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お湯が出るまでの待ち時間

寒い日に、蛇口をひねる。そうすると、お湯が出てくるまでに若干のタイムラグがある。手持ち無沙汰ではあるが、暇つぶしをするにはあまりにも短い時間だ。ろくに考え事をすることもできないだろう。どうやっても使い道のない時間だ。

例えば、OD錠が口の中で溶けるまでの時間や、バスの降車ボタンを押してから目的のバス停に着くまでのそわそわした時間なども、そういったものに該当するだろう。使い道のない時間は、なんとなく無垢で美しいと思う。こういった短い時間は、様々な日常の動作の隙間に、半ば無意識的に差し込まれている。人生におけるこれらの小さな隙間を合算すると、いったいどのぐらいの長さになるのだろう。

オーダー推定という思考法がある。おおよそ妥当と考えられる前提や推論から、数量の桁を大まかに求める技法だ。今回はこれを使って、人生における使い道のない時間が、どのぐらいの長さになるのかを概算してみよう。オーダー推定にまず必要なのは、問題に関係のある事実をリストアップすることである。というわけで、以下にそれらを書き出してみた。

事実
1.日本人の平均寿命は約84歳である。
2.人間の健康的な睡眠時間は約8時間と言われている。
3.人間が継続して集中力を維持できる時間は約15分と言われている。

次に、分からない数値の上限と下限を考える。まず、使い道のない時間とは、ある程度の長さがあるが、考え事などをするには短すぎる時間を指すことが多いだろう。従って、上限は約1分、下限は約20秒ぐらいが妥当だと考えられる。そして今回は、桁数を求めることが目的なので、この上限と下限の幾何平均(相乗平均)を使う。計算結果は約34.6秒だ。

事実1、2から、一日のうち起きている時間を約16時間として、人間の一生の起床時間を計算すると、約30700時間となる。また、継続して集中できる時間が約15分であることから、人間がまとまった一つの行為(休憩もひとかたまりの約15分に含むものとする)をする回数は、1時間あたり4回程度だと推定する。使い道のない時間は行為と行為の隙間に挟まれることが多いと考えられるので、その4回の行為の隙間に34.6秒の使い道のない時間が挟まれると仮定しよう。すると、一生のうちの使い道のない時間の合計は約30700×4×34.6秒となり、約4250000秒、約1180時間、約49日、桁にして10〜100日程度だと推定できる。

84年生きて、10〜100日。人によって短いとも長いとも感じられる微妙なラインだろう。僕には、一生における美しい時間が10日以上あることは、一種の救いのように思えた。

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