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小説 -DAWN OF AKARI- 奏撃(そうげき)の い・ろ・は(03)

 わたしが、当時「ABC of AKARI」のクラウドファンドプロジェクトのお手伝いをする事になった時、(それについてはBlenderとの関わりを書いている別のコラムで後日紹介したいと思いますが)「ABC of AKARI」の物語についてAnigoAnimation CEO ヴィセンテ・カルロに尋ねた事があります。その際に彼から帰ってきた回答が、登場人物とストーリーがちょっと曖昧だったので、プロジェクトとしてそれを具体化して皆さんに紹介することが難しいと感じました。それと彼の中ではクラウドファンディングなのでストレッチゴールのようにファンのアイデアでどんどん変化してもいいみたいな感じでした。
 しかしながら、それでは物語の中心核となる部分の輪郭が曖昧で、ストロングストーリーにはほど遠くなるので、色々な可能性を含め昼夜を問わずメールとFacebookメッセンジャーでディスカッションしたのを今でも思えています。お互いに好きな映画とか、モチーフとか……
 結局は未達に終わったプロジェクトですが、色々とアカリの活躍に思いを巡らした日々が懐かしいです。
 プロジェクト終了から何年も経ちますが、(機会を失ったまま)いまだに主人公アカリについて明かされることは無く、今でも彼女は謎のままです。
 そこで私は、アレイスターというこの物語では重要な登場人物(元の「ABC of AKARI」の設定のみの活用で、この物語ではそれ以外全て独自のキャラに造り替えています。名前自体も色々な可能性のヒントなのですが……)の視点を借りながら、少しでも彼女の謎が解明出来たらと考え、今回筆を執った次第です。


 ――足許から微か5メートルほど先しか視認することができないほどの深い霧の中。アレイスターはひたすら歩いていた。此処が何処なのか、自分がいったい何処に行くのか解らないまま――ただひたすらに。
「体中に纏わり付く濃霧が方向感覚をも狂わせてしまう」
 アレイスターは感じていた。

 しばらく彷徨っていると、何本もの帯状の光が霧に反射して輝きだした。彼を取り囲むスポットライトだった。眩しい光の向こう側に目を凝らすと、薄らと巨大な円錐形のシルエットが視えた。
 さらに近づけば、それが赤とベージュ色のストライプ模様のキャンパス地のサーカステントだと理解できた。円錐の屋根の天辺には六つの頂点を持つ一筆書き状の奇妙な星(六芒星)が描かれた大きな旗がはためいていた。アレイスターはそれを見た瞬間――自分でも突然何故そう感じたのか理解出来なかったが――既視感を抱いていた。
 彼は、風に舞う旗とスポットライトに導かれるようにテントの中に入っていった。
 テントの中は広々としていて高い天井からは二基の空中ブランコが垂れ下がりその下には巨大な安全用ネットが張られていた。
 ネットの下は、中央部に円形の大きな舞台、そして舞台を取り囲んで見下ろすように階段状の客席が放射状に設置されていた。間違いなくサーカステントだ。
 客席の最前列から声が聞こえた。
「開演1時間前!」
 会場のスタッフ達が照明や音響テストを繰り返している。
 中央のステージでは公演のリハーサルを入念にしている一人の手品師いた。手品師は腰ほどの高さのテーブルを用意した。そして、左手に持ったカードの束の中から何枚かのカードを選んでそのテーブルに並べていった。アレイスターはこの光景をどこかで見たことがあると思った。しかしどれだけ記憶を探っても何故か思い出すことが出来ない。
 アレイスターはゆっくりとステージに近寄った。
 彼が近づくと手品師は手を止めてその顔を上げた。
「……お前!?」
 手品師の顔をのぞき込んだ時、記憶の片隅にある何かが弾け飛んだ感じがした。と同時に己の体が熱くなるのを感じた。
 その時、突然アレイスターの着ている服の袖や隙間から白い煙が出始めた。そして、それはしだいに青白い炎に変わり、彼はその炎に包まれながらその場に崩れ落ちた。体中に激痛が走った。
「うわぁああぁぁあ……!」

 男の大きな手がリズミカルに胸を押していた。胸骨圧迫による心肺蘇生だった。
「胸骨圧迫中断、VFショックします」
胸壁に取り付けた電極(パッド)に通電した瞬間、アレイスターの身体が俎板で跳ねる海老のように宙に浮いた。
 霧の中を彷徨っていた彼の意識は除細動カウンターショック(Direct Cardioversion; DC)により、レディングの森の別荘に引き戻され、稲妻のような通電の痛みが頭を貫いた。それが収まってくると同時に打撲や裂傷による全身の激痛にすり替わった。リアルな痛みだった。
「心拍数安定、よしこのまま救急病院に搬送する」
それは爆発炎上中の別荘の消火および救助活動に当たっていたレスキュー隊員の声だった。
 サイレンの音が森に響いていた。



「アレイスター!」
 机を挟んで向こう側から呼ぶ声がした。
 部屋の壁掛け時計は午後8時を指している。窓から差し込む太陽の日差しはまだ高く、とても夜とは思えないくらいに明るい6月のロンドン。
 アレイスターは、MPS本部 (ニュースコットランドヤード)でロンドン市内で頻繁に発生しているなぞの失踪事件の調査報告書を作成中だった。
「……居眠りか?」
 目頭をつまみながらアレイスターが顔を上げた。机の上に無造作に置かれたアルミフレームの小さな卓上ミラーに映った自分の顔はかなり疲れていた。彼は眠気から、書類整理の最中に意識を失ったのだ。しかもその一瞬の間に嫌な夢をみた。
「お疲れのようだな、悪い夢でも視たのか? 魘されていたぞ」
 そう言って彼の背後から肩を手のひらでポンと叩いたのは同僚のマシュー・スミス(通称マット)だった。マットは少々細身だが体格のしっかりした男で、黒縁のオリバー ゴールドスミスの眼鏡の奥にヘーゼルの瞳、臙脂(バーガンディー)のターンブル&アッサーのシャツを着こなした様が、まるで空飛ぶ有名なアメコミヒーローの変身前の男前だがちょっと冴えない新聞記者みたいな風貌だった。
「ああ、時々同じような変な夢を……1年前の出来事のフラシュバックかもな……」
「――なる程、しかしお前よく死ななかったなあ」
 マットは続けた。
「病院に運ばれた直後のお前さんはというと、爆発で飛び散った破片が、まるでマシンガンで蜂の巣にされたかのように体中に刺さっていて、とても生きているとは思えなかったよ……それが1年で現場復帰出来るとは、お前の回復力には驚いたぜ」
 1年前、アレイスターはレディングのアリシマ邸の事件の捜査中に爆発事故に巻き込まれて瀕死の重傷を負った。それはとても回復の見込みが無いと思われるほどの怪我で、搬送先の救急病院では一度は死の淵を彷徨った。しかしそれがなんと、わずか三週間で完治したのだ。
 彼が救急搬送運された病院が、偶然にも最先端の再生医療システムを導入しているアリシマ・ノーラン記念財団総合病院だったのも運がよかった。自己の皮膚を細胞をベースに全層創傷皮膚の治癒を促進する最新のスキン3Dバイオプリンティングシステムがアレイスターの裂傷と火傷の修復治療に使われて、それは治療を担当した医者も驚くほどの驚異的な快復だった。退院後はリハビリと自宅療養に時間を費やしたが、先月末に現場復帰となっていた。

「捜査資料を持ってこっちに来てくれ」
 マットが手招きをし、アレイスターを自分のデスクに来るように誘った。近寄ると彼は掛けている眼鏡の鼻当ての辺りを指で押さえながら、目の前にあるデスクトップパソコンのLEDディスプレィを指差した。
 アレイスターがディスプレイを覗き込むとマットが切り出した。
「ここ最近の失踪事件現場付近の監視カメラ映像を調べてたんだが……捜査資料を」
 そう言ってマットはアレイスターから渡された報告書の資料に目を通しながら呟いた。
「さっき報告書を作成してた事件だが、ピカデリーサーカスで消息を絶った男性か? 6月13日午後7時半、男性の名前は……リチャード・ガストン。シティの銀行街に通うシステムエンジニア。彼の日常などに変わったところは無し……趣味は模型製作……オタクか? よく分からんなぁ……事件当日は、エロス像の前で友人と待ち合わせ中に……」
 一通り報告書に目を通すとマットは、ディスプレイ上にピカデリーサーカス付近に設置されている監視カメラの映像データファイルを読み込んだ。
 ロンドンではテロや凶悪犯罪を未然に防ぐために、重要な施設や各場所に多くの監視カメラだ設置されている。
 一部の場所で最近試験的に導入されたのが、不審者を自動検知することが出来る画像解析システムを搭載したエルシス社という露製の監視カメラだ。このカメラは撮影対象人物の精神状態を過去の過去の十万人以上の被験者の実験データを基にした『オーラ』とよばれる識別方法で可視化し、その人物の危険性をら自動的に判断し画像を残すことができる。ピカデリーサーカスの付近にもこのカメラシステムが設置されていた。
「アレイスター、このカメラは対象となる人物の精神状態を『可視化』 することでそこに潜む犯罪性をいち早く察知するんだ。ほら見てみろ! 顔の周りに赤い色が付いているだろ。これが犯罪の可能性を示しているんだ。さて、そこで俺の出番なんだが! たとえば……こいつ。この赤いマーキングされている鼬みたいな顔の男なんだけど、記憶によれば、奴の名はジェレミー・コリー、麻薬(ヤク)の密売人だ! あと、こっちの眼鏡の痩せてる男は詐欺の常習犯のゲイリー・ヒックス……」
 マットは人類の2パーセントほどしかいないと言われるスーパーレコグナイザー(超認識能力者)だった。その並外れた記憶力で一度見たことのある人の顔はほぼ完璧に記憶していた。彼のおかげで実際に解決した難事件も数多く、ここの犯罪者や失踪届けなどのデータベースにある写真も彼の頭の中にほとんど記憶されている。
 アレイスターは、最新の監視カメラとマットの記憶力があればロンドンの守りは鉄壁なんじゃないかと、冗談を言おうとしたがすぐに飲み込んだ。
「で、この監視カメラで検知された中にとても興味深い映像があったんだ。アレイスター見てくれ」
 マットは画面を見ながらマウスを操作して、ひとつフォルダが開いた。フォルダの中身は監視カメラの録画データから切り取られた静止画像ファイルだ。
 彼はその中からファイルを一つを選んで、耳の尖った犬かキツネのようなアイコンの画像処理ソフトにドラッグして放り込んだ。
 ソフトは『GIMP』というタイトルのスプラッシュ画像を表示しながら起動した。
「なあアレイスター、この子に見覚えはないか?」
「――これは!」
 アレイスターは無意識に自分の左手の甲をさすった。
「まだ痛むか?」
 アレイスターのその様子を見てマットが言った。
「いや、大丈夫だ」
 別荘襲撃事件の捜査中に発生した爆発事故の後遺症だ。それ以外は全て元通り回復したのだが、何故か左手の甲の小さな火傷跡だけは最先端のバイオプリンティング治療でも完治出来ず今でも時々チリチリと痛む。
「ちょっとピントが甘いけど、輪郭補正とかしなくてもいいかい?」
 と、マット。
「ああ必要ない。大丈夫だ……この顔には見覚えがある!」
 忘れもしない、捜査中に幾度となく見た写真の人物だった。
 そこに映っていたのは、別荘襲撃事件でジョン・アリシマ氏とともに行方不明になっている彼の娘、アカリ・アリシマだった。
 イギリス国家にとってアリシマ氏が余程重要人物だったのかどうかは知る由も無いが、上層部からの様々な妨害や圧力で捜査は難航していた。捜査担当だったアレイスターも入院中だった事もあって事件担当を外れ、一家失踪についての有力な手がかりは現在も何一つ見つかっていない。
「アカリ……」
 多少当時の面影が残るものの、そこに映っている彼女は1年前の捜査資料の写真とは明らかに違っていた。赤く染めた髪の毛、厚めの化粧、そして派手な衣装は、まるでコールガールのような印象だった。
「カメラは何処に?」
 アレイスターがマットに聞いた。
「えーと、こいつが設置されているのは……ソーホー地区だな」
 ソーホー、そこはロンドンで一番の歓楽街だ。少女が撮影された場所はピカデリーサーカス広場北側で、リージェント通りの東側エリアだった。
「日付データによると……6月13日。ちょうど君が報告書を書いていた男、リチャード・ガストンが失踪した40分前の影像だ」
 ファイルネームと撮影記録報告書のデータを照らし合わせながらマットが答えた。
「何故そんな場所に……」
マットが席を立ちながら、考え込んでいるアレイスターに言った。
「アレイスター、今からジャパニーズ・ヌードル(ラーメン)でも食べに行かないか? 奢るぜ!」


――――物語は04に続く――――


口絵「AKARI」イラスト 無謀王ああさあ

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