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Separation After Darkness

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短編、掌編を載せます。 幻想小説だったり(恥ずかしい)日常の一場面を切り取ったり、そうではなかったり。 私が見ている景色、感じた情景をみなさんにも共有したくて。
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#短編

ラーメンの入学式

 ―――これは、もう誰も覚えていない、世界から抹消された記憶。

 ―――アメリカがラーメンと呼ばれていた頃の、世界の記憶です。

 ―――すべての人が忘れてもいい。でも、あなたにだけはアメリカがラーメンと呼ばれていたことを覚えておいてほしい。

 ―――アメリカの入学式がラーメンの入学式だったことを、忘れないでください。

新麺生代表挨拶

 新調した暖簾が日にあざやかに映る季節となるなか、僕た

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割りきれない

 お母さんと話したあと、彼が石だったのに気付いて、呆然としたわたしはコーヒーも飲めなくなって。
 だんだん開きっぱなしの扉の気分になったからさぁ。だめだ。
 気付いたらこうして彼とはおさらばして、ずっと考えてて、でも駄目。だめ……。しばらく経って、うーん、別つ。
 ずっと屈んで腰がいたいよ。大腿骨が一番太かった。
「じゃあ一つずつ、こう考えていきましょう?」
 あんだれぱっ、と鳴く妖精さん。とうと

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ドライサーディン

今考えていることはなんですか?

それはね、たぶん、オイルサーディンのこと。ラトビア産の、おいしいやつ。あとは成城石井で買った、さくさくのポテチ。
僕はおそらくそう答える。

「暇なのね」
そうとも言う。
「なら、一緒に踊りませんか。どうせ、こんなところ、誰も来ないだろうし」

彼女はそういって、ソファに腰かけた足をぱたぱたさせる。僕は指を意味もなくぱっちんぱっちんさせる。

「僕は躍り方知らない

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誰も話さなくなった日の終わり

 誰も話さなくなった日の終わり、私はそれが夜だということに気付いた。

 どこかに落としてしまったマフラーについて考えていると、ぽつんと街灯に照らされた自販機を見つけた。誰も話さない夜は寒く、気を抜いたら凍ってしまいそうだった。温かい缶コーヒーがある。手を伸ばす。でも止めた。なぜなら温かい缶コーヒーは温かくなくなる。今の私は冷えが、例えスチールにでも染みていくという事実を受け入れることが出来なかっ

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「とげ」

 このままでは私は死んでしまう。何しろとげが刺さっているのだから。
 向こうの部屋では、あいつが今か今かと、目を緑色に光らせて、私が死ぬのを待っている。
 そう思う度、死んでたまるかと悔しさでいっぱいになる。
 足音が聞こえた。微かにだが、はっきり聞こえた。トンネルに反響して、私を叩く。奴はその音にビビり、さらに奥の方まで引っ込んで行ってしまった。もっと音は近くなる。やがて、その音は近くで止まり、

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アスパラガスは夜の沈黙

アスパラガスは夜の沈黙

たくさんさける。いやなことから裂ける。

いやなことを避ける。いやなことだって咲ける。

激しく芽が出る。

人間の元に突如として現れた緑色の細長い植物。それは人をストレスから解放した。それを握って「turn(曲がれ、さけろ、回せ、ひねろ、切り替えろ、といった方向の転換)」と願うと、それは分裂し、二つになった。新しくできたそれには人の嫌な気持ちが詰まっていた。それは回収装置によって拾われ、どこかに

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