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【書評】トルーマン・カポーティ『夜の樹』

冬の日に楽しめると勧められて初めて手にしたトルーマン・カポーティ『夜の樹』。短編集は彩り豊かなものだと思っていたが、読んでみると白い雪と夜の闇に囲まれたモノクロームの世界だった。

初老の未亡人であるミセス・ミラーが雪が降るなか出かけた映画館で出会った少女の名前をタイトルにした『ミリアム』。シルバーホワイトの髪に華奢な身体をしたミリアムが、風変わりなところを気にしながらも、ちょっとの親切心を働かせたばかりに、それからミセス・ミラーの孤独な生活にミリアムと恐怖がじりじり足を踏み入れてくる。

タイピストのシルヴィアが、人の「夢」を現金で買い取ってくれるミスター・レヴァーコームを偶然知り、足を運ぶうちに、生きる気力や魂をも奪い取られていく『夢を売る女』の舞台も、冬のニューヨーク。ミスター・レヴァーコーム邸で出会った酔いどれの小男オライリーが元道化師というのも、白塗りの顔を思い浮かべて寒々しさを感じる。

叔父の葬儀から戻る夜汽車で、女子大生ケイが二人組の旅芸人に絡まれる表題作『夜の樹』でも、主人公と、相対する登場人物の存在が重なっているような、ちょっと不気味な印象がある。自分自身の姿を、自分が見ているような幻覚、ドッペルゲンガーのようだと思っていたら、巻末の解説にもそう記してあった。

さらに、そんな相似形から思い浮かべたのは、映画『シャイニング』の恐怖イメージの原形となった女の双子の写真を撮った写真家のダイアン・アーバス。カポーティと1歳違いのアーバスも、『夢を売る女』のシルヴィアが歩いて通り抜けるのに恐怖を抱くセントラル・パークで、よく異形者のポートレートを撮っていたのは偶然か。

ダイアン・アーバス作品集(筑摩書房)伊藤俊治訳

冬に似合うというのは、季節の寒々しさというより、背筋がぞくぞくするような感覚なのか。と思っていたら、全7編からなる短編集の後半は、季節も冬とは限らず、かえって心温まる物語が続く。

貧しい暮らしをしている少年アップルシードが、瓶の中に入れられた硬貨の金額を当てることができたら全額、自分のものにできるというドラッグストアのイベントに挑む『銀の壜』や、祖母と孫ほど年が離れたミス・スックと少年バディの“友情”を描く『感謝祭のお客』は、前半の寒々しさと全くの対称をなす。それこそ自分自身を見るドッペルゲンガーではなく、同じように見えても中身は異なる。でも根本は一緒という意味で、やはりアーバスの双子を思い出した。

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読んだこともないのに『ティファニーで朝食を』の明るいイメージと、『冷血』の暗いイメージがどうも自分のなかで一つにならなくて、カポーティはずっと遠ざけていた。

だが、モノクローム写真だって白と黒だけでなく、そのグレートーンの豊かさで深みを出す。その一方で、粒子を粗くして白と黒のコントラストを高めれば、フラットながら力強さを印象づけることもできる。カポーティは光を操ることのできる作家なのかもしれない。さっそく次を読んでみよう。

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