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日本の国鉄同時多発ゲリラ事件(1985-1986年)とフランスの国鉄同時多発テロ事件(2024年)


つい最近まで、フランスに関するニュースの見出しには「極右」の文字が散見されましたが

オリンピックの直前から「極左」の文字が見出しを飾るようになりました。

https://olympics.com/ja/paris-2024/the-games/the-brand/mascots

先日行われたオリンピックの開会式でも一部フランス革命に言及した演出がみられましたが、言葉としての右翼と左翼はフランス革命まで遡ります。

以来、二世紀半に渡って右翼も左翼も時おり暴力化してきましたが、反体制勢力が武器を手にしながら現体制勢力の軍事力や警察力に対峙した結果、帝政ロシアや中国を始め、世界各地で革命が起きました。

(※ 日本における右翼・左翼の歴史について、無料で閲覧可能な資料が見当たらないので、警察庁の資料を下記に引用します。)


第2章 警備情勢の推移

1 暴力革命の方針を堅持する日本共産党 [ PDF ]
2 「テロ、ゲリラ」と展開し暴力革命を目指す過激派 [ PDF ]
3 社会情勢とともに変貌する大衆・労働運動等 [ PDF ]
4 国内外の情勢に敏感に反応した右翼 [ PDF ]
5 重大事件等を展開した日本赤軍その他の国際テロリスト [ PDF ]
6 北朝鮮によるテロ等 [ PDF ]
7 対日有害活動 [ PDF ]

  ・・・・・


さて、オリンピックの開幕直前に高速鉄道の信号ケーブルが切断され、週末には通信ケーブルが切断されたことが大きく報道されましたが、バブル経済の頂点へ向かっていた頃、日本でも同様の(当時はゲリラ事件と呼ばれた)テロ事件が発生していたことをご存じない方も多いようです。

戦後、様々な左翼グループが成田空港建設反対闘争や日本国有鉄道(国鉄)の数多い労働組合と共闘しました。成田ほど頻繁ではありませんでしたが、国鉄に対しても破壊活動が行われました。戦後間もない頃は脱線事故を引き起こすようなサボタージュが中心でしたが、1980年代半ばの三度に渡る大規模な通信ケーブル・信号ケーブル切断は真新しいものでした。

通勤・通学の足を奪われた一般市民は、ストライキの度に、国鉄の各労働組合に対する憎悪をつのらせていましたが

中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)と動労千葉(国鉄千葉動力車労働組合)が引き起こした三度に渡る同時多発ゲリラ事件は一般市民を完全に敵に回しました。

その後、紆余曲折を経て、日本国有鉄道は分割民営化されました。その際、JR各社は多数の労働組合員を雇用しませんでしたが、この問題の解決には四半世紀を要しました。現在JR各社では正社員の比率が下がり、協力会社(下請け・孫請け)の社員が様々な分野で活躍されているようですが、労働組合問題は依然として燻り続けているようです。


1985年11月29日

国鉄同時多発ゲリラ事件 警視庁が徹底した聞き込み捜査
犯人グループ 1週間前から周到準備 国鉄被害およそ13億円


1985.11.30 NHKニュース

国鉄に対する同時多発ゲリラ事件で警視庁の特別捜査本部は犯人グループはおよそ1週間前からカッターなどを用意し、決められた襲撃場所を細かく下見していたものとみて、通信ケーブルが切断された現場周辺で徹底した聞き込み捜査を進めています。

警視庁の特別捜査本部の調べによりますと、きのうの一連のゲリラ事件で東京都内の16の切断事件だけでも1か所に4~5人、合わせて100人近い中核派の活動家が加わった、かつてない組織的犯行とみられています。

そして機関紙などでおよそ1か月前から千葉動労の国鉄ストに呼応したゲリラ闘争を叫んでいたこと、先週の末には「すでに準備は終えた」という中核派内部の情報を警視庁が入手していたということなどから、犯行グループは少なくとも1週間前には襲撃する場所も各グループに割り当て、それぞれのグループはケーブルを切断する工事用のカッターなどを調達したうえ、現場の下見をすませていたものと特別捜査本部ではみています。

このため捜査本部ではケーブルの切断現場や火炎ビンで襲撃された総武線浅草橋駅周辺で押収したカッターやバールなどの遺留品の鑑定を急ぐとともに、きょうから最近ではかつてない330人という大量の捜査員を動員し、事件現場付近の徹底した聞き込みを行うなど犯人グループの解明に全力をあげています。

また特別捜査本部はきのう逮捕した48人についておよそ10人の身元を確認しましたが、全員の身柄をきょう午後、凶器準備集合や公務執行妨害などの疑いで東京地方検察庁に送りました。

ところで国鉄によりますときのうのゲリラ事件で国鉄の旅客収入は全国で当初見込んでいた収入の16%が入らず、旅客収入の面だけで12億9000万円の損害だということです。

減収の内訳は首都圏が10億9000万円、大阪が5000万円、東海道・山陽新幹線の遅れによる払い戻しや首都圏や大阪以外の地域での旅行の手控えによるもの1億5000万円などとなっています。

1986年4月29日

静岡・大阪・兵庫で新幹線などにゲリラ 信号ケーブル焼く

1986.04.30 朝日新聞 東京朝刊 22頁

29日朝、静岡県沼津市内で東海道新幹線の信号ケーブルが焼かれ、上下24本が運休したほか、大幅な遅れが続出、ダイヤは終日混乱した。また大阪市内や兵庫県尼崎市内の3カ所でも在来線の信号、通信ケーブルが焼かれる事件が相次ぎ、18駅で「みどりの窓口」が一時使えなくなるなどの被害が出た。尼崎以外はいずれも現場から時限式発火装置が見つかっており、警備当局は同日午後、東京・両国の国技館で行われた天皇在位60年記念式典に反対する過激派の多発ゲリラ事件とみて捜査を始めた。東海道新幹線がゲリラ事件で運休したのは昭和39年の開業以来始めて。

午前7時すぎ、静岡県三島市一番町の東海道新幹線三島駅構内で停電があり、小田原-静岡間も停電し、上下線ともストップした。静岡県沼津市西熊堂の通称「讃岐ガード」付近で煙が上がっている、と市民から国鉄に通報があり、調べたところ、ガードに沿ってのびている信号同軸ケーブル9本のうち5本が焼かれていた。ケーブルには自動列車制御装置(ATC)用回線などが入っており、焼けただれたため、安全装置が働いて自動的に停電した。

新幹線の下りは午前8時2分、上りは午前8時24分にそれぞれ運転を再開したが、三島-静岡間の一部、約15キロ区間のATCが使えないため、同区間は時速30キロで非常運転。ATCは午後3時半過ぎ復旧した。

    ◇

これら一連の事件について、過激派セクトの中核派は、同日都内で開いた天皇式典反対集会で4件の犯行を認めた。

1986年9月24日

夕方ラッシュ時には復旧 同時ゲリラでマヒの国電各線

1986.09.25 読売新聞 東京朝刊 23頁

ゲリラ事件に直撃された国鉄六線区の列車運行は、午後二時過ぎには、最も回復の遅れていた横須賀線が久里浜-東京駅間で折り返し運転を再開し、夕方のラッシュ時には各線区とも平常運転に戻った。

ゲリラによる被害個所数も国鉄や警察側の情報が錯そうして二転三転したが、最終的に十三線区二十二か所とわかり、国鉄のまとめによると運休本数は三百四十六本、影響人員は百二十八万人。この混乱の中、武蔵野線では送電停止のため、西船橋発府中本町行き電車が新秋津と新小平駅間の新小平トンネルの中で止まり、乗客約六百人は、車内に点灯した予備灯の下で二時間カン詰めになるなどの事態も起きていた。


100人以上の犯行?中核派拠点を捜査/国電同時ゲリラ

1986.09.25 読売新聞 東京朝刊 23頁

警視庁など公安当局は二十四日夜、東京・豊島区の中核派の拠点「前進社」など数か所を火炎ビン取締法違反と威力業務妨害容疑で捜索した。

公安当局によると、今回の事件で通信ケーブルが完全に切断され機能マヒしたのは、東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城の一都四県の十三線区計二十二か所(警察庁調べ)の現場のうち五か所で、いずれも焼き切られていた。他は、一部が焼けたりくすぶったりした程度で、各現場には、時限発火装置入りの木箱とガソリン入りのポリ容器が残され、発火剤としては、中核派だけがゲリラ事件でたびたび使ってきた「テルミット」という溶解燃料が見つかった。また、埼玉県の東北本線・久喜-白岡駅間や東京都内の中央線・武蔵小金井-国分寺駅間などの現場で、事件直前に三、四人が現場から逃走したなどの目撃証言があった。

このため、公安当局では、同派活動家が、見張り役なども含め各現場では五人程度の単位の小グループ、全体では百人を超えるグループで行動、あらかじめ用意した発火装置を午前七時前後に一斉にセットしたと見ている。

同派のこれまでのゲリラ事件は、一昨年九月の自民党本部放火事件や昨年四月の羽田・成田空港迫撃弾発射事件、今年五月の迎賓館迫撃弾発射事件など大半が、全国で約二百人いると言われている人民革命軍の犯行。しかし、昨年の国鉄同時多発ゲリラ事件を境に、公然活動家の参加が目立ってきており、昨年十二月東京・大田区内の成田空港工事請負業者への時限発火装置セット事件では、現行犯逮捕した実行犯三人は、いずれも同派の公然活動家だった。


https://www.youtube.com/watch?v=catdWl-Aiic




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