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#2 雨下の迷い者たち

 少しじとっとした机と、うすぐらくて、朝のマスクみたいにこもった教室。
 窓いっぱいの雨音と、それから前髪を気にするクラスメイト達。
 蛍光灯だけが、離島みたいぱっと浮かんでいるような、そんな雨の日。

「うわあ、雨降ってきた! 今日傘持ってきてない!」
「まじか。あ、あれは? 『注文リスト』に作ってもらったら?」
「お前それ届くの明日じゃん、意味ねえよ」
そんな、クラスメイトの会話が、雨音に交じって聞こえてくる。夕日中で最近よく聞く、『注文リスト』という単語。なんでも、自分の欲しいものをそのリストに書くと、次の日には届くというものらしく、使ってみた何人もが実際その物を手に入れているらしい。
夕日中は、普通の中学校と少し違うところがある。この『注文リスト』のように、不思議な現象が起こることがあるのだ。誰かのいたずらだとか、昔この学校ではある事件が起こって、その名残で不思議な出来事が起こるのだとか、いろいろ言われているが、本当のことはわかっていない。なんでも、この学校が建った時からそんな現象は起きているらしく、僕たちは気味悪く思う前に、その現象に慣れてしまっている。
 雨をあまりよく思わない人もいるけど、僕は雨が好きだ。どよんとした雰囲気も大好きだし、湿気なんかどうでもいい。むしろ濡れてしまえって思う。なんか困ったことがあったら、いつでも助けてやる! なんて、そんなヒーローみたいな言葉も、雨の日なら、恥ずかしがらずに言えそうだ。そんなことを考えていたからかもしれない。

 放課後、イチゴ先生に呼び出された。

「それじゃ、頼めるな」
少し見下げられる目が、冷たい光を帯びている。ひええ、と心の中で情けない声を出してみた。
「で、でも僕放課後忙しいから……」
「嘘をつくな、雨森ユウキ。帰宅部だろうが」
先生はきっと、僕がうなずかないことを、ただめんどうくさいからだろうと思っているかもしれないが、それは違う。僕じゃきっとうまくいかないと思うからだ、と心の中で言ってみる。そんなこと、この人の前では言い訳にしかならないから、そのかわり、少しだけ見上げて、目をあわせてみる。
 雷一ゴロウ先生、通称、イチゴ先生。僕たちの担任の先生だ。
 青みがかった黒色で長い髪とひげ、それと金色のふちのメガネの奥に鋭い目がある。真顔以外の顔がとてつもなくレアな先生。怖い、簡単に言うと、ちょー怖い。僕のクラス、二年A組は、毎日震えながら授業を受けていた。そんなある時、僕のクラスメイトの女子が、でも雷一先生の名前にはイチゴが隠れているからかわいい、というよくわからないことをいいはじめ、いつのまにか、かげではイチゴ先生と呼ばれるようになっていた。まあいまだに、面と向かって呼んだ人はいないが。
「何も難しいこと言っているのではないぞ、雨森ユウキ。ただ、中庭掃除をしろと言っているだけだ。うちの学校の中庭は、雑草が生いしげり、誰も使ってないのにむだに広い。有効に活用するべきなのだ」
確かに、イチゴ先生の言っていることはよくわかった。誰も気にも留めないような場所だから、当然誰も掃除しないし、誰も入っている姿を見たことはない。そんな中庭。
「俺は忙しいんだ」
お前と違って、と目で余計な一言を付け足す。ひええ、怖い。イチゴ先生の顔には、ずっと眉間にしわがある。きっと、生まれてこのかた、怒ったことしかないのだろう。もったいない、きっと性格がよかったらもっと人気出そうなのに。あと髪の毛五センチ切って、ひげそって健康的な筋肉つけたら結構イケメンなんだろうな、なんて、わりと修正箇所の多いほめ言葉を心の中でつぶやく。
「え、でも」
うまくできそうにない、そう小さい声でそう反論しようとして、ギロリとにらまれる。ひええ、目だけで人殺せるよ。
「分かりました」
気の乗らない気持ちを前面におしだしたトーンだったのに、その言葉に満足したように、イチゴ先生は去っていってしまった。
 言ってから、断ればよかった、と後悔した。まあ、しょうがないか。雑草枯らす薬、とりあえず買ってこようか。あと友達何人か呼ぶべきかな。しばらく廊下から中庭を見つめ、僕はそこを立ち去った。

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