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小説 -DAWN OF AKARI- 奏撃(そうげき)の い・ろ・は(10)

10







 突然、二人組の黒服の男達がアレイスターに襲い掛かってきた。
 ソーホーの裏通りにある日本料理店『バンザイダイニング』の通りに面している入り口付近だった。アレイスターがちょうど店に入ろうとしたところを襲われたのだ。
「何者だ!?」
 アレイスターの問いに黒服の男達は全く答えない。
 最初は酔っ払いが搦んできたのかと思った。しかし男達の機敏な動きから、ただ者ではないのが直ぐに判った。MPSで格闘術のトレーニングをしているアレイスターでさえも防戦一方だったのだ。

 一足一刀の間合いで、黒服の男が繰り出してきた拳がアレイスターの顎に当届く直前だった。
 殴りかかってきた黒服の男の方が、アレイスターの目前で、まるで見えない自動車にでも追突されたみたいに、悲鳴ともつかぬ呻り声を上げながら勢いよく後ろに吹っ飛んだ。
 そして、今まで黒服の男が居たその場所には、艶やかな黒紫の髪を後ろで束ね、マーガレット・ハウエルの白いシャツに、ハイウェストなデニムパンツ、足元にはラッセルアンドブロムリーの黒いアンクルブーツを履いた脚長美の女性が立っていた。
 アレイスターにとっては見覚えのある女性だった。
「――レナさん!? レナさんですよね、アレイスターです。お久しぶりです……MPS本部でお会いしてから1年ぶりぐらいですかね……」
 ブラックサインコーポレーション(BSC)CEOのレナ・シュミットだった。
 目にも留まらぬ速さで黒服の男の懐に入り込んだ彼女が、黒服の男に放った一撃は、寸勁(すんけい)と呼ばれ、相手に触れるか触れないかの零距離(ゼロレンジ)から、テイクバックせず僅かな動作だけで破壊力のある拳を相手に当てるジークンドーの技だった。
 仲間が一瞬にして吹っ飛ぶという信じられない光景を傍らで目撃したもう一人の男も、懐からボーカー(BOKER)のダガー(諸刃)ナイフを取り出しレナに襲い掛かってきた。
 彼女は俊敏なステップ動作で身体のセンターライン(正中線)を相手から逸らすと、同時に両腕をクロスさせて素早く振り下ろし、ナイフを持った相手の腕を挟み込み、そのまま腕を絡め取った状態で相手の身体ごと回転させ、一気に相手の手首関節を極めてナイフをディザーム(武装解除)した。そして間髪入れずに、相手の腹部と顎を蹴り上げた。

 店の外の喧噪さに気づいた『バンザイダイニング』マスターのサミー・ジェイが慌てて出てきた。
「なんだっ! 何があった?」
 路上に倒れている男達を確認するとサミーは携帯を取り出した。
「警察に電話を……」
「――いい、俺がその警察だ。マスター、とりあえず何か縛る物を頼む」 
 警察に電話を掛けようとするサミーを制しながらアレイスターが言った。
 アレイスターはサミーから荷造り用ガムテープを受け取ると男達を後ろ手に拘束した。
 その時偶然にも、ボディ横に『Metropolitan Police』と青地のマークが描かれたヒュンダイi30が、店の前の通りの交差点にゆっくりと差し掛かった。ソーホー地区をパトロール中のポリスカーだった。
 アレイスターは合図を送ってポリスカーを呼び止めると、警官に事情を説明した。すると警邏中の警官は拘束した男二人を車に押し込み、署まで連行した。
 アレイスターは、助けてくれたレナと一緒にサミーの店に入った。

「ありがとうございます」
 アレイスターは、先ず助けてくれた礼を言った。
「ところでレナさん、何故ここに?」
「あら、私もたまにはソーホーで呑むのよ。老舗酒屋ミルロイズの本棚の奥にある地下のBARは結構お気に入りなのよ――というよりも、今日はこののマスターに用があったんだけどね」
 とカウンターのマスターをチラ見しながらレナは言った。
 サミーは、冷蔵庫から取り出した2本の瓶の栓を抜いて、カウンター越しから二人に差し出した。舌を出した犬がトレードマークのボタニカルブランドのコーラだった。
「さっぱりするぜ」
 サミーの奨めに、アレイスターは瓶を掴み一気に飲み出した。のどごしが良く後からくるショウガの香りが口の中に拡がった。
「――好奇心(CURIOSITY)……か」
 レナが瓶のラベルを眺めながら呟いた。
「ところで警部さん、結構熱狂的なファンが多いみたいね。あなたのサインでも貰うつもりだったのかしらね、彼ら――心当たりはあるの?」
 レナが言っているのは先ほどの黒服の男達の事だ。
「まあ、こういう(警察官)の仕事をしていると、逆恨みとかで街で突然搦まれる事はよくあるんでね……ただ、見覚えないんだが……何か格闘のトレーニングをしている感じだったなぁ……素人じゃないと思うけど――あ、マスター、コーラ美味しかったよありがとう」
 アレイスターは飲み干した空の瓶をサミーに渡しながら言った。
 その時、アレイスターの懐でマナーモードの携帯が振動した。
「――え?! わかった今すぐ向かう」
 署からの電話だった。
「どうしたの?」
 それを横で聞いていたレナが聞いた。
「さっき、俺を襲った連中を乗せたパトロールカーが、連行途中で事故ったらしい。悪いけど、ちょっと行かなきゃ……申し訳ないが、レナさんは此処で待っててくれないか。どうしてもあなたに聞きたいことがあるんだ――マスターまた後で来からラーメンはその時で。今のはツケといて」
 そう言いながらアレイスターは慌てて店を出て行った。

 アレイスターが扉を閉めると、突然店の中が静かになった。
 その静けさの中で、レナが話しを切り出した。
「サミー、貴方が此処ソーホーで情報屋として生きていくために、いつも中立な立ち位置だというのはよく解るわ。仕事上私も貴方との付き合いも長いし、お互い” Win-Win or NoーDeal ”の関係でこれまでやってこれたのもそのお陰なんだけど……」
 サミーは小さく頷いた。
「ところで、此処からは私の独り言だと思って聴いてね。……2年前の事だけど、宝石強奪事件で開催中止になった展示イベントを憶えてる? そのイベントに警備スタッフを出向させていた我が社は、警備上の不備を問われてかなり社会的ダメージを被ったので記憶にあるでしょ。実はそのイベント、表向きは英国と大英博物館の主催になっていたけど、裏では現地手配から運営に至る全てにおいて、アレイオーン・ファイナンシャル・グループが仕切ってたんだけど……何故かしら?」
 レナはそう言うと空瓶を渡した。
 サミーは「これが答えさ」と言わんばかりに、受け取った空瓶を持つ手を上に挙げ、少しだけ振って見せた。
「サービスだ。――で、今日は何味のラーメンを?」
 この店で客に出されるラーメンが一種類のみしか無いのにも関わらず、味を訊ねるのは、情報屋の客に対するサミーのいつもの挨拶だった。
「――でね~、ねえサミー、あんたは東方聖堂騎士団と言うのをご存知かしら? その組織にとって今年は何か重要な年みたいなんけどね」
 レナは質問を続けた。
「O.T.O.” Ordo Templi Orientis ”のことか? 以前、宗教関連の歴史書かなにかで読んだか、どこかで聞いたことあるのだが……それが何か?」
 そう言いながら、サミーは頭の中でそれについて思い当たる事を次々と口にした。
「――確か、その流れを汲むグノーシス主義者の新興秘密結社カイオン(KION)が最近やたらと裏社会で暗躍いているようだが……アレイオーン・ファイナンシャル・グループの幹部の中にもカイオンの主要メンバーがいるという話しを聞くが……ん! そうか、そう言う事か、態々英国までメネスの涙を空輸させておいて最初から強奪する手筈だったという事か。ということは何らかの儀式のレリック(聖遺物)としてメネスの涙を利用するつもりなか……彼らは一体全体なにを?」
 そう言いながら、サミーは寸胴鍋を火に掛けた。
 その時、店の扉が開いた。其所には黒縁のオリバー ゴールドスミスの眼鏡の男が立っていた。MPSのマシュー・スミスだ。
「相変わらず気色悪いドラマ流してるな」
 カウンター横の壁掛けテレビの映像を見ながらマットは言った。
「あら、誰かと思えば知らない人じゃ無いわね」
 カウンター席に座ったマットにレナが話しかけた。
「――これはこれは、BSCの社長さん、『メネスの涙』強奪事件からお目に掛かる機会が何故か増えましたね……で、今日は此処のラーメンですか? 此処のはなかなか他の店では食べられない味なんで結構オススメですよ」
「ええ、ありがとう、いただくわ。ところでマシューさん、私はその事件以前から貴方を存じ上げてますわ」
「マットと呼んでくれ。ほほう――で、それ以前ってのは?」
「私共BSCは保安局(MI5)や秘密情報部(SIS又はMI6)、政府通信本部(GCHQ)とは戦略的業務提携を結んでいます。守秘義務があるのでこれ以上多くは言えませんが、貴方がMI5の職員で、MPSに監視対象者の内偵調査のために秘密裡に出向しているのは存じていますわ」
 レナの意表を突く発言に、マットとサミーは顔を見合わせた。
「――あんた? 何処で……そうか、だったら話しが早い。監視対象者の内偵についてなんだが、刻々と移り変わる状況変化に、我々MI5の潜入班だけでは正直対応しきれなくなっているんだ。そこで提案なんだが、その我々がやっている対象者の内偵業務のアウトソーシングというか……貴方と監視対象者の情報を共有して、より一層調査を進めたいのだが、どうだろうか? 当然この件は正式に上には話すが……」
「その件については社に戻って後日回答するわ。で、その監視対象者っていうのは――アレイスター警部の事よね」
 レナは監視対象者の名前を、マットが言うより先に言い当てた。
「――参ったなあ……ああ、確かにそうだ。公安局では国内諸団体や国際テロ組織に対する情報の収集・分析をおこなっているのは知ってるだろ? その過程で異能者と呼ばれる特殊能力者の保護と監視もおこなっている。実は彼もその対象者なんだが……」
 と、レードルで火に掛けた寸胴のスープを混ぜていたサミーを指さしながらマットは続けた。
「サミーは、目の前の人物の未来のヴィジョンを予見する事が出来る千里眼(クレアボヤンス)能力者で、我々が保護したんだ。その後公安局管理下で、彼には一般社会で生活してもらいながら、我々に色々協力してもらっている。情報屋としても有能なんでね。無論ラーメン職人としての腕も一流だが」
「アレイスターは?」
 レナが聞いた。
「彼の特殊能力については、肉体的に常人を越えた驚異的な回復力を持っているというのは解ってるのだが、それ以外の能力については不明な部分が多い。
 アレイスターを以前――此処に連れてきて、初めてサミーに会わせた時に彼を透視してもらったんだが、アレイスターを透視した時のヴィジョンが、普通の人間とは異なる特殊なものだったそうだ。通常はその人物の未来に繋がるヴィジョンだというのだが、アレイスターの場合はリアリティ・マーブル” Reality Marble "と呼ばれる自身の心象風景と内包的宇宙が具現化された特殊なヴィジョンだったそうだ」
 サミーは頷きながらマットの話を聞いていた。
「アレイスターの経歴というか、幼い頃はどうだったの? 両親を事故で失って里親に育てられたという話は、以前本人から聞いたけど」
 レナがマットに畳み掛けるように質問した。
「彼の父親は旅回りの奇術師で、とあるサーカス公演での準備中の事故で、トリックのネタが引火して全身火傷を負って病院に運ばれたが、手の施しようがなくて亡くなったそうだ。母親もその病院に駆けつける途中で、交通事故に会い即死だったようだ。アレイスターはその時、同時に両親を失ったショックで記憶障害を起こし、今でもその前後の記憶が抜け落ちてしまっているようだ。あと、彼のコリンズ姓は養父母の名字だという事だ」
 マットの答えを聞きながらレナが口を挟んだ。
「ちょっと、仮定の話をしていいかしら――例えば、その奇術師の親がもしもグノーシス主義者だったとしたら? 養父母のコリンズ家がもしかしたら……そうだとしたら?」
 カウンターの向こうで聞いていたサミーが、レナの発言に驚いて持っていたレードルを落とした。
「まさか? アレイスターって、その名前は――ということはカイオンの儀式っていうのは!!」
 そう言い放ったサミーの顔色がすっと青ざめた。
 驚くサミーを横目にマットが訊き返した。
「其れってどういうことなんだ?!」
レナは続けた。
「アレイスター……そうね、その名前で歴史的に有名なのが……そう! クロウリーね」
「――アレイスター……クロウリー?!」
 マットが呟いた。
「アレイスター・クロウリー、20世紀の大魔術師よ。もしも、私の仮定が事実なら『ルクソールの秘宝展』とアレイオーン・グループ、そしてアレイスター……偶然じゃ無いわよね」


――――物語は11に続く――――

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