#4 雨下の迷い者たち
とりあえず、特定の日に、故意に雨を降らせることができるか、それを調べるため、次の日の放課後、僕は図書室にいた。天気は昨日とうって変わって、晴れ。しかも、快晴。あたたかな日差しの当たる席で、僕は本のページをめくる。
人工的に雨を降らせること、できなくはないらしい。例えば、雲の中にドライアイスとかヨウ化銀をまいて温度を下げ、雨のもとになる結晶作るとか。北京オリンピックのときには、そのヨウ化銀をまくことで先に雨を降らせて、当日を晴天にした、なんていう話もあるらしい。なんだできるじゃん! ドライアイスならケーキとか買ったらついてくるでしょ、いける! と思ってすぐ気づく。そもそも、雲にどうやってまくの……。
その時、僕の足に何かがさわった。
え、なに?
机の下をのぞいて驚く。そこに、真っ白な毛並みの猫がいた。図書室の木でできた床に浮かんだようにくっきりとうつる。見ただけでふわふわしているとわかるその毛並みが、だれかの飼い猫であることを物語っていた。
「え、猫?」
つぶやくと、ちらりとこちらを見て、
「あなたのことを迎えに来たの」
と言った。猫が。青色の透き通るような眼でこっちを見つめている。
「え!」
大きな声が出てしまってあわてて口をふさぐ。周りにいた数人が、僕の方をにらんだ。猫も、口を動かしているわけじゃない。すごく漫画みたいだけど、心というか、脳の中に直接話しかけられているような気がした。まるで、口じゃなくて、目で話しかけられているみたい。口が動いていないのに、言葉が脳に響いてくるなんて、実際経験すると、なんだか気持ちが悪い。
「ついてきなさい」
そう言って猫は歩き出す。僕はよくわからないまま、でもついていかなければならない気がした。今読んでいた本を、適当に本棚に戻すと、走って猫を追いかける。不思議の国に行ったアリスも、もしかしたらこんな気持ちで白うさぎを追いかけたのかもしれない。
猫はうすぐらい廊下をただひたすら歩いてから、階段を上りだす。僕はその少し後を、おいていかれないようについていく。その間、何人か生徒にすれ違ったのに、誰も僕たちのことを不審そうに見ない。
「猫さん、猫さん」
そう、話しかけてみる。
「その呼び方やめなさい、わたくしの名はウールよ」
猫のくせになんでちょっと上から目線なんだよ、猫のくせに。
「えっと、ウール。君のこと、周りの人には見えてないのか?」
「ええ、わたくしは猫と言っても天ノ宮家に代々仕える特別な猫ですから。簡単な細工はすることができてよ。今はあなた以外には姿も見えないし、声も聞こえないわ」
知らない名前が出てきた。天ノ宮家ってなに? そう聞こうとしたとき、目の前に、赤い大きな文字で、「立ち入り禁止」と書かれた看板があるのが見えた。階段の半ばほどにかかっている看板。確かその先は、屋上。
ウールはその看板をなんのちゅうちょもなく飛び越えて向こうに行ってしまう。
「まってまって、ウール!」
あわてて呼び止める。
「そこから、立ち入り禁止って」
「ああ、大丈夫よ、入ることはできるわ」
「いやいやいや君は入って大丈夫でも、僕はダメなんだよ!」
そう叫ぶとウールはにたりと笑う(猫って、そんな顔できたんだ)。
「あら、あなたはおテンさまに呼ばれてきたのよ。あのお方が許したのだから、あなただって入れるわ」
おテンさまって? なに? 偉い人⁉
ウールみたいなしゃべるうさんくさい猫の言葉を信じるのは不思議に思われるかもしれないが、なんとなく、その屋上に行かないといけないような気がしてきた。僕は若干の罪悪感を払い落とし、立ち入り禁止の看板を飛び越えて、その奥にある、屋上につながるドアを開く。
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