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水族館

わたしに似ている魚を探しに 夜の水族館へ出かけた どの魚もわたしに似てはいなかったが 魚たちの影はどれもわたしの影と同じだ 夜 消灯の時間はとうに過ぎ 水槽の明かりだけが足元を照らし 魚の影は床を走り回り 小さな脚注のように わたしの影にまとわりつく わたしのつまさきが波紋の影をひろげる それが本当ならば とわたしは呟き 声が途切れる それが本当ならば いや 本当ではない ここは水族館ではない 七百病床を越える大学病院 それがわたしのいる場所だ 槽に見えるものは すべて病室であり 床に映るのは魚ではなく 眠れない患者たちが寝返りを打つ姿であり わたしはそのベッドを 患者を 一部屋ずつ 一人ずつ 夜通し 訪れて回らなければならない それがわたしの役目なのだ ひどく疲れている時 ここが水族館でないことに がっかりしてしまう 七百病床の中に 水槽はない わたしは人間ではなく 病んだ魚に会いたい ぐったりした重い背びれに耳を押し当てて 硬く冷たい鱗を頬に感じながら 大丈夫ですよ すぐによくなりますからね とささやいてみたい 酸素呼吸器を 淫らな器具のように そっと鰓に押し当ててみたい いつから疲れているのだろう どこまで続くのだろう 病院の廊下を 二本の足で歩き その足音を聞き わたしもまた魚ではない と思う もしここが 水族館であったとしても わたしはやはり魚ではない わたしは 夜の水族館を 二本の足で歩く人間だ たった一人の人間が 眠っている魚たちを起こさないように ゴム底の白い靴で彷徨っている また別の夜が訪れるまで わたしの小さな脚注たちが ふたたび足元に集まり ふしだらなつまさきをついばみ始めるまで

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