『オールド・クロック・カフェ』3杯め ~あとがき~
* * another cup * *
ようやく、3杯め「カマキリの夢」を仕あげることができました。
お味のほどは、いかがでしたでしょうか。
おいしく味わっていただける一杯になっていたら、いいのですが。
3杯めは、これまでとは異なる一杯となりました。
物語の豆は、さわきゆりさんからいただきました。
私はゆりさんが育てた味のある豆を挽いて、
ゆっくりと蒸らして時のコーヒーに仕立て、
一杯の物語をカップへ。
3杯めはゆりさんとの幸せなコラボの一杯です。
はじまりは、ゆりさんの記事。
「どなたか、『不器用たちのやさしい風』の松尾君を主人公にしたスピンオフを書いてください」
さわきゆりさんは、私が一目も二目も置いてフォローしているnoterさん。
ゆりさんとの奇跡のような出会いは、『キセキ~at Cafe Yuko~』でした。ちょうど『オールド・クロック・カフェ』の場所をどこにするかで悩んでいたころ。同じようにカフェを舞台にした小説。夢中で読みました。無駄のない引き締まった文体で物語をつむがれる方だな。
以来、私はゆりさんの小説のとりこに。
そうこうしていると、『不器用たちのやさしい風』の連載がスタート。
同性愛という難しい課題を、重くならず主人公たちの心情に丁寧に寄り添って描かれていて。毎回、ワクワクしながら拝読。ハッピーエンドにほっとして、爽やかな読後感に酔いしれていました。
そんなときに、スピンオフ募集の記事を発見!
どうしようかな。書いてみたいな。でも、書けるかな。
2日ほど、ゆらゆら揺れて、悩みました。
「私でもよかったら、書かせていただけませんか」
じぶんの力量をかえりみず、厚顔無恥なお願いのメールを
えいやっ、と出したところ。
ゆりさんから、快諾のお返事が。
うれしくて、すぐにストーリーの妄想がむくむく。
ゆりさんから出された条件は、二つだけ。
松尾君は、茨城県北部の高萩市か日立市に住んでいることと、
「ハッピーエンドでお願いします」でした。
『不器用たちのやさしい風』に描かれていた松尾君は。
〇明るい、気さくな性格
〇アラフォー
〇食品工場に転職して10カ月
〇絶賛婚活中
松尾君を描くにあたって、引っかかったことが二つ。それは。
「明るいキャラクターなのに、どうしてアラフォーで婚活中なのか?」と、
「転職して10カ月なのは、なぜ?」でした。
達也の転職には、リュウとの別れという理由がありました。
じゃあ、松尾君は?
あれこれ考えて、ゆりさんにプロットを3案、提案しました。
2案は日立市が舞台のスピンオフ。
3案めが、『オールド・クロック・カフェ』に松尾君を招待でした。
ゆりさんが選んだのは、3案め。
そこから物語が動きはじめました。
裏話になりますが。
実は、『不器用たち』の松尾君には、下の名前が明らかにされていません。
そこで私が勝手に「松尾晴樹」と命名させていただきました。
もちろん、ゆりさんも快諾してくれました。
<アラフォーにして、転職10カ月で婚活中>の解決策として。
晴樹は養子で、「養父の会社のために見合い結婚しなければ」と単純に思い込んで、元カノと別れたけれど。会社のための結婚を父から否定され、慌てて婚活に邁進。父の会社を継ぐため、素性を隠して工場で修行中。
という設定に。
松尾君が茨城県から京都の『オールド・クロック・カフェ』に
やって来る乗り物は、バイク以外にない!
だって、ゆりさんがかっこいいライダーなのですから。
ゆりさんに晴樹の乗るバイクの選定をお願い。
世界最速の「隼」を選んでいただきました。
おまけに、ゆりさんの友人の「隼」ライダーさんからも、
アドバイスをいただいたりして。
(なにしろ、私はバイクに乗ったことも、触ったこともありませんから)
晴樹は快調に隼を飛ばして清水寺に。
物語が加速しました。
ゆりさんには、バイクのあれこれや、茨城の言葉など。
微に入り細に入り、ご協力をいただきました。
根っからの関西人の私は、ちょっと気を抜くとセリフが関西弁に。
ゆりさんには、いつも不自然な語尾を指摘してもらって。
それだけでなく。
ゆりさんは毎回、褒めちぎりの紹介記事を書いてくださったりで。
ずっと併走して、応援し、励ましてくださいました。
3杯めを美味しく、楽しく淹れることができたのは、ゆりさんのおかげ。
心からの感謝でいっぱいです。ありがとうございます。
それと。
舞台が『オールド・クロック・カフェ』に決まった時点で、
もう一つ、どうしても描きたいことがありました。
それが、祇園祭。
2杯めで、瑠璃のジューンブライドを描いたので、
3杯めは、7月。7月の京といえば、祇園祭なしには語れない。
そこで。
蟷螂山町に住んでいる高校時代の友人に監修をお願いしました。
快く引き受けてくれただけでなく。
祇園祭の動画や写真をたくさん送ってくれて。
実は、私、蟷螂山のカマキリのからくりが動いているのを
残念ながら見たことがありませんでした。
祇園祭は昼にしか行ったことがなく。
巡行は混むので、遠くからちらっと眺める程度だったもので。
ですから、彼女の協力なくして蟷螂の動く様子は描けませんでした。
それだけではなく。
晴樹を隼に乗せたため、祭の交通規制に引っかかってしまうことに。
(四条通りをまっすぐ走って、西洞院通で右折させるつもりでした)
こんなところにトラップが。と呆然としました。
蟷螂山町までの迂回ルートも彼女に教えてもらい、
おかげで旧北国銀行のレトロなビルも描写できました。
(第5話で描いています)
3杯めで祇園祭の賑わいや蟷螂山のことを
描くことができたのは、ひとえに友人のおかげです。
ありがとうございました。
ありったけの感謝を込めて、お礼申し上げます。
さて。
物語は、京都に詳しくない晴樹の目線が中心だったため、
祇園祭のあれこれについて書くことができなかったことがあります。
それを、少しご紹介します。
祇園祭は八坂神社の祭礼で、平安時代の中ごろからはじまりました。
当時、今と同じように疫病が流行。国の数の66本の矛を立てて祇園の神様を祀り、疫病退散を祈ったことがはじまりと伝えられています。
祇園祭というと。
宵山(前祭は7月14日~16日、後祭は21日~23日)と
山鉾巡行(前祭は17日、後祭は24日)が有名で、
それが祇園祭と思われがちですが。
7月1日の「吉符入」から31日の「疫神社夏越祭」まで、
7月中ずっと祇園祭。
ですから、まだ祇園祭の最中です。
http://www.yasaka-jinja.or.jp/event/gion.html
http://www.gionmatsuri.or.jp/schedule/
各山鉾町が中心になって執り行う山鉾行事は、
7月14日から17日までの前祭(さきまつり)と
7月21日から24日までの後祭(あとまつり)があります。
山鉾は全部で35基もあって、有名な長刀鉾や、
3杯めで描いた蟷螂山は前祭の山鉾です。
ちなみに、「山鉾」とひと言で呼ぶことが多いのですが、
大別すると「鉾」と「山」の二つがあります。
「鉾」は、長刀鉾で描写したように。
中心に真木(しんぎ)という高さ20mの鉾が立っていて、
先端の鉾頭に長刀鉾なら長刀が。月鉾なら三日月が飾られています。
あ、でも。3杯めで描いた船鉾には真木はありません。
その代わりに鉾全体が豪華な船の形をしています。
「山」は、真木ではなく松が飾られていたり、
蟷螂山のように御所車とカマキリなど、
その山を象徴するものが乗っています。
http://www.gionmatsuri.or.jp/yamahoko/
3杯めで描いた蟷螂山は、2019年に巡行に参加した33基の山鉾 のなかで
唯一からくりがある人気の山です。
(ちなみに来年復活予定の鷹山にもからくりがあるそうです。)
蟷螂山の懸物は、人間国宝・羽田登喜男氏による優美な友禅。
実物はため息がもれるほどの美しさです。
山鉾は、それぞれにお宝の懸物や飾りをつけていて。
「動く美術館」とも呼ばれています。
http://www.gionmatsuri.or.jp/yamahoko/toroyama.html
コロナが収まって、例年通りの祇園祭が再開されたら、
ぜひ、観にお越しください。
もれなく感動がついてきます。
「では、またのお越しをお待ちしております」 店主 敬白
さわきゆりさんの『不器用たちのやさしい風』をぜひ、ご堪能ください。
https://note.com/589sunflower/m/me08a78c52363
『オールド・クロック・カフェ』3杯めは、こちらから、どうぞ。
『オールド・クロック・カフェ』1杯めは、こちらから、どうぞ。
2杯めは、こちらから、どうぞ。
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