幸せのハードル

物陰に隠れて
店員が値引きシールを貼り出すのを覗っている
ライバルがいないかもチェック済みだ
100キロ超えのオバハンとかに突進されたら負ける
夕刻のスーパーでは静かな戦いが繰り広げられている
お刺身なんてうかうかしてたらすぐになくなってしまう
私の好物のチーズ入りメンチカツの
揚げたてが出来上がる時刻を大体把握しているから
その直前が狙い目なのだ
ちょっと楽しんでる自分もいる
お金持ちには一生理解できないハンティング
割引で浮いたお金でもう一品お惣菜を買えた時の
ルンルン気分は庶民だけに許された娯楽
しかも今日は私がラブな店員の村田さんもいる
こんなに幸せでいいのかしら
ていうか私の幸せのハードル低すぎねぇ?
でもそれってとても大切なことだと思うの
お花屋さんで綺麗なバラが安く手に入った時
喫茶店で常連のお姉さまたちが可愛がってくれた時
懐いてくれてる近所の犬がペロペロしてくれた時
気づいたらいつも笑顔でいる
そんな人生を私は全うしたい
そりゃたまには風邪で寝込んだり
旦那さんとケンカしちゃったり
いつだってへらへらしていられるわけじゃないけど
そんなときは猫を膝に乗せて
猫パワーを分けてもらうの
お前は可愛いね
お前のことが大好きだよ
そう語り掛けているうちに
段々心が整ってゆく
いつもの私に戻れたら
自然と笑顔もこみ上げてくる
旦那さんにゴメンねのキスをしたら
さあそろそろ眠りましょうか
明日も値引きハンターしなきゃいけないから
体力を温存しておかなければ
心なしかお肌の調子もいいみたい
ほらまた幸せになってる
簡単な女だなぁ
でもこうやって生きられるようになるまでには
私もたくさん世の中の残酷さを思い知ってきた
そして今があるの
ただの脳みそお花畑とは違うのよ
これが大人になるってことなのかなあ
だとしたら大人ってとっても美しい生きものだ
自分を好きになれないたくさんの悩める人たちが
夢の中だけでも幸福論に満たされますように
かつての私がそうだったように
苦しみは強力なカビ取り剤でも剥がれないけど
私には祈ることしかできない
どうか安らかにお眠りなさい
ひとつアドバイスできることと言ったら
スーパーに一人
ラブな店員さんを見つけておくといいですよ

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