘下にある。おそらく魔霊界におびき出して俺に剣を召喚させるつもりだ。ちなみに姫、人質の場所は……」
「分かります」
「でしょうね。いくら姫でもそこまでは……って、えぇ!? 分かるの?」
驚く俺にジュリア姫は、大きくうなずき魔霊界の地図を広げた。赤い字で印が付けられた場所――それは丁度、魔霊界と現実世界が交錯する場所だった。
「おそらく姿を消した魔王軍もここに潜伏しているんだと思います」
「根拠は?」
「アナリストとしての勘です。もし私が魔王ゾーラならそうするでしょう」
「なるほど……」
俺は大きく息を吐いながら、頭を働かせた。
――おそらく姫の読みは正しい。もはや分析力はスペシャリストの域だ。あとはこれをどう活かすか、だな。
「ジャック、お前はどうすべきだと思う?」
水を向ける俺にジャックは、かぶりを振りながら答えた。
「様子見でしょう。魔王ゾーラとサクラは繋がっている以上危険ですし、動こうにも情報が少な過ぎる」
「だろうな。だが、俺はここは動くべきだと思う」
これにはジャックとジュリア姫は、驚きの表情を見せた。
「つまり、澪桜は全て承知の上で敢えて、敵の策に乗る、と?」
「澪桜さん。それはあまりに危険です」
一斉に反対の意を表明する二人に、俺はうなずきつつも断言した。今、動くべきだと。
「根拠は?」
「俺の中にある勝負師としての勘さ」
ジュリア姫に俺は笑って応じた。確かに分析力は必要であるし、安全策も一つの手だ。それでも最後に頼るべきは己しかいない。
俺の信念を前に二人は悩んだ挙句、やむなく賛同に転じた。
「しかし澪桜、策はあるんですか?」
「あぁ、もちろんだ。聞いてくれ」
俺は広げた地図にマークを書き込みながら、頭に描いた絵を作戦として形に落とし込んでいく。じっと聞き役に徹していたジャックだが、やがて、笑みを浮かべながら言った。
「国王、魔王、サクラ、魔霊界に現実世界……まさにオールスターキャストだ。実に君らしい大胆な作戦です」
「あぁ、だが同時に繊細さも求められる。問題はエンタープライズだな。奴さえ手に入れば」
頭を痛める俺にジャックが己の胸を叩く。
「それなら、こちらでなんとかしましょう」
「私も囮役くらいなら出来ます。連れて行ってください」
ジュリア姫は大胆にも志願して見せた。俺は大いにうなずき、気勢を上げた。
「分かった。皆、やってやろう。作戦名はナイアガラだ。一気呵成になだれ込もう」
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025748/picture_pc_204682bb1d53a212a13330901177aab6.png?width=1200)
かくしてナイアガラ作戦が決行された。魔霊界入りした俺達は、互いの役割を確認し合った後、各々の任務についた。その先発隊はジャックだ。
「ジャック、頼むぞ」
「えぇ、任せてください」
ジャックは俺の目配せに応じるや、エンタープライズ奪還へと向かっていく。その背中を見送った俺は、徐ろに浮遊石を取り出した。
浮遊石には、面白い特性がある――そう教えてくれたのは、ジュリア姫だ。魔法法人でも自然霊でもない隠密性を持っているという。
その特性を利用し、通信に活かそうというのが、今回のナイアガラ作戦における肝だった。俺は後方で待機するジュリア姫と連絡を取った。
「姫、何か変化はあるか?」
「いえ、今のところは何も」
「ジパング国王は、どうだ」
「すでに傘下のリー将軍を通じて作戦を伝え、許可を取ってます。それより澪桜さん。浮遊石の通信利用は、あくまで裏技です。利用には限界がありますから、気をつけてください」
「了解だ」
俺は浮遊石をしまうや、ある廃城へと向かった。今回の作戦の成否を握る人物の元を訪ねるためだ。
「来ると思ったぜ」
廃城の門からニヤリと笑みを浮かべるその人物こそ、かつて同じ剣道部に属し、テロ未遂犯として脱獄中の剛である。
「なぁ剛。今回の件、どうやってサクラを寝返らせたんだ?」
「ちょっと嫉妬心を利用しただけさ。まぁ徴霊の剣に選ばれたお前には、分からない感情だと思うぜ。それより、よくここに来たな。俺がお前を売るとは、思わなかったのかよ?」
「それはない。なぜならお前は二重スパイだからだ」
#i_090814c6#
さしもの剛も俺の指摘は驚いている。やがて、肩をすくめながら答えた。
「フフッ、まぁな。こんなご時世だ。魔王ゾーラとジパング国王を秤にかけざるを得ないのさ。で、何が望みだ?」
俺はすかさず一枚のメモを手渡した。内容に目を走らせた剛はしばし考え、指を一本立てた。俺は黙ってうなずくや五千ギルが入った金袋を差し出し、言った。
「残りの半分は、成功後に払わせてもらおう。口止め料込みでな」
「ふん、まぁお前との仲だ。これで受けてやるよ。しかしなんだな。フィクサーでも気取っているつもりか?」
「俺はただ自分のことで精一杯なだけさ」
「嘘つけ。お前がこんなに野心家だったとは意外だぜ。まぁ、引き受けた仕事だ。過度な期待はするなよ」
剛はそう断りを入れるや、廃城に戻っていった。その背中を見送った俺は、ほくそ笑む。
「これで仕込みは終わった。あとは今回の事件で後ろから糸を引く黒幕を待つのみだ」
作戦開始から十時間が経過した。俺はひたすら結果を待っている。
――やっぱり待つのは、苦手だ。
ヤキモキする気持ちを抑えられずにいる俺だが、そこへ浮遊石に反応が現れた。
「ジャックからだ」
俺はすぐさま応答に出た。どうやらエンタープライズ奪還任務に成功したらしい。
「よしっ!」
俺は思わず拳を握り締め、合流すべく魔霊界の座標を伝えた。やがて、上空に羽ばたく赤い召喚獣が現れる。エンタープライズだ。
「でかしたぞ。ジャック!」
駆けつける俺にジャックは、微笑で応じた。早速、任務を告げる俺だが、そこはエンタープライズ、ピクリとも動こうとしない。
「おいエンタープライズ、聞いているのか?」
「聞いテル。だが、疲れた。寝る」
そう述べるや、イビキをかき始めてしまった。
「もう、しょうがない奴だな」
「仕方ありませんよ。それより澪桜、気になる情報があるんです」
「なんだ?」
聞き耳を立てる俺にジャックは、思わぬ情報を口にした。そのあまりの内容に俺はかぶりを振る。
「それは、いくら何でもないだろう」
「いえ澪桜、これは信頼できる筋からの情報なんです」
「しかし、それじゃまるで……」
「えぇ、そう言うことです」
――確かにありうる話だが、しかし、それではあまりにも……。
断言するジャックに俺は、前髪を掻きむしりながら問うた。
「ジャック。この話、姫には?」
「言ってません。内容が内容ですしね」
「よし、分かった。真贋を確認しよう」
俺は、ここではじめてこの作戦が持つ裏の側面を晒した。それを傍らで聞くジャックは、舌を巻いている。
「君がそこまで策士だとは、知りませんでしたよ」
「保険をかけただけだ。確認しに行こう。おいエンタープライズ、出発だ。今回の報酬は倍出す。出来なきゃ焼き鳥だ。さっさと仕事しろ」
飴と鞭を使い分ける俺にエンタープライズは渋々目を開けるや、分かったとばかりに背中を近づけた。
「ジャック、行こう」
俺はジャックとともにエンタープライズの背中に飛び乗るや、空へと舞い上がった。
「澪桜、向かう方角は?」
「西だ」
俺は、エンタープライズをぐるりと旋回させる。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025810/picture_pc_a20d51d90f91c17114e8aef4ae2f18f9.png?width=1200)
――さぁ、どう出るか……。
反応をうかがう俺達だが、そこへ遠方から今まで姿を消していた魔物が忽然と現れた。
「ビンゴだ……」
つぶやく俺は、その事実に愕然としている。
実はあらかじめエンタープライズの飛行ルートの方角を、二つに分けて伝えていたのだ。
つまり、もし東なら魔王軍が現れ、西なら国王軍が現れると言う具合である。結果は右だった。あろうことか、遠方の魔物群はジパング国王に流した情報の方に現れたのだ。
これが示す事実は一つ――黒幕は、今まで付き従っていたジパング国王ということだ。
俺は徐ろに浮遊石を取り、ジュリア姫に言った。
「姫、作戦を変える。パターンBだ。これの意味は分かるな?」
「え、ちょっと待ってください。じゃぁ、まさか……」
「そのまさかだ。黒幕はジパング国王の方だったんだ」
残酷な事実を告げる俺に対し、ジュリア姫の返答はなかった。
4 黒幕
ナイアガラ作戦は、続いている。黒幕がジパング国王であった以上、多少のアレンジは必要だが、大筋において変更はない。
つまり、いかに霊魂化した体育館の観衆達を現実世界に戻すかだ。
「いいかエンタープライズ、くれぐれも見つかるなよ」
俺はエンタープライズに超低空を飛行させ、隠密行動を徹底させている。横着ズボラ怠け者で鳴るエンタープライズも、倍の報酬というニンジンをぶら下げられては、目の色を変えようというものだ。
「あとは、ジュリア姫ですね」
ジャックの指摘に俺も頭が痛い。娘同然に育ててもらった親が黒幕だったのだ。そのショックたるや察してあまりある。
さらに音信を絶ってしまっているのも、不安要因だ。
――姫も自暴自棄にならなければいいが……。
俺はジュリア姫の身を案じつつ、前方に目を凝らす。やがて、はるか先に亀裂の入った谷間が見えてきた。
「澪桜、アレです」
「みたいだな」
指差すジャックに俺はうなずく。
「この作戦はギャンブルだが、成功すればデカい。魔王ゾーラも腰を抜かすぜ」
「えぇ。ですが澪桜、そこからは君の運次第ですよ」
「承知の上だ。ジャック、お前は最悪の事態に備えてエンタープライズと待機していてくれ」
俺はエンタープライズを谷の裂け目に向かわせた。まさに召喚獣一匹がようやく通り抜けれる狭さの亀裂である。
ここを大胆に切り込み、一気に突き抜けて魔王軍の潜伏が目される浮遊島に躍り出るのである。
「頼むぜ、エンタープライズ」
俺は、ここぞという場面で意外な実力を発揮するエンタープライズのポテンシャルに賭けた。
その期待に応えるべく、エンタープライズは激突しかねない速度のまま、谷間へと突入した。まさに手が届こうかと思えるほどの狭さである。俺はひたすら祈った。
やがて、天使が微笑みかける。エンタープライズは見事に間隙を縫って目的の浮遊島に躍り出ることに成功した。
「よしっ! よくやった。エンタープライズ!」
思わず声を上げた俺は、ジャックに目配せしエンタープライズの背中から飛び降りた。どんどん降下し地表が近づく中、俺は手中の浮遊石を作動させ目的の洞窟前へと着地した。
一方のジャック達は、見事に魔王軍の魔物達を引き付けている。
「ナイアガラ作戦の第一段階は、成功だな」
俺はほっと胸を撫で下すや、洞窟へと忍び込んで行った。地図を手に進む俺だが、警戒は怠らない。逃げ道を確保しつつ、どんどん奥へと進んでいく。
すると、目の前に祭壇のような場所が広がり、こちらをうかがう人影が現れた。今回の騒動の中心と目されるサクラである。
「サクラ、やはりお前か」
「あら、全てはお見通し? 澪桜……それともお兄様とお呼びした方がよろしいからしら」
「どちらでもいい。それよりサクラ、人質を解放しろ」
「それはお兄様次第よ」
微笑で応じるサクラに、俺は単刀直入に問うた。
「サクラ、なぜ俺達を裏切った?」
「うんざりしたのよ。何もかもを持っていくお兄様にね。これまで私は徴霊の剣の管理人として、その主たらんと血の滲む思いをしてきた。なのにあろうことか剣は、ぽっとでのお兄様を選んだ。家族に恵まれぬくぬく育ってきたお兄様をね。冗談じゃないわ」
「だから戦うって言うのか。サクラ、俺達だって同じ血を分けた兄妹なんだろう」
「えぇ。でも、その主導権は私にこそあるべき」
サクラの主張に俺は、ゲンナリしつつ断言した。
「サクラ。悪いが徴霊の剣は渡せない」
「ならば力づくで奪うのみ」
サクラは意味深な笑みとともに、呪文を唱えた。強烈な光の中から現れたのは、身の丈をはるかに超える召喚獣・白虎である。
その巨体に面食らいつつ、俺は徴霊の剣を引き抜いた。
「勝負だ」
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145025906/picture_pc_57227e48777cdc9d3f5660592e2d586c.png?width=1200)
俺は白虎と対峙し間合いをはかる。先に仕掛けたのは白虎だ。その巨体にものを言わせ、一気に飛び込んできた。
間一髪でその攻撃をかわした俺は反撃を試みるものの、白虎は図体に似つかわしくないすばしっこさを持って俺を翻弄していく。
――くそっ、俺の事はすでに研究済みって訳か。厄介だな。
困惑を覚える俺は、ここで一気に勝負に出た。白虎の懐中に潜り込むや、至近距離のインファイトに持ち込んだのだ。
だが、これが悪手となった。完全に俺の思考回路を読んだ白虎は、間近に迫る俺の強襲をカウンターで返したのだ。
完全に虚を突かれた俺は、白虎の体当たりにその身を弾かれ壁に叩きつけられた。
――くそっ……。
舌打ちする俺は立ち上がろうとするものの、あまりのダメージに体が動かない。何とか地面に転がる徴霊の剣に手を伸ばすものの、あろうことかその手をサクラが踏みにじってきた。
「あらお兄様、足ではしたなくてゴメンナサイ」
サクラは憐れみと嘲笑の混じった表情で俺を見下ろしながら、徴霊の剣を奪い取った。
「フフッ、全ては計算通りよ。お兄様なら必ずここを嗅ぎ付けると踏んでいたわ。まさに飛んで火に入る夏の虫……」
サクラは満面の笑みを浮かべ、徴霊の剣をかざす。対する俺は地面に転がり、動くことさえままならない。
まさに鬼の首を取ったが如く、勝ち誇るサクラに俺は声を絞り出した。
「サクラ……お前は一体、その徴霊の剣を……この魔霊界と現実世界をどうするつもりなんだ」
「そ・れ・は、私が決めること。フフッ、今までずっとお兄様を憎んでいたわ。なぜこの魔剣は私でなくお兄様を選んだのかってね。でも、それも今日で終わり。次の世界の覇者は私が握る」
サクラは瞳を閉じ、徴霊の剣と契約すべく呪文を唱え始める。だが、その文言は最後まで語られる事はなかった。
突如として徴霊の剣が暴走を始めたのだ。たちまち剣から光が放たれ、サクラの顔面を掠めた。この思わぬ事態にサクラは剣を落とす。滴り落ちる血に額を抑えながら、呪いの言葉を吐いた。
「お兄様……やってくれたわね。まさか徴霊の剣に仕込みを入れるなんて……」
「悪いなサクラ、全ては計算通りなんだ。お前なら必ず再契約を目論むと踏んでいたぜ。まさに飛んで火に入る夏の虫さ」
俺はサクラを弾いた徴霊の剣を手に取ると、よろけながらも立ち上がる。そんな俺にサクラが吠えた。
「白虎、やってしまいなさい!」
たちまち白虎は、俺との距離を詰める。
――それを待っていたぜ。
俺は飛びかかる白虎を前に徴霊の剣を地面に突き立て手放した。これには、流石の白虎も意表を突かれたようだ。
その戸惑いを見た俺は、間髪入れずに白虎の鼻っ柱に拳骨を叩き込んだ。さしもの白虎も、まさか俺が素手で反撃するとは思っていなかったらしい。
急所への思わぬ一撃に狼狽を隠せない。
「白虎、何をしているの! さっさとお兄様を始末しなさいっ!」
苛立つサクラの罵声が響く中、俺は警戒心を剥き出しにする白虎に丸腰で歩み寄る。
「白虎、ここまでだ。俺は逃げも隠れもしない。この先はお前に託す。お前は召喚獣でも誇り高い神獣だ。どちらに付くか。お前なら正しい判断が出来るはずだ」
これはいわばブラフであり心理戦だ。俺は戦いながらも、白虎が心中ではサクラに服従しきっていないことを見抜いていた。
そこで白虎のプライドをくすぐりつつ、味方に引き入れる賭けに出たのだ。五分五分と読んだこの賭けだが、どうやら吉と出たらしい。
たちまち白虎は猫の如くしおらしくなり、俺の前に跪いた。この結果に我慢ならないのは、サクラだ。
「どう言うことよっ!」
罵り声をあげ困惑を隠せないサクラに俺が言った。
「サクラ、器にあらずだ。お前には心・技・体の技しかない。要するに風格に欠けているんだよ」
「知った風な口を聞くな! 私は……」
「サクラ、今ならお前を許す。俺の軍門に下れ」
半ば強引に切り出した俺だが、サクラのプライドを説き伏せるには至らなかったらしい。
サクラは徐ろに懐中からタロットを取り出すや、この場から逃れるべく呪文を唱えた。
「お兄様。今、ここで私を始末しなかったこと、後悔するわよ」
捨て台詞とともにサクラは、完全に姿を消した。
――やれやれ……。
俺は肩をすくめつつ、徴霊の剣を鞘に納め白虎を眺める。
「白虎、お前にも名前がいるな。俺が決めてやる。エンタープライズに続くなら、アドベンチャーだな。端折ってベンチャーで行こう」
思わぬ名を拝命し、ベンチャーは喜びの声を上げている。俺は目を細めつつ、サクラが人質に取った霊魂の在り処を求め、洞窟の奥へと進んでいった。
5 作戦終了
紆余曲折を経たナイアガラ作戦もいよいよ最終段階に入った。人質の解放だ。陽動をジャックとエンタープライズに任せつつ、俺は新たに魔法法人化した召喚獣として仲間させたばかりのベンチャーと先を急いでいる。
――姫の分析によれば、この洞窟のどこかだ。
俺はベンチャーにまたがり、霊魂化した人質の拘束先を問うた。
「どうだベンチャー、分かるか?」
ベンチャーは鼻を効かせつつ、匂いでその場所を必死に探っている。その様子をうかがいながら、俺は心の中でつぶやいた。
――本当にエンタープライズと正反対だな。
これは戦っていたときに感じたことだが、ベンチャーは忠実な反面、堅物でアドリブが効かず思わぬ行動への対応が鈍い。つまり、本番に弱いのだ。
――エンタープライズが不真面目な優等生とすれば、ベンチャーは真面目な劣等生。魔法法人たる召喚獣と言えども、その性格は千差万別か。
俺はベンチャーに苦笑しつつ、自分達に何が出来て、何が出来ないのか、各々の個性を機能に置き換え、チームとしていかにパフォーマンスを叩き出すかを考えている、
そんな俺の思惑にこたえんとベンチャーは、その嗅覚で霊魂化された人質の在処を突き止めた。
「でかしたぞ、ベンチャー」
俺は思わず声をあげベンチャーの頭を軽くゴツく。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145026102/picture_pc_cacf4844bd8df401b43bd2ac934134ff.png?width=1200)
すぐさまその場所へ急行し、岩陰に身を潜めながらそっと一帯をうかがった。
幸いジャックとエンタープライズを囮として引き付けさせているだけあって、守衛の魔物兵の数は少ない。
「よしっ、やるぞベンチャー」
俺はベンチャーに命じて、洞窟の奥に向かって咆哮を轟かせた。たちまち洞窟の中を吠え声が乱反射し、物凄い数となって跳ね返ってきた。
あまりに凄まじい音響に守衛の魔物兵は、驚き慄いている。俺はそこで間髪入れずにベンチャーにまたがり、ナイアガラの如く一気になだれ込んだ。突然の不意打ちを受け魔物兵達は、もはや恐慌状態だ。
逃げるもの、腰を抜かし慌てふためくもの、各々がそれぞれの反応を見せる中、俺はベンチャーとともに暴れまくった。
――まさか攻め込んだのが、俺達だけだとは思うまい。
俺は魔物兵が一匹残らず逃げ去った跡地でほくそ笑みつつ、ベンチャーと最深部へと進んでいく。すると敷かれた魔法陣の中央に霊魂化された塊が拘束されていた。
「コイツだな」
俺は徴霊の剣を引き抜きかざすや、解霊の還付呪文を唱える。するとみるみるうちに霊魂の大きな塊が溶け出し、一つ、また一つと現実世界へ帰っていった。
やがて、全ての霊魂が消え去ったことを確認した俺は、徴霊の剣を鞘に戻す。
「ナイアガラ作戦、ミッションコンプリート! あとは姫達と撤収だ」
成果に満足しつつ、皆と合流すべく定め合った場所へと引き返していった。
合流地点に到着すると、ジャックとエンタープライズが待っていた。だが、肝心のジュリア姫がいない。
不審に感じた俺が居場所を問うものの、皆目その見当がつかない。
――嫌な予感がする。
ジュリア姫の身を案じた俺は、ジャックにエンタープライズとベンチャーを任せつつ、ジパング国王の根城へと向かった。
門番と合図を交わし、王の間へと向かった俺だが、そこで思わぬ光景を目にすることとなる。床に倒れ息絶えるジパング王と、返り血を浴び血塗れの短剣を手に立ち尽くすジュリア姫だ。
「姫、これは一体……」
駆けつけた俺の問いかけにジュリア姫は、呆然としながら声を震わせ返答した。
「私、父にずっと騙されていました」
なんでも黒幕がジパング王であることを知ったジュリア姫は単身で城に乗り込み、その旨を問い詰めたらしい。
そこではじめて自身が魔術実験の成れの果てとして、虚無から生じた失敗作であることを聞かされたという。
愕然とするジュリア姫にジパング王は、こう言ったらしい。
〈お前はサンプルだ。人柱としてその身を捧げよ〉
裏切りだけでなく、その命まで犠牲を強いるジパング王に気が動転した姫は頭が真っ白になり、気がつけばこのような事態になっていたとの話だった。
「澪桜さん。私、もうどうしたら」
ジュリア姫が泣き崩れる中、俺がくだした判断は衝動的なものだった。
「姫、いいから早く逃げて。ここは俺が引き受けるから」
「で、でも澪桜さん。私は国王の命を奪った犯罪者に……」
「分かってる。とにかく俺に任せて早く!」
逃亡を促す俺に抵抗を示すジュリア姫だが、何とか説得し現場を去らせた。だが、残された俺に確固たる手がある訳ではない。
ただ「ここは俺が何とかすべき」と反射的に直感で判断をくだしたに過ぎない。やがて、駆けつけた衛兵に包囲された俺は、両手をあげ降伏の意を示すや、国王暗殺の罪を被り地下牢へと幽閉された。
第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
第七章:https://note.com/donky19/n/n44e254e5823c
第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?