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「きみの上には花ばかり」のためのノート
この短編を書いたのは2011年で、活字になった三番目の(そして最後の)小説である。最初のタイトルは『オッフェルトリウム』で、地方自治体が主催する文学賞を受賞し、僕にしては大きな額の賞金を貰った。それが今のところ唯一の賞歴だが、三人の選考委員による評価は総じて否定的で、うち一人からは完全な失敗作だと断言されたほどである。僕としても特に異論はなく、それ以前に書き上げた二つの長編小説と比べて優れた点
もっとみるきみの上には花ばかり(後編)
――書店でアルバイトをするのが、性に合っているのだと、信じこんでいたんです。馬鹿ですね。その娘はため息をそっと吐き出すような声で笑った。本屋に勤めれば、毎日本を読んで暮らせるとでも思っていたのか、そう自分に訊いてみたいくらいです。もちろん、そんな夢を見ていたわけではありません。でも他の仕事に比べたら、まだましかもしれない、と期待してはいました。まし、というのは、仕事ではなく、この私のことです。もう
もっとみるきみの上には花ばかり(前編)
三か月の休職の後、男が最初に始めたのは写真を撮ることだった。
家電量販店で買った一番安いデジタルカメラは、すぐ手のひらに馴染み、それ自体がかすかなぬくもりを持っているようだった。背広のポケットに入れると、子供の頃、ハムスターをレインコートに隠して小学校に連れていったことを思い出した。
三か月前、職場のメーラーにたまっていく一方のメールをただ茫然として見下ろすことしかできなくなった時、男には昨