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さわきゆり|小説
2021年9月2日 21:07
※14回に分けて連載した小説の全文掲載です。※前回作成した全文掲載から、読みやすさの改善のため、各Partのつなげ方を変えました。加筆修正はしていません。〔Part1〕 こんなところに、桜の木があったんだ。 駐車場からアパートまでの帰り道、落ちてきた花びらに誘われ、頭上を見上げた達也は、その美しさに息をのんだ。 昨年は、そもそも花が開いたことにも気付かなかった。桜たちは、彼がうつむい
2021年5月1日 08:00
※Part1~14でひとつの物語になります※ こんなところに、桜の木があったんだ。 駐車場からアパートまでの帰り道、落ちてきた花びらに誘われ、頭上を見上げた達也は、その美しさに息をのんだ。 昨年は、そもそも花が開いたことにも気付かなかった。花たちは、彼がうつむいている間に咲き、いつの間にか、足元に散っていたから。 満開を迎えた一本桜の向こうで、糸のように細い三日月が、空にしがみついて輝い
2021年5月2日 07:50
※Part1~14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※ 桜の花の中心が赤くなり、少しづつ散り始めた週末。達也が独りで暮らすアパートに、妹の香代子がやってきた。「お兄ちゃんって、意外と家の中、きれいにしてるよね」「こんな狭いアパートだぞ、掃除なんて簡単だよ」 玄関を開けると、四畳程度の簡素なキッチンがあり、その奥に八畳の洋間がひと部屋。あとは、トイレと狭い浴室だけの、ささやか
2021年5月3日 07:43
※Part1~14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇ 五年前の、満月が輝いていた五月の夜。達也が東京郊外の実家を離れ、電車で三十分ほどの場所にアパートを借りて、ひとりで暮らしていた頃のことだ。「ああ、彼がそうだよ、倉野リュウくん。今話してた、クラノ運輸の御曹司」 当時、宅配便のドライバーとして働いていた達也は、仕事が遅くなると、決まって駅前の定食屋に
2021年5月4日 07:28
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※ 魚が美味しいと評判の居酒屋で、達也とリュウが、日本酒を酌み交わしたのは、その翌週のことだ。「森本さんが、ゲイだってカミングアウトしてくれたから、俺も言いますけど」 沖縄の琉球ガラスでできた、海色の徳利とふたつの盃。一日の仕事を終えた、彼等をねぎらうような、それはそれは美しい青だった。「俺は、女性と
2021年5月5日 07:49
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇「おつかれさまでした」 廊下ですれ違う他の社員と、機械的にその言葉を交わしながら、達也は更衣室へと足を速める。顔以外の全身を覆う、着心地の悪い衛生服を、少しでも早く脱ぎたかった。 今日は、生産ラインの一番端で、製品のレトルトカレーが入った段ボール箱を、パレットと呼ばれる、プラスチック製の台座
2021年5月6日 06:46
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇ 車は出させてほしい、と自分から申し出たことで、福島の温泉までは、達也の車で行くことになった。 雲をぽかぽか散りばめて、青は淡すぎず濃すぎない。そんな空が広がった、ゴールデンウィークの真ん中。「翔と行けなくて、残念だったな」「まあね、でも、中学では部活が忙しくなるって、わかってたから」
2021年5月7日 08:12
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※ 福島から茨城に戻った翌日、達也は、今まで持っていなかった、調理道具を買いに行った。 ショッピングセンターが併設された、巨大なホームセンターは、かなり混みあっている。駐車場は四千台以上あるはずなのに、空きを探すのが一苦労だった。 豊に痩せたと言われたし、香代子にも何度か、会う度に細くなると注意されてい
2021年5月8日 07:52
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇ ドアを閉めた瞬間、リュウは達也に抱きついてきた。「達也、ごめん」 何故、謝られるのかわからないまま、達也はリュウを抱き返す。記憶にあるより、ずっと細くなった背中。「リュウ」「達也・・・会いたかった」 離れた時間の中に隠れていた、嗅覚の記憶が目を覚ます。 リュウの髪の香り。一緒に暮ら
2021年5月9日 07:21
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※「達也」 涙で濡れたリュウの表情が、驚きに変わる。「親父と話せって・・・達也のところに行きたい、って?」「それも含めて、話してこい」 そう言いながらも、達也はリュウの両頬から、手を離せなかった。 本当はこのまま、リュウを閉じ込めてしまいたいのだ。もう、二度と放したくない。離れたくない。 けれど
2021年5月10日 06:34
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※「もっりもとぉ」 ゴールデンウィークが明けた、最初の出勤日。社員駐車場に愛車を停めて、更衣室がある厚生棟へと歩く達也の背後から、無責任に明るい声が飛んできた。「なんだよ、松尾、連休明けなのにテンション高いな」「そっか? 俺的には普通なんだけどな」「あ、わかった。連休中の婚活、いいことあったな」
2021年5月11日 06:27
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇ 一着しか持っていないスーツは、引っ張り出してみると、十キロ以上痩せた今の達也には、まったくサイズが合わなかった。 これを着ていくほうが、失礼な感じさえする。 仕方なくスーツを諦め、ベージュのコットンパンツと、紺色のジャケットを身につけた。今どきのマナーとして、マスクを忘れないよう、ポケット
2021年5月12日 06:37
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※ 香代子が母親になった時、達也は、まだ生後数日の甥っ子を、抱かせてもらったことがある。 やわらかすぎる赤ん坊は、今にも壊れてしまいそうで、達也は抱いている間、動くことができなかった。 お兄ちゃんの抱き方、すごく変。そう言って、ころころと笑う香代子の表情は、とても幸せそうに見えたものだ。 リュウが達也
2021年5月13日 06:42
※Part1~Part14でひとつの物語になります※※Part1はこちら※前回はこちら※◇◆◇「えっ、森本、会社辞めんの!」 職場の上司に、退職願を提出した日の終業後。社員駐車場へと歩きながら、達也がそのことを話すと、松尾は眼球が飛び出しそうなほど、大きく目を見開いた。「そうなんだ、東京に戻ることになってさ」「いつ?」「今月末付けで」「マジかよ、淋しくなるな。これから俺のノロケ