土橋 悠宇(dobashi yuma)
僕の1st album "Sain'o O"(セインオーオー)に収録されている全10曲の背景にあるストーリーを綴っています。
「越境森林」という音楽イベント開催までの道のりを綴っていきます。
もう少しでまた、地球が太陽を一周し終えます。 思い返せばまたしても濃密な一年間。 大型フェスGO OUT出演も、芸術空間あおきでのソロコンサート第1回開催も、1stEP「Songs from Jurigi」リリースも今年でした。 他にも色々なところへ足を運ばせてもらいました。 Liveを、本当にたくさん演りました。 マシンライブmute.にもチャレンジできて音楽的にとても実りがありました。 たくさんの新しい出逢いをいただき、 これまでのご縁も大切に、育めた年でもありま
なにかが終わったのだ ということはわかる。 もう次の章は始まっているのに "名残"は思いがけず強く、 終わりとはじまりの交叉点で 僕は足踏みをしている。
ささやかな歓びをここに記します。 今年に入ってから実は密かに、長いことエネルギーを使って探し続けてきたアンプがついに、手に入りました。 どれがいいのか、そもそもなにがあるのか、から始まった旅でしたが、今や所有したことも使ったこともない真空管アンプに並々ならぬ執着まで持つようになってしまいました。 音の違いや、まつわるうんちくは語ればキリのない世界でしょうから一言で著すと、"浪漫"です。 本当は浪漫以上のモノがありましょうが、いいんです。 damien riceが使っ
木立に囲まれた芸術空間あおきは各地で記録的猛暑に見舞われる中でも、いい風が吹いていました。 それでも汗だくになりながら準備を進めていきましたが 始終いいエネルギーを感じていました。 このイベントの成功の予感がひしひしとありながらも、 終えるまでわからないスリルもあります。 そうそう、会場に入る前に麺屋ブルーズで初の銀そばをいただいてきたのですが あおきのオーナー屋久さんもブルーズの大ファンだそうでひと盛り上がりしました。 そんな和やかな雰囲気の中、 リハーサルまでひと
2ヶ月ほど、チューブアンプを探しています。 YouTubeで聴き比べたり、東京に試奏しに行ったりして、愉しい時間です。 Micro CUBEは気に入っているけど真空管は浪漫です。 なぜかいい。という音の魅力の不思議を直球で感じさせてくれます。 真空管の種類、経年に依る変化、どこをとっても個体差による若干の違いなんかもあって奥が深いです。 いいと感じる音の質感はきっとある程度人類共通なんだろうと思います。 いい演奏は勿論のこと、出す音も出来うる限り美味しくしたいのでこの
過去作にこだわるのは違う、今が全てだ。 ってのと 生まれた作品はいつまでも丁寧に届けたい。 って思いは共存している。 なにごとにも相反する感情が天秤の両方に乗っかっている。 あるときは片方に傾き、反動で反対に傾き 釣り合いが取れることさえある。 マイルスデイヴィスが過去作を一蹴したのも、 昔の庵の火が絶えることがなかったのも、 どちらもわかる。 生まれたものも大事に思いながら これから過去に囚われずに生んでいこう と思う。 それを前々から書いておきたかったです。
ある人が好きだと言っていたJeff BeckのBlow By Blowというアルバムを聴いた時に、これめっちゃ好きなジャンル! なんて言うんだろうと思ったんだけど Apple Musicにはフュージョンって書いてあって、フュージョンってこういうのなんだ!と今更ながら思った。 ジャズとロック混ぜたみたいな感じだという感想までで フュージョンがどんな定義かはよくわからないまま。かっこいい。 聴ける人はぜひこちらで!こっちの方が音がいいです。 レコードある人は羨ましいです。
今日というなんでもない日が、誰かにとっては特別な意味を持っています。 僕にとって6月12日は3年前から特別な日。 産まれたての野良だった黒猫のジジとはじめて一緒に寝たのが2019年7月31日の夜。 友達の家の庭に数日間留まった彼の誕生日は知り得ません。 どんな境遇でそこにいたのか知らないけど、それは確かな縁を感じる出逢いでした。 出逢ったときに生後1か月だったということから6月12日を誕生日にしました。 彼がうちに来てから、それはそれは多くの幸せをもらいました。
大勢のおたまじゃくしが沈んでしまいました。 カエルになることなくして。 薬剤を投入されたようです。 この形からあのカエルになるなんてあまりにも不思議だなぁと、毎日覗き込んでいたから寂しいです。 これも商売のためか。 人が生きるということはなんて多くの犠牲の上に成り立っているのだろう、とスシローで注文した皿が来るのを心待ちにしながら考えていました。 切り身になる命もあれば、その目の前で、どう生きようかとあまりにも真剣に考える命もある。 どこに公平さなどありましょうか。
ありがたいことに今世での30年目を好きなことを好きなようにやって迎えることができました。 お陰様です。 幸せが人生のゴールなら、僕はもう目指すものも場所もないです。 少し前までは、もっとこうなりたい、とか、こうならないとあの人のためにはなれない、とか思う部分があったのですが このところの僕は、なんだかんだで運命は漠然と決まっているんだろうなと思っています。 であるならば、自分の力でどうこうと、誰かにこうしてもらってとか、やったってあまり大きな成果には繋がらないだろうと
7年乗った車を手放すときが来てしまいました。 深い愛着のある車です。 壊れても壊れても、直して直して乗り続けるつもりでしたが、"潮時"という力は思いのほか大きい。 生活にもっと余裕があればずっと乗ってやれたのかなとか思ってはみるものの、現実は淡白です。 それはそれは色々な所へ連れて行ってくれた車です。 中古で買ってから7年で10万km弱。178,000kmになります。 思い出まで消えるわけではないのになぜこんなに喪失感があるのでしょうか。 僕は物にも人にも、執着
良いお年を。 って良い響きだなと思います。 みんなが互いに言い合って別れていく光景はピースに満ちています。 僕は、なによりも 29年間大きな病気もなくこうしてまた新しい年を迎えようとしていることがありがたい。 "こんな幸せがいつまで続くかわからない" と怖くなるほど幸せな今が 現実に"今"あることは 幸せだよなあって思ってます。 なくてもともとのこの命。 本来ありえないことが当たり前であるかのように誤解してしまうほどの奇跡に感謝して1年を納めることができることがありが
「Sain'o Oが胎内にいた頃の物語」 ちょうど2年前の秋にこの日記を書き始めたとき、 あの頃の僕は、いつか誰かに読んでもらうためにこんなにまじまじと読み返すことになると、本気で想定していただろうか。 あっという間だったと振り返るにはあまりにも濃密な2年間は、僕にとって、世界中のあらゆる生活様式が変化せざるを得なかった非常事態が若干霞むくらい充実したものでした。 2020年6月12日に自主レーベルから発売したアルバムは 本当に昔からの僕の夢でした。 自主レーベルまで
生まれるまで胎内で過ごした時間は 育つ過程と同じくらい 尊い。