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【挿絵小説】タックスキングダム 第七章

1 冬

 季節が冬に近づきつつある。一世を風靡したバンド・タークスだが、ボーカルであるサクラの裏切りと失踪を受け目下、休業中だ。
 なお、蘭達エルタも同様にバンド活動を休止させている。蘭の弟が亡くなり、喪に服すとともに自身の難病が発症し始めたことを受けての休止らしい。
「うちはもう十分、やったわ」
 病院の屋上で達観気味に語るのは、蘭だ。事実、ボロボロの限界まで現役にしがみつく蘭を見ているのは、ツラいものがあった。
「けどアンタのとこのエロ校長には、世話になった。最後の望みを託すことが、出来るんやからな」
「臨床試験か?」
「そや。可能性は低いけど、これに賭けさせてもらうわ。うちには歌しかないからな」
 蘭は弱々しく笑うや、鋭い目を俺に向け断言した。
「澪桜、はっきり言うで。アンタにミュージシャンの才能はない」
 寸鉄人を刺す一言に少なからず傷ついた俺だが、蘭は続けた。
「けど、アンタにはアンタにしかできひん役割があるんやろ? だったら、その道に専念すべきやとうちは思う」
 ――そうか……俺にミュージシャンは無理か。
 俺はゲンナリしつつ、蘭にうなずいて見せる。そんな俺に蘭は苦笑しつつ、屋上からの景色を眺めながら言った。
「もしうちの臨床試験がうまく行って、バンドを復活させれたら、また一緒にやろや」
「いいのか。俺なんかで?」
「えぇで、アンタの才能不足はうちがカバーしてあげるわ」
 そう笑って見せる蘭の顔は、いつもの勝気な表情に戻っていた。そこへ背後から声がかかる。振り返ると、校長が立っていた。
「蘭君、迎えが来たぞ」
 手招きする校長に蘭は頭を下げ、俺に別れを告げるや去って行った。その背中はどこか寂しげである。
 もっとも尻に伸ばす校長の手をパンっと弾き飛ばすあたりは、いつもの蘭だったが。

 帰宅した俺は早速、兄貴の部屋を訪れた。
「兄貴、教えてくれ」
 もはや恒例行事と化した俺の質問会に、兄貴は煩わしさを見せつつも向き合っている。
 目下のテーマは、法人成りの是非と効能だ。紆余曲折はあったものの、魔霊界でエンタープライズとベンチャーという魔法法人を二体持つことになった俺だけに、もう一度勉強し直そうと思っている。
「兄貴、個人事業主は所得税で超過累進だから、法人化した方が有利なんだろ。幾らくらいから税率がキツくなるんだ?」
「あのな澪桜、超過累進の仕組みは分かってるか? ある額を超えれば全てにその高い税率が適用される訳じゃないぞ」
「分かってるさ。確かそれぞれの課税所得を超えた部分にのみがその税率で、超えない部分は各区分に応じた低い税率なんだろ。速算表の控除額を使えばいいんだよな」
「あぁ、ただ個人事業主がいいか法人成りがいいかは一長一短だ」
 兄貴は法人成りの要件をまとめていく。その説明を聞きつつ、俺は頭の中で内容を箇条書きにしていった。
 ――要するに法人成りの利点は、比例税率、役員報酬、退職金、経費の範囲か。個人事業主のような青色申告の控除はなく、社保への加入も義務付けられる、と。
 要点を掻い摘んだ俺は、さらに兄貴に疑問をぶつけていく。同時にそれを魔霊界で活かし、エンタープライズとベンチャーをさらに飛躍させるための絵図を頭に描いていた。
「なぁ兄貴、法人を活用した節税は大いに結構なんだが、もっとでっかく派手に展開できる手はないか」
 ちまちました節税術にしびれを切らした俺に兄貴は苦笑しつつ、言った。
「そりゃ、IPOさ。新規株式公開、つまり会社の株を一般投資家に公開して売り出せば、高い確率で儲かる。法人にとっても社会的信用の向上や、資金調達の選択肢も拡大できるしな」
「それだ! 兄貴、そのIPOについて教えてくれ」
 俺はメモを片手に兄貴の説明をまとめていく。知識とは不思議なもので、これまで全く興味や関心のなかったものが、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄の如く集まってくる。
 俺は、それを乾いた砂が水を吸うように学んでいく。様々なものにかけてきた情熱のすべてが繋がり結晶化するのである。
 ――魔王ゾーラと亡きジパング国王は、魔霊界を税務技能で魔術化した。俺はそれをさらに飛躍させ、魔法法人の所有権を通貨のように交換可能な市場に仕立て上げよう。
 俺は、目の前が大きく開きつつある魔霊界の未来に興奮を覚えつつ、時を忘れて新たな世界の創出に没頭していった。



「ほぉ、魔霊界をファンタジーでカードゲーム化した次は株式市場化ですか」
 剣道の稽古を終え帰路につく中、聞き耳をたてるジャックに俺は構想を捲し立てた。


「ジャック。ジュリアによれば今、魔霊界では大半の霊魂が万物に宿ったまま固定化している。これを流通させ、魔霊界全体を活性化させるんだ。エンタープライズとベンチャーは、その一里塚だ」
「ご趣旨は分かりましたが、方法は?」
「おいジャック、俺は現実世界の魔王であり勇者だぜ。両者を戦ってることにして、協力者を募ればいいさ。人手がいる。ジャック、サクラと連絡を取れるか?」
「え……ちょっと待ってください。澪桜、彼女は兄である君を裏切ったんですよ」
「一向に構わん。ジャック。以前、パーティーを組んでいたお前なら、あいつとの連絡手段を持っているはずだ。こう伝えてくれ。〈もしその気があるのなら戻って来い。すべて水に流す〉とな」
 寛容さを示す俺にジャックは、呆れ返っている。
「澪桜、その甘さが命取りになりますよ」
「ジャック、俺は甘さを犠牲にしてでもスピードを取りたいんだ。今こそ魔霊界を変える絶好機だ。俺が流れを作り、すべてを作り変えてやる」
 意気込む俺にジャックは、沈黙で応じた。それを是と取った俺はジャックの肩を軽くゴツく。
「頼むぜ、参謀」
「……いいでしょう。澪桜、これはあなたの宴だ。大いに振る舞ってください。ただこれだけは言っておきましょう。過ぎたるは及ばざるが如し――くれぐれも匙加減だけは気をつけてください」
 ジャックは意味深な微笑をたたえながら、俺に同意を示した。

 その後、ジャックと別れた俺が接触したのは、情報屋で二重スパイの剛だ。魔霊界の資本市場化構想をぶちまける俺に興味を示している。
「澪桜。面白いとは思うが、難しいぞ。皆が対立と協調を演じつつ、ベクトルを揃える訳だからな」
「困難なのは分かってる。だからこそお前の情報がいる。すでにジュリアには話を通した。サクラも然り、あとは魔王ゾーラだが、どうにかして会えないか?」
「おいおい澪桜。本気か? 曲がりなりにもお前はジュリア女王陣営だろう? 仮にそれがまかり通ったとして、命の保証はないぜ」
「無論、それを承知の上で頼みたい」
 熱心に口説く俺に頑なだった剛の態度にも変化が生じている。何と言っても魔霊界の仕組みそのものにアクセスし、これを根底から覆すのだ。
 そこには大きなリスクとともに無尽蔵のリターンが眠っている。
 上手くやれば魔霊界のすべてが獲れる――俺の言葉に剛の心は大いに揺れているようだ。しばしの沈黙の後、うなずきつつも指を一本、立てた。
「取り分は総所得のテンパー、どうだ?」
「いいだろう」
 剛の提示する条件に俺は同意し、密会を解散した。去って行く剛の背中を見送りつつ、俺は満天の星空を仰ぎ武者震いを覚えている。
 ――これまでは、社会の一歯車に過ぎなかった俺だが、今は違う。この俺が歯車を動かすんだ。
 一人、気を吐き、夜空を後にした。その足取りはどこか軽やかだった。

2 魔霊界資本市場化プラン
 魔霊界資本市場化プランは、着々と進んでいる。鍵は浮遊石だ。情報すら抽出し浮遊させるその性質をフルに活かし、数値化した魔法法人たる召喚獣のデータをクラウド化する。
 その上で資本と経営を分離し、所有支配権を流通させるのだ。ここでさらなる要素を見出すキッカケをくれたのが、中断中のバンド・タークスをともに立ち上げた和馬だ。
「澪桜、音楽の次は金融工学だ」
 軽音活動が暗礁に乗り上げる中、和馬は無機質な印象の強い金融に音楽との共通項を見つけ、新たな境地を開こうとしている。
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「おいおい和馬、音楽は音楽、金融は金融だろう。経済と芸術は別物だぜ」
 何を言ってるんだとばかりにかぶりを振る俺だが、和馬の話を聞くと案外、理にかなっている。
「いいかい澪桜、音楽も金融も行き着く先はパターンなんだ。一見カオスで無関係な世界に傾向と法則を見出し、一本の算式に落とし込む。そうやってリスクとリターンを弾き出すんだよ」
 新たな境地を見出し捲し立てるツレを前に、俺の心もいつしか大きく動いている。気がつけば身を乗り出し、こんな質問をしていた。
「なぁ和馬、仮にだぞ。仮にもし世界を一つ、丸ごと与えられたとしたら、お前はどうする?」
「フッ、随分と壮大な例えだね。そうだなぁ、その世界を金融商品化するかな。証券化ってやつさ。新たなスキームを生み出し資本市場という公営賭博の胴元を狙うよ」
 やれ音楽だ金融だ賭博だと、混じり合いのなさげな異質物をコラボさせ、新たな価値を見出す和馬に俺は大いに感化されている。
 ――単に魔術に税務技術を組み込むだけでなく、証券化し金融工学まで導入して市場原理の下、売買を活性化させる、か。なるほどな。そのために必要なのは、品揃えだな。
 和馬からインスピレーションを受けた俺は、大いに興奮した。もしこのアプローチがうまくいけば、エンタープライズやベンチャーだけでなく、魔霊界そのものを手中に収め、独自の価値観で帝国を築けるのだ。
 俺の心の中に眠る野心は激しくうごめいている。
 もっともこれが後にトンデモない事態を引き起こし、魔霊界だけでなくこの現実世界にまで波及する大事件となるのだが、この時点ではまだその危険性に気がついていない。
 もし熱狂の後に待つ破滅の恐ろしさを知っていれば、アプローチも変わってきたのかもしれないが、今はただ新たな世界の眩しさに危機感が麻痺していた。



 後日、剛を通じ魔王ゾーラから暗黙の了承を得た俺は、遂に魔霊界市場化計画を実行に移す。作戦名はナスダックにあやかり〈ラスダック〉だ。
 場所は王国の城で、傍らにはジュリアが控えている。
「ここを拠点に魔霊界は、生まれ変わる」
 構築した魔法陣を前に俺の鼻息は荒い。一方、ジュリアは心配げだ。
「澪桜さん、果たして上手くいくでしょうか」
「あぁ、白髭先生とも意思疎通を図っているし、魔王ゾーラ、サクラも然り。皆が新たな世界の誕生を心待ちにしているぜ。あとはジュリアが浮遊石をうまく操れば、名実ともにこの世界の女王だ。魔王軍との戦争で血を流している場合じゃない。やるならこのラスダックで経済戦争をすればいい」
 計画の意義を説く俺に、ジュリアは一応の納得は示している。ただ、新たな一歩を踏み出すことには、ためらいがあるようだ。
「ジュリア、懸念は分かる。だが、最後は行動するか否かの踏ん切りだ。俺はルビコン川を渡る。一緒にこの世界を変えよう」
 革新を促す俺にジュリアが折れた。
「分かりました。澪桜さんを信じましょう」
 同意を示すジュリアを見た俺は、徐ろに徴霊の剣を引き抜き魔法陣に突き立てた。
「ジュリア」
 促す俺にジュリアはうなずき、徴霊の剣を握る俺の手に自らの手を重ねる。アイコンタクトの後、俺達は呪文を誦じた。その途端、魔法陣が作動し、周囲の浮遊石が光を帯び始める。
 たちまち一帯は、魔霊界に存在する数値化された霊魂の情報で埋め尽くされた。それはさながら現実世界における証券取引所の如くである。
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「よしっ……」
 俺は間髪入れずに傘下のエンタープライズとベンチャーを上場させた。たちまち待っていたとばかりに買いが入り、初値が付いた。
 その額を見た俺は、思わず我が目を疑った。倍以上の値がついているのだ。
 ――上場ってこんなに儲かるのか……。
 もっとも、これを機に魔法法人たる二体の召喚獣は社会の公器となった。所有権の全てを手放した訳ではないものの、これまでのような私物化は出来ない。それでも俺は満足している。
 なお、この上場成功を受け、魔霊界に存在する様々な魔法法人が後に続いた。魔王ゾーラは言わずもがな、サクラ、剛、諸侯の王が続々と傘下の魔法法人たる召喚獣を上場させていく。
 俺は興奮を抑える事が出来ない。
 ――今、新たな時代が切り開かれた。俺が開拓したんだ。
 確固たる手応えを前に涙すら禁じ得ないほどだ。
「澪桜さん、やりましたね」
「あぁ、成功だ」
 俺はジュリアと固く手を取り合った。



 浮遊石を用いクラウド上の取引所を設立した俺は、魔法法人たる召喚獣を中心にさらなる証券化を推し進めていく。その様をジュリアはピッタリな言葉で評した。
「澪桜さん、まるでカジノですね」
「その通りさ、ジュリア。万物に宿る全ての霊力を証券化し、市場(マーケット)という公営ギャンブルに流通させるんだ」
 俺の鼻息は荒い。現に魔王軍と国王軍の間に挟まれる形で、俺は一気に第三勢力へと飛躍を遂げ、その様はバブルそのものだ。
 ――もはや欲望の掃き溜めだな。
 俺はほくそ笑みつつ、さらなる拡充を求め指数を魔術商品化を試みた。いわゆるインデックス投資と言われるものだ。
 ハイリスクハイリターンなブレイブ(勇者)指数・パワー系投資のファイター(戦士)指数・手堅くリスクを避けるモンク(僧侶)指数・ダークホース投資のマジシャン(魔法使い)指数等、スタイルに応じた銘柄を拾いポートフォリオを組んでいく。
「デリバティブ、コール・プットオプションにポジション……まさにオールスターキャストですね」
 ジュリアの感想に「まぁな」と同意する俺だが、内心では興奮を隠せないでいる。
 ――かつて、魔王ゾーラと亡き国王は霊力徴収に税務技術を導入し、魔霊界に革命を起こした。なら俺は金融工学を導入し、情報魔術で霊力市場にさらなる飛躍を起こしてみせる。
 意気込む俺だが、思えばこれが勇み足だった。一月後、俺はこの霊魂市場の全面崩壊を目の当たりにすることとなる。

3 仕手戦
 現実世界に戻った俺は、蘭が入院する病院へと見舞いに向かった。ノックの後、入室すると、蘭がこちらを見て笑っている。
「さっき、アンタんとこのエロ校長が帰ったとこや」
 そう語る蘭は、どこか疲れ気味だ。俺は蘭の体調を気遣いつつ、自身を取り巻く現状を説明していく。
「魔霊界の市場化やて? 澪桜、何やそれは?」
「蘭。浮遊石を利用して、魔法法人たる召喚獣を、いやそれだけじゃない。万物を市場化するんだ」
「よう分からんけど、音楽みたいにパターンを見つけて先を読むって話やな」
「あぁ、その上で取引自体も擬人化して自動でさせる。こっちの世界でいうところのAIって奴さ」
 捲し立てる俺に蘭は「なるほどな」とうなずきつつ、懸念を示した。
「澪桜、それな。うちはよう分からんけど、こうはならんか?」
 蘭の話を聞いた俺は、思わず言葉をつぐんだ。確かにそれは十分にありうる話なのだ。ただ、それを金融に縁もゆかりもない蘭に指摘されたことに驚いている。
「まぁな、うちらの音楽業界もAIが入ってきとるから、同じことが起きかねんなって思うてな」
「確かに。失念していたよ」
「それと澪桜。アンタ今、こっちの世界の魔王兼勇者なんやろ。うちが魔霊界側の魔王ゾーラやサクラ、白髭ならこうするで」
 懇々と自説を説く蘭に俺は聞き耳を立てうなずいた。
「俺も同じことを思っていたところさ。で、俺の考えなんだがな、こうしようと思ってるんだ」
 思うところを述べる俺に、蘭はじっと聞き役に徹していたが、内容を把握するや声をあげて笑った。
「澪桜、アンタらしいわ。ええんちゃう」
「あぁ。その際は蘭、お前にも見てもらおうと思う」
「フフッ、魔霊界かぁ……確かに行ってみたいな。もしうちの手術が成功したら、やけどな」
 やや淋しげな表情を見せる蘭だが、俺は太鼓判を押した。
「蘭、お前なら大丈夫だよ。俺が力(リキ)を送ってやる」
 俺は蘭の手を取るや、ぎゅっと握りしめた。対する蘭も弱々しくではあるが、握り返してきた。
「蘭。手術、頑張れよ」
「あぁ。澪桜、アンタも気張りや」
 俺達はそれぞれの戦場を前に意思疎通を図るや、互いの健闘を祈り別れた。



 魔霊界の取引所・ラスダックが乱高下を繰り返している。一見、旺盛で好調に見える売買だが、日々、出来高を更新する様相は確かに異常だ。
 そんな中、蘭の指摘を受けた俺は一つの指標に注目している。それは、投資家が市場の先行きとしてどれくらいのボラティリティを見込んでいるか、つまり市場の不安定度を示す恐慌指数だ。
 将来の相場に対する投資家心理を反映し、数値が高いほど不透明感が強い。
「確かに、これはまずいな……」
 数値の高さに眉をひそめた俺は情報屋の剛を頼り、その原因を突き止めた。
「澪桜。これは情報屋界隈では誰もが知る話なんだがな。どうやら膠着状態にある魔王ゾーラ軍が国王軍に対し一大攻勢を目論んでいるらしいぜ」
 剛の情報に俺は唸った。つまり、この攻勢の結果が相場に大きな影響を及ぼしてくるのだ。より具体的に言えば勝者の債権が高騰し、敗者のそれは紙屑と化す。
 ゆえに関係者は勝敗をいち早く知るべく諜報員を配し連絡体制を整え、結果を固唾を飲んで見守っているのだ。
「その中でも注目を集めているのが、お前の妹のサクラさ。大相場を目論んでいるらしい。他の諜報員もサクラに出し抜かれまいと、彼女の一挙手一投足に目を光らせているところさ」
「ほぉ……」
 俺は大いにうなずくとともに、頭を痛めた。どうやら今回も一筋縄では、行かなさそうである。
 不穏な空気を感じつつ、俺はラスダックの成り行きを複雑な視線で見守り続けた。



 さて、この魔王ゾーラ軍の攻勢であるが、思わぬ形で幕を切った。クラウド上の情報が突然、封鎖されたのだ。根源である浮遊石を断たれたものと思われた。
「どうやら始まったようだな」
 あらゆる端末がシャットダウンする中、俺は霊魂からなる回線の復旧に努めるものの、情報封鎖を破る事ができない。
 それは他の面々も同様らしい。苛立ちを覚える俺だが、手段を根こそぎ断たれた以上、根気よく待つしかない。
 一分が一時間とも感じられる中、大いに焦らされた俺達だが、突如、封鎖が解けた。回線が復活し、みるみるうちに魔霊界の情報網が復旧していく。
 そこで俺は我が目を疑うこととなる。なんとサクラが国王債を叩き売りしているのだ。そこから察するに魔王ゾーラ軍が勝ったようである。
 ――サクラの奴、一体どこから情報を得たんだ!?
 戸惑いを覚える俺だが、そこからの展開は、早かった。国王軍の勝利に相場を張っていた面々が一斉に同債権を売り浴びせ、対する魔王ゾーラ債へと買い走る。
 この動きにAIもどきの自動取引が続き、怒涛の勢いで流れを加速させた。
 ――案の定、そうなるか……。
 魔王ゾーラ債の急騰に納得する俺だが、なぜかそこに奇妙な違和感を覚えている。
 確かに紙屑となった底値同然の国王債であるが、ほんの僅かずつではあるものの、買いに転じているバイヤーがいるのである。
 これが俺の第六感を大いに刺激した。
 ――まさか、これが狙いか!?
 最悪の可能性を疑う俺だが、その疑念は見事に的中する。なんと勝利したのは魔王ゾーラ軍ではなく、国王軍だったのだ。
 刻々と正確な情報が入ってくる中、事実を知った面々が、慌てて魔王ゾーラ債を投げ捨て、叩き売りをしていた国王債を買い戻そうと試みるも時すでに遅し――いつの間にか底値同然だった同債権のほとんどが、サクラただ一人によって買い占められていたのだ。
 一帯が恐慌と化す中、ただ一人、左うちわで急騰していく国王債を眺めているであろうサクラに俺は言葉を失っていた。

 市場関係者のほとんどが破産した死屍累々の賭場――そこでただ一人勝利し、一夜にして国家予算級の霊力を築いたサクラだが、彼女はこれに満足していない。
「確かに皆、破産した。けど親がまだ破産していないでしょ」
 なんとサクラの目は、胴元である俺に向いているのだ。皆の視線を一身に浴びながら、サクラはクラウド空間に姿を現し、高らかに宣言した。
「さぁお兄様……いや、勇者兼魔王様でしたかね。サシで勝負しましょう」
 ――おい、マジかよ。
 こちらの正体を晒し、逃げ道を塞いだ上で挑戦状を叩きつけるサクラに俺は、重い腰を上げざるを得ない。やむなくクラウド空間に姿を現した俺は、サクラと対峙した。
 周囲が固唾を飲んで見守る中、俺は問うた。
「サクラ。いくら賭ける気だ?」
「全額よ」
 サクラは、なんの躊躇もなく稼いだばかりの巨万の霊魂を全て差し出した。これに市場は騒然とした。もしここでサクラが勝てば、胴元の取引所は一瞬にして巨額の損失を負い、潰れてしまうのだ。
 ――明らかにサクラは、俺を潰しに来ている。
 俺は自身の戦力を確認した。手元にあるカードは、上場で稼いだエンタープライズとベンチャーだ。これに幾つかのユニコーン銘柄が付随する。
 いかに胴元を張るとはいえ、まだ創立して間もない市場である。心許ないことこの上ない。
 対するサクラは、名だたるほとんどの霊魂と魔法法人たる召喚獣を手中に収め、勢いも余って意気揚々だ。すでに勝った気でいるサクラだが、俺は迷わず切り札を出した。
「オプションを行使する」
「オプションですって!?」
 サクラは驚きの声を上げた。実は病院で蘭と話し合った際に、こうなることを予期し保険を掛けていたのだ。いかにサクラと言えども、市場の健全化を目的とした胴元特権のオプションには手が出せない。
 たちまち俺の戦力は、サクラと同等規模にまで膨らんだ。あくまで一時凌ぎの策ではあるものの、サクラの士気を削ぐ分には十分だったようである。
「ふん、相変わらずセコさだけは、ご立派ね。いいわ。この場は引きましょう。もっともお兄様にどれだけの余力が残されているか、見物だわ」


 サクラは短期決戦を諦め、持久戦に持ち込むべくポートフォリオを組み直し、クラウド上から姿を消した。その背中を見送った俺は、安堵のため息をつく。
 ――蘭、お前のおかげで助かったぜ。
 とは言え圧倒的劣勢は変わらない。俺は首の皮一枚繋がったことを感謝しつつ、今後の戦いに向けて気持ちを切り替えた

4 降伏交渉
 サクラを起因とした暴落から九死に一生を得た俺が向かった先は、魔王ゾーラが立てこもる根城である。降伏を促す使者を託されたのだ。
 その道中を今回の戦勝を引き寄せたリー将軍が直々に補佐している。ちなみに俺はこのリー将軍と折り合いが悪い。現に今もその鋭い眼差しを受け、居心地が悪いことこの上ない。
「おい坊主。一つ、言っておく。お前らは必ずこの世界に厄災をもたらす」
 そう言ってのけるリー将軍に俺はゲンナリしつつ、陥落寸前の城に赴き魔王ゾーラと対面した。
「ゾーラ、その身は俺が保証するから、いい加減観念しろ」
 王の間に通された俺は、魔王ゾーラに言い放った。だが、そこは魔霊界創設者の魔王である。頑なに拒否するプライドの高さを持っている。
「お断りだ。いざ、戦場であいまみえん」
「いやもう勝負は着いているだろう。このまま戦って未来はあるのか?」
 俺は半ば呆れつつ脅しや透かしを交え、今後の処遇を図るものの、魔王ゾーラの意志は固い。それどころか逆にこちらを脅してすら見せた。
「澪桜、お前こそ己が待つ未来と直視することだ。市場を賭場にして資本主義ごっこか? 待っているのは、破滅だぞ」
「あのなぁ、ゾーラ。もうルールが変わったんだ。魔術の税務化でやりくり出来る時代は、この俺が終わらせた。これからはクラウドを支配し、金融工学でリスクヘッジとリターンを狙う時代なんだ」
「残念だが澪桜、お前への協力は断固として拒否する」
「つまり、サクラ側につくってことか?」
「それも拒否だ」
 断言する魔王ゾーラに俺はため息にくれた。
 ――さて、どうしたものか。
 頭を捻る俺だが、引っかかるものを感じている。これだけ追い詰められながらも、魔王ゾーラには迷いが全く見られないのだ。
 ――コイツ、おそらく何かを仕込んでやがるな。
 訝る俺に魔王ゾーラは、最後の言葉を残した。
「澪桜。この世界を簒奪するつもりだろうが、創造主の私には勝てない。魔霊界はこの俺とともに栄え滅ぶのだ」
 一方的に交渉を打ち切られ、不本意ながらも城を去る俺だが、後日、その意味を身を持って知ることとなる。

「そうですか。澪桜さんでも交渉は成立しませんでしたか」
 女王の根城で結果を知ったジュリアは、嘆きつつも頭を働かせている。魔王ゾーラを買収出来ない以上、サクラと繋がる前に手を打つ必要がある。
「ジュリア、こうなったら強硬手段だ。俺に任せてくれ」
「待ってください澪桜さん、魔王ゾーラを闇討ちする気ですか。これ以上、私のために手を汚すのはやめてください!」
「だが、ジュリア。もう暗殺くらいしか手段がないんだ。いかに敗北したとはいえ、相手はあの魔王ゾーラなんだ。心配しなくていい。汚れ仕事は俺一人で十分……」
 その言葉が言い終わらないうちに、俺はジュリアから平手打ちを受けた。驚く俺が頬を押さえつつジュリアを見ると、目に涙を浮かべている。
「澪桜さん、私は子供同然に育ててくれた父・ジパング王をこの手であやめました。けど澪桜さんは私の身代わりになってその罪を背負ってくれた。お願いです。もうこれ以上、私を……」
 そこでジュリアは俺に飛びつくや、胸の中で、泣き崩れた。
「澪桜さん、私の気持ち……分かってください。私はずっとあなたのことを……」
「ジュリア……」
 言葉を失う俺にジュリアは、涙を拭うことも忘れ唇を奪った。そこから俺達は熱に浮かされたように寝室に雪崩れ込み、激しい情事を交わした。
 無論、禁断の恋であることは十分に承知していたが、制御を失った俺達は己の気持ちを偽ることができない。人目を忍んで互いの愛を確かめ合った。

 かくして交わりを持ってしまった俺達だが、外では事態が思わぬ方向へと進行している。魔王ゾーラが自害し果てたのだ。問題はその死に際である。市場で俺が設けたブレイブ(勇者)指数を凄まじいレバレッジで狙う撃ちしたのだ。
 そもそもハイリスクハイリターン銘柄で構成されるこのインデックスは、信用度の低い相手への霊力を優良銘柄と混ぜて証券化した魔術商品で構成されている。
 魔王ゾーラは、そのアキレス腱とも言える部分に全霊力を持ってして売り浴びせた。その威力は凄まじく、売りが売りを呼び、手堅くリスクを避けたはずのモンク(僧侶)指数にまで影響を及ぼす始末である。
 ――くそっ、青天の霹靂だ。魔王ゾーラを甘く見過ぎていた。
 判断ミスを後悔する俺だが、時すでに遅し――貪欲な反面、臆病さを併せ持つ市場は疑心暗鬼に駆られ、売りが売りを呼ぶ空前の大暴落となってしまった。
 それはサクラにとっても同様である。俺達は一瞬にして、築き上げた富の大半を失うこととなった。



「ジュリア、俺はしばらく現実世界に身を移す」
 荷物をまとめる俺をジュリアが必死に引き止める。
「待ってください。澪桜さんが行くなら私も……」
「ジュリア、お前は女王だろう。この世界を守る役割があるはずだ。心配するな。俺は必ず戻ってくる。それまで待っていてくれ」
 俺はジュリアに別れの口付けを交わすや、召喚したエンタープライズとベンチャーを仰ぎ見る。
「お前らともしばらくお別れだな。ジュリアを頼んだぞ」
 努めて明るく振る舞う俺だが、二人の召喚獣は顔を真っ青にしている。特にエンタープライズがひどかった。
 あれだけ手を焼かせたのに、いざ別れとなればまるで覇気を失っているのである。
「心配しなくていい。お前らなら大丈夫だ。じゃぁ行くぞ」
 湿っぽい空気から逃れるべく、俺は強引に城を出て魔霊界から現実世界へと戻って行った。
 さて、今回の事態を受け、俺は己の判断の甘さを痛感している。同時に解せない何かを感じていた。
 ――今回の復讐劇、魔王ゾーラにしては思い切りがよ過ぎる。誰か入れ知恵した奴がいるんじゃないか。
 そう考えた俺は早速、情報屋の剛と接触した。かつて、剣道部を共にしたこのツレは、俺に法外な値をふっかけてきた。
「おい剛、俺の財布がスッカラカンなのは分かってるだろう」
「まぁな。特別に出世払いにしてやってもいいぜ」
「ほぉ、そういう以上はそれなりの情報なんだろうな」
「それは保証する」
 剛の断言を受け、俺ははじめて事の真相を知った。そのあまりの内容に声を失ってしまった。
「じゃぁ何か。アイツは全て承知の上で仕組んだってことか!?」
「そういうことさ。澪桜、これが勇者と魔王の本当の戦い方なんだよ」
「なるほど。俺は甘かったのか……」
 悔いても悔い切れない俺は、忸怩たる思いを隠せない。
 ――まんまとしてやられた。勇者はジャックだったんだ。アイツは魔王の俺を嵌めることで見事にその役割を果たしやがった。


 俺は愕然としつつ、同時にこれからどうすべきかについて、頭を働かせている。
 ――毒を喰らうなら皿まで。こうなったら組むべき相手は一人だ。多分、向こうも同じことを考えているはず。双子なんだからな。
 意を決した俺は、全ての始まりであるあの神社へと向かった。

5 財務省主税局
「来ると思っていたわ。お兄様」
 神社の鳥居をくぐった俺を出迎えるのは、サクラだ。憎悪とも諦めとも取れるその表情は、実に複雑である。
 だが、俺はかまわず続けた。
「サクラ、もう虚勢を張るのはよせ。このままでは、二人とも勇者ジャックのいいカモだ。俺はアイツの引き立て役をやる気はさらさらない」
「だからと言って、お兄様を選ぶ理由が私にあるとでも?」
「あるからここへ来た。サクラ、お前が望む成熟社会に協力しよう。そのかわりお前も協力しろ」
 ここで俺は一つの提案をした。それはジャックに対し、リベンジを果たす起死回生の一手なのだが、その真意を汲み取ったらしいサクラは腕を組み考えている。
「それでお兄様。一体、私に何をせよと?」
「当面は何もしないくていい。とにかく一緒にいてくれれば……」
「ほぉ。つまり、こう言うこと?」
 己の胸を指差すサクラに俺はゲンナリうなずく。
「まぁ心配はいらない。その一線はちゃんと弁えた人だ。ただ、確かに……ま、とにかく手を貸してくれ」
 俺の懇願にサクラは、ジトっとした目で俺を見ていたが、やむなしとうなずいて見せた。
 安堵に胸を撫で下す俺だが、その一方で若干の物足りなさを感じている。
 ――願わくば、もう一人……。
 そう考えていた矢先、突如着信音が鳴った。スマホを手に取り画面に表示された名に、俺は思わず声をあげる。
「蘭!?」
 驚き着信を取った俺に、蘭は開口一番こう言った。
「澪桜、アンタ今、困ってるやろ」
「や、まぁそうなんだが……しかし、なぜ……」
「分かるわ。ここんとこ通話もなかったし、メールも上の空って感じやったからなぁ。それより、うちに相談せぇへんなんて水臭いやんか」
「というか蘭。そもそもお前、まだ治療中だろう」
「もう大丈夫やて。手術は成功やったしな。あとはただの経過観察でヒマしとったところなんや」
 あっけらかんと話す蘭だが、俺は若干の違和感を感じている。だが、蘭の押しがそれを上回った。
「どうせ、あの神社にいるんやろ。待っとき。今からうちが行くから」
 流石にそこは断ろうとした俺だが、蘭は返事を待たずして一方的に通話を切った。こうと決めれば、テコでも動かない蘭である。
 俺はその頑固さが妙に懐かしく、同時に嬉しくもあった。
 かくして俺はサクラばかりか蘭の協力をも取り付けた。だがその前途は多難だ。多くの人脈を必要とする上に、非常にデリケートさが求められるのだ。
 ――ここは繋がりと運だ。となれば頼るべきは……。
 サクラと蘭を引き連れ向かった先、それは女たらしと不思議な人徳で名の通った我が校が誇る校長である。
「やぁ君達、よく来たね。いつでも大歓迎だよ」
 校長は両手を挙げて俺達(俺を除く)を歓迎し、応接室へと招いた。ペラペラと意味のない世間話を始める校長だが、俺はそれを強引に遮り、切り出した。
「校長。実は今、休止中のバンド、タークスとエルタの復活イベントを兼ねまして、某ゲーム会社とのコラボ・プロジェクトが進んでおりまして」
「ほぉ、内容は?」
「はい、異世界に転生したニセ勇者を真の勇者が倒すというファンタジーゲームです。ただ、税金面で大人の事情が入れ込んでおりまして……」
 俺はゲームにかこつけ内情を事細かに晒していく。それを校長はいちいちうなずき聞いていたが、やがて、大きくうなりソファーの背もたれに身を預けた。
「そのプロジェクトなんだが、会社名は明かせないんだな」
「はい」
「所在地もかね」
 うなずく俺にさしもの校長も考え込んでいる。それを見た俺は両サイドに腰掛ける面々に目を走らせた。すかさず二人が口火を切った。
「校長、これは極秘プロジェクトなんですよ」
「そうです。私達、校長に頼るしかなくて」
 ハニートラップといえば、言い過ぎかもしれないが、ともなく俺達は必死にアピールした。


 そんな努力もあり、完全に舞い上がった校長は鼻の下を伸ばし、手帳を広げ始めた。
「うちの卒業生だが、官公庁にぴったりの人材がいる。紹介してやろう」
 校長は徐ろに懐中からスマホを取るや、連絡を始めた。何本かアポを試みた末に、ようやく繋がった相手の名刺を渡された俺は、思わず声をあげた。
「え……財務省主税局って、超エリートじゃないですか!?」
「不満かね?」
「とんでもない。光栄です」
「では、行こうか?」
「まさかこれからご本人に直接ですか」
「いかにも。善は急げだ。行くぞ」
 校長はなんでもないことのように立ち上がるや、駐車場へと向かった。俺は気が気でない。相手は役所でもトップクラスの人材である。
 ――果たして、受けてくれるかどうか……。
 不安を隠せない俺だが、傍らのサクラと蘭も同じ心境のようだ。もっとも先導する校長は、鼻歌まじりにお気楽そのものだったが。



 車を飛ばすこと半時間、俺達は日本の中枢を担う霞が関へと入っていく。向かおうとしているのは、国税制度の企画立案を担う財務省主税局だ。
 必要な経費に基づき何にどう税金をかけるかを決め国に入るお金を管理する、日本経済の根幹と言っても過言ではない。
 ――本当に大丈夫なのか。
 場違いな場所に戸惑いを覚えていると、目の前にメガネの男性が現れた。歳は四十前といったところか。いかにも官公庁のエリートといった人相風体である。


「財前次郎です」
 頭を下げる財前に校長は、にこやかな笑顔で雑談を交わすと、席を立った。
「さ、私はここまで。あとは君達で存分に話したまえ」
「や、ちょっ……校長!」
 手を振り去っていく校長に、俺は困惑を隠せない。やむなく財前の方に向き直し、話を切り出した。
「ほぉ、異世界ゲームで税制をねぇ」
 俺の話を丁寧に聞く財前だが、やがて、とんでもないことを言った。
「その話。多分、ゲームじゃないですね。実際に今、起こっている話なのでしょう?」
「え、いや……」
「誤魔化さなくても結構ですよ。あなたが言った白髭先生、おそらく私の父です」
 思わぬカミングアウトを受け、俺は絶句した。一方の財前は構うことなく続けた。
「いつだったか、父がいきなり蒸発しまして。実情を探ると、魔霊界と名乗る異世界に飛ばされたらしくて。そうですか。父は無事なんですね」
「はい。それはもう……でも財前さんはお父様と再会は……」     
「しません。そもそも父は、そんなことを求める方ではありませんでしたから」
 財前はキッパリ断りを入れた後、本題に入った。
「澪桜君、主税局が税金に関する制度を企画・立案する際の三原則って分かりますか?」
「はい。確か公平・中立・簡素ですよね」
「そうです。担税力の公平、税制に経済を歪めさせない中立、仕組みを分かりやすくする簡素、この三つをもとに直近の経済状態を考慮し理想的な税制の構築に努めています……というのは建前でね。実はもう一つあるんです」
 ――はて、そんなのあったっけ?
 頭を傾げる俺だが、傍らのサクラがズバリと言った。
「干渉、だな」
「いかにも。一般的には伏せられていますが、我が国は古来よりこの魔霊界と強い関わりを持っていましてね。この異世界に干渉すべく一定の予算が割り当てられているんですよ」
「そうなんですか!?」
「えぇ、適度な干渉により、日本に古来より伝わる神道にならい、異世界から正のエネルギーを徴収するのが目的です。ただ、今その関係が崩れようとしている」
 ――ジャックか……。
 俺はかつての友に頭を痛めている。ここで俺の心中を察した財前が一つの提案をした。もし、この狂いかけた魔霊界との関係を正常に戻せるなら、協力もやぶさかではない、と。
「しかし財前さん、どうやって。アイツは今や魔霊界の勇者なんですよ」
「それでも徴霊の剣はあなたの元にある。澪桜君、その剣はね。壇ノ浦に沈んだとされる三種の神器の一つ、草薙の剣なんですよ」
「え、徴霊の剣が国宝!?」
 驚く俺に財前は言った。
「澪桜君、いずれジャックと決闘の日が来るでしょう。我々は君の勝利に賭けたい。そのための協力はおしみません」
「ありがとうございます。でもうちの校長が……」
「大丈夫。校長はあぁ見えて嗅覚の鋭い方です。多分、全てを分かった上でここに来られたんじゃないですかね」
 財前はそう述べた上で、一枚の地図を机上に広げた。それはまごうことなき魔霊界の地図である。事細かに記された地形の上に財前は、ペンでマークを入れていく。
「いいですか澪桜君。こことここ、あとこの場所から森をぬけ洞窟に入ったところが、魔霊界の秘密ルートです。そこでリー将軍という我々が送り込んだ工作員がいます。必ず協力してくれるでしょう」
「え、あのリー将軍ですか!?」
 あの折り合いが悪いリー将軍が、まさか財務省主税局の工作員だとは露ほども思わなかっただけに、驚きを隠せない。
「俺は、てっきりリー将軍には嫌われているとばかり……」
「すべては演技ですよ。澪桜君、くれぐれも油断なきように」
「分かりました。ありがとうございます」
 俺は財前に深々と頭を下げ、その地図を受け取った。
 ――よし、リベンジだ。待ってろよジャック。
 俺は武者震いを覚えつつ、財前の元を離れた。

第一章:https://note.com/donky19/n/n6a87f6c20e46
第二章:https://note.com/donky19/n/n175b331ac0be
第三章:https://note.com/donky19/n/n6199cdd1e360
第四章:https://note.com/donky19/n/n70a31a9e2439
第五章:https://note.com/donky19/n/n08deeb2c8c0e
第六章:https://note.com/donky19/n/nfb081e9f520d
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第八章:https://note.com/donky19/n/ne685072a0b7e
第九章:https://note.com/donky19/n/n6a0c4d9d38d6

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