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大河ファンタジー小説『月獅』28   第2幕:第9章「嵐」(2)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(27)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第9章「嵐」(2)

<あらすじ>
(第1幕)
レルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われる。白の森に助けを求めるが、森には謎の病がはびこっていた。「白の森の王(白銀の大鹿)」は「蝕」の期間にあり力を発揮できない。王は「隠された島」をめざすよう薦め、ルチルは断崖から海に身を投げる。
(第2幕)
ルチルは「隠された島」に漂着する。天卵は双子で、金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。シエルの左手からグリフィンの雛が孵った。だがなぜか飛べず成長もしない。「嘆きの山」の火口に引き込まれそうになったソラを救ったのはグリフィンの成獣ビュイックだった。ビュー(グリフィンの雛)のなかにビュイックは閉じ込められているという。
ルチルたちは双子の2歳の誕生日のしたくに余念がない。そのとき……。


<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子・金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子・銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ビュイック‥ビューの中に閉じ込められているグリフィンの成獣
レイブン隊‥王宮の偵察カラスの集団


「ノア、王宮の船だ!」
 ギンが叫びながら蒼天を切り裂いて急降下する。
「レルム・ハンの旗を提げた船が沖に停まって小舟を降ろしはじめている」
「上陸するつもりか。何隻だ」
「一隻だ」
 そうか、と一隻だけであることにノアは強張りを少しほどく。
「天卵の子がいると、知れたのでしょうか」
 ルチルが蒼ざめる。
「わからん。一隻だから単なる巡回偵察かもしれんが」
 ノアは遠眼鏡で船影を確かめる。双頭の鷲が向き合う王国の旗が帆柱にはためいていた。
「こんな絶海の孤島にものものしい船で乗り込むなど、何か目的があるとしか考えられん。ギン、最近、偵察隊のレイブンカラスの姿は見たか」
 傍らのギンに問う。
「ワタリガラスの群れは見た。渡りの季節だから気にも留めなかったが……紛れていたのか」
 ギンが己の落ち度だと喉を鳴らす。
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。気にするな。いずれにしても島にとどまるのは危険だ。南の洞窟に船を隠してある。食料や水、衣類など必要なものをまとめて洞窟へ急げ。ギンが案内してくれる」
 ノアが矢継ぎ早に指示を出す。
「山羊も二頭だけ連れていこう。ミーファとチチがいいだろう。鶏もな。船で何日放浪することになるかわからん。鶏の卵は貴重なタンパク源になる。頼んだぞ、ギン」
「父さん、ソラがいない」
 ディアが慌てる。
「またか。シエル、ソラはどこだ」
 シエルが、わからないと首を振る。
「かくれんぼしてた。ぼくが鬼」
 ノアが天を仰ぐ。
「ソラぁああ、出ておいでぇ」
「ソラあー、どこー」
 ディアが叫ぶ。ルチルも声を張りあげる。
「かくれんぼをしてたんじゃ、呼べばよけいに出て来んだろ、みつかると思って」
 ノアが顔をしかめる。
「とにかくおまえたちは急げ。ソラは俺がなんとかする。それからギン」
 ノアは傍らに控えるギンを振り返る。
「いつでも出航できるようディアに準備を指示しておいてくれ。ヒスイはソラを探すのを手伝ってほしい」
 そこで言葉を切り、「ルチル、ディア」と二人の娘に目を据える。
「ソラを心配する気持ちはわかる。探したい気持ちも。だが、これ以上の混乱は避けねばならん。俺がソラを確保すると同時に船を出す。一刻の遅れが全員の危険につながる。シエルを守って船から一歩も出るな。皆が助かる道はそれしかない。とくにディア、絶対に勝手な行動はするな、わかったな」
 父の逼迫した鋭いまなざしに、ディアは大きくうなずく。
「ルチルは服をお願い。あたしは食べ物と水を用意する」
 
 ディアとルチルが山羊と鶏を従えて南の海岸に続く獣道をくだって行くのを見送ると、ノアは空に向かって指笛を吹く。ヒスイが斜線で舞い降りノアの腕にとまる。
「見つかったか」
「家のまわりにはいない。山を探す。小鳥たちにも頼んでいる。小舟が七艘、浜に着いたぞ」
「わかった。ギンと手分けして探してくれ。見つけたら洞窟の船に連れて行け。俺のことはかまうな」 
 翡翠色の翼が陽にきらめき、銀の翼と合流して点になる。太陽の白光に目を眇めながらそれを確認するとノアは納屋をめざした。
 ソラが家に潜んでいる確率は低いだろう。ルチルとディアが荷造りをしていて見つけられないはずがない。納屋の片隅で着ていた短衣と短袴たんこを脱ぎ捨て長衣に着替える。裾をまくり、右の太腿に短剣を二挺くくりつける。左の腿には槍の穂先を五本さげ、衣の丈を膝下に調節し腰紐を結ぶと納屋を出た。家に戻り、シエルとソラに関わるものを手当たりしだい暖炉にくべる。炎がよろこんで火勢を強める。炉の隅の灰を搔き集め小さな布袋に詰める。それを六個作り細い縄にくくりつけ、首飾りのように首に通して胸もとに隠すと、ノアは戸外に出た。
 家の前に立つと、浜に続く坂道を弓と槍で武装した一団があがってくるのが見えた。念のため丸太小家の床下の暗がりを覗き、「ソラいるか。いるなら出てこい」と声を掛けたが姿も見えなければ、けはいもなかった。
 ノアは鎌を持って小麦畑に向かった。黄金に輝く穂が波打ち、収穫のときを待ちわびていた。せっかくの実りだが諦めざるをえない。ソラはどこだ。穂を刈り取っているふうを装いながら、ノアは姿勢を低くして銀髪の子を探した。

(to be continued)

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