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タピオカくん

タピオカを初めて意識したのは学祭だったような気がする。

 
今から10年くらい前だろうか。
学祭では定番のごとく、タピオカドリンクが売っていた。
カップとストローと飲み物とタピオカを用意すればよいので
学祭向きの商品なのだろう。
学祭は食べ歩きが楽しいイベントだから
ペットボトルよりも
カップとストロー型の飲み物の方が手軽なのだろう。

 
 
当時付き合っていた人が大学や専門学校の学祭に行くのが好きで
私はよく一緒に学祭に行っていた。
その人はタピオカ入りの飲み物を見つけては
美味しそうに飲んでいた。

 
「俺、タピオカ好きなんだよね。」

 
そう言っていたので
私は「ほぉ~。」と思った。
タピオカが何かは知っているが
あえて買おうと思ったことは全くなかった。

私は定番を愛する女だった。

冒険はせず
飲み慣れた定番の商品を注文する。
変わったものは基本的には手を出さない。
タピオカが何かは知っていたが
味がどんな物か思い出せないほど
私はしばらくタピオカを飲んでいなかった。
いや、もしかしたら
食わず嫌いではないが
飲まず嫌いだったのかもしれない。

 
「飲む?」

 
そう言われ、私はいつも少し分けてもらっていた。

 
「一口ちょうだい。」

 
そうねだることもあった。
一口じゃ済まない時もあった。

 
 
タピオカはモニョモニョクニュクニュした。
独特な食感だ。
ストローでズボッと吸い上げたり
カップの底に残ったものをどうにか吸い上げ
口の中でモニョモニョクニュクニュした。

独特だ。
う~む……歯ごたえを楽しむ食べ物なのか?

 
私はタピオカは普通だった。
好きでも嫌いでもなかった。
買うほどではないが、せっかくなら一口分けてもらいたいもの。

それがタピオカだった。

家族や友達にタピオカ好きはいなかったし
こうして私は学祭デートのたびにもらっていた。
食感を楽しむという意味では
タピオカよりナタデココが好きだと感じた。

 
 
 

そんなタピオカが、まさか二年前くらいから流行るとは思わなかった。

街にはタピオカ専門店がたくさんできた。
行列もすごく、インスタ映えすると、こぞってみんながタピオカドリンクを写真に写した。

 
かき氷ブームの時と同じように
タピオカドリンクはサイズが大きかった。
学祭のサイズはマックシェイクSかMくらいだが
タピオカ専門店の物はマックシェイクLより大きい。

今のJKはあれが飲みきれるのか…
すごいなぁ………

と思ったら
やはり飲み残しが社会問題になり
ニュースで取り上げられていた。

 
飲みきれないタピオカは道端に捨てられていたり
ゴミ箱に溢れかえっているらしかった。

 
 
タピオカドリンクは専門店だけでなく
コンビニでもジャンジャン売られ
自宅でタピオカを飲めるように材料も売られた。
タピオカを飲むことをタピると言った。
そんな言葉が生まれるほど
タピオカは大ブームとなっていた。

 
さほど興味はなかったが、大ブームだと気になるのが私の性分だ。
私の好きなアイドルちゃん達もタピオカドリンクはよく飲んでいたし
SNSにあげていたので
私も同じ店のものを飲みたかった。
ファン心理である。

  
 
 
去年、昼間に路上ライブを見た後に、夜別のライブに行く予定だった。
コロナウィルスが流行る前、私は仕事終わりや休日にライブによく行っていた。

路上ライブ後は時間があったので、小説を読んだり、買い物をして時間を潰し
夜ライブに行こうと思っていた。
電車で一時間くらい、場所は離れていた。

 
「もしよかったら、タピオカ飲みに行きませんか?夜のライブ会場まで送りますよ。」

 
だから、路上ライブを見ていたライブ仲間からそう言われなければ
私はタピオカを飲みに行くつもりは全くなかった。
これだから人生は面白い。
相手は相手で私がいなければ行く気はなかった。

 
「いいねぇ。タピオカ。一人じゃ行く気しないけど、二人なら行ってみたい。」

 
そうして、成り行きでタピオカ専門店に行くことになった。
男女二人で行くのだから、まるでデートだ。
のちにこのエピソードがきっかけで、私の友達は彼をタピオカくんと呼ぶようになった。

 
タピオカ専門店はいくつかあったので 
アイドルちゃんオススメの謝謝珍珠に行った。
長蛇の列である。
店名が読めず、「シェイシェイチンジュ?」と読み
JKのはとこちゃんに後で話したら大爆笑された。
シェイシェイパールは人気店だった。

勝手がよく分からないので
アイドルちゃんも飲んでいた黒糖ミルク味を注文した。
 
お、美味しい!

 
ビックリした。
私が今までで飲んだタピオカドリンクが比べものにならないくらい
めちゃくちゃ美味しかった。
ビックリした。

 
二人でタピオカドリンクを飲んだ後はケバブを食べ
タピオカくん御用達のお店に買い物に行き
二人でどしゃ降りの中ドライブを楽しみ
芋フライも食べた。

 
ライブとライブの間に食街道があった。

 
ライブの後はライブの後で、打ち上げでソバやステーキやサラダや
様々な物をみんなで飲み食いした。
みんなではしゃぎまくった夜だった。

   

  
タピオカくんはライブ仲間で
複数人で食事したり、カラオケに行ったことはあるが
二人で過ごすのは初めてだった。
だけど、めちゃくちゃ楽しかったし
深い話もできて
ライブとライブの合間は有意義だった。
ちっとも退屈じゃなかった。

 
 
 
そんなタピオカライフの次の日、母親と公園に行った。

そこではキャンドルをたくさん灯したイベントが行われた。
その年初めての開催だった。
広い広い公園には万単位のキャンドルが飾られ
非常に幻想的だった。
ステージではジャズが歌われ
出店もたくさん賑わっていた。

 
私が前日、絶品タピオカを飲んだ話を聞いた母親は大変羨ましがり
そのイベントでタピオカドリンクを母が買った。
母親は流行に飛びつくタイプだった。
私は巨大ベーコンを食べ
母親からタピオカドリンクをもらった。

どうやらそれがまずかったらしい。

食べ合わせが悪かったらしく
私は若干気持ち悪くなった。
雲行きは悪くなり、帰り際はどしゃ降りだった。
キャンドルは美しいのに、濡れるわ気持ち悪いわでろくでもない。

「なんかこのタピオカドリンク、まずいわよね……。」

母親がポソリと言った。
粗悪品だったのだろうか。
だから私も気持ち悪くなったのだろうか。
確かに味は
私が今まで飲んだ中で一番ひどいタピオカドリンクだった。

 
こうして私は
今までで一番美味しいタピオカドリンクを飲んだ次の日に
今までで一番まずいタピオカドリンクを飲むという
そんなタピオカだらけの連休を過ごした。
 
 
 
 
 
 
あれから、一年が過ぎた。

タピオカが流行ると不景気になるという噂通り
2020年はリーマンショック以上の不景気に見舞われた。
コロナウィルスである。

 
路上ライブはコロナウィルスの関係で禁止され
夜ライブに行ったライブハウスはあの後オーナーが急死し
コロナウィルス関係なく、ライブハウスは幕を閉じることになった。
何回も行っていたライブハウスだっただけに
ショックは大きかった。

 
タピオカ専門店はまだ潰れていないが、すっかり人気は下火になり
記念撮影をした看板は撤去されている。

 
キャンドルイベントは去年大盛況で
今年も行う予定だったし
今年も行きたいと母親と話していたのに
開催はもちろん中止になった。
キャンドルをバックに笑っている私が
ずいぶん昔に感じる。

 
 
タピオカくんとは、今年初めて電話をした。
出会ってから数年経つのに、電話は初めてだし、電話は長電話になった。
コロナウィルス前は毎月…毎週のようにライブ会場で会っていたのに
今年は数えるほどしか会っていない。
電話をする必要がでてきたのは
思うように会えないからだ。

今でもタピオカくんとは仲が良いが
この距離感が寂しい。

 
 
この前、久しぶりにタピオカくんと会った。
元気そうだった。
久しぶりでも、そう感じないほどにナチュラルに話せるのがありがたい。
お互いにマスクは着用していたが
やはり面と向かって話せるのはいい。

 
思えば、今年はタピオカを飲んでいない。

たった一年。されど一年。
タピオカが遥か、遠い。

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