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「推し活」に大枚をはたく、令和の若者の「幸福論」

 「こういう時のためにお金を貯めてるんで、まったく惜しくはないです。むしろ大好きな作品がもう一度盛り上がって、自分がそれに参加できることがうれしい」(Aさん 34歳、男性・東京都)

 Aさんが購入したのは、クラウドファンディングで募集された「ゲームの劇中に登場する権利」。価格はなんと40万円だ。決して少なくない金額を払うのは一体どのような理由なのか。

 「「君が望む永遠」っていう作品は、アキバ系オタク文化の中でもエポックメイキング的な作品なんです。登場してるキャラクターも魅力的で、本当にかわいくて、オタク男子の理想の体現だと思います。(お金を払って)応援したい」

 「君が望む永遠」は女の子のキャラクターと恋愛が楽しめる、いわゆる「美少女ゲーム」だ。斬新なストーリーがファンを魅了し、発売から20年を経た現在でも根強い人気があるという。Aさんに推し活の魅力を聞いた。

 「ゲームのキャラクターには完全性※がありますよね。不変で不死で、ずっとやさしくほほえんでくれる。この笑顔をみると、明日も仕事がんばろうって思います」

※編集注 完全性=キリスト教における、究極で永遠の神の持つ属性

 AさんはIT系企業に勤務するサラリーマンだ。上場企業で年収も安定しているが、結婚はしておらず独身だという。結婚願望はないのかと尋ねると、我が国における晩婚化の原因の一端が見えてきた。

 「(結婚は)考えたことないですね。どうしても現実の女性と交際をすると、人間関係に疲れてしまう。推し活をしているときが、一番幸せを感じる。両親は「結婚しろ」と言ってきますが、僕はあまり他人に縛られたくない。あくまでも自分の好きな生き方をして、趣味の合ういい人がいれば(結婚したい)」

  Aさんにとって、結婚イコール幸せとはならないのであろう。あくまで自立した個人として生きたいと語る彼には、いわゆる「家父長制的父親像」は似合わないと感じた。最後に、将来の生活についての展望を聞いた。

 「死ぬまで「推し活」は続けたいですね。そのためには収入をきちんと得なければならないので、仕事もがんばります。老後までにしっかりと貯蓄したいので、新NISAも始めます」


 「ガチャは「推し」が出るまで回します。イベントが始まった時は(キャラクターの)衣装が変わるので、それもまた全部集めないといけない」(Bさん 20代、女性・埼玉県)

 Bさんは、金髪のショートヘアーに、大きなつけまつげが印象に残る小柄な女性だった。スマホを手にしながら嬉しそうに語るその姿からは、義務感とは無縁ではあることがうかがえる。

 Bさんがハマっているのは「あんさんぶるスターズ!!」という女性向けのスマホゲームだ。「ガチャ」を回すことでカードを集めることができるが、ゲームの性質上必ず自身が望んだカードが出るとは限らない。多いときは月に20万円ほど課金するという。

 「(ゲームの運営会社を)支えてるっていう印象はあまりないですね。好きだから課金するって感じで」

 Bさんはいわゆるデリヘル嬢で、多いときでは月収が80万円を超えるという。健康面や将来の不安がないかを聞いた。

 「不安はないですね。好きなことをやって生きているので楽しいです。私は普通の会社勤めはできないので、自分のやり方で生きたい。長く出来る仕事ではないとわかっているので、若いうちに稼げるだけ稼ぎます。(仕事は)嫌なことも多いけど、それを癒してくれるのが「推し」」

 Bさんは家族のことについても話してくれた。両親は離婚しており、現在は実家に住む母親のみと定期的に連絡を取り合っている。結婚観について聞いた。

 「(結婚について)母はうるさく言ってきません。自分が離婚しているのもあるだろうし、生活も苦しいけど娘にはあまり依存したくないみたいです。私が稼いだお金で時折一緒に外食したりすると嬉しそうで、しばらくはこの生活で(結婚しなくて)いいかなと」

 令和2年の離婚件数は19万3251組。同年の婚姻件数が52万5490組であることを考えると、単純計算で夫婦の3.6割は離婚していることとなる。離婚件数が最高だった2002年(28万9,836組)から比較し絶対数も離婚率も減少傾向にあるものの、結婚した夫婦のすべてが幸福とならないのは数字が示す通りかもしれない。


 取材を終え、ふと筆者自身も「人生における幸福」「お金の使い方」について改めて顧みることになった。果たして「結婚してローンで家を買い、休日はマイカーで家族と旅行する」ことが、本当の幸福なのであろうか。幸福の形は一つではないともいえるし、AさんやBさんの生活はむしろ「ステレオタイプな幸福論」に依存しない、新しいお金の使い方なのかもしれない。

 結婚相談サービス「Pairs」を運営するエウレカの石橋CEOは「テレワークなどで自由に使える時間が増えて『推し活』など趣味に時間を使う人が増えた」と指摘。「一人の時間が充実している中で、『無理して恋愛をしなくてもいい』と考える人が増えた」と「恋愛離れ」が進むことを懸念していた。2人はまさに「恋愛より推し活」を選んでお金を使っている若者だ。

※当該記事はこちら
婚活サービス、私との相性は 利用増でニーズも多様に
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC13CQ00T11C22A2000000/

 2人に共通しているのは、「推し」が生きるうえでの前向きな行動原理になっていることだろう。「推し」があるからこそ日々の糧を得るために必死に働くことができる。「推し活」の中に幸福を見つけた彼らのそれは、さながら「足るを知る」という悟りの境地に似た心境を感じた。(了)

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※本文中の名前、年齢、居住地、職業、発言は、事実をもとに一部を変更・脚色したものです。

参考文献
令和4年度 離婚に関する統計の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/rikon22/dl/suii.pdf

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