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ウナギの立ち位置

祖母はウナギが大好きだった。
家族の中で一番ウナギを好きだったと思う。

 
毎年、土用の丑の日は
我が家の夕飯はウナギだった。

ウナギの蒲焼きの、なんと美しい茶色の光沢よ。

立ち込める香りが食欲をそそる。
箸で切れ目を入れると身は柔らかく、プリプリとして
まずはウナギ単体を一口だけ箸でつまみ、口の中に入れる。

 
美味しい…。

 
噛み締めるごとにウナギの香りや味が口の中に広がり
思わず笑みがこぼれる。
ウナギにかけた山椒はまるで魔法の粉のようで
かける瞬間が楽しいし
ウナギと山椒のハーモニーも堪らない。
ウナギ単体の味を楽しんだ後は
タレの染みこんだ、茶色ががった米と一緒に身を箸でつまみ 
バクっと口に運ぶ。

  
あぁ美味しい……!

 
嬉しくて嬉しくて、モシャモシャと頬張る。

 
 
私の家族は6人家族だが
そんな風に喜んでウナギを食べたのは
祖母と私だった。
他の家族はウナギ好きではなく、ウナギ普通であった。
土用の丑の日だから食べるといった形だ。

   
学校給食でウナギが出ることはなかった。
ウナギを食べるのは年に一回、土用の丑の日に夕飯で食べるだけだ。
 
 
だから私は毎年、土用の丑の日を楽しみにしていた。
一年に一回だけの特別な日が待ち遠しかった。
土用の丑の日にウナギを食べる習慣を作った平賀源内さんに感謝している。
個人的には、エレキテルよりウナギに対してサンキューである。

 
 
 
 
そんな風に毎年ウナギを食べていた頃、私は22歳になり、試食販売のバイトを始めた。

試食販売のバイトはマネキンと呼ばれ、派遣であった。
自分の空いている日を派遣会社に伝え
派遣会社から指定された日時にお店に行き
指定された物の試食販売をした。
マネキンとはそういうものである。

 
基本的に平日は学校に行き、土日は一日8時間のマネキンをやっていた。
県内各地だけでなく、県外に試食販売をしに行くこともあり
毎週違う物を売ることや色々な場所に行くことは楽しかった。

 
試食販売のバイトを始めて数ヶ月経過した頃
私は某スーパーでウナギの試食販売をするように指示された。
母の日は購入商品に合わせてカーネーションをサービスで渡したりもしたし
クリスマスには焼き肉の試食を提供した。

マネキンの仕事は
季節を感じることも多かった。

 
 

土用の丑の日、私は自宅から約2時間のスーパーに行った。
何度か行ったことがあるスーパーだったため、お店の人とも顔馴染みだし、勝手も分かっていて楽だった。
ウナギを試食販売用に小さく切り、ホットプレートで焼いて
小さな一口サイズの使い捨ての器に入れ
タレをかけ
爪楊枝を刺した。

 
「いらっしゃいませ~!本日ウナギがお買い得となっております~!ただいま試食販売中です!どうぞお気軽にお立ち寄りくださーい!」

 
私は店内で声を張り上げる。
マネキンは歩合制ではなかったが、やるからにはしっかり仕事をこなしたい。
私は他のマネキンさんと比べると
声を張り上げていた方だと思う。
試食販売は一定時間を過ぎると、破棄される。
せっかく焼いて準備したのだから
ウナギを買わなくてもよいから、どうせなら食べて欲しい。

 
ウナギはそこそこ売れた。
あまり混まないスーパーだったので
その日は割と暇な方だった。

 
そんな時、雨風が一気にひどくなり、雷が鳴り響いた。
店内はガラーンとした。
こんな状態でもわざわざ買い物に来る人はいないだろう。
客足は途絶えた。
おどろおどろしい自然の驚異の音だけが店内に響いた。
気持ちが滅入る。
滅入った私はバックヤードに休憩がてら下がった。
マネキンの仕事は基本一人だ。
休憩時間は昼休み一時間だけだが
バックヤードに色々荷物を置いているので
準備がてらバックヤードに下がることは割とあった。
その時は客足が途絶えたし、暇だったし
店員さんに「ちょっとバックヤード行ってきます。」と言ってなんやかんやするのは容易い。
私は一旦ホットプレート等をバックヤードに下げて
廃棄処分のウナギを数切れパクッと食べた。

嗚呼美味しい…
なんて美味しいんだ、ウナギちゃん………

 
ウナギを食べて精をつけた私は
シレッと売り場に戻り、ウナギを売り続けた。
どしゃ降りや雷はやがておさまったが
その後もあまりお客さんはスーパーに来なかったので
私が焼いたウナギちゃん達は
誰の口に入ることもなく、いくつも破棄された。

 
本来ならば食べたいところだが  
さすがにそれ以上は人目があるので食べてはいけない。くぅ~勿体ない。
マネキンの何が辛いって
自分で試食品用意して、所定時間過ぎたら破棄することよ。
とほほ。

 
毎年、土用の丑の日に家族としかウナギを食べなかった私が
初めて夕飯以外でも食べたのは
こうした廃棄処分のつまみ食いだった。

 
 
 
 
 
その後、アラサーになり、私は彼氏とデートしていた。 
ご飯はいつも適当に食べるのだが、その日は土用の丑の日だった為、彼がウナギ屋さんの予約を取ってくれた。

ウナギ屋さん!

 
料亭や和食屋さんは敷居が高いイメージがあるが
やはりそこも建物からして厳かで
私はウロウロキョロキョロしながら中に入った。
よりによってそこは個室だった。
小物や生けた花がいちいち高級感溢れてビビッた。メニュー表を見ると

 
ウナギはべらぼうに高かった。

 
スーパーでの値段を知っていた私は
あまりの高さに絶句した。
五千円札や一万円札でお釣りが来るレベルだ。
私は少食だし、食べ残す自信もあったから申し訳なかったが
彼曰く、「本場を知った方がいい。」とのことだった。

 
彼はグルメだった。
好き嫌いはなく、食へのこだわりが強かった。
「ファミレスはマニュアル通りの味だから行きたくない。」と言い張り
ファミレスを割とよく利用する私としては
目から鱗が落ちる価値観だった。

 
ファミレスはどこのお店でも低価格で
味が同じだから安心するんだよ。
長居もしやすいから重宝するんだよ。
高級店や個人店だと金額や量や味がバクチだし
食べ慣れない物を食べたら胃がやられそうじゃない……

 
と、内心私は思ったが、余計なことは言わなかった。
価値観は人それぞれだし
私がファミレスに行くことを咎められた訳ではない。
彼以外の人とファミレスに行けばいいだけだし
食事代は彼が全額支払ったり、やや多めに支払ってくれたので
私は構わなかった。
私が残した分も平らげてくれていた。

 
 
しばらく談笑しながら待つと
和服美人な方がウナギを運んできた。
お重のような黒い漆器の蓋を開けると
ウナギの香りが凝縮された煙が立ち込めた。  

プリプリとしてテカテカとしたウナギは貫禄や品があり
上品な器に負けない、王者の貫禄があった。
ウナギの下にある米は粒が光り
口に入れるまでもなく
選ばれたうな重ということが明らかだった。

 
味は勿論、絶品だった。

 
 
土用の丑の日に、高級店で彼氏とウナギを食べることは
きっと最初で最後だろうと思った。
人生の中の貴重な体験の一つなのだろうと思った。

 
そしてその予感は、的中した。

 
 
 
 
 
 
私がアラサーの頃からウナギの値段が高騰した。
昔の2~3倍(以上)の値段だろうか。
中国産でも高いし、国産なんか論外だ。

  
ウナギが大好きだった祖母が他界したこともあり
我が家の食卓からウナギは消えた。

 
蒲焼き一切れが高すぎて
ひつまぶしのようなものを家族で分けることが通例になった。

 
 
今年こそはウナギを買おう!

 
と意気込んでスーパーに行っても、毎年、値段を見ると尻込みしてしまった。
母も同様である。

試食販売でウナギを一切れくれた方がいた。
それはかつての私の姿に重なった。
その一切れを噛み締めた私は
迷いに迷って 
やはりウナギの蒲焼きは買わなかった。

 
ウナギのオニギリやひつまぶし…
それさえもバカバカしい値段だった。
私はウナギが好きだったが
そのお金を出すのなら
牛肉を買った方がマシだと思った。
私のウナギ愛はそれ程度だったのだろう。

 
毎年、ちびたウナギを食べたり
年によっては食べなかったりすることが
ここ最近は当たり前になった。

 
小さい頃はあれだけ無邪気に無防備にウナギを食べていたのに
大人になってお金を稼ぐようになると
ウナギのためにお金を躊躇うようになるとは思わなかった。

 
 
まさか、ほんの数年でここまでウナギが値上がりするとは
子どもの頃は予想もつかなかった。

 
 
 
 
  
去年、職場でウナギの話になった時
同僚の家では出前をしてもらうと聞いてとても驚いた。

で、出前!?

 
私はまだ出前経験がなかった。
定番のお寿司やラーメンの出前に憧れたが
せいぜいピザ屋さんに電話するくらいだ。
だが、ピザ屋はピザ屋であって、出前ではない。

 
ウナギの出前というと、高級感を感じた。
同僚のうちは会社をやっていたし
かなり稼ぎがいいのだろうと思った。

 
 
かつてウナギ屋でウナギを食べた私は
今度はウナギの出前に憧れるようになった。

 

  
 

あれから一年が経った。

今年も相変わらずウナギは高いが
多少今年は値下がりしたように感じる。

 
すき家のウナギが美味しそうだったので 
家族分のウナギを私は買いに行った。
土用の丑の日だけあり
ドライブスルーは激混みだった。
やはり皆さん、今日はウナギを食べたいのだろう。

 
ウナギは小盛りがなく、私も母親も半分残した。
最初から、食べきれないのだから二人でシェアをしようと言ったのに
母親が「食べきれちゃうものよ♪」と余裕ぶっていたのが敗因だ。
更に、「食べきれちゃうものよ♪」と余裕ぶっていた母親は
スーパーで更にウナギを買ってきて、私が怒った。
「スーパーで見ていたら美味しそうだったし、食べきれちゃうのよ♪」と全く反省の色がない。 

「だったらすき家で混んでる中、二人分なんて買ってこなかったよ(怒)
朝ごはんは私も母親もパン派でしょうな(怒)
家にはおかずたくさんあるんだし、もう家族少ないんだし、みんな年であまり食べないんだから、いい加減量を考えて(怒)
誰が処分すると思ってるの(怒)」

 
と、私は吠えた。
ウナギを食べる前に無駄なエネルギーを怒りで消費してしまった。

 

 
父親はウナギが好きじゃない。
私は食が細い。
仕事を今はしていないから更に食べない。
すき家に行くことは家族内で決まっていた。
なのにどうして更にウナギを追加で買うのだと
私は喚いた。

 
お陰で今年は数日間ウナギ三昧だった。
せっかく痩せた体重がウナギのせいで戻り
土用の丑の日前後は
私が母親に対してしばらくブツブツ文句を言った。

 
なんでも適量が大切だという話である。

 
 
それでも今年も家族みんなで揃って
ご飯を食べられるということは
幸せなことなのだろう。

 
 
 
 
来年の今頃
日本や世界はどうなっているのかな。

 
 
 
 

 

 

 




 

 









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