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編集の基本は、「情報は多面的である」ということを肝に銘じること。『才能をひらく編集工学』【無料公開#10】

8月28日発売の『才能をひらく編集工学』より、本文の一部を無料公開します。「編集工学」とはなにか、「編集工学」におけるものの見方・考え方を知ることができる第1章「編集工学とは?」と第2章「世界と自分を結びなおすアプローチ」を公開予定です。今回は第2章アプローチ02より一部を公開いたします。

関係発見の秘訣は、物事を多面的に見ること

情報と情報の間になんらかのつながりを見つけるには、それぞれをどう見るかという「切り口」をなるべくたくさん持っておくほうが有利です。

ミニ演習02
▼ スーパーのレジ袋は「食材等を持ち帰るための袋」ですが、他にどんな説明があり
えますか? なるべくたくさんの「切り口」から考えてみてください。

キッチンではゴミ袋になり、雨が降り始めたら自転車のサドルカバーになり、旅行先では洗濯物入れにも、いざというときのエチケット袋にもなります。

ポイ捨てされれば環境を汚す害悪にもなりますね。

同じレジ袋でも、場面や状況によってさまざまに機能も役割も表情を変えるのですが、その時々の状況の中で、人はたいていひとつの側面からしか物事を見ていません。

下の絵は、そういった人間の認知の特徴を体感できるよく知られた絵です。何が描いてありますか?

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若い女性になったり、お婆さんになったりしますね。

でもふたりを同時に見ることはできないはずです。人間の脳は、どちらかの側面の認識しか処理できないようになっているのです。

この絵を初めて見たときに、小学生のころのある〝ちょっとした事件〞が強烈にフラッシュバックして、いろいろと考えさせられることがありました。

わたしが小学生の頃は、「野生の王国」やムツゴロウさんブームもあって、テレビでは動物番組が盛んでした。別々の局でたまたま2日続けて野生動物のドキュメンタリーを観た時のことです。

最初は、キツネの親子の「子別れ」の季節を追うものでした。

たっぷりと愛情を注いで育てた子ギツネたちを、ある日母ギツネは厳しく突き放し巣から追い出します。

母ギツネの意図を理解できないままに、とぼとぼと草原の中に旅立っていく子ギツネたちを、当時小学生だった自分の身と重ねて、胸が締め付けられるような気持ちで観ていました。

どうかみんな幸せになりますように、お母さんがいなくてもちゃんと生きていけますように、キツネの無事を祈ったことを覚えています。

翌日、別の局でクマの親子の物語が放映されていました。

二頭の子グマを連れた母グマは、しばらく餌を見つけられていません。このまま餌にありつけなければ、厳しい冬を乗り越えられずに親子ともども死んでしまう。

静かなナレーションに、やはりドキドキしていました。

祈るような気持ちで見ていると、やがて母グマが草むらの中にまだあどけないキツネを見つけます。

クマが走り出し、キツネが逃げる。お腹をすかせた子グマのことで頭がいっぱいだったわたしは、「がんばれ、がんばれ」とお母さんグマを応援しました。

見事すばしっこいキツネを捕まえた時には手を叩いて喜びました。

歓喜もつかの間、獲物をくわえて子グマのところに戻ってくる親グマの映像になったとき、くわえられてぐったりしているのは「昨日幸せを願ったキツネ」だったことに気づきます。

幼い私の頭は、一瞬でパニックです。生きられなかったキツネ、それを喜んだ自分、やっとご飯にありつけた子グマ、食べられるキツネ。

いろいろな気持ちがごちゃまぜになって、何がなんだかわからないままに泣き出してしまいました。

生き物の宿命を見たとか生命の不条理を知ったとかいうようなちゃんとした理解ではなくて、世界が一瞬にして反転したことへのショックだったのだと思います。

編集工学の観点からこの〝小さな事件〞を思い出すと、その「世界の反転」にこそたくさんの可能性が潜んでいるということがわかります。

むろん子どものわたしは、そのショックを言葉にして理解することなどできませんから、しばらくのあいだ動物番組が嫌になった、という程度の反応だったと思います。

自分を取り囲む世界は多面的です。複数の交錯する文脈の上に放り出された状態で、みんななんとか自分と世界を理解しようとしているのです。

視点を意図的に切り替えたり、意思を持って多面性を見ようとしない限り、わたしたちはひとつの側面を見て理解したつもりになってしまう。

これが、たいていのコミュニケーションの齟齬の原因だったりもします。

編集の基本は、「情報は多面的である」ということを肝に銘じることです。

情報の可能性を最大化しておく、ということでもあります。

そうすることによって、物事の関係性ははるかに発見しやすくなる。

無防備に付き合うと痛い目を見ることもある「情報の多面性」も、そのつもりで見れば、たいそう豊かな価値の源になります。

一見関係ない情報Aと情報Bが何かの観点によって急に結びつくという現象は、それぞれの情報の多面性に向き合ってこそ起こることなのです。


著者プロフィール

安藤昭子(あんどうあきこ)

編集工学研究所・専務取締役。出版社で書籍編集や事業開発に従事した後、「イシス編集学校」にて松岡正剛に師事、「編集」の意味を大幅に捉え直す。これがきっかけとなり、2010年に編集工学研究所に入社。企業の人材開発や理念・ヴィジョン設計、教育プログラム開発や大学図書館改編など、多領域にわたる課題解決や価値創造の方法を「編集工学」を用いて開発・支援している。2020年には「編集工学」に基づく読書メソッド「探究型読書」を開発し、共創型組織開発支援プログラム「Quest Link」のコアメソッドとして企業や学校に展開中。次世代リーダー育成塾「Hyper-Editing Platform[AIDA]」プロデューサー。共著に『探究型読書』(クロスメディア・パブリッシング、2020)など。

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