ロング_NOTE

ロングボーダーの憂鬱 総合ページ

● 第一話 Don't Let Me Down

 ──最低だ。
 なんだってこんなことになっちゃったんだ?
 新垣海は戻されたテスト用紙を見つめながら呆然としていた。
 ──確かに、勉強なんて手についていなかったさ。それは認めるよ。でも、この点数は……。
 受け取ったテスト用紙に書かれた赤い数字を見た瞬間、目の前が真っ暗になっていた。
 頭から血の気が引いて、背中にはじっとりと冷たい汗を感じながら、海はただただテスト用紙を見つめた。絶望感という言葉の意味を、いまはじめて身をもって体験している自分に、大きな戸惑いを感じながら、半ば泣きそうになっていた。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った途端、海は教室を飛び出していた。
「新垣!」
 続く

● 第二話 Rough Boy

 京急新逗子駅を出て新逗子通りをJR逗子駅の方へ向かって歩くとほどなく左側に半地下の入り口が見えてくる。「Rough Boy」の看板が出ていた。
 階段を降りきってドアを開けると左側にはL字型のカウンターが、右側にはテーブル席が三つ並んでいる。壁は木目が横に走り、飴色にも似たアンダーな色調が店全体を落ち着いたものにしていた。
 カウンターの奥には棚が設えてあり、さまざまな酒瓶が並んでいた。入り口近くにはバーボンやウインスキーなどが並べられていて、店の奥側にはスピリッツ類や焼酎、さらには中には日本酒もあった。
 カウンターの中にろくさんがいる。
 腕組みをしながら向かい側の壁にある時計を見ていた。
 やがて時計の針は17時を差そうとしていた。
 ろくさんはひとり頷くと店内に音楽を流した。ZZ Topの「Rough Boy」だ。この店の名前もここから取っていた。店内に流れるギターのリフを確認すると、ろくさんが声をかけた。
「真夏ちゃん、看板頼む」
 続く

● 第三話 Every Breath You Take

お盆を過ぎても逗子海岸は海水浴客で賑わっていた。砂浜の至るところにビーチシートが広げられ、空いている場所を探すのが難しいほどだ。海岸全体にさまざまな人の声がこだまして雑然としていた。
 強めのオンショアが、荒めの波とともに海岸へと吹いている。いつもよりも大きめの潮騒が海岸全体に響いていた。蒼い空と碧い海。強烈な陽がいつものように煌めいている。
 午後三時。
 その陽射しはまるで時間を忘れたように強烈に照り続けていた。
 ──暑い……。
 湿気をたっぷりと含んだ潮風が海から吹きつけてくる。そのたびに美里の前髪がまるで弄ばれるように揺れた。掻き上げても掻き上げても風が吹きつけるたびにその前髪が顔にかかる。美里は諦めてその前髪を耳の上にかけた。
 続く

●第四話 How Can You Mend a Broken Heart

夏休みが終わってから十日ほど経っていた。
 逗子の海岸では海の家の撤去の工事の真っ最中だった。
 ──海水浴が終わったら、俺たちの海開きだから。
 叔父の長坂祐司がいっていた言葉の意味を、いまなら海は実感することができた。海水浴エリアを区切っていたロープがなくなった逗子の海は、確かに広々と見えた。
 ──海開きだ。
 早朝の逗子海岸。ちょうどいい感じのうねりが入っていた。膝から腰あたりの波が次々にやってくる。
 海は前の夜から海に出る準備をすると、まだ始発からさほど時間の経っていない電車に飛び乗り、逗子へやってきていた。叔父の祐司の家に寄って、海へ出る支度をするとそのままボードを抱えて海へ出る。
 波が入る日はこれが日課になっていた。
 続く

●第五話 Wish You Were Here

 ──やっちゃった……。
 美奈海は走りながら心の中で舌打ちしていた。
 ピンク色のランドセルがそのちいさな背中で揺れている。田越川の横を走りながら小学校へと急いでいた。心なしか頬を膨らませながら、必死に走った。汗が滲んでやがてその額には玉のような汗が浮かんでくる。けれど、そんなことは構わずに走った。
 ──遅刻しちゃう……。
 朝、いつものように起きてベッドから出たつもりだった。ろくさんの、朝だ起きろの声をしっかりと聞いた覚えはあった。そして起きたはずだった。でも……。
 改めて眼を醒ましてみると静まりかえった部屋で寝てしまっていた。そんなに長い時間ではなかった。けれど、小学校に間に合う時間をすこしだけ過ぎていた。
 続く

●第六話 Fire and Rain

 ボードが波を捉える。
 足下から波を滑っていく感触が伝わってくる。そのまま足を交差させてボードの前へと移動していく。両足を揃えて足の指十本をノーズに引っかけると、ろくさんは両手を広げて前を見た。ハングテンだ。
 風がろくさんの全身を包む。長めの髪をその風が弄ぶ。足下からはボードに波がぶつかる心地いい音が響いてくる。
 そのまま足を交差させてボードの中央に戻ると、腰を屈めるようにして今度はボトムターンをはじめた。それからリップ目がけて駆け上がる。そしてもう一度駆け下りて、そこでその波からプルアウトした。
 続く

●第七話 I'm Yours

 カーテンの隙間から差し込む陽射しで眼を醒ました。
 美奈海はベッドの中で大きく伸びをすると上体を起こして、耳を澄ました。どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 ベッドから出ると美奈海はカーテンを開けた。十月の最初の土曜日にしては強めの陽射しが飛び込んでくる。その陽射しの暖かさはとても気持ちのいいものだった。
 美奈海は着替えると階段を降りていった。
 人の気配を感じて途中で足を止めた。ダイニングの方をそっと伺いながら、静かに下まで降りる。
 続く

●第八話 Better Together

颱風シーズンは終わったはずだったのに、まるで迷い込んだいたずらっ子のようにそれは近づいてきていた。それも大型の颱風だった。まだ日本まではかなり距離があったのに、その週の中頃にはうねりが海岸に届くようになっていた。
 空を覆い尽くしているのは一面の雲。灰色のグラデーションが、輝いているはずの陽射しを隠すように空を塗りつぶしていた。眼に映るすべての景色がくすんで見える。海もまた鈍色に沈んでいた。
 ビーチブレイクを求めて、波に憑かれた人たちがそんな海岸に集まっていた。
 金曜日の朝。
 海もまた波に憑かれたひとりとして逗子海岸にいた。
 続く

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そんな彼とひとり娘にまつわる物語が短編連作の長編で紡がれていきます。
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