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不真面目な私はシカト警察

 なんか不真面目にならなきゃいけないような気がしていた時期が、誰しもあると思う。おそらく反抗期と呼ばれるものだと考えているが、もしかして私いまだに反抗期?なんて思ってしまう瞬間もある。

 割と、真面目だと思われがちだと、自分では思っている。残念ながら、図書館の本の返却期限を3日遅延している程度に不真面目だし、友達との待ち合わせに1時間以上早くついて時間を潰してから集合場所に行こうとする程度に真面目で、それに失敗して寝坊してしまい平謝りする程度には不真面目である。総合的にみると、結果として不真面目なのだと思う。
 私の心理的には、真面目にやれるものならやりたいしそうあらねばとは思うものの、上手くできなかったり、典型的悪魔の囁き「でもダルくない?」に乗っかったりしてこの有り様が生まれている。

 そんな不真面目生活の私も、絶対に譲れないのはシカトである。どんなに腹が立とうと、どんなに疲れていようと、話しかけられたら何かしらリアクションをしたいと思っている。だってシカトされるの悲しいもん!悪意があろうとなかろうと、スルーというのはかなりメンタルに重傷を負わせるパワーがある。
 Twitterのつぶやきインスタの投稿も、バイト中の独り言も、反応してくれる人がどれほどありがたい事か!反応がない時どれほど恥ずかしい事か!経験したことがあれば分かるであろう、あの首根っこが茹だるような恥ずかしさと誰も私のことなんて気にしちゃいないと言い聞かせながらも、ピコン!と通知がきた時にスマホに飛びつく反射神経。そして訪れる虚しさ。そこ!笑い事じゃないぞ!こちとら人に褒められたくて生きてんだわ!!!と開き直った所で、無反応へのダメージが減るわけでもなく
 褒められなくても大丈夫と言い聞かせても、本音で褒められたいという感情は消えないし、だからといって必死に反応もらおうと努力した所で大概うまくいかないから虚しいし。そもそも、他人の行動を変えようというのが無茶である。私にできることはの言動の範囲内だけである。

 まあ、せめて自分だけは、誰かの発信や誰かの物事を「良い」と感じたらしっかりリアクションを取ろうと常々心がけている。まあ、心がパサパサな時なんてどんな号泣作品も響きやしないのだがね!
 作品が評価されるには、作品自体が素晴らしい事だけじゃなく受信者の心が潤っていることも必要不可欠なのだなあと感じる今日この頃だ。

 だから気をつけないとね、心の保湿、頑張ろうねと自分に言い聞かせる。健康な精神は、健康な体から、という事でまずは睡眠である。
 「早く寝ろよ」という脳内健康警察の勧告は、しっかり反抗期でシカトしている。

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