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大河ファンタジー小説『月獅』5   第1幕:第2章「天卵」(2)

第1章「白の森」(全文)は、こちらから、どうぞ。
前話(『月獅』4 「天卵」(1))は、こちらから、どうぞ。

第1幕「ルチル」

第2章:天卵(2)

<前回までのあらすじ>
「白の森」を統べる白の森の王は、その体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。人は白の森に立ち入ることはできない。唯一、心からの祈りが王に届けば、森は開かれると伝えられている。東のエステ村領主の娘ルチルは、追手をさけ白の森をめざし地下の穴道を駆けている。六歳の夏に日射病で倒れたルチルは、白の森で介抱され、記憶を消されることなく里に帰されたという過去をもつ。
ある夜、流星が4つ流れた。そのひとつがルチルの体に飛び込み、ルチルは天卵を産んだ。天卵は一国の王の存在を脅かす。王宮の偵察隊であるカラスのレイブン隊に見つかったことをシロフクロウのブランカが報せた。

<登場人物>
ルチル‥‥‥エステ村領主の娘
イヴァン‥‥エステ村領主・ルチルの父
カナン‥‥‥ルチルの母
ブランカ‥‥ルチルが飼っているシロフクロウ
カシ‥‥‥‥ルチルのナニー(世話係兼教育係)
レイブン隊‥王直属のカラスの偵察隊

「早く、ここから」
 マントルピースの冊をはずし、灰を隅に掻き寄せると、イヴァンは炉床の煉瓦を火掻き棒でコツンコツンコツーンと最後だけ大きく三度叩いた。それから煉瓦を八枚取り除く。その下には煤けた板があった。中央に金属の取っ手があり、短い辺の片側に蝶番ちょうつがいがついている。イヴァンは取っ手をもって板をあげる。すると、昏い穴があり、冷気がするりと立ち昇った。人ひとりがやっと通ることのできるほどの狭い穴だ。
 ルチルが固唾を飲んで見守っていると、その穴から何か黒いものがぬっと現れた。目をこらしてよく見ると、滑らかに黒光りする体毛、突き出た鼻、大きなモグラのようだ。
「やあ、アトソン。手はずどおりによろしく頼むよ」
「おまかせくだせぇ、お館様。お嬢さまは、ぶじに白の森までわしらが送り届けやす」
「ほんでもって、お館様と奥様も……」
 アトソンが言いつのる言葉にかぶせるように、イヴァンは
「何度も話しあって、約束しただろ」
 と静かに言い渡した。そして、背後で目を丸くして固まっているルチルを振り返ると
「さ、急ぎなさい」
 穴へ手招きする。
「トビモグラのアトソンが案内してくれる。彼について、白の森に向かいなさい。森の王が助けてくださるだろう」
「お父様とお母様は?」
「私たちは後ほど、安全な場所に向かう。心配しなくていい。おまえは卵を守ることだけを考えなさい」
 振り返るとカシが、「大丈夫、カシがついています」とでもいうようにひとつ深くうなずく。ルチルはマントルピースの上にとまっているブランカを見つめた。ブランカが首をくるりと一回転させ、その賢い瞳でうながす。
 卵を包んだ布を肩から斜めに結わえる。
 母のカナンが娘に男物の緑のマントを着せて抱きしめ、額にキスをすると、暖炉のほうにそっと背を押した。ルチルはもう一度、母と父を見つめると覚悟を決め、腰をかがめてマントルピースの穴に一歩をおろした。それからは振り返らなかった。暗い階段を足もとをたしかめながら慎重に降りる。足をすべらせて卵を割るようなことがあってはいけない。
 階段を降りきると、ルチルの背丈ほどの横穴が三方向に向かって延びていた。地下の坑道のような穴なのに、ほのかに明るい。アトソンの手には灯りらしきものはない。不思議に思ってあたりを見回すと、足もとでキノコが光っていた。大きなヒカリたけだ。アトソンが歩を進めると、それにあわせて順に光る。まるでセンサーのついた自動点灯ライトだ。
「お館様のご厚意で、わしたちはこうしてエステ村の地下に、地下ぢげものの村を自由に築くことをお許しいただいてきやした。かわりに、お館様の一大事にはわしら一族が力をお貸しいたしやす」
「お嬢様が金の卵を産みなさった日から、いつかこうなるこったが、お館様にはおわかりやったんでごわしょ。そんときが来たら、どうすっか。ぜんぶお館様がお決めなすった」
 ざざぁっと、土の崩れるような音が背後からして、ルチルは驚いて振り返る。
 どこから現れたのか、五匹のトビモグラが、ルチルが降りてきた階段のある竪穴を埋めていた。 
「何をしているの!」
 ルチルは思わず叫び声をあげた。
 暖炉と地下道をつなぐ穴が埋まってしまったら、お父様とお母様はどうやって逃げるというの。
「お館様のご指示ですだ。居間と地下をつなぐ穴を埋めろと」
「やめて、やめて。お願い、やめさせて」
 ルチルはトビモグラたちが埋めようとしている穴の前に立ちはだかる。
「お嬢様には卵を守る使命がありなさる。おんなしでっさぁ。お館様には村人を守るっちゅう使命がありなさるっちゃ。ありがてぇことに、お館様にとっちゃあ、わしたち地下ぢげものも村人なんじゃ」
 駄々をこねる幼子を諭すように、アトソンは後ろ足で立ち上がって、白い点のような瞳を向ける。針の穴ほどの小さな双眸が闇にちらりと光り、ルチルに覚悟をうながす。
わしらとて、お館様と奥様はお助けしたい。だぁんが、まずはお館様との約束を果たしやす。それがわしの使命ですっちゃ」
 ルチルは混乱していた。何がどうなって、こんなことになってしまったのだろう。どうして流れ星は私の身体に飛び込んだの。どうして天卵が宿ってしまったの。
 胸に抱えた天卵は、もうダチョウの卵ほどの大きさに育っている。
 ――これをここで力いっぱい割ってしまったら、もう逃げなくてもいいし、お父様やお母様、カシたちと元どおりに暮らせるんじゃない? わたしが育てなきゃいけない義務なんてないんだもの。
 ルチルは胸もとの天卵に視線を落とす。割ってはいけないからと包んだキルトから淡い光がもれ、暗い坑道で呼吸をするように微かにまたたいていた。その光が、ルチルの心の揺れを察したのだろうか、すーっと消えた。
「いいかい、ルチル」
 父の静かな声が耳によみがえる。
「やがて希望となる光なのだよ。星が流れたということは、何か混沌が広がる前触れやもしれぬ。そのとき、これが希望の光となるかどうかは、この子の母となるお前しだいだ。まだ十五歳のお前には重い使命かもしれぬ。だが、難しく考えることはない。カナンが、母様がお前にそうであったように、卵から生まれてくる子を慈しんであげればいい」
 わかるね、と父は柔和なオリーブ色の瞳でルチルを諭した。
 きっとお父様にはわかっていたのね。わたしが卵を放りだしたくなることが。くじけそうになることが。ルチルは唇をかむ。
 卵の光は消えたままだ。

(to be continued)

『月獅』6は、こちらから、どうぞ。


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