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ギフテッド支援よりも大切なこと…あらゆる個性の受け入れを

2022年8月7日。文部科学省が来年度からギフテッドの支援に乗り出すというニュースが、世間を駆け巡りました。ギフテッドとは、突出した才能の持ち主のこと。私はその一報に触れたとき、なぜか知り合いのKちゃんのことを思い出しました。

Kちゃんこそまさにギフテッド。写真よりもリアルな絵を描くことができました。それなのにどこか自信なさげで、もっとちゃんと働けるようになりたいと、嘆いていた女の子です。

私はKちゃんのような子が、才能を伸ばせるような支援があるのは嬉しいです。でもそれ以上に、あらゆる個性が受け入れられるような支援を願わずにはいられません。

絵のギフテッド・Kちゃんとの出会い

私がKちゃんと出会ったのは、約7年前。自身に発達障害があることが見つかり、もっと自分らしく働ける環境に転職しようと、職業センターに通っていたときのことです。そのセンターでは、知的障害や精神障害のある人たちが集まって、就職をめざして訓練していました。

自己紹介の場において、

「趣味は美術館めぐりで、葛飾北斎の絵に特に魅かれます」

私がみんなの前でそう発言したあと、休み時間に、目をキラキラさせて近寄ってきたのがKちゃんでした。頬がふっくらとした、あどけない顔立ちの女の子です。

「あたしも絵を観るのが好きなの!北斎いいよね!」

Kちゃんはそう言って、熱っぽく芸術について語りはじめました。私はまさか、自分と同じか、それ以上にアートが好きな人とめぐり会えるなんて思っていなかったから、びっくり!Kちゃんがおもむろにスケッチブックを広げると、私はさらに度肝を抜かれました。本物にしか見えない静物画が、何枚も、何枚も、そこに息づいていたからです。

職業訓練中のKちゃんは、画伯のKちゃんと同一人物とは思えないくらい、不器用なところがありました。それでもひたむきに訓練に打ち込んでいて、今思い出すだけでも、頭が下がらずにいられません。

「こんなにも自分のことを受け入れてくれる場所は、はじめて!ここに来られて嬉しい!」

Kちゃんは笑顔で何度も語りかけてきます。私はその度に胸がツキンと痛み、後ろめたくなりました。


出る杭は打たれる?

職業センターにおいて、Kちゃんが生まれて初めて環境に適応できて感動していたころ、私は全く正反対の意味で心がうごめいていました。

私は発達障害があるとは言え、すでに自立している身。就労未経験か、経験の浅い人向けの訓練には、どこか居心地の悪さを覚えていました。

これらの訓練を受ける理由を教えてほしい。もし理由がないのなら、私は早くここを辞めたい………。そう、センターの支援員数名にお願いしていたにも関わらず、納得のいく答えはもらえません。

たとえば、データ入力の訓練のとき。周りのほとんどの子たちが、10数分間で2〜3件しか手をつけられないものを、私は15件くらい正確に処理することができました。それに対して、特に褒められることはありません。1回だけめずらしくミスをしたとき、「ほらね。この訓練をする意味があったでしょう。もっとがんばりましょうね」と支援員から言われたとき、頭をガツンと殴られたように悲しくなりました。

「出る杭は打たれる」という言葉があります。

私は今まで、発達障害の欠点ゆえに、どの職場でも馴染めませんでした。ところが、この職業センターにおいては、突出しすぎて未だかつてなく適応障害を起こしそうになりました。

(当時のことについては、こちらの記事で詳しく書いてあります↓)


あらゆる個性を受け入れる土壌を

「こんなにも自分のことを受け入れてくれる場所は、はじめて!」

こんなにも突出した才能があるにも関わらず、職業センターでこの言葉を口にしていたKちゃん。ここに来る以前は、どの場所でも欠点ばかり目を向けられていたのかと想像するだけで、やる瀬なさでいっぱいになります。

それとは別に、職業センターで浮いていた私も、「自分のことを受け入れてくれる場所」をずっと渇望していました。突出した部分を打ちのめされるのはもちろん、実は伸ばしてほしいとも思っていません。ただ、自分の存在をまるごと認めてくれる場所で、どうしても必要な時だけ手を差し伸べてくれたなら、あとは自分の力で成長したいと願っていただけです。

あらゆる個性を受け入れる土壌……それが支援の大前提だと思います。

『西村屋版大判花鳥集 芥子』葛飾北斎

種子は土に埋めたあと、それぞれの種子に合った環境さえあれば、自ずと芽生えます。薔薇の種子からは、薔薇の花が。ハルジオンの種子からは、ハルジオンの花が。どちらもそれぞれ美しい花。どちらが優れているかは、誰にも決められません。

  • 薔薇が咲きそうな種だけを選んで、温室で過剰な肥料を与える。

  • 薔薇から棘が生えそうになったら、無理に摘み取る。

  • ハルジオンが薔薇の花に変わるように育てる。

このような支援が、仮に人間を相手にされたとしたら、地団駄を踏みたくなるほど切ないことです。


葛飾北斎のようにあっけらかんと

最後に余談になりますが、私とKちゃんの好きな葛飾北斎にも、発達障害があったと言われています。

『冨嶽三十六景』「神奈川沖浪裏」葛飾北斎

北斎はカメラアイの持ち主。現実では有り得ないような波の絵も、現代のハイスピードカメラで撮影された波の写真と比べてみると、驚くほど波形が酷似しています。それは北斎が、目にした風景を瞬時に記憶して、絵画として再現できる力があった証拠でしょう。

一生涯において破天荒な創作活動を続けた北斎ですが、部屋の散らかしぶりも半端でなく、93回引っ越しをしたことは有名です。30回も改号していて、「画狂老人」「卍」なんて風変りな号を名乗っていたこともあります。

私が北斎を好きなのは、絵もさることながら、ほころびも含めた生きざまに魅かれるんですよね。あんな風に、欠点をあっけらかんと吹っ飛ばして、美点をまるまる伸ばしていきたいものです。

私は職業センターを卒業してから、Kちゃんには会っていません。どこか同じ空の下で、北斎のように……いやKちゃんらしく、絵を描き続けていてほしいと祈っています。

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