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小説BAND☆やろう是 第二章 兆候

 あの日に語り尽くした仲間達とも変わらず仲良く過ごしながら季節は初夏を迎えていた。

 だんだんと暑くなる日々が人々を不快に思わせているのだが、学生達は暑いだけが不快感の根源ではない。とにかく中間テストを近くに控えており、苛立ちを隠しきれずピリピリとした緊張感がクラス中を漂わせていた。
 テスト前になると、自己申告で受講させてもらえる講義が放課後に行われていて、テストに出る問題が当たり障りなく教えてもらえる事もあり、皆がそれを頼りに残っていた。
 人となにかと争う事を嫌った性格のせいか、ただ面倒くさいだけなのか、僕はテスト日が近づいても特に勉強もせず、そんなクラスメートの姿に後ろめたく感じながらもいつもこっそりと教室を後にしていた。
 その日は毎回欠かさず見ていたアニメの放送日だった為、とりあえず毎日立ち寄っている駄菓子屋でスナック菓子を買い、猛ダッシュで家路を急いだ。
 自宅へ到着すると階段を飛ぶように駆け上り、リビングへと滑り込んだ。そして透かさずテレビをつけ、チャンネルを合わせて現時刻を見た。
 放送がまだ始まる前で安心してスナック菓子の袋を開け、番組が始まるのを待った。
 人類の前に突如現れた謎の未確認物体を、見た事も聞いた事もないロボットに乗らされ戦闘へと向かわされた気の毒な少年の物語である。
 戦闘の度に周りのオペレーターに指示されて手探りで操縦していき、なんとかその物体達を撃破しながら日々を刻んでいく中、様々な人間模様に苦悩し、傷つき、悲しみ、そして人の愛し方を知る。
 そんな主人公の不器用な姿が若者の心を捉え支持されて、アニメにしては近年まれに見ないほどの高視聴率をたたき出したモンスター番組なのである。その番組を毎週楽しみにして見ていた。

 番組も終えテレビのスイッチを切った。自分の部屋へと向かいベッドに横たわった瞬間、急いで帰ってきて疲れたせいか少し眠気を覚え、眠りへと誘われた。
 幸せに酔いしれながら夢へ沈みこめたと思えた時、突然一本の電話が鳴り響いた。どうせろくな電話ではないだろうと初めは無視して寝ていたのだが、あまりにも長いコールに違和感を覚え、軽く寝ぼけながらも電話をとった。

「はい、岡田です。」
「おおっ、岡田さん?俺よ、徹。」

 紛れもないトースの声に驚いた僕はおもわず絶句してしまった。
 数秒経っても反応が返ってこない事に心配した様子でトースから話しかけてきた。

「お 岡田さん?もしもーし?」
 続いての声にはっとした僕は、とりあえず冷静を装った。
「お おぉ、ト トースか。めっちゃ、ひ 久々やなぁ。突然、ど どしたん?」
 やはり冷静には対応しきれず言葉はどもり、声も裏返ってしまった。
「いや、ちょっとあってな。今暇?」
 そんな事に気にはしないのか彼は至って普通だったが、電話越しに聞こえてくる周りの雑音が少し騒がしく聞き取りにくい。
「はぁ?何言よるか聞こえん。」
 僕はもう一度彼に聞き返した。僕側の声は彼には普通に聞こえているらしく、鬱陶しい口調で答えてきた。
「じゃけん、岡田さんが今暇か聞きよるんよ。あっ、ちょっと待ってな。」
 声は急に明るくなり僕との会話を止めた。
 どうも彼はその場に一人ではいないらしい。誰かに話しかけられて笑っている声が微かに聞こえてきた。
 その彼の態度に僕は少し苛立ってきた。
「じゃけん何?なんなん?」
 僕は少し声を荒げて聞き返した。その対応に驚いたのか、彼は申し訳なさそうな声で答えた。
「ごめんごめん、実は今カラオケにおるんじゃけどな、岡田さん来れん?」
 突然連絡してきて、カラオケに誘う彼の不可思議な言動に正直戸惑いを隠し切れなかった。いまいち状況も把握できてないし、とりあえず周囲に誰かいるのかだけ聞いてみる事にした。
「周りに誰かおるん?」
 すると彼は受話器に手を当ててこそこそと誰かに相談している様子だった。次の瞬間彼の口からとんでもない返答が返ってきた。
「えっ? い いや、 俺一人やで。久々岡田さんと会ってカラオケしたなったけん電話した。」

『…?』 

 彼の態度と、疲労感と、極めつけの見え透いた嘘に、僕の怒りは最高潮となった。
 自分の心に覚悟を決め、新たなスタートを切った矢先の事なので尚更である。僕は怒鳴る様に彼に言い放った。
「じゃけん今更なんなんって!カラオケ?知らんわ!勝手にやっとけや!」
 そう言い放った後、叩きつけるかの様に電話を切った。もう彼とは関わる事もないだろう。そう思った瞬間、足の力が抜けていき、その場へとしゃがみこんでしまった。
 

 何時間たったのだろう…。気がつくと部屋の中はすっかり暗くなっていた。
 とりあえず起立して足の力を確認した。まだ少し震えているようだが、なんとか立てなくもない。
 僕はまるで幽霊になったかの様に揺らめきながら静かにキッチンスペースへ行き、冷蔵庫から麦茶を取り出し、全て一気に飲み干して深いため息をついた。
 電気をつけ、テレビのスイッチを入れた時、時刻はすでに二十時を回っていた事を知った。
 その場に座り、別に番組を見る訳でもない。無機質な物をただ眺めているそんな感覚だった。ぼーっと一点を見つめていると、何度もお腹が鳴っている事に気がついた。

 やはりどんな状況でも腹だけは減るらしく、なんだか可笑しくなり軽く笑った。そして家の近くにある馴染みの鉄板焼き屋『ねびき』に行って食事する事にした。
 昔から両親とよく行っていた事もあり、学生の僕でもつけの効く唯一のお店である。『ねびき』というお店の名前なので値引きしてくれるのかと思いきや、値引き交渉に全然応じてくれない店主の態度を父親はいつも不満に思っていたらしい。
 我が親ながらナンセンスな話だ。
 お店に到着し、いつもの『広島風お好み焼き 岡田君スペシャル』をぺろりと平らげ、後で払いに来ますと一言の残し店を後にした。
 夜風がそよそよと僕を掠めていき、外灯の光が僕の心を静かに照らしてくれているかの様に思えた。
 玄関へたどり着き、鍵を開けて家に入ろうとすると、後ろから誰かが僕に近づいてきた。暗闇の中なので目を凝らしてじっと見てみると、そこにはうな垂れて俯いたトースがじっと佇んでいた。
彼は唇をかみ締め、少し震えている様子だった。

「何?どしたん?」
 僕は特に驚きもせず、彼を冷たく見た。すると彼は深々と頭を下げて数秒無言になり、震えながらこう呟いた。
「…ごめん。」
 さっきの電話についての事なのか、それとも僕に対して今までの自身の態度についての事なのか、僕は彼の侘びの意味がよく理解できなかった。  
 いつもなら笑顔で事を治めるのだが、今回だけはそういう訳にもいかない。僕は彼に対して優しくなれる気持ちが極めて薄くなっている事に初めて気がついた。
「じゃけん何?」
 そう言い放った瞬間、彼はしくしくと泣き始めてしまった。
彼の泣き顔なんて、出会ってこの方初めて見た訳で、僕はかなり驚き焦った。
「えっ?何?トースどしたん?泣くなって!」
 驚いて掛けた僕の声に、トースはすすり泣きながら懸命に答えた。
「うぅ…、本当はあの時な、バンドメンバーが側におったんよ。いつか忘れたけど岡田さんとあんまり話す事なくなったやん?実はちょっと寂しかったんじゃって。じゃけんバンドのメンバーにボーカルで岡田さんどない?って話出したんよ。んならな、歌聞かんと分からんって言われてな、カラオケ誘えって言われたんよ。岡田さん知らん人おったら絶対来んで言うたら、そんなん俺らおらん言うたらええやんって言われて…。そんな怒るとは思わんかったんよ。あぁ…。」
 それを言い終えると力尽きた様に前側へと倒れ込み、わぁっとまた泣き出した。そんな彼の姿を過ぎていく車のライトがチラチラと照らしている。僕は彼の背中にそっと手をあて、会話が途絶えていた日々の事を、ふと目を閉じて思い返しながら少し考えた。

『彼も彼なりに様々な葛藤や柵の中、生活してきて色々苦労もあったのだろう。こう侘びに来ているんだ、無理に意地を張る必要もない。そんな数ヶ月間の事なんて忘れてしまおう。』

 素直にそう思えて彼をそっと立ち上げた。彼に対して優しくなれる気持ちを取り戻し、人を許せるという大きな勇気を教えられた。
 持っていたティッシュを差し出すと、彼は「ありがとう。」と何度も言いながら止め処ない涙を拭っていた。

「分かった。分かったけん、泣き止んで。俺も悪かったわ。」
 彼は何度も頷きながらまた涙を拭った。
 一向に泣き止む気配の無い様子の彼に少し困ってしまった僕は、その場を改める意味も込め、話の中から少し気になった事を尋ねてみた。 

「んで、俺をボーカルでバンドに入れるって話は何?」
 少し落ち着いてきたのかしゅんと鼻を噛み、そっと天を仰いだ。
 真っ暗な大空に何を感じたのか、しばらくして一度深く息を吸うと、まだ少し涙を含ませた眼のままで僕を見た。
「前にな、岡田さんと何回かカラオケに行った事あるやん?俺上手いなぁ思いながら聞きよったんよ。バンド始めた時から岡田さん誘おかな思いよったんじゃけどなかなか言い出せんくて…。岡田さんが一回話しかけてきてくれた時あったやん?あの時にその事話そ思たんじゃけどいきなり急いで走っていったけん言えんかったんよ。それで俺から話する機会作ろ思てメンバーに話したらこんなんなって…。」
 また泣きかけた彼を優しく嗜めたが、またもや俯いて黙ってしまった。

 歌う事は以前から好きであったし、曲を聴く事も好きであり、また趣味でもあった。
 時代はバンドブームの真只中で、僕自身バンドに対して憧れた時期もあったが、意外とシャイな性格である僕がステージでどうこうしている想像をしただけで身震いしてしまい、一瞬でありえないと思えた。
 しかしこのまま断ってしまうのもトースに申し訳ないし、自分自身を変える兆候なのかもしれないと思った。
 他のメンバーに一度話を伺った後に決断しても遅くはあるまいと、彼にその旨を伝えると、トースはみるみるうちに明るい表情となった。
「メンバーに聞いてみてまた連絡するわ。色々ありがとうな。」
 そうと言うと彼は何回か手を振り、走って家へと帰っていった。
『歩いて家まで来たんかいっ!』と一人寂しく突っこみを入れながら彼の後姿を呆然と見送った。
 彼の姿が見えなくなったのを確認して、なんとなしに残る疑問を感じながらも家へ入り、自分の部屋へと戻った。
 電気をつけベッドへ座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。今すぐ寝てしまおうかとも考えたのだが、シャツがびしょびしょになるくらい汗をかいていたので、とりあえずシャワーだけは浴びる事にした。
 シャワーを浴び終え、牛乳一パック一気飲みを完了させた。後はもう何もしたくない。
 いつもより随分早い時間なのだが、今日は疲れを労い眠る事にしよう。
なんとなく見え隠れしている兆候の兆しをかみ締めながら…。


第二章 兆候おしまい   第三章 困惑に続く

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