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【挿絵小説】タックスキングダム 第九章

1 神器

 作戦を練る俺達だが、そこへ思わぬ人物が現れた。白髭先生の子にして現実世界で財務省主税局に籍を置く財前である。
「財前さん! この魔霊界に来るなんて、一体、どうしたんだ?!」
 驚く俺に財前はニコリと微笑むや、思わぬ情報を口にした。ジャックの潜伏場所である。
「それは、本当ですか!?」
「えぇ、そこにジュリア女王も一緒です。人質にするつもりなのでしょう」
 ここで財前は懐から謎のアイテムを取り出した。それを見たサクラが目を見開き声を上げた。
「まさか八尺瓊勾玉ヤサカニノマガタマ!」
「ん? なんだそれは?」
 首を傾げる俺にサクラは、説明した。何でも草薙の剣、八咫鏡に続く最後の神器だという。俺は驚きつつ問うた。
「財前さん、そんな大事なものを一体……」
「局の上層部で議論の末、君に託すことが決まったんですよ」
「え、しかし……」
「えぇ、極力使用は控えること。これは危機に陥ったときのみ、使ってください。あとこの件は、くれぐれも内密に。あくまで我々が支援するのは、勇者のみ。形式上はジャック陣営に属することになってますから」
 財前はそう耳打ちするや、八尺瓊勾玉を手渡した。一方の俺は受け取った神器をまじまじと眺めている。濃い緑を帯びた勾玉には、どこか神秘的なオーラが感じられた。
 俺は大いにうなずくや、八尺瓊勾玉をそっと懐にしまい、財前に言った。
「財前さん、こいつは大切に使います」
「えぇ、お願いします。いよいよ最後の決戦だとか。自信のほどはいかがですか?」
 財前の問いに俺は、指で小さく自信のほどを示した。財前は苦笑の後、真顔に戻り続けた。
「澪桜君、私としては全ての下駄を預けてもいいとすら思っています。ただ、そんな我々でも様々な思惑が交錯している。プレッシャーをかける訳ではないですが、応援する以上は是非、勝って欲しい」
「もちろんです」
 俺の返答に財前は黙ってうなずくや、こう言い残した。
「タオルを投げるくらいの腹づもりは、出来ています。ここは一つ、大いに暴れてください。責任は全て、この財前が引き受けましょう」


 やがて、財前は現実世界へと帰っていく。その背中を見送る俺にサクラが問うた。
「お兄様、本当に自信なんてあるの?」
「ねぇよ」
 即答する俺にサクラは、呆れている。俺は苦笑の後、続けた。
「それでも、やらなきゃならねぇのさ。エンタープライズ達はどうだ?」
「休ませてるよ」
「それでいい。明日、作戦を決行する。ど派手に行こうぜ」

 翌朝、俺達は蘭が扮する青龍にまたがり、ジャックが潜伏すると思しき場所へと向かった。エンタープライズ、ベンチャー、玄武の玄太郎も同伴だ。
 各々がそれぞれの役割を担いつつ、フォーメーションを組んでいる。
 ――いよいよだ。
 俺は昂る気持ちを押さえ一帯に目を光らせた。そこへ先導するエンタープライズから連絡が入った。どうやらリー将軍の軍がセント川で行軍を止めたらしい。
「他の勢力はどうだ?」
 俺の問いに剛が「想定通りだ」と答えた。どうやら白髭先生をうまく出し抜けたようである。魔物達に至っては、混乱のあまり統率すら取れない有様だ。
 かくしてここに各々が牽制し合い、誰も手が出せないという理想的な膠着状況が生まれた。皆の思惑は一つ、誰が真の勇者なのかを見極め、いかにその勝ち馬に乗ることだ。
 ――この状況が続くのは、せいぜい半日だ。それまでに片をつける必要がある。
 残り時間を計算しつつ、眼下をうかがうと地上から発光信号が確認できた。すかさずサクラが読み上げた。
「健闘ヲ祈ル。ニセ勇者ヲ倒サレタシ。白髭……だってよ?」
「フフッ、あの先生にはかなわないな」 
 俺は苦笑しつつ、青龍の蘭に命じた。
「蘭、一気に行こう。全速力だ」
 俺の声に応えんと蘭は、長い胴をしならせ有り余る力を存分に発揮した。膠着する戦場をよそにぐんぐん加速し、天に向かって駆け上がっていく。
 やがて、頭上に一つの浮島が現れた。
 ――財前さんの情報によれば、あの中にジャックのアジトがあるはずだが、果たして……。
 様子を伺う俺だが、その情報は正しかったようである。浮島全体が結界に覆われ、俺達に攻撃を仕掛けて来たのだ。
 たちまち周囲がデスバードで覆われる中、俺は結界の突破を図る。方法は現実世界における法人税法二十二条〈別段の定め〉だ。
 いわゆる会社法、法人税法、証券取引法の三法が織りなすトライアングル体制のズレで、これが魔霊界における魔法法人法にも残っているのだ。
 そのズレから生ずる裂け目を山頂で待機するベンチャーや玄武の玄太郎とともに見つけるのが、作戦の肝だった。
 ただそれにはあまりにもデスバードが邪魔すぎた。
「エンタープライズ、頼むっ!」
 叫ぶ俺にエンタープライズは吠えながら、囮役を一手に引き受けた。まとわりつくデスバードが次々に離れていく中、俺は浮島をくまなく探っていく。だがズレによる裂け目は見つからない。
「澪桜、そろそろヤバいぜ」
「分かってるさ」
 俺は剛の言葉に苛立ちを隠せない。もうダメかと思いかけた矢先、俺の耳にベンチャーと玄太郎の咆哮が飛び込んできた。
「お兄様、アレよっ!」
 サクラが指差す方向に目を走らせると、確かにそれらしき亀裂が走っている。まさに灯台下暗し、木を見て森を見ずだ。
「でかした。ベンチャー、玄太郎!」
 俺は山頂の二体に手を振るや、徴霊の剣を引き抜く。瞳を閉じ精神を集中させながら、一帯の霊を吸い上げた。
「コイツでトドメだっ!」
 目を見開いた俺は、剣に宿る霊力を魔術化して振り抜いた。たちまち剣から波動が走り、裂け目に穴が開いた。
 ただその合間は決して大きくない。人が一人、ようやく入れる程度である。
「お兄様、ここは私達に任せて」
「いや、しかし……」
 サクラに戸惑う俺だが、その背中を剛が押した。
「澪桜、行け。思う存分、暴れてこい」
「分かった。スマン」
 俺は二人に断りを入れ、青龍に扮する蘭を撫でた。
 ――じゃなぁ蘭。行ってくるぜ。
 心で別れを告げた俺は蘭から飛び降り、浮遊石を手に亀裂の穴へと飛び込んで行った。

2 決戦

 穴の下に広がる世界――それは至る所に浮遊石が漂い、あらゆるデータが行き交う摩訶不思議な空間だった。幾何学的な文様が現れては消えを繰り返す世界で、俺は吠えた。
「どこだジャック、出て来いっ!」
 声がこだまする中、渦巻く瘴気から人影が現れた。見違えようもない、ジャック本人である。
「そんな大声を出さなくても、僕はここにいますよ。澪桜、お待ちしておりました」
 意味深なセリフとともに姿を晒すジャック――その表情はニッタリとした笑みに溢れ、瞳の奥に妖しい光を灯している。まるでエサである獲物を前にした猛禽類の如く、一度捉えたら離さない鋭い目だった。
「ジャック、ジュリアをどこへやった!」
 声を張り上げ徴霊の剣に手をかける俺だが、ジャックはすかさず手で制す。
「澪桜、君に見せたいものがあります」
 奥へと促すジャックに不審を感じつつ、俺はその背中を追っていく。先導するジャックは、歩きながら話しかけた。
「澪桜、ここがどこだが分かりますか?」
「お前のアジトだろ」
「フフッ、残念ながら違います。ここはね。聖地なんですよ。すべてはここから始まった」
 何を言っているのか要領を得ない俺にジャックは、説明を始めた。
「君も知っての通り、この魔霊界は万物に宿る霊を徴収し魔術化する異世界ですが、その仕組みはここで生まれたんです。亡きジパング国王と魔王ゾーラの手によってね」
「ふんっ、まどろっこしい話だ。この異世界はファンタジーだろう。もっと作りようがあったろうに」
「少なくとも税務に携わる人間から見れば、霊力を魔術に転化する手法として税務理論は合理的だったんです。ただ酷く安定を欠いた。結果、二人の想い人は犠牲になった。かわりに生まれたのがジュリアです。彼女は魔霊界を安定させるために人工的に作られた魔術実験の成れの果てなんですよ」
 ジャックはピタリと足を止め、祭壇を指差した。
「見てください、澪桜。僕の芸術作品、最高傑作の魔霊界安定装置です」
 指を鳴らすジャックの前に祭壇が光で照らされた。そこに浮かび上がる人影に俺は思わず声を上げる。
「ジュリアっ!?」
 浮遊石と数々の魔法陣によって、一つの機関と成り果てたジュリアに俺は愕然とする。


 対するジャックは誇らしげに言った。
「どうです。素晴らしいでしょう。ジパング国王が目指しつつも出来なかった理想のシステム、ジュリア機関です。彼女は魔霊界のあらゆる霊力を数値化する装置として、君臨するデータセンター……まさに女王だ。僕は彼女に数理的な美しさを感じます」
「ふざけるなっ! ジュリアは機械なんかじゃねぇ。俺達同様笑い泣き、嫉妬し涙も流す立派な人間だ! お前のオモチャでもない」
「オモチャとは、とんでもない。魔霊界の神です。その道具として会計理論や税務技術がある」
「そうじゃない。お前は会計や税務を単なる数遊びとでも思っているようだが、違うんだ。多くの人の汗と血と涙がかよった息づかいそのものなんだ」
 断言する俺にジャックが腹を抱え声を上げて笑った。
「澪桜、君はそれを本気で言ってるんですか? 違いますよ。会計や税務に人間味はありません。少なくとも僕の解釈は違う。そう、これらはモデルなんです。仕組みでありシステムと言ってもいい。そこに血がかようなどあり得ない。ジュリア機関も然り。君ならそれは理解してもらえると思ったのですが……」
 そこでジャックは剣に手をかけ間合いを取る。対する俺も徴霊の剣を引き抜いた。
「ジャック、どうやらここが俺達の道の分かれ目の様だな」
「いかにも。いくら話しても交わることのない平行線……いいでしょう。お相手します。この世界の勇者は、どちらが相応しいかを決めようではないですか」
 ジャックはニヤリとした笑みとともに、パチンと指を鳴らした。その途端、周囲に魔霊界の至るところが映像で繋がった。
 そこには、サクラや剛は言わずもがな、リー将軍や白髭先生が映し出されている。どうやら万民の衆目の下で、決着をつけようと言うことらしい。
「上等だ!」
 俺は先手必勝とばかりに踏み込んだ。だが、ジャックもさるものである。俺の手の数段先を読んで応戦してきた。
 互いの剣がぶつかり火花が散る中、勝負は一進一退を繰り広げている。互いに奮闘するものの、あと一歩が出ず決定打を欠き決着に至らない。
 ここでジャックが隙を見せた。
 ――罠か?
 俺は疑りながらも打って出る。だが、そこに一枚の鏡が仕込まれているのを見つけ舌打ちした。言わずもがな、八咫鏡である。
 俺は何とか踏みとどまり、剣を構え直す。
「ふんっ、三種の神器を使うとはな。ジャック」
「それは澪桜、君もでしょう」
「あぁ、日本は俺の祖国だからな」
「でも、その日本は君のような外人もどきを嫌っている。僕のような移民もね」
 剣技で決着が付かないと見たジャックは、心理戦に切り替えたようだ。こうなると短気の俺は不利である。盛んに煽られ俺は苛立ちを抑え切れない。
 ――くそっ、このままじゃやられる。
 俺は一旦、間合いを取るや、剣を片手に持ち直し、その剣先をジャックに突きつけた。
 もともとアドリブの効かない奴である。ダメ元で繰り出した奇策であり、互いの距離感を狂わす奥の手だったのだが、これがうまくいった。
 ――ここだっ!
 俺は一気に間合いをつめ、ジャックの剣先を交わすや、その身を斬りつけることに成功した。
 深手を負ったジャックは、ふらついている。明らかに勝負あり、だ。
「ジャック、ここまでだ。降伏しろ」
「ふっ、姑息な技を……くっくっくっ……いいでしょう。では本命をお見せしましょう」
 ジャックはよろめきながらも、何を思ったか自らの剣を己の腹に突き刺した。
「な……ジャック、何の真似だ」
「ハラキリ……ですよ。この国を愛し、そして憎んだこの思い……カタチにして差し上げます」


 ほとばしる出血とともにジャックは呪文を唱え、息絶えた。それを合図にジュリア機関が稼働を始めた。魔法陣に拘束されたジュリアがその身が放たれ、こちらに歩み寄ってくるのだ。
「ジュリア!」
 思わず声を上げる俺だが、ジュリアの様子がおかしい。まるで己が分かっていないかのような瞳なのだ。
 ――何だジュリア。一体、どうしたって……。
 戸惑う俺だが、次の瞬間、一閃する光が俺の体を貫いた。何が起きたのか分からない俺だが、突如、凄まじい熱さと激痛が走った。
 どうやらジュリアが放つ魔術にやられたらしい。必死に出血を抑える俺だが、ジュリアはさらなる攻撃を挑んでくる。
 その姿に俺は全てを悟った。ジャックがジュリアの肉体を乗っ取ったのだ。
「さ、澪桜。第二ラウンドといきましょうか」
 ほくそ笑むジュリアの瞳は、まさにジャックのそれである。
 ――くそっ、どうすりゃいいんだ。
 ジュリアを前に俺は困惑を隠せない。同時に卑劣な手で打って出るジャックに、怒りを覚えている。
「頼む。ジュリア、目を覚ましてくれ!」
 必死に叫ぶ俺だが、ジュリアの耳には届かない。それどころか着々と俺を追い詰めてくるのだ。
 まるで真綿で首を締め上げるが如く、じわじわと攻め立てる陰湿さに俺は、唇を噛み締める。あまりの悔しさに気が狂いそうだった。
 やがて、勝ちを確信したジャックが言った。
「さぁ澪桜、ジュリア機関が持つ数理的な美しさをしっかりまなこに焼き付けてください。それが、この世で見る最期の景色となるのですからね」
 トドメを刺さんとするジュリア姿のジャックに、俺は叫んだ。
「ジュリア、スマン……」
 と同時に徴霊の剣を捨て去った。突然の行動にジュリアの表情が戸惑いに変わった。
 ――そのアドリブの効かなさが、お前の命取りさ。
 俺はほくそ笑みジュリアの懐に潜り込むや、その腹に拳を叩き込んだ。加減したとはいえ、ジュリアの体を傷つけることには、変わりはない。
 ジュリアが驚きに目を見開く中、俺はその唇を奪うや額越しに一つの情念を流し込んだ。それは、ジュリアと初めて夜をともにしたときの記憶である。


 これにジュリアが目覚めた。記憶に残る俺との思い出を蘇らせ、ジャックに乗っ取られた肉体を取り戻し始めたのだ。
「な、何ですか……これは!」
 体内の居場所を奪われていくジャックに、俺が言った。
「教えてやるよジャック、さっき言ったろう。これが、血がかよった本物の感情なんだよ」
「こんなもの……こんなもの僕は認めない……」
 ジャックはジュリアの肉体の主導権が奪われる前に、最後の手を打って出た。滅びの呪文である。
 たちまち俺達のいる浮島が、轟音を立てて崩れ始めた。室内に亀裂が走り砕け散る中、俺は気を失ったジュリアを抱え、昇降機に乗り込んだ。
「頼む。動いてくれ……」
 祈るような気持ちの俺に昇降機が下りはじめる。その目の前に飛び込んできたのは、最後の階層だ。そこで脱出ポットらしきものを見つけた俺は、ジュリアを中に入れ地上へと送り込んだ。
 そのポットが無事、地上に移転したことを確認した俺は、安堵のため息とともに力尽き崩れ落ちた。意識が遠のく俺は、一帯が崩れ去る光景を最後に記憶が途切れ、そのまま深い眠りへとついた。

 ………
 ……
 …

 気がつくと俺は浅い川を歩いている。その向こうに懐かしい人影を見つけた。
「母さん!」
 思わず声をあげる俺だが、なぜか足が動かない。戸惑う俺が顔を上げると、母が手を振っている。
 まだこちらへ来るのは、早過ぎる――そう言いたげな表情である。
 そこでさらに周囲の景色が変わった。目の前に広がるのは、学校でイジメにあう昔の俺である。
 〈お前には、紛い物の血が混じっている〉
 そう罵るクラスメイトと喧嘩になり、周囲から袋叩きにされている光景だ。そこでこの国に嫌気がさした俺が求めたのが、この国の国技とも言える剣道だ。
 ここで俺はいじめられないために必死に頑張った。その強さを得た俺の中に芽生えたのがこの国への愛憎だ。
 ――確かにジャックの言ったことも分かる。だが、それでも俺はこの国に居続けたい。それが俺の選んだ道なんだ。
 それは心の強さを手に入れた、俺の原点とも言える記憶だった。
 そんな中、突如として俺は自身の名を呼ぶ声に気がついた。たちまち周囲の光景が消えゆき、意識を取り戻す自分に気がつき始めた。

 …
 ……
 ………

 はたと目を覚ました俺は、涙を浮かべるジュリアに息を飲む。
「澪桜、分かる? 私よ!」
 それはジャックに乗っ取られていたジュリアの顔ではない。俺の知る、根暗でありつつもひたむきさを持つ、あのジュリアの顔だ。
「よかった……」
 ジュリアは息を吹き返した俺に抱きついた。一方の俺は、いまだに何が起きたのか気が付かない。
 ――俺……なぜ生きているんだ。
 そこではたと手の中に握られているものに気がついた。それは財前から受け取った八尺瓊勾玉である。
 ――そうか、神器に救われたのか。
 事実を悟った俺は、改めて己の気持ちに向き合った。時には憎み、時には愛した祖国日本――その象徴たる勾玉に救われたのだ。
 ――やはり、俺はこの日本が、そしてこの魔霊界が好きなんだな。
 心の底から安堵した俺は、ゆっくり上体を起こす。そこにはサクラや剛、青龍に扮する蘭やエンタープライズやベンチャー達が見守っていた。たちまち周囲から拍手が起きる。皆の気持ちは一つである。
「澪桜、君こそ本物の勇者だ」

3 決意
 魔霊界が秩序を取り戻す中、俺は城内の寝室でジュリアと夜をともにしている。
「もう現実世界に戻られるのですか?」
 名残惜しそうなジュリアに、俺はうなずき説明した。
「俺、税理士になるよ。白髭先生にも言ったが、今回の騒動では、己の未熟さを痛感した。やはり、大切なのは勉学だ。真の勇者であり続けるためにも、受験勉強に打ち込んで一から学び直そうと思う」
「でも……」
「ジュリア、この魔霊界も現実世界の日本も俺にとって、かけがいのない宝物なんだ。俺はそのどちらも守りたい。幸い俺の家は税理士一家だ。進学後は税金の世界で皆に尽くそうと思う。無論、この魔霊界もだ」
 こんこんと説く俺にジュリアは、黙り込んでいる。その心中を察した俺は言った。
「ジュリア、大丈夫だ。お前なら必ずこの魔霊界を守る事ができる。心配はいらない。リー将軍にも、改めてお前への忠誠を誓わせた」
「分かりました。フフッ……やっぱり私、ダメですね。澪桜が離れるとなると途端に……」
 涙を見せるジュリアだが、俺はその手を握り締める。
「ジュリア。例え離れていようとも、お前と俺は一心同体さ」
「澪桜……」
 俺はジュリアと口付けを交わし、互いの身を寄せ合う。互いの愛を確かめ合い、最後の夜を名残惜しみながらともにした。



 翌朝、ジュリアと別れた俺は現実世界へ戻るべく、エンタープライズにまたがっている。
「お前ともしばしの別れだな」
 その身を撫でる俺にエンタープライズは、そっぽ向き無関心を装っている。無論、それが虚勢であることを俺は見抜いている。
 ――コイツらしいな。
 俺は苦笑を禁じ得ない。ベンチャーなど俺を必死に引き留め言うことを聞かず、挙げ句の果てには、拗ねて寝込んでしまった程だ。
 俺は魔霊界を上空から眺めながら傍らの剛とサクラに問うた。
「二人はこの世界にとどまるんだろう」
「あぁ、実は俺達は白髭先生の元で色々、学ぶことになっているんだ。何と言っても情報屋だからな」
「私も白髭先生に教えを乞うつもりだ。今回の件で改めて思った。私はお兄様には敵わないってね。だから、私は自分にしか出来ない道を見つけようと思う」
 各々が抱負を語る中、目的地についた俺はエンタープライズから降りた。目の前には、財前と青龍から元の姿に戻った蘭が待っている。
「澪桜、遅いで。早速、遅刻か?」
「悪い。待たせたな。蘭」
「フフッ、うちを待たせるなんて十年早いわ」
 そう語る蘭の表情は、明るい。難病持ちとは思えないほどだ。例え先が短かろうと、持てる全てを使ってこの世に生きた証を残そうとする姿勢がにじみ出ているのだ。
「短くてもいい。私は図太く生きたい。それが私に与えられた生き方なんや」
 割り切る蘭に俺は頭が上がらない。改めて彼女が持つたくましさを実感した。
 俺は財前に目を移すと懐から三種の神器である八尺瓊勾玉を取り出し、手渡した。
「財前さん。コイツのおかげで俺は助かりました。お返しします。あと白髭先生から伝言が。〈お前とは会えないが、活躍を期待する〉とのことです」
「ほぉ、父がそんなことを。それは光栄だ」
 そう語る財前はまんざらでもなさげである。
 その後、皆と談笑を交わした俺は蘭と財前にうなずく。
 ――さらば魔霊界、また会う日まで待っていてくれよ。
 心の中でそっと別れを告げるや、現実世界へと帰っていった。(了)

第一章:https://editor.note.com/notes/n6a87f6c20e46/edit/
第二章:https://editor.note.com/notes/n175b331ac0be/edit/
第三章:https://editor.note.com/notes/n6199cdd1e360/edit/
第四章:https://editor.note.com/notes/n70a31a9e2439/edit/
第五章:https://editor.note.com/notes/n08deeb2c8c0e/edit/
第六章:https://editor.note.com/notes/nfb081e9f520d/edit/
第七章:https://editor.note.com/notes/n44e254e5823c/edit/
第八章:https://editor.note.com/notes/ne685072a0b7e/edit/
第九章:https://editor.note.com/notes/n6a0c4d9d38d6/edit/

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