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ゼロポイント。

「Sain'o O」

波の音がする。

聴き覚えのない言語で何か話している声が聴こえる。妙に心地いい。

砂…じゃない。
土の感触を背中に感じる。

まだまだぼーっとした頭で、ようやく目を開けると
太陽の光が穏やかに、脳を覚醒させていく。

声の主たちは思いの外近くにいるようだ。
その声には、どこからともなく聴こえてくる歌のような心地よさと、耳元で語られる絵本のような温もりを感じた。

身体をよいっと起こすと、何人かが気がつきこちらに歩いてきた。

警戒心が芽生えないのは、彼らの立ち居振る舞いがそうさせているのか、この気候のせいなのか、思考が回っていないのか、わからなかった。

周囲をぐるっと見回すと、崩れた大きな建物(何年もそこに、"大事そうに"放置されているような)がいくつか見えた。

………

夜の帳が降り、彼らはかつて自分たちの身に起こったことを話してくれた。

昼間は僕は自分の話をすることに終始したから、彼らのことはほとんどわかっていない。
真摯に、押し付けがましい相槌もなく、簡潔な問いを交えて話しを注意深く聴いてくれる人たちだということくらいしか。

一人の髪の長い語り部を中心に"話"は始まった。
焚き火を囲んで、周りには十数人が肩を寄せ合っている。みんなの赤褐色の肌は壮健な印象を僕に与えた。

ふと視界に入る、崩れた大きな建物たちは不気味さの片鱗もなくそこに佇んでいた。

………

かつて彼らは、奪い合い、脅かし合い、独占することで成り立つ社会を生き、その終わりを経験し、共有、共栄、共存がスタンダードとなっていく過程を生きた。

それは素晴らしいもので、やっと自分たちはここに到達したんだと思ったらしい。

いよいよ来ると思われていた天変地異も来ないまま歳月が過ぎた。

かつて絶え間なく流れていた悲しいニュースはなくなり、争う理由もなくなったために、平均寿命も延びたが、どんなに医療が発展しても、不死には手を出さないという約束を誰もが守ったことで、人口のバランスも保たれていた。
他の種も同様に栄え、生態系はバランスを取り戻した。

クリエイティブな絵があちこちに描かれ、それらは寛大に許され、一方でテクノロジーも発展した。

使い方次第ですべてが終わってしまうような技術も、生産的で建設的なことのみに使われた。

芸術的な建物が、無機質な人間を育てるはずもなかった。

"しかし、何事にも終わりはあります。"

語り部は長い間を置いてこう言った。
そのトーンに重みはあれど翳りはみえない。

科学と芸術が和解した、穏やかで創造的な暮らしを営む彼らを、なんの前触れもなく"明けない夜"と"暮れない昼"が襲った。

当時の最先端のテクノロジーで原因究明を急いだ。
宇宙科学の分野で、すぐにあることがわかった。

惑星の回転が止まっている…。

そこから全生物の生存は困難を極めた。
"明けない夜"側、を氷河期が襲い
"暮れない昼"側、を電磁波障害と干ばつが襲った。

その影響は鉄壁のテクノロジーに漏れなく波及し、双方の情報網は断たれ、物理的往来もままならなくなった。

ここまで到達した"文明"に、なす術がなかった。

果たしてなんの意思が働いているのか。

哲学者や思想家も、やがて誰もが黙した。

その後の悲惨さを語り部は、躊躇なく、極めて中立的に語った。

それから、惑星がまた回転を始め、度重なる天変地異のあと、生き残った者たちの暮らしが今のようになるまでの話は、とても一晩で聴いたとは思えない、本にしたら数巻にも及ぶであろう物語だった。

今我々の過ごしているここは、おそらくゼロポイントです。

語り部は一際穏やかに言う。

ここからプラスに向かい、またマイナスに向かう。これを繰り返すような気がしています。
どちらがどちらなのかはわかりませんし、どちらでもいいことですが、行き着くべき発展も衰退もなく、ぐるぐると回るさだめなのでしょう。

もう時も経ちましたから、この"話"を知らないものもおりますが、この経験と教訓のようなものは、なんとかして残し伝えたいと思っています。

知っていてもなんになるということもないでしょうが、知っているのと知らずに翻弄されるのとでは随分と、その生の過ごし方に違いも出ますから。

………

永い夜だ。

火も絶え、みんなが寝静まったあと、仰向けのまま眠れずに夜空を眺めていた。

寒くも暑くもなかった。海風にしてはサラッとした空気を妙に思いつつ、快かった。

ところでここはどこだろう。
彼らはここを"惑星"とは呼んだが、"地球"とは一言も言わなかった。
地球でない確信はなかったが、地球であるようには思えなかった。

なぜなら、夜空に浮かんでいたのは月…と、その横に月より少し大きい青っぽい天体。

ふと、あまり驚きもうろたえもせずにこうしていられる自分を不思議に思った。

目覚めたときに聴いたさざ波の音を思い出した。
おそらく、これは夢だと信じているのだろう。

どこからともなく歌うように話す声が聴こえてきた。
いや、話し声じゃない。

これは…歌…。

なんと歌っているのかはわからない。
でもその旋律からは、子守歌のような懐かしさと、同時に成層圏も抜けていくような広々としたものを感じた。

そのままうとうとと眠りに落ち、夢を見た。

"だから、はじまるのです。"

あの語り部が言った。

"ぐるぐると回るさだめなのでしょう。"

あの言葉をもう一度繰り返した。
そこに切なさや哀愁は感じない。
まるで、それを愉快にすら思っているかのように、語り部はそう言った。

………

波の音がする。

ゆっくり目を開けると、曇天がやけに眩しかった。

柄にもなく海辺を散歩しようと、出かけたのを思い出した。

風が穏やかだったので、海にそそのかされて、つい石ころだらけの海岸に寝転がってみたのだった。

うっかりうたた寝をしてしまったらしい。

夢の中でも夢を見ていたのか。

今思えば、あの言語はやっぱり覚えのないものだった。
でもそれは、"聴いている"というより、"観ている"に近かった。

うろ覚えだったあの歌の旋律をなんとなく口ずさんでみたが、あまりしっくりこなかった。

立ち上がって振り返ると、少し離れたところに建ち並ぶ大きな建物たちが、訝しげにこちらを見ているような気がした。

おもむろにiPhoneを取り出して、彼らの言葉の片鱗をメモにしたためることにした。

彼らの話していたような言語も、それとなく織り交ぜたりしながら。


ai nuon nyn yeal
noom myns tea sain’o o
u luen sain a mi yeal
luen nyns tea sain’o o


"おしまい"


デビューアルバム「Sain'o O」から「Sain'o O」について書きました。
記事を気に入ってくださった方はぜひ楽曲もご試聴ください。
https://soundcloud.com/roku-records-japan/saino-o-1

CD予約販売も承っております。
https://rokurecords.theshop.jp/items/27619360

ありがとうございます。アルバム次回作の制作予算に充てさせていただきます!