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大河ファンタジー小説『月獅』71         第4幕:第16章「ソラ」(6)

<あらすじ>
「孵りしものは、混沌なり、統べる者なり」と伝えられる天卵。王宮にとって不吉とされる天卵を宿したルチルは、白の森の王(白銀の大鹿)の助言で『隠された島』をめざしノア親子と出合う。天卵は双子でシエルとソラと名付ける。「天は朱の海に漂う」との星夜見を受け、王宮から捜索艦隊が。島からの脱出を図るが、ソラが巨鳥にさらわれ、嘆きの山が噴火し嵐が吹き荒れる。ソラをさらったコンドルは、ノリエンダ山脈の北壁の巣へ。コンドルの雛はソラを丸呑みしたまま断崖の巣から落下。突然、ソラの躰から強烈な閃光が。ソラはなんとか雛の胃から脱出する。

<登場人物>
ソラ(2歳)‥‥天卵の双子・銀髪の子
シエル(2歳)‥天卵の双子・金髪の子
※天卵の子は、人の子の3倍の速度で成長する。双子は2歳だが、6歳相当の体格と能力をすでに有している。

ルチル(17歳)‥天卵を生んだ少女
ディア(14歳)‥隠された島に住む少女
ノア‥‥‥‥‥‥ディアの父 
ビュー‥‥‥‥‥グリフィンの幼獣
ビュイック‥‥‥ビューの中に閉じ込められているグリフィンの成獣

前話<第16章「ソラ」(5)>は、こちから、どうぞ。

第4幕「流離」

第16章「ソラ」(6)

(コンドルの雛に丸呑みされたまま断崖から落下したソラの躰から強烈な閃光が。ソラはなんとか雛の胃から脱出した。)

 涙が涸れるまで泣いたら、喉がひりひりした。
 闇でよく見えないが、あたりに川や泉はなさそうだ。ソラは岩間に残っていた雪をひとつかみすると口に含んだ。がりっと土の味がした。舌にざらつく土や砂のかけらをぺっぺっと吐く。がぶがぶと水を飲みたかったけれど、しかたない。土の混じった雪を手当たりしだいにほおばった。
 手や顔のまわりにこびりついた胃液や血も雪でざっとぬぐうと、急に腹がすいてきた。朝にパンをかじったきりだ。何度も吐いたから、おそらく胃には何も残っていない。周囲にあるのは針葉樹とわずかばかりの下草。果実など転がっていそうになかった。めぼしい食糧はコンドルの雛だけか。ソラは生肉を食べたことがなかった。
 両腕を前に突きだして自身の躰を見渡す。まだ、うっすらと光ってはいるが、ふだんと変わりない微かなオーラがもれているだけだ。あの一瞬の光は何だったのか。ソラは胸に力をこめてみる。
 ――光るだけじゃあ、喰らう相手に力を与えこそすれ、己の命の助けにもなんねえとは。哀れなもんだ。
 コンドルの嘲笑が耳の奥でこだまする。
 あの強烈な光を自在にあやつることができれば。
 だが、どんなに気を集中させ筋肉を緊張させても、おぼろげな光の膜にしかならない。肉を焦がすほどの光を発することはできなかった。
 これ以上力をこめるには体力も限界だ。とりあえず空腹を満たそうと、閃光で焼け焦げた肉片だけをむしり取る。塩をしていない肉は、硬いだけで味気ない。ノアが炭火で焼く猪肉は、脂が火にしたたって匂いまでおいしかったのに。きょうは誕生日のはずだったのに。ルチルがパイを焼いていたのに。また、涙がこみあげてきた。それをぐいっと腕でぬぐう。これじゃあ、泣き虫シエルじゃないか。くそっ。
 夜風にぶるっと身を震わせる。雛の体内は温かったが、もう一度、あそこに戻る気にはなれない。少しばかり肉を食べたため、かえって腹がすいてきた。空腹と寒さをまぎらわそうと、ソラは雛の翼の間に潜り込んで眠った。もう何も考えたくなかった。
 ところが、瞼を閉じていくらもしないうちに不穏なけはいがした。
 グルルルルっ。
 何かが喉を鳴らして近づいて来る。羽根の間からうかがうと、狼よりもひと回りほど小さな獣が三頭いるのが見えた。雛の血の臭いを嗅ぎつけたのだろうか。いや、違う。あれほど声を張りあげむせび泣いたのだ。無音の闇に響かないはずがない。ソラはおのれの迂闊さを激しく後悔した。
 手刀一本では一頭は倒せても、三頭は無理だ。
 策を立てるいとまもなかった。
 気づくと大きさも種類も異なる獣が四方八方から集まって来る。七頭、いや十頭はいる。まだ雪の残る高山では獲物にはめったに出会えない。飢えたけだものたちが牙をむき、低く唸りながら互いを牽制していた。
 夜とはいえ銀の月が明るい。闇にまぎれることはおろか、身を隠す藪すらない。
 戦う選択肢はない。ソラは翼の下で息をひそめた。
 そのうちに小競り合いがはじまった。
「ナキオオカミども退け。獲物は俺たちがいただく」
「死肉をむさぼるハイエナどもめ。貴様らにはコンドルの雛をくれてやろう。ありがたく思え。羽根の下で光ってる獲物は一番乗りの我らのもの。死肉を咥えてさっさと失せろ」
 うずくまっていたソラは、はっと己の躰に目をやる。
 ああ、まただ。また光っている。くそっ。
 強く心のうちで念じてみたが、あの強烈な光を発することはできない。存在を教えるだけの役立たずの光。ソラは下唇を噛む。
「てめぇらこそ、その寸足らずの尻尾を巻いてねぐらに帰れ。ありゃあ、天卵のガキだろ。喰らわば光の力が漲るっていう。さぞうまかろう。腹が鳴るわ」
「ごちゃごちゃうるせえ。ハイエナも、オオカミも退きやがれ」
 抜け駆けは許さぬとばかりに、互いが互いを牽制し毒舌を吐き、一発触発の睨みあいが勃発していた。
 その隙をソラは逃さなかった。
 翼から身をすべらすと、ソラは駆けた。不規則に林立する針葉樹の間を右に左に縫うようにして駆けた。四つ足の獣たちにかなうとは思っていない。できるだけ遠くへ。もはや己の身が光って目印になっていることを気に懸けるよゆうはなかった。
 気づいた獣たちが追う。だが、十数頭が狭い山肌を我先にと無秩序に追い駆けるものだから、あちこちで互いに衝突し、宵闇に怒声が飛び交う。出合い頭にぶつかり倒れた二頭の背を足蹴にして駆ける獣。脇腹に噛みついて引きずり倒すやから。根雪に滑るもの。その上を跳び越え、激突するものたち。あたりは瞬く間に混乱のるつぼと化していた。
 騒動を背で聞きながらソラは必死で駆けた。ぬかるみに転び、木の根につまずき、それでも駆けた。足が止まったら、しまいだ。息があがる。朦朧としながら駆けた。
 岩に足をとられ前のめりに倒れた。
 両手をつき呼吸を整えながら顔をあげて、ソラは硬直した。
 他を威圧するほどの巨躯をもつ白虎が金の眼を光らせてソラを凝視していた。月明かりに蒼く輝く白銀の毛並み。墨のように流れる虎斑模様。その体躯は通常の虎より二周りほど大きい。
 前には巨大な虎、背後から群がり迫る獣たち。
 もはやソラには逃げ道すらなかった。

(to be continued)


第72話に続く。

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第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
第2幕「隠された島」は、こちらから、どうぞ。
第3幕「迷宮」は、こちらから、どうぞ。

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめています。

 

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