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映画・ドラマ

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#映画感想

ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』

ヨルゴス・ランティモス『哀れなるものたち』

賞レースを席巻中の話題作。オスカーの主演女優賞はリリー・グラッドストーンとエマストーンのどちらが獲るんだろう。寡黙な演技の前者と身振り含め多弁な演技の後者のどちらを賞に相応しいとみるかはもはや好みの問題だし、芥川賞よろしく二名同時受賞でも誰も文句言わないと思うくらい良い演技だった。

原作にみられた「アラスター・グレイが拾った手記を編集している」多層的な語りの構造は、ベラに内的焦点化された目線で統

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ビクトル・エリセ『瞳をとじて』

ビクトル・エリセ『瞳をとじて』

 エリセは本作品のテーマを「アイデンティティと記憶」と表現しつつ、自身のフィルモグラフィや映画史に対する目配せ(その対象はリュミエール、ジョン・ウェイン、ドライヤーなど多岐にわたる)を映画内に散りばめている。映画監督ミゲルが過去のフィルムの中に自身(または友人)のアイデンティティを見出そうとするように、エリセ自身も本作品において自己の作風を再確認しているような手つきが感じられる。この映画においてそ

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エドワード・ヤンの恋愛時代

エドワード・ヤンの恋愛時代

エドワード・ヤンの長編5作目。『牯嶺街少年殺人事件』の次作にあたる。序盤は前作との作風変化に面食らったが、中盤以降で開示されていく作品のテーマは根本的に前作以前や以後と通底している。『牯嶺街少年殺人事件』と『ヤンヤン 夏の想い出』を繋ぐ結節点としてこの作品を捉えることで、エドワード・ヤンという作家をより深く理解できるのではと思えた。

牯嶺街少年殺人事件が、一人の少年が凶行に至るまでを描いた闇の青

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シャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」

シャンタル・アケルマン「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」

6年前に夫を失い、16歳になる息子と二人暮らしをしている女性の3日間を3時間21分かけて描いた映画。劇伴は一切ないが、延々と反復して続けられる家事の音が、いつの間にか一つのリズムを作り、長尺の映画の間延びを防いでいる。映画の大半を家(買い物に出る時は外)を動き回る主婦を定点的に映すカットが占めるが、主婦が部屋を出る時に部屋の電灯を消す音、そして一気に灯りを失う画面全体が、映画にハッとさせるような抑

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濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』

「寝ても覚めても」に続く、濱口竜介の商業映画2作目。「親密さ」「ハッピーアワー」が人生ベスト級に好きな映画であるため、この作品の公開を心待ちにしていた。本作の骨組みは村上春樹「ドライブ・マイ・カー」(『女のいない男たち』所収)である。また『女のいない男たち』に収められた「シェエラザード」に登場する主婦の設定が家福の妻である音の設定に、「木野」で妻の浮気を目撃する男の設定がそのまま家福の人物設定に用

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8 1/2

8 1/2

映画とは、あくまで世界の不完全な再現に過ぎない。役者の演技、衣装、小道具、台詞、照明、音響、といった構成要素は、それぞれ世界の一通りの解釈を示す記号であり、世界そのものに対する代替品としてスクリーン上で像を結ぶ。それは、味覚/嗅覚/色覚/触覚を欠く夢のように、ふらりと立ち現れた虚像である。我々は外界から隔絶された暗い部屋に自ら入り、その虚像を見つめ続けている。

自身の分身ともとれる映画監督グイド

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はちどり

はちどり

ハチドリ は鳥綱アマツバメ目(ヨタカ目とする説もあり)ハチドリ科に分類される構成種の総称。毎秒約55回、最高で約80回の高速ではばたき、空中で静止するホバリング飛翔を行う。「ブンブン」 とハチと同様の羽音を立てるため、ハチドリ(蜂鳥)と名付けられた。英語ではハミングバード Hummingbird で、こちらも同様にハチの羽音(英語における擬音語が hum)から来ている。足は退化しており、枝にとまる

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WAVES

WAVES

アメリカのティーンエイジャーを描いた“青春映画“を見るたびに、「頼むから車に乗ってる時は運転に集中してくれ」と思ってしまう。こいつらがめっちゃ口論してる間に、いきなり横から車が突っ込んできた挙句、流血しながら好き勝手ドラムをバカスカ叩いてそのままエンドロールになるんじゃねぇかという疑念が湧いてきて、色んな意味で気が気でない。あとパーティーで過剰なまでにはしゃいでる様子も職業柄すごく気になる。あの場

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