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『TENET テネット』が難解な映画になってしまった理由。

「難解!」「何回か観ないとわからない!」みたいな難解さが話題になってる映画って凄いですよね。うらやましい(笑)。普通はちょっとでも難解だと見向きもされないのがエンターテイメント映画の常なのに。

そんな映画『TENET テネット』ですが、オペラハウスで大観衆がバーッと眠ってゆくあの美しいシーンあたりから、超ワクワクするシーンの連続でした。時間を逆行するって面白―い!
じっさい観てみて驚いたのはけっして難解に作ろうとはしていなかったことです。順行を赤、逆行を青で衣装や照明やセットを徹底的に塗り分けていたり、時間を逆行してる人はマスク着用にしたりw、序盤で時間の逆行の概念を弾丸をつかむ動作でビジュアル的に何度も分かりやすく説明していたり、論理的矛盾がある部分に関しては「考えるな」とセリフで釘を刺していたりw。いやいや懇切丁寧でしたよw。

・・・にもかかわらず『TENET テネット』を観ていて我々は頭の中が「???」になってる時間が結構ありましたよね。あれってなんなんでしょうか?
ボクはこの映画が「???」になってしまうのは3種類の理由があると感じました。

① 時間の順行・逆行の設定や、ストーリーが難解でわからない。

② 手持ちカメラが激しく動きすぎて、いま何が起きているのかわからない。

③ 登場人物たちが今なぜそれをしているのか、その「動機」がわからない。

この①はみなさん話題にしてらっしゃるし、②は宇多丸さんもラジオで指摘してましたね。 なのでここではボクが一番問題だと思った③について詳しく書いていこうと思います。(ネタバレしまくりなのでw、ぜひ映画ご鑑賞後にお読みくださいね〜🌟)

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登場人物たちの「動機」がわからない。

たとえばキャットが夫であるセイターをなぜ殺したいのか、その動機がイマイチ分からないんですよねー。「あいつに息子を奪われるの!」とか台詞ではいろいろ説明してるんですが、え?憎いのは分かるけど、だからって殺す?と感じてしまう。それはなぜか・・・「キャットが彼女の息子をいかに愛しているか」が描写されてないからです。シーンとしても演技としても。学校の前で息子とよそよそしい会話をする引き画のシーンがあるくらい。

じつはボクはこの「キャットが息子を愛している」描写が無いことが、この映画を難解にしている最大の原因だと思います。
だってプロタゴニスト(主人公)が映画後半でキャットを守ろうと命懸けで東奔西走する、「任務だから」以上の動機がこれまた理解できなくなるから。観客はそれを見て、え?そこまで?同情?恋愛感情?え?いつ好きになった?とか感じてしまうw。
それはこの映画にはプロタゴニスト(主人公)が彼女に心を動かされて動機が発生する瞬間の描写がこれまた無いからです。シーンとしても演技としても。

そう、この映画の登場人物ってみんな「任務」とか「目的」は持ってるけど、「欲望」とか「動機」があいまいなんです・・・これって物語に観客を引き込んでゆくパワーが足りなくなる・・・けっこうな致命傷なんですよねー。

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たとえば『TENET テネット』を作るうえでノーラン監督が意識したといわれる「007シリーズ」とかにおいては、もちろん007には「任務」があります。悪役には「目的」が。
そして悪役には「目的」だけではなく、強い強い「欲望」があったりします。その「欲望」まるだしの悪役が大惨事を次々とおこすのを見て観客は許せん!と思うわけですね。「目的」よりもその原動力となる「欲望」のほうが観客の心を動かすんです。

そして007はその悪役の野望をくじくという「任務」を与えられるんですが、だいたい最初はそんなにやる気ではなくクールに「任務」に向かうんですね。では007がやる気を出すのはいつか・・・謎の美女ですw。

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007はついつい謎の美女が気になって、これ罠かもなーとわかっているのに追いかけてしまう。で、罠にかかる。毎回。バカですね(笑)
で、その美女といい感じの関係になって、美女から敵の要塞の情報とかを手に入れて「最初からこの作戦でした」みたいな顔をして次の目的地に向かうっていうw・・・「脇道にそれたと思ってたらそれが近道でした」みたいなw、その「欲望」まみれハンサムのバカな感じが昔懐かしい007シリーズの魅力でした。

ようするにストーリーの中で「任務」「目的」と「欲望」「動機」は別ラインで走ってるんですね。
「任務」「目的」は映画を貫通して1つで、「欲望」「動機」はそのシーンシーン局面局面で新たなものが生まれては消え、生まれては消えしてゆく。これによって映画全体としても各シーンとしても強い推進力のある物語が成立しているんです。

そしてお待たせしました、演技の話。
「欲望」「動機」で動いていたらいつの間にか「任務」「目的」を達成しちゃった!っていうストーリー展開ですからw、007を演じる俳優たちは「任務」「目的」を演じていないんです。彼らが演じているのは「欲望」「動機」です。

ところがところが!
『TENET テネット』の登場人物を演じる俳優たちはなぜかずっと「任務」「目的」を演じているんですねー。

たとえばセイター。
アルゴリズムを発動させて人類を皆殺しにするのだ!という彼の「目的」はわかるんですが、その「動機」がどうもピンとこない。幼いころ不遇な目にあったとか、膵臓ガンでもうすぐ死ぬからとか、またしてもセリフでいろいろ説明はしてるんだけど、その「欲望」が納得できるような描写が無いんです。シーンとしても演技としても。

だいたいあんな性格の人間が、あんなにも未来人の言うなりになるものかね?とかボクは思いながら見てました。だからきっとこいつはラストで未来人に反旗をひるがえすぞ~と思っていたら、あっさり退場してしまって・・・いや~びっくりした(笑)。

『TENET テネット』の脚本の構造上、登場人物たちは「任務」や「目的」で動いていて、「欲望」や「動機」の描写があまりにも薄いんです。これは観客が乗りにくい!そして俳優は演じにくい!

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そもそも「動機」が発生するとは何でしょう?
それは人物が「なにかに心動かされて、なにかの衝動に駆られること」です。この「なにかの衝動」が次のシーンを作り出し、物語に推進力を与えます。

つまり「動機」を描くためには、登場人物がそのシーンで起きていることに対して「心動かされる」という描写が不可欠なのです。ところがこの映画『TENET テネット』にはそれがほとんど無い。

同じクリストファー・ノーラン監督の映画で言うと、たとえば『ダークナイト』は「動機」や「欲望」の発生が詳細に描かれまくった映画でした。
むしろジョーカーは「目的」がよくわからなかった(笑)。だからバットマンやゴードン本部長はジョーカーに翻弄されまくるのですが、ジョーカーはじつは出演するほとんどのシーンでそこにいる人物たちのことを観察して心を動かしまくっています。
この映画の最初から最後まで、ジョーカーは人間たちを誘惑しまくります。「欲望」を刺激して誘惑して、誘惑された人物がどのように誘惑に負けてゆくかを観察して、その結果にジョーカーは興奮して、もっと!もっと!とさらに暴力的な衝動をエスカレートしてゆくのです。このヒース・レジャーの演技は本当に素晴らしかった。
そして爆弾が仕掛けられた船に乗っている人々が誘惑に負けなかったところを見て、ジョーカーは「そんなバカな!」と激しく心を動かし・・・そしてバットマンとの戦いの中で死んでゆく。ほぼ「欲望」と「動機」のみで物語は推進されていました。

たとえば『インターステラー』は「目的」「任務」と、「動機」「欲望」が別ラインで両立していましたね。先ほど説明した007型の構造です。
マシュー・マコノヒー演じる主人公のクーパーは地球人類の命を救う!という大きな大きな「目的」のために命懸けで宇宙のかなたに旅立ちますが、彼のその「動機」は地球人類を救うことではなく、「娘の命を守りたい!」でした。そしてクライマックス、ブラックホールの彼方から娘を救うためにやった行動によって、結果的に人類は生き残ります。 脇道にそれたと思っていたらそれが近道だった、というのは007と同じ構造ですね。
物語が進むにつれてクーパーだけでなく、ほとんどの登場人物がじつは「目的」「任務」のために動いているのではなく、個人的な「欲望」を「動機」として動いているのだということが明らかになってゆくのがこの映画の超エキサイティングなところです。

『ダークナイト』『インターステラー』では登場人物たちの「動機」や「欲望」が発生する瞬間が克明に描写されています。これらが物語の推進力になっているのです。

『TENET テネット』はこの逆で、登場人物たちを動かしているのは「任務」や「目的」です。なので物語の推進力が非常に弱い。

『ダークナイト』の警察署を脱走する車の窓から乗り出したジョーカーが風を受けて恍惚とするシーンや、マフィアやハービー・デントやバットマンをジョーカーが観察しているときのその表情の変化のショット。
『インターステラー』で言えばクーパーが地球や宇宙で、目の前に広がる状況を観察しながら彼の娘たちの行く末に思いをはせるその表情の変化のショット。
ああいうショットが今回の『TENET テネット』でもあったらよかったのに。そうしたら観客はその次のシーンの展開をもっとすんなり受け入れることができたのに。難解にならずにすんだのに!と。

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ああ、もう字数が尽きてしまいました!
まだ書きたかったことの半分も書いてないのにw。なのでこのブログ「『TENET』が難解な映画になってしまった理由。」・・・ひさびさの前後編にしたいと思います。
設定や物語の込み入った構造だけが『TENET テネット』の難解さの理由ではないことについて、また来週後編で、とくに演技と編集について書きたいと思います。

長文にお付き合いくださってありがとうございました!ではまた次回

小林でび <でびノート☆彡>


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