コペンハーゲンの思い出/3-美人な空港警察に絡まれる

目を覚ましたのは、4:00のこと。
アラームという人類の偉大な発明によって、私は生活習慣というものを手に入れたが、古代の人類はおそらくアラームなど必要とせず、夜明けと共に起き、日没とともに寝ていたのだろうことを考えると、アラームなどというものが必要になったのは、文明の力が生み出した弊害に対する対応策であり、本来なら必要のないものだったのではないかと、そんなことを思いながら、私はタバコを吸いに外に出た。
タバコを吸いながらArchosを見る。
ダルマツィオは、今日はチボリの方へ行くつもりらしい。
私たちは中央駅で待ち合わせをすることにした。
そんな時のこと。
2人組の空港警察に声をかけられた。
背が高くひょろっとした男性と、身長は私と同じくらいだががっしりとした体格の北欧美女。私は北欧美女の瞳を見つめた。美しいグレーの光彩にゴールデンの光輪。美しい。男性の方が口を開いた。「やあ君、パスポートを見せてくれるかな?」
「もちろんです」私は大人しく従った。
彼らは空港警察というより、私にとっては下宿している宿の大家さんなので、礼儀正しくしておくに越したことはなかった。
こちらに質問をするのは、主に男性の方だった。「君、昨日も一昨日も同じベンチで寝ていただろう。コペンハーゲンには何しに来たんだ?」
「観光です。ライターをやっているので取材も兼ねていますが」
「なるほど? ホテルには泊まらないのか?」
「それが、財布をすられちゃって、今はこれだけしかないんです」私はダルマツィオから受け取った紙幣と、先日買い物をした際に出たコインを空港警察に見せた。
「なぜ私たちに通報しなかった?」
「こちらでの勝手がわからなかったので」
「というと?」
「つまり、所持金不足によって強制送還されるかもと思ったんです」私は、空港警察がまゆを潜めたのを見て、言葉を付け加えた。「つまり、強制送還されてまずい理由があるわけではないんですが、せっかく憧れの地にやってきたのだから、当初の予定どおり1ヶ月ほど滞在したいと思いまして。今は友人が助けにきてくれたので問題ありません」
「友人?」
私は頷いた。「彼はコペンハーゲンのホテルに滞在しています」
「君はなぜ一緒に行かない?」
「悪いなと思って」
空港警察の2人は顔を見合わせた。
女性の方が口を開いた。「それだけ金があるなら、ホステルかどこかにでも泊まった方がいいわ。女性の一人旅は危ないし、空港泊なんてもっと危険。わたし達が見回りをしてはいるけど、それも万全じゃない」
「ですよね〜」私は好みの女性からの説教というご褒美にニコニコしたいところを必死で押さえながら、反省しているような顔を作った。「空港の方にもいらないご心配や警戒をさせてしまいましたでしょうか……」
「ええ、あなたのことを心配してたのよ」
「気をつけます」私は空港警察の彼女の右手を両手で包み込んだ。「ありがとう。今晩はホステルに泊まることにしますね」
「そうしてくれたらわたし達も安心だわ」
私は、彼女と笑顔をかわし、彼女に聞いた。「あの、正直言ってめちゃくちゃタイプなんですけど、インスタグラムかTwitter持ってます?」
女性は驚いたような目をして、にこやかな感じで首を横に振った。「持ってるけど仕事中はダメなのよ」
「そっか。残念」
女性は、楽しそうな感じで笑うと、ほかの不審者を探しに何処かへ行ってしまった。
私はタバコを吸いながら、昨夜書いた日記のことを考えた。
ただのブログになってしまいそうだが、そういう物を会社のホームページに載せても良いのだろうか。
何はともあれ、更新し続けることが大事だ。
私は、私たちの実質的なリーダーである、ディートリントに電話をかけることにした。
『はい、ディート』
「あ、ディート、ダニエルだ」
『あら、財布を盗まれたクソマヌケちゃんじゃない。お元気?』
私は、どうしてこんな時間からこいつはイラついてるんだろうと思いながら、頷いた。「ああ、どうにかやってるよ」
『そ。なに』
「いや、昨日考えたんだけど、うちにはマスコットキャラクターがいない」
『それで?』
「可愛い妖精ちゃんをホームページ上で踊らせた方がいいんじゃないかなって」
『要件はそれだけ?』
「うん」
電話口の方からため息が聞こえてきた。『いい? こっちはね、電話の対応とか会食のアポ取ったりだとかで、他にもメールの返信だとか事務経理だとかでクッソ忙しいの。今だってファドゥーツからルクセンブルクに移動しながらあんたとお話ししてサンドウィッチ食べて資料作ったりでもう手が空いてないの。そういう話は、ダリアちゃんとかダルマツィオくんとしようね。わたしは、猫ちゃんが好きだから、その意見を採用してくれるなら、話をする時間を作ってあげるわ』
「君の声は今日もセクシーだ」
電話口の向こうから、抑えるような笑い声が聞こえてきた。『ありがと〜。じゃあ頑張ってね〜』
「ルクセンブルクに行くってどうして?」
『安いアパートが見つかったのよ。あそこも中々便利な街だから、オフィスを確保しておこうと思って』
「そっか……。君は私よりも経営や経済に詳しいからな。詳しい話されてもわからないから、まあ、君に任せるけど頑張って」
『良かったら、そこに住まない?』
「ルクセンブルクに?」
『そう。わたしはファドゥーツだし、ダリアはヴィリニュス、ダルマツィオはシチリアのカタニアで、みんなオフィス持ってるでしょ。あなたにもどうかなって』
「貰えるなら貰っちゃうけど、オランダとベルギーのそばだったか。ビザ取らんとな」
『そういえば、ダニエル、あんたビジネス交渉の経験は?」
「ない」
電話口の向こうから何かを考えているような気配がした。『じゃあ、ルクセンブルクの詳細なガイドブック作りをしなさい。あとは駐在日記の執筆。それがあんたの仕事よ。あとは、さっきの猫ちゃんだっけか』
「それは君の希望だろ」
『そうね。でもそういうくだらないアイデアもバンバン共有していきましょう。今はくだらなくても後々使う機会が出てくるかもしれない。アイデアは大切にしないとね』
「ガイドブックの中身はなんでもいいのか」
『任せるわ。取材費は1日120ユーロまでね。領収書は見せること。わかった?』
「了解」
『ん、じゃーね』
そう言って一方的に電話を切るディート。
私は、タバコを吸った。
ルクセンブルク……。
私は首を傾げた。
行ったことがない。
なんだか空気が新鮮に感じられた。
目に力が入り、視界が急にクリアになる。
私は、少しだけ喜んでいた。

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