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大河ファンタジー小説『月獅』72         第4幕:第16章「ソラ」(7)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉とされる天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざしノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。「天は朱の海に漂う」との星夜見を受け、王宮から捜索艦隊が。島からの脱出を図るが、ソラが巨鳥にさらわれ、嘆きの山が噴火し嵐が吹き荒れる。ソラをさらったコンドルは、ノリエンダ山脈の北壁の巣へ。コンドルの雛はソラを丸呑みし断崖の巣から落下。ソラの躰から強烈な閃光が走り、ソラは雛の胃から脱出するが、オオカミたちに襲撃され逃げる。

<登場人物>
ソラ(2歳)‥‥天卵の双子・銀髪の子
シエル(2歳)‥天卵の双子・金髪の子
※天卵の子は、人の子の3倍の速度で成長する。双子は2歳だが、6歳相当の体格と能力をすでに有している。

ルチル(17歳)‥天卵を生んだ少女
ディア(14歳)‥隠された島に住む少女
ノア‥‥‥‥‥‥ディアの父 
ビュー‥‥‥‥‥グリフィンの幼獣
ビュイック‥‥‥ビューの中に閉じ込められているグリフィンの成獣

前話<第16章「ソラ」(6)>は、こちから、どうぞ。

第4幕「流離」

第16章「ソラ」(7)

(ナキオオカミ、ハイエナ、ジャッカルの襲撃から逃れたソラの前に、ふつうの虎よりも二周りも大きな白虎が立ちはだかった。)

「北壁の雷虎!」 
 先頭で追い駆けてきたナキオオカミは驚愕し、残雪でぬかるんだ地面に前脚の爪を立て、つんのめりながらかろうじて止まる。その声はおびおののいていた。後続のハイエナもジャッカルも、猛虎の存在に気づくやいなやその場に凍りつく。ソラは白虎の眼前で尻もちをついたまま逃げ場を失い動けずにいた。
 緊張が玲瓏たる宵闇を支配した。
「吾のために獲物を追い立ててくれたか」
 低く地を這う声が夜気を揺らす。牙を剥いたわけではない。月明かりにきらめく鋭い金の双眸が、居並ぶ小獣たちをぎろりと睥睨へいげいしただけである。
 閃光のごとき金のまなこで睨み据えられると、まるで雷に打たれたように皆、居竦いすくみ動けなくなり、その狩は稲光りのごとく一閃で終わるという。故に雷虎との異名で畏れられてきた。峨々ががたる雪嶺に轟く覇名である。
 悪食あくじきで知られるハイエナも、雷虎が現れればたちまちに退散する。だが、今宵はちがった。伝説の宝が目の前にあるのだ。喰らわば、光の力を得るという天卵の子、この千載一遇の機会を逃すわけにはいかない。欲が凌駕する。
 光の力が何かは知らぬ。だが、この北壁で力はすべてだ。
 ノリエンダ山脈の北壁は冬も夏も厳しい。多くの生き物は冬に飢え、夏にかつえて果てる。強靭でなければ、ここでは生きてはいけない。喰らわば力の源泉を得られるというなら、命を懸ける価値がある。
 
「こいつは吾が貰い受ける」
 文句はないなとばかりに、白虎が言い放つ。
 無言の不満があちこちでとぐろを巻き、小獣たちは対峙したまま退こうとしない。
「ほほう、吾にはむかうか。それほどまでに天卵の力が欲しいか」
 闇にごくりと喉が鳴った。群れの中ほどにいたハイエナが声を震わせる。
「あ、あたりめぇだ。で、伝説の力だ。お、おいらたちが見つけた。おらたちのもんだ」
 ふん、と白虎は鼻でわらい、金の眼で群れを凝視したまま、一足、歩を進めた。幹のように太い脚がソラの膝に触れそうな位置に迫る。ふつうの虎の倍はありそうな下顎が、ソラの頭上の月明かりを遮る。じりっと獣たちが後ずさる。数頭が恐れをなして駆け去る足音がした。
「この者一人をめぐって血で血を争うか。まさに禍玉まがたまじゃな」
 <悪しきいざないには禍玉とならむ>
 『黎明の書』の一節を誦しながら、白虎はソラに視線をよこす。
 ――禍玉だと。俺は何もしていない。コンドルが俺をさらって、獣たちが俺を狩ろうとしているだけじゃないか。こんな役立たずな光、欲しければいくらでもくれてやる。天卵の子ってなんだ。そんなものに俺は生まれたかったんじゃない。
 ソラは心のうちで歯噛みし、まなじりを引き攣らせて白虎を見返す。金の眼が一瞬、やわらいだ気がした。

「八頭か。皆でかかれば、吾をたおせるかもしれぬな。だが、みごと吾を斃せても、その後どうする。こんな腹の足しにもならぬガキを仲良く分け合うか。いな。最後の一頭になるまで互いに殺し合い死力を尽くすのであろう。おまえたちが相争う隙に、こやつは逃げるぞ。せっかく冬を越した命を、かような無益な争いで落とすとは、なんと愚かなことか」
 どさっと雪煙をあげて何かがハイエナたちの足元に投げ出された。
「吾が仕留めた羚羊れいようじゃ。肉のついておらぬガキよりも、よほど腹の足しになろう」
 生肉の臭いにハイエナの口からよだれが垂れる。こんな馳走にはめったと出合えぬ。本能を抑えきれぬのであろう。ふらふらと二頭が近寄る。それを契機に小獣たちが我先にと羚羊の肉塊に群がりむさぼり喰いはじめた。
 その隙に白虎はソラの首根っこを咥えると、群れの頭上をひらりと飛び超え駆けた。一駆けで半哩の俊足にかなうものなどいない。すでに戦意を喪失した獣たちが、むさぼり喰う咀嚼音だけが闇夜を揺らしていた。

(to be continued)


第73話に続く。

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第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
第3幕「迷宮」は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

 

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