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〔連載小説〕不器用たちのやさしい風

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〔小説〕不器用たちのやさしい風・全文

〔小説〕不器用たちのやさしい風・全文

※14回に分けて連載した小説の全文掲載です。
※前回作成した全文掲載から、読みやすさの改善のため、各Partのつなげ方を変えました。加筆修正はしていません。

〔Part1〕

 こんなところに、桜の木があったんだ。
 駐車場からアパートまでの帰り道、落ちてきた花びらに誘われ、頭上を見上げた達也は、その美しさに息をのんだ。
 昨年は、そもそも花が開いたことにも気付かなかった。桜たちは、彼がうつむい

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part1〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part1〕

※Part1~14でひとつの物語になります※

 こんなところに、桜の木があったんだ。
 駐車場からアパートまでの帰り道、落ちてきた花びらに誘われ、頭上を見上げた達也は、その美しさに息をのんだ。
 昨年は、そもそも花が開いたことにも気付かなかった。花たちは、彼がうつむいている間に咲き、いつの間にか、足元に散っていたから。
 満開を迎えた一本桜の向こうで、糸のように細い三日月が、空にしがみついて輝い

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part2〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part2〕

※Part1~14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※

 桜の花の中心が赤くなり、少しづつ散り始めた週末。達也が独りで暮らすアパートに、妹の香代子がやってきた。
「お兄ちゃんって、意外と家の中、きれいにしてるよね」
「こんな狭いアパートだぞ、掃除なんて簡単だよ」
 玄関を開けると、四畳程度の簡素なキッチンがあり、その奥に八畳の洋間がひと部屋。あとは、トイレと狭い浴室だけの、ささやか

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part3〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part3〕

※Part1~14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

 五年前の、満月が輝いていた五月の夜。達也が東京郊外の実家を離れ、電車で三十分ほどの場所にアパートを借りて、ひとりで暮らしていた頃のことだ。
「ああ、彼がそうだよ、倉野リュウくん。今話してた、クラノ運輸の御曹司」
 当時、宅配便のドライバーとして働いていた達也は、仕事が遅くなると、決まって駅前の定食屋に

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part4〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part4〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

 魚が美味しいと評判の居酒屋で、達也とリュウが、日本酒を酌み交わしたのは、その翌週のことだ。
「森本さんが、ゲイだってカミングアウトしてくれたから、俺も言いますけど」
 沖縄の琉球ガラスでできた、海色の徳利とふたつの盃。一日の仕事を終えた、彼等をねぎらうような、それはそれは美しい青だった。
「俺は、女性と

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part5〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part5〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

「おつかれさまでした」
 廊下ですれ違う他の社員と、機械的にその言葉を交わしながら、達也は更衣室へと足を速める。顔以外の全身を覆う、着心地の悪い衛生服を、少しでも早く脱ぎたかった。
 今日は、生産ラインの一番端で、製品のレトルトカレーが入った段ボール箱を、パレットと呼ばれる、プラスチック製の台座

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part6〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part6〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

 車は出させてほしい、と自分から申し出たことで、福島の温泉までは、達也の車で行くことになった。
 雲をぽかぽか散りばめて、青は淡すぎず濃すぎない。そんな空が広がった、ゴールデンウィークの真ん中。
「翔と行けなくて、残念だったな」
「まあね、でも、中学では部活が忙しくなるって、わかってたから」
 

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part7〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part7〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

 福島から茨城に戻った翌日、達也は、今まで持っていなかった、調理道具を買いに行った。
 ショッピングセンターが併設された、巨大なホームセンターは、かなり混みあっている。駐車場は四千台以上あるはずなのに、空きを探すのが一苦労だった。
 豊に痩せたと言われたし、香代子にも何度か、会う度に細くなると注意されてい

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part8〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part8〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

 ドアを閉めた瞬間、リュウは達也に抱きついてきた。
「達也、ごめん」
 何故、謝られるのかわからないまま、達也はリュウを抱き返す。記憶にあるより、ずっと細くなった背中。
「リュウ」
「達也・・・会いたかった」
 離れた時間の中に隠れていた、嗅覚の記憶が目を覚ます。
 リュウの髪の香り。一緒に暮ら

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part9〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part9〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

「達也」
 涙で濡れたリュウの表情が、驚きに変わる。
「親父と話せって・・・達也のところに行きたい、って?」
「それも含めて、話してこい」
 そう言いながらも、達也はリュウの両頬から、手を離せなかった。
 本当はこのまま、リュウを閉じ込めてしまいたいのだ。もう、二度と放したくない。離れたくない。
 けれど

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part10〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part10〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

「もっりもとぉ」
 ゴールデンウィークが明けた、最初の出勤日。社員駐車場に愛車を停めて、更衣室がある厚生棟へと歩く達也の背後から、無責任に明るい声が飛んできた。
「なんだよ、松尾、連休明けなのにテンション高いな」
「そっか? 俺的には普通なんだけどな」
「あ、わかった。連休中の婚活、いいことあったな」
 

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part11〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part11〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

 一着しか持っていないスーツは、引っ張り出してみると、十キロ以上痩せた今の達也には、まったくサイズが合わなかった。
 これを着ていくほうが、失礼な感じさえする。
 仕方なくスーツを諦め、ベージュのコットンパンツと、紺色のジャケットを身につけた。今どきのマナーとして、マスクを忘れないよう、ポケット

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part12〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part12〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

 香代子が母親になった時、達也は、まだ生後数日の甥っ子を、抱かせてもらったことがある。
 やわらかすぎる赤ん坊は、今にも壊れてしまいそうで、達也は抱いている間、動くことができなかった。
 お兄ちゃんの抱き方、すごく変。そう言って、ころころと笑う香代子の表情は、とても幸せそうに見えたものだ。
 リュウが達也

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連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part13〕

連載小説|不器用たちのやさしい風〔Part13〕

※Part1~Part14でひとつの物語になります※
※Part1はこちら※前回はこちら※

◇◆◇

「えっ、森本、会社辞めんの!」
 職場の上司に、退職願を提出した日の終業後。社員駐車場へと歩きながら、達也がそのことを話すと、松尾は眼球が飛び出しそうなほど、大きく目を見開いた。
「そうなんだ、東京に戻ることになってさ」
「いつ?」
「今月末付けで」
「マジかよ、淋しくなるな。これから俺のノロケ

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