【取材】「創造提案企業」フレスタのサステナビリティ―環境、健康、地域―(前編)
公益財団法人流通経済研究所
上席研究員 石川 友博
研究員 寺田 奈津美
こんにちは。今回は、広島県を中心に展開し、今年創業137年目を迎える地域密着型食品スーパー・フレスタのサステナビリティの取り組みについて、詳しく取材した内容をご紹介します。株式会社フレスタホールディングス執行役員の渡辺さんにお話をうかがいました。
SDGs推進の方向性の明確化と窓口の一本化-SDGs推進室の立ち上げ
――直近のSDGs推進の施策や取り組みについて教えてください。
昨年の9月に「SDGs推進室」という組織を設立し、トップに取締役を配置しました。これは非常に重要な決定でした。これは一社員が単に作業として行っているわけではなく、取締役会でも合意のもとに進めています。指示命令を仰ぐ立場の最上層の人たちが取締役ですから、彼らのリーダーシップのもとで行われていることは非常に重要です。経営と一体化しないサステナビリティの取り組みを積極的にやろうとする人は少ない。そのため、経営層がコミットメントする必要があるのです。彼らが「会社全体で取り組んでいる」というメッセージを伝えることで、他の部署も行動に移しやすくなります。その結果、以前はバラバラだった活動が、現在はSDGs推進室に一元化され、現場でもその統一感が認識されています。
また、SDGs推進室を設置したもう一つの重要な目的が、外部との接点や窓口として機能する部署を設けるということでした。私たちは労働集約型の産業であるため、人権問題や労働環境の改善が特に重要です。これらの課題に取り組む必要性は、外部からも強く認識されています。そのため、イベントの開催だけでなく、人権問題への対応や労働環境の改善にも力を入れていることを、SDGs推進室を通じて積極的に発信することが非常に重要です。
SDGs推進室のような組織があることで、行政からの依頼にも対応しやすくなります。行政も、具体的に何をやっているのか分からないままでは何も言えませんので、私たちの取り組みをしっかり把握してもらう必要があります。この組織があることで、様々な取り組みの活動内容を報告することができ、情報発信も可能になります。こういった組織の存在は非常に重要です。
また、社内的にも方向性の明確化と窓口の一本化の観点から、SDGs推進室の発足は非常に重要な意義を持っていました。現在、当社では電気やガスなどのエネルギーに関するデータを不動産開発部が管理しています。新しい店舗を建設する際には、電気やガスの使用量が必ず関連してくるため、不動産開発部がこれらのデータを把握し、管理、報告しています。一方で、トレーやペットボトルなどのリサイクルに関するデータは販売部が管理しており、回収量などを報告しています。
しかし、SDGsの観点から見ると、エネルギー問題とリサイクル問題はどちらも同じ枠組みに入ります。そこで、SDGs推進室がこれらの情報を一括して集約し、CO2削減目標などの具体的な方針を打ち出す役割を担っています。実際のデータ収集作業は不動産開発部や販売部が行っていますが、SDGs推進室はこれらの部門に対して推進すべき内容を指示し、全体の取り組みを統括しています。
例えば、これまでトレーのリサイクルに関しては販売部が主にエフピコさんと交渉してきましたが、商品部が関与していないため、プラスチックの使用量削減などの目標に合わない場合がありました。SDGs推進室が介在することで、全体の方針に基づいた一貫した管理とコントロールができるようになります。これにより、各部門が連携して効率的にSDGsの目標に取り組むことができるため、大きなメリットがあると考えています。
さらに、SDGs推進室の設立により、社内での啓発活動が進んでいます。現在、SDGsに関する話題が広く取り上げられており、従業員のSDGsに対するリテラシー(知識と理解力)を高める必要があります。若い社員はSDGsについて学んでいるため知識がありますが、多くの従業員にとっては働き始めた後にSDGsという概念が広まったため、知識が不足していました。しかし、現場ではSDGsが広まる以前から環境に配慮した活動が行われており、特に最近ではエネルギー問題の影響もあり、現場の環境意識は高まりつつありました。そこで、SDGs推進室が設立され、当社のSDGs関連活動全般を一括して取り上げ、導入・啓発活動を一元的に行うことで、若い社員だけでなく、全従業員に対するSDGsの認識が高まっています。
現在、SDGs推進室は「環境」「健康」「地域」という3つの方針を掲げ、活動を進めています。これは、私たちはフレスタの「お客様の笑顔を原点に食の創造提案企業を目指す」という理念を基に、これらの方針を実践していることを示しています。この方針は、当社の企業理念を達成するための基本的な考え方に基づいています。3つの方針は具体的には以下のとおりです。
SDGs方針3つの柱-環境、健康、地域
――SDGs方針について詳しくお聞かせいただけますか。
まず、地域との関係についてお話しします。私たちは創業137年目を迎えますが、企業の栄枯盛衰が20年から30年ごとに繰り返される中で、私たちはその度に困難を乗り越えてきました。これは社内では当然のこととされていますが、小売業においては、基盤である地域との強固な関係がなければ、これほどの長期間の存続は実現しなかったでしょう。
この経験を通じて、現在私たちが掲げている最終目標は「まちづくり」です。私たちはこれを「フレスタウン」と呼んでいます。地域とそこに住む人々が健康でなければ、私たちも商売を続けることができません。長生きしてもらわないとお客様も減ってしまいますからね。最終的には、まちづくりに貢献するために、良いものを提供し続け、排出物の管理も含めて、悪いものは出さない。私たちはこうした基本理念のもとで商売を行うことが、最終的にサステナビリティに繋がると考えています。
フレスタウンについて、従業員がその理念を理解し、説明できるようにするため、従業員はフレスタウンをイメージした絵が描かれた名刺を使用しています。これにより、名刺交換時に外部の方々へのPRになるだけでなく、名刺を受け取った人から「その絵は何ですか?」と質問されることもあります。これは、フレスタウンの理念や考え方を従業員が把握し、説明できるようにすることで、理解を深める意図があります。食品小売業は商品を通じて思いを伝えるのが難しい業態なので、会社の理念やSDGsへの取り組みを他の手段で発信することを重視しています。
――まちづくりに取り組み、地域の人々に長く元気でいてもらうために、良い商品を提供し続けることが、結果として自社のサステナビリティに繋がっているということですね。
そうですね。これはもう1つの方針である「健康」につながってきます。サステナビリティという観点では、私たちにとって健康経営も非常に重要です。2014年から「健康経営」に本格的に取り組み、地域のお客様の健康寿命の延伸を目指して、良い商品を提供することを大前提としています。
私たちのお店の半径1キロ圏内に住む人々の多くが、私たちのお店を利用しています。つまり、この地域のほとんどの人が私たちのお店で買い物をしているわけです。もしこの地域の健康寿命が短ければ、私たちが何か悪いものを売っている可能性があると考えられます。
最終的には、地域の健康寿命が伸びたという結果が出れば、それは私たちが良い商品を提供している証となり、マーケティングにも繋がります。これが理想的な形であり、値段や販促に頼らなくても、地域の人々にとって「この店があって良かった」と思われる存在にならなければなりません。そうでなければ、いつまでも卵を98円にしたり、ポイントを10倍にしたり、価格だけで競争しなければならなくなってしまいます。
商品の質に関して言えば、鮮度を重視していますし、加工食品では特定保健用食品などのエビデンスに基づいた商品を販売しています。また、現場の社員は自分の健康目標を掲げた「健康宣言」をネームプレートに記載しています。例えば、「5キロ減量する」や「富士山に登る」、「毎日ヨーグルトを食べる」といった目標です。これにより、社員が自分の健康に責任を持ち、お客様とのコミュニケーションも生まれます。
フレスタウンの最終的な目的は、健康寿命の延伸です。元気で長生きできることが重要で、食事と運動がその基本です。私たちは、健康な食事を提供するとともに、リレーマラソンやゴミ拾いウォークなど、地域の人々と一緒に運動する企画も行っています。先程もふれましたが、従業員はネームプレートに健康目標を書くという取り組みも行っています。現場のスタッフと地域の人々が一緒に活動することで、地域全体が健康になると考えています。
――環境に関する取り組みについて教えていただけますか?
環境に限らず、サステナビリティの推進においては、会社が掲げる目標や評価基準、そして個人に還元される仕組み作りが重要です。環境についていえば、電力消費については従業員の評価指標には電気使用量が組み込まれています。この制度の導入により電気使用量が大幅に減少しました。また、電力デマンド調整システムが導入されており、一定量を超えるとアラートが発生し、対応策が提案されるので、従業員はその提案を参考にして自身の対策を選択することができます。
電力使用量を従業員の評価に組み込んだ当初の反応についてよく質問されますが、各店長は経営者として、電力消費を抑えないと経営が成り立たないことを理解しています。また、日本では火力発電が主流であり、電力を多く使うほど環境に悪影響を与えることは皆が理解しているため、電力消費を減らすことに違和感はありません。
電気使用量削減のための最悪な施策は、働く環境を犠牲にして電気を使いすぎる店舗の電源を無理やり切ることです。これにより店舗が暗くなり、お客様からクレームが寄せられる可能性があります。このような状況は避けるべきです。電力使用量の削減をうまくすすめるためには、働きやすさと電力使用量のバランスを取ることが重要です。例えば、暑い時にクーラーを使用する必要がある場合、室内温度の基準を設定し、温度計を設置して管理しています。ただし、人によって感じ方が異なるため、暑いと感じるときにはクーラーを使ってもらいます。一方、誰もいないのに電気やクーラーがついているのは無駄なので、そういう無駄の管理は徹底しています。
また、エネルギー消費の管理についても、例えば外気温が高く、電力使用量のデマンドがピークになると予想される日には、エネルギー消費を抑えるように指示を出しています。従業員には、毎日目標として「トイレから出た時には必ず電気を消す」などの具体的な対策をシステムで通知して、確認してもらっています。私たちの業界は労働集約型のため、誰かひとりが頑張るのでは効果はなく、多くの従業員一人ひとりが一歩ずつ取り組むことが必要です。
一方で、不動産開発部門は、古い蛍光灯をLEDに置き換えるなど、設備の改善も進めています。この両方の取り組みが合わさって初めて効果が出ます。古い設備を使い続け、人海戦術だけで頑張るのは限界があります。そのため、省エネに気を使いながら、効率的に管理するようにしています。今年のエネルギー消費量は、昨年比85パーセント程度で推移しており、現場の意識と努力がその成果を支えています。
リサイクルなどの環境の目標達成に向けたインセンティブの工夫として、従業員の社内評価との連動だけでなく、お客様に対する取り組みも行っています。例えば、ペットボトルの回収では、回収率を上げるために回収ボックスのデザインを工夫したり、ペットボトルを入れると0.2円のポイントが貯まる仕組みを導入しています。現在、このシステムを約30店舗に展開しており、お客様からの回収率の向上に寄与しています。
なお、気候変動対策については、昇格を目指す社員向けの研修プログラムにその内容が含まれています。また、当社は、日本政策投資銀行の環境経営格付けを長年受けています。
自分ゴト化と現場でのサステナビリティ推進を担うQMS活動
――司令塔のSDGs推進室のもとで、実際の活動はどのように実行されているのでしょうか。
活動は、それぞれQMS(品質管理システム)活動の一環として行われています。QMS活動は簡単にいうと小集団活動です。例えば、お店によっては、健康に特化したチームが編成され、そのチームが健康提案を行いながらお客様に接客をしています。また、環境に優しいチームがルールを決め、そのお店の電力消費を削減する取り組みも行っています。
各店舗には大小に関わらずQMSの活動チームが4〜6チーム程度組織されています。各チームは、どのような改善活動を行うかを目標として設定しており、その達成度が社員の賞与評価に直結しています。このように、どれだけの成果を出したかが評価に反映される仕組みとなっています。
その中には、健康や環境、集客に関する目標・チームも含まれています。現在、全社で約600のチームがあり、それぞれがPDCAサイクルを回して改善活動を行っています。これらの成果は半年に一度のアワードで共有され、優れた取り組みが他の店舗にも展開されます。例えば、ある店舗が会員獲得活動で成功した方法をQMSの発表会で共有し、他の店舗でも同様の方法を試してみるといった形です。このように、成功事例を全社で共有することで、全体のパフォーマンス向上を図っています。
QMS活動は10年以上続けています。地区予選のようなものがあり、そこで選ばれたチームが次のステージに進みます。最終的には販売部門や商品部門から選ばれた7〜8チームが競い合い、最優秀チームを決定します。ホールディングスやグループ会社もこの活動に参加しています。
このQMSがサステナビリティを進める上で大きな役割を担っています。環境、健康、地域という大きな方針の設定はSDGs推進室が行っていますが、結局のところ、本部が初めに指示をしても、現場が関与しなければ、それは単なる絵に描いた餅に過ぎません。私たちは多くの従業員を抱えているので、特定の部署だけが対応すれば良いわけではなく、全社が一体となった取り組みが必要であり、いかに個別に自分たちの行動に落とし込むかが重要です。大雑把に「CO2を46パーセント削減」と言われても、現場の人たちは何をすべきか具体的なイメージが湧きにくいです。そこで、どうやったら削減できるかを現場で考えてもらい、その成功事例を横展開しています。目標はあくまで、CO2の削減や健康寿命の延伸をどう実現するかにあります。それぞれの地域によってやり方は異なりますが、良い事例を共有し、横展開していくことを繰り返しています。
QMSのような活動をしていると、個人によるリテラシーの差があることが取り組みの障壁とならないかと聞かれることがあります。しかし、地域の店舗には、初めて働く人もいれば、専門的な知識を持って勉強してきた人もいて、同じ組織に属しているからリテラシーの差があるのは仕方がないことです。男性も女性も、外国人も障害者も、様々なバックグラウンドを持つ人たちが働いています。そのため、全員のレベルを同じにするのは不可能ですし、目指さないほうがいいかもしれない。むしろ、これこそがいわゆるダイバーシティで、同じカテゴリーの人たちだけしかいなければ、かえって「効率」は上がらなくなるだろうと考えています。
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