デジタルの創生とデジタルの消費は似ているようで違う
DXの取り組みに対する違和感
DX(デジタルトランスフォーメーション)を知っているだろうか。定義はこのようにある。
Wikipediaより抜粋
デジタルトランスフォーメーション(Digital transformation; DX)とは、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念である。2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱したとされる [1] 。ビジネス用語としては定義・解釈が多義的ではあるものの、おおむね「企業がテクノロジーを利用して事業の業績や対象範囲を根底から変化させる」[2]という意味合いで用いられる。
現在、多くの企業がDXに関する部署を立ち上げ、時代に追いつこうと必死になっている。でもその取り組みの多くに僕はずっと疑問を持っていた。
彼らから聞こえてくるのは「WeWork行ってきました」とか「STATION BOOTH使ってきました」、「こんなRPAツールを試してみました」という「デジタルの消費」報告ばかりだったからだ。
デジタルに対するアプローチが消費しかないから、僕はいつも違和感を感じていたのだと思う。
もちろん、情報共有としてはありかもしれない。(ただ、そのスピード感は、個人的にかなり遅いと感じているけれど、、、。ニュースアプリや誰かのnoteやBlog等の方がよっぽど情報が早い)
Instagramの創設者ケビン・シストロムの言葉
そんな中、みんな大好きInstagramの創設者であるケビン・シストロムさんのインタビューを見て、このことについてとても考えさせられた。
ほとんどの子どもがそうですが、プログラミングからコンピューターの世界に入るということは、まずありません。
私の場合、特に1990年代ですから、ゲームがきっかけでした。よく学校から帰ると、宿題なんてほったらかしにして、『ドゥーム』のようなゲームをやっていました。当時の子どもにとって、『ドゥーム」は最高のコンピューターゲームでした。
でも、しばらくすると、チートコードなど裏技を使って遊び尽くしてしまい、飽きてしまったんです。
そんなときインターネットで、自分で新しいレベルを作れるという書き込みを見かけました。
それで、「そうか、作られたものを消費するだけでなく、自分が面白いと思うバージョンを自分で作ればいいんだ」と気がついたのです。
デジタルを創生する側にまわる
僕は、人口寿命が延びている一方で、サービスライフサイクルが年々短くなっていっていることから「ゼロをイチにする必要性が増す」といつも書いている。(何度もしつこいかもしれないけれど、、、)
だから「右から左に、ただデジタルを消費するだけ」では、早々に詰んでしまう時代になったと考えている。(そこに付加価値は何もないし、、、)
そうじゃなくて、ケビン・シストロムさんが言うようにゼロベースでDXを考え、必要あらば自分たちがデジタルを創生する側にまわる、と考えていくことが大切なのではないだろうか。
そのためにも「上から言われたからやる」というマインドのままでは、いつまでたってもゼロからイチのアウトプットが生まれることはないようにも思う。
時代を読んで、必要なものを先んじて創る。そんなマインドが今求められているように僕は考えている。
いろんな意見があるかもしれない、でもあくまでこういう風に自分は考えているという話。
俺はこういう人間だ(ビッグダディ風)
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最近真面目な投稿が続きすぎており、少しでもふざけ要素を入れようとした結果、(下手したら人を不快にさせてしまう可能性がある)しょうもないオチしか思いつきませんでした。
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