抽象表現とはなんぞや?ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティング
彫刻家の大黒貴之です。
今回はアメリカ抽象表現の旗手として活躍したジャクソン・ポロックのストーリーを中心に抽象表現主義のお話をします。
第二次世界大戦後、世界のアートの中心はパリからニューヨークに移りました。抽象表現主義は、戦後から1950年代にかけて台頭した動向で アメリカ戦後美術の流れが構築されていく基盤的役割を持つことになります。
ドリッピングからアクション・ペインティングへ
ポロックは人の夢や深層心理を表現するシュールレアリスムの作家たちに 大きな影響を受けます。その中でも「オートマティスム(自動筆記)」という表現技法は その後、彼が生み出す「アクション・ペインティング」への道しるべになります。
Photo credit: Piutus via Visual hunt / CC BY
オートマティスムというのは、絵を描くときに何かを描こうとか
このように描こうと意識せず、限りなく理性のコントロールを排除して描くことです。
例えば、電話をするときにメモを書こうして用意したノートに
いつの間にやら線や模様が出来上がっているときがありますが
そのような状態に近い精神状態になることだと思ってください。
またイーゼルにキャンパスをかけて絵を描くことがそれまでの常識だったのですが、
彼は支持体のキャンパスを地面に寝かせて、その上から絵具をポタポタと
落として絵を描く技法を発見するのです。
その技法が「ドリッピング」といわれるものです。
当時の絵画の大きさから比べるとかなり大きな2m以上のキャンパスを
地面に置きます。そして、その上をドリッピングしながら動き周り
作品を制作していくスタイルに変貌していきます。
キャンパスの上を動きながら描くことから
彼の描く行為は「アクション・ペインティング」といわれるようになりました。
巨大なキャンパス上にドリッピングで描かれた作品は
目の前にある絵画を鑑賞するというよりは
彼の無意識が生み出した色彩や線、形態によって鑑賞者を包み込む絵画になっていくのです。
「なーんだ、そんなことなら自分にでもできるわ!」
という突っ込みがあるかもしれませんが、時代を振り返ってみましょう。
ポロックがドリッピングの技法を使い始めたのは1943年頃だと言われています。
そしてアクション・ペインティングを展開させていったのは1947年以降。その時代の日本は戦中、戦後で大変な時代を経験していました。
同時期、すでにアメリカのアート界はポロックを取り上げ、
ギャラリーや美術館で抽象表現主義などの議論が盛んに行われていたのです。
続けてもう少し突っ込んだ話をしますよ。
美術評論家、クレメント・グリーンバークのフォーマリズム
photo: Takayuki Daikoku
ポロックのアクション・ペインティングに大きな後押しをしたのが
アメリカの評論家、クレメント・グリーンバーグです。
彼は「ポロックによって始めてアメリカの独創的な芸術が誕生した」と喝破しました。
彼はフォーマリズム批評と呼ばれる批評を行います。
絵画に成る最低限の要素として、
大切なのは支持体の平面性とフラットな二次元性ということになります。
(支持体とは、絵具などを用いるためのそれを支える物質をさします。
それはキャンパスだけでなく、木の板や紙などそれに代わる材質も含まれます)
つまり、キャンパスのような平面性と立体としての十分な厚み(奥行)が無い
支持体上に描かれたものが絵画であるとされるという主張です。
そして、さらに支持体上には色彩や線、形、素材のみに
的を絞って絵画を成らせることを大事とします。
フォーマリズムは、この要素を邪魔するイメージや内容を排除すること、
例えば、支持体に家や人を描くことによって奥行や空間を理解させることや
鑑賞者が絵の中に入り込んでいきたくなるような風景が描かれることを良しとしません。
ポロックの作品を観るとキャンパスの平面性やフラット感を担保しながらも、
色彩やドリッピング、または絵具を飛ばしたような線(ポーリングと呼ばれる技法)
によって二次元の空間の広がりをも感じさせます。
ですので、抽象絵画は、何か具体的なイメージが描かれることでもなく
作家の何かの意図が内包されているわけでもないのです。
「本当に純粋な絵画って何なの?」と問いかけている絵画ということになるのです。
抽象表現主義の作品は「絵画のための絵画」であると言われる所以です。
しかし逆説的にいえば、だからこそ鑑賞者の心情によって
さまざまな形に観えたりまた感じ方も十人十色になるのです。
ですので、心を空っぽにして、自身を包み込んでくるような
絵画と対話をしながら楽しむのが一つの鑑賞の仕方になります。
この抽象表現主義は、のちのジャスパー・ジョーンズ、
ラウシェンバーグを筆頭とするネオ・ダダや
アンディ・ウォーホールたちが旗手となったポップ・アート、
またミニマルアートなど次世代の潮流への扉を開いていくことになるのです。
最後の最後に一つ質問です
上に掲載した茶色い模様が見える写真は何だと思いますか?
おそらく見る人によって異なる見え方がすると思います。
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この写真、実は島根県の出雲の海にそびえ立つとてつもなく大きな岩の一部なのです。
この答えを知ってしまうと、
おそらくこの写真はその岩の表面にしか見えなくなるのではないでしょうか。
「この絵は、海です。山です。人です。」
というような答えや作者の意図をただ受け取るのではなく、
1つの絵画を前にした鑑賞者たちが多彩な感情になることや
それぞれの答えが自分の中にあることを発見できること。
それが抽象表現の作品を観る楽しさの一つになるのだと言えましょう。
答えは一つではなく、鑑賞者一人一人の心の中に眠っているのです。
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