《ショート》『なんてね、と黒猫は言う。』




『私のことをまるで悪いことみたいに見ないでよ。』

真っ暗闇の帰り道、前をすっと通り過ぎた黒猫に、後ずさりしそうになった私に、振り返った黒猫は言った。その黒猫は細長い首をした綺麗な黒猫だった。

シトシトと雨が降った後の夜。ギラギラと光るネオンが、私の中の暗闇を照らして、私はコートの襟に顔をうずめて、足早に歩いていた。

ぶくぶくと、暗闇に沈んて行く。
ぶくぶくと、暗闇が膨らんでいく。

暗闇に足元を取られそうになった時に、私は黒猫に出会った。

黒猫はしなやかな身体を月の光に波立たせ、まんまるの鋭い瞳で、フンとひとつため息をついて、私を見た。

『知ってるわよ。あなたに何があったかなんて。』

『知ってるはずがないわ。』

私は感情的に黒猫に言った。
ギラギラなネオンが、塀の上に登った黒猫を照らし、私の暗闇をもう一度照らした。

『知ってるわ。だから、あなたは私の存在を悪いことみたいに見たのよ。』

黒猫の瞳はぐるぐると回り、一度月の光を眺め、そして私の方へ向き直った。

『知ってるわ。本当よ。』

ひとつひとつの言葉をゆっくりと発音しながら、黒猫は言った。

『ある人は、私を見て、まるで悪魔に会ったかのように、私を遠ざけたわ。前を通り過ぎないで、と泣いてお願いする人だっていたわ。
不幸になりたくないのって、泣きながら。』

月明かりに黒猫の長い影が伸びた。
自分の影が、黒猫の影に重なるの眺めながら、なぜか私は泣きはじめた。

黒猫は、そんな私をチラリと見ながら、小さくにゃあと鳴いた。

私はわんわん泣いた。
ぐわんぐわんと世界が回った。

『ね、見て。』

黒猫は泣いている私にはお構いなしに、自分のしなやかな毛並みを舐めて整えながら、言った。

『私の毛並みは、まるでこの暗闇のように真っ黒。でも、だから綺麗なのよ。』

クリーム色の月明かりに、黒猫の真っ黒な毛並みはキラキラと輝いていた。

『私を悪魔のように見たい?それとも綺麗なものとして見たい?私としては、どちらでも構わない。』

わんわん泣きながら、
ぐわんぐわん世界が回る。

『でも、どちらにしても、私のこの暗闇のように真っ黒な毛並みが、真っ黒だからこそ綺麗な事に変わりはないのよ。』

ぐわんぐわんと回りに回った世界が、街のネオンに照らせて、色とりどりの顔を見せる。

『見たいように、世界は見えるものよ。私を不幸の象徴のように見ることだって出来る。でも、私を綺麗なものだと思い、抱き上げる人だっているわ。』

黒猫はぶるぶると身震いすると前足をぎゅーと伸ばし、気持ち良さそうに足踏みをした。

『覚えておいて。』

黒猫はそう言うとまた小さく鳴いて、ぐわんぐわん世界が回る私を残して、暗闇に消えて行った。

その小さな鳴き声は、じんわりと私の中に溶け込み、そして私の中の暗闇に寄り添った。

黒猫を照らした月明かりが、同じように私の上に降り注いだ。

泣き止んだ私はひとつ息を吐いた。
それから、優しく光る月明かりを眺めながら、おぼつかないけれど、でも確かな足取りで歩き始めた。

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