大河ファンタジー小説『月獅』37 第3幕:第11章「禍の鎖」(2)
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第3幕「迷宮」
第11章「禍の鎖」(2)
ノリエンダ山脈の北には茫漠とした平原が広がっている。
緑豊かな平原ではない。雲は天蓋のように聳えるノリエンダ山にぶつかり山脈の南側に雨を降らすと乾ききった風となって山を越える。からっ風が吹き抜ける荒野には天からの落とし物のような奇岩が点在し、幹のいたるところから気根をぶら下げる灌木がぱらぱらと散在しているにすぎなかった。雨季にだけ緑の草原が広がり、命がいっせいに歓喜する。短い驟雨の季節が過ぎると、平原はまたしだいに乾いていく。枯れた芒の原が広がるころ、いずくにかさまよえる湖が現れる。どこに現れるのか、いくつ現れるのかはわからない。乾きでひび割れる原野に忽然と現れ、また忽然と大地の底に姿を消す。それを求めて遊牧民や毛ものたちがさまよう。
コーダ・ハン国の起源はそんな不毛の大地をさすらう流浪の民で、遊牧民や隊商を護衛することからはじまった。飢えをあがなうため糧を求めて侵略と略奪を繰り返した。人馬一体となった騎馬集団は、牙集団との異名をとり、またたくまに辺りを蹴散らし立国した。そうして水を求め南へ南へと版図を広げたのだ。水を追うゆえに機動力を優先し、都をもたなかった。皇鄭ですらバクという天幕で過ごし、さすらいの国として周囲を恐怖に陥れてきた。定住し土地を耕し生産するという考えがとぼしく、彼らの流儀によると、欲しいものは奪ってくるものなのだ。
二代前のジュリ・ハン鄭は、そんな国の在り方を変えた。
「蛮族として恐れられる時代は終わった、真に国力のある大国になる」と宣言し、広大な版図を統べるには定住が必要であり治水こそが国の要と灌漑事業に取り組んだ。雨季の激しい驟雨を地下に蓄え、国中に水路を張り巡らせる壮大な計画に着手した。国を挙げての事業はコーダ・ハン国を技術集団へと変貌させた。もともと槍や弓などの武器の鍛造技術を持っていた。そこへ灌漑技術をもつ職人を周辺国からさらってきたのだ。
それでも一年を通じて水を引けたのは、鄭都ハマリク周辺だけである。干上がった大地を潤すには圧倒的に水量が足りなかった。現皇鄭のチャラ・ハンはノリエンダ山脈の万年雪と雪解け水に目をつけた。同時に白の森の北に位置するノルテ村の鉱石も狙っていた。
白の森の北を守護するノルテ村は、急峻なノリエンダ山脈の山あいに広がる村だけに、わずかばかりの土地に狭い棚田を重ねてはいたが、ノリエンダの嶺にぶつかる風が夏は冷害をもたらし、冬は豪雪を降らせる。農耕に向かない土地柄だ。かわりにノリエンダ山には鉄や金、銀などさまざまな鉱脈が走っていた。たたら製鉄も盛んでノルテの「ヤマ」から採掘され精製される鉄や鉱石が、王国の繁栄を支えていた。
騎馬民族のコーダ・ハンにとって武器の材料となる鉄は喉から手が出るほど欲しい。
それだけではない。ノリエンダ山からはめずらしい鉱石が採掘されることもあった。たいていは装飾品としてもてはやされたが、なかには不思議な力を備え幻の石と呼ばれるものがあった。そのひとつが「アグア」と称する魔石だ。
アグアは龍が口にくわえる宝玉のかけらと云われ、こんこんと水をしたたらせる奇石と伝えられる。安置すると永遠に水が湧き、涸れぬ泉となるという。干上がることのない水源を求めるチャラ・ハン鄭に、ノリエンダ山脈の南からやってきた隊商の頭目が魔石アグアの伝説を披瀝し、ノルテ村にならあるやもしれませぬと耳打ちした。
チャラ・ハン鄭にとってノルテ村はなんとしても征服したい村となった。
ノルテ村を虎視眈々と狙っているのは、なにもコーダ・ハン国だけではない。
同盟国であるトルティタンですら、ひそかにノルテ村を狙っているとの噂が絶えない。それゆえ王妃もノルテ村に立ち入ることはできない。王妃だけではない。いずれ周辺国に嫁ぐ運命にある姫宮たちも入村が許されていなかった。ノルテ村の周囲はレルム・ハン国の兵士によって厳重すぎるくらい厳重に守られている。ノルテ村の南は白の森に接し、北にはノリエンダ山が聳える。白の森の東を流れるオビ川はエステ村へとさしかかる手前で二本に分かれる。その支流がノルテ村の東端を迂回して深い渓谷を刻んでいるのだが、ノルテ村への入り口はその谷にかかる橋一本であった。まさに陸の孤島である。
ノルテ村はレルム・ハン国にとって宝であるとともに、火種でもあった。
(to be continued)
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