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#14 雨下の迷い者たち

「え、まって、テン⁉」
「ええユウくん⁉」
舌足らずなあの声、僕は聞き覚えがあった。その声に、なんだか安心して、肩の力がふっとぬける。夕日中の不思議な現象に頼ったことで、天罰が下ったのかと思った、よかったあ。
 テンは走ってくるやいなや、すでに虫取り網を頭から外した僕の姿を見て、驚いてから、あーあ、とため息をつく。
「なんだあ、迷い者かと思ったのに! 損した!」
ええ、なんかごめん。
僕から虫取り網を受け取ると、どきどきする心臓を抑えるようにはあはあと息を整える。ウールはテンの足元でしゃんと座っているが、でもこいつもはあはあと息を吐いている。きっと、すごい勢いで走ってきたのだろう。テンの足が速いのは、前見て知っていたが、もしかしたらこういうせっかちでよく急いでいる性格だからかもしれない。
「なにこれ?」
と僕が聞く。
「メイ先輩に作ってもらったわなだよ」
我、三度の飯よりサプライズが好きだお! というメイクの顔がうかぶ。僕の想像の中のメイクは、いたずらっぽい八重歯をきらっと光らせていた。どうやら、『注文リスト』の入っている机のいすを動かすと、ロッカーの上に立てかけてある虫取り網が落ちてくるようになっていたらしい。さすが、こういうものは簡単に作ってしまうようだ。
「わなってなに? どういうこと?」
僕の少し怒ったような表情にテンは苦笑する。わなにかけられるって、全然いい気分じゃないんだよ。
「ごめんごめん。ユウくんのこと捕まえようとしてたんじゃないよ。ここに『注文リスト』取りに来る迷い者を捕まえようと思って」
「うんと、迷い者って何?」
怒りが収まり、興味がわいてきた。僕がそう聞くと、テンはこちらを自慢げに見つめる。相手の知らないことを教えるとき、テンはいつものこの顔になるらしい。
「あたしが雨ふらしだって話は、前したよね? 雨ふらしの仕事は、昔は雨降らすことだったんだけど、最近ではそれより、迷い者たちを雨下に返してあげるっていう仕事をしているの。雨下っていうのは、水たまりの下にある世界。いつも雨が降っていて、雨の力によってできてるの。それで、雨の力によって、独自の進化をした生き物が、雨下にはいっぱいくらしてるのね。
 こちら側の世界に雨が降ると、その雨のせいで雨下とこの世界がつながって、雨下の住人が『迷い者』としてこちらの世界にやってくることがあるの。そんな迷い者たちを、しっかり元の世界に返してあげるのが、私たち、雨使いの役割なんだよ。てことでユウくんにも協力してもらうからね!」
たち? 雨使いってことは僕もふくまれてるのか。
「じゃあ、さっき叫んでたモノノゾってのは、迷い者ってことか?」
「そうそう。今この学校に迷い込んじゃってるみたい。『注文リスト』はそいつらの仕業だよ。
 よく聞くと思うけど、夕日中の不思議な現象、あれ、だいたい迷い者が起こしてるんだよ」
なるほど、そうだったのか。幽霊とか、生徒のいたずらではなかったようだ。
「あ、ねえ、ユウくんもしかして、『注文リスト』に何か書こうとしてた?」
「え、うん。この『注文リスト』に頼んだら、雨を降らせる機械が手に入るのじゃないかと思って」
頭をかいて苦笑する僕に、テンが子供をしかりつける親みたいな顔を向ける。怒っている、というよりたしなめる、といった感じだ。
「いい? ユウくん、世の中はそんなに甘くないんだよ」
わあ、年下に世の中について語られている……。
「何かやってもらったりしてあげたとき、その人との関係の中に、貸し借りっていう概念が生まれる。まあ、形に見えるものでなくてもね。ユウくんは『注文リスト』に注文することで、モノノゾに貸しをつくったことになるの。その貸しは、返さなければならない」
「貸し? 何をどう返すのさ?」
なんだか恐ろしくなった。僕は雨を降らせることばかり考えていて、自分が受けるかもしれない被害を見落としていたのか。
「簡単だよ、モノノゾは、依頼者の二番目に大切なものをもらっていくの」
「二番目に大切なもの?」
少しどきりとした。二番目ってなかなか高くない?
「そう、だから、迷い者の力なんか借りなくても大丈夫! ユウくんはアメヨミなんだから、迷い者を確保する立場にあるんだよ。
 迷い者の力を借りるのは、朝日ノ国の王子様みたいな時だけ」
「朝日ノ国? 王子?」
きょとんとしている僕をみて、テンの目がどんどん丸くなっていく。
「え、まさか、雨の王子と晴れの姫のお話知らないの?」
「うん、聞いたことない」
おとぎ話かなんか? そう問いかける僕を見て、テンはあきれたようにため息をついた。なんか、馬鹿にされているみたいでイラっとする。でも、すぐにテンはなにか思いついたように、ついてきて! と猛スピードで走りだした。なにかよくわからないが、とりあえず追いかける。やっぱり、足が速い。思い立ったらすぐ行動、っていうタイプのようだ。ウールは従順な家来のようにぴったりと横について走っているが、僕はその後ろを必死についていっていた。
 テンは廊下の突き当りまでまっしぐらに走っていく。最初、つきあたりで右に曲がって階段を下りるのかと思ったが、そんな気配はない。そのまま壁に向き合う。え、何してるんだ?そこ、行き止まりなのに。
「どこでもいいの、行き止まりなら!」
その時にはもうウールは水色の杖に変化しており、テンはその杖で行き止まりの壁を、とんとんとん、と三回つついた。
 すると、壁がなんだか透明に、ゆがんだように見えるようになった。後ろの景色はまだよくわからないけど、まるで霧がかかっているようにぼんやりと、この壁の向こうに何かが見える。
「よしいくよ!」
「え!」
いち、に、さん! その掛け声で、二人一緒にその壁の向こうへジャンプした。

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