『黒一点は特異点!?』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
四国を拠点に活動する4人組のローカルアイドルグループ、『四国八十八』。当初は四国で細々と活動していたが、そのアイドル離れした歌唱やダンスのパフォーマンス、メンバーそれぞれの魅力的なルックスやパーソナリティがネットやSNSの影響で(多少)バズり、全国的にもカルト的な人気を集めるまでに成功した。
ここでグループ運営は「勝負の一手」を打つ。ある秘密を抱えた新メンバー、日下晴を加入させることにしたのだ。晴はある秘密がバレないように懸命に振る舞うが……晴自身は実は本人も把握していない、もっともっと大きな秘密を抱えていて……。
ローカルアイドルグループを取り巻くちょっと不思議なストーリー。
本編
1
「うおおおっ!」
観客の大きい声援がステージ上に向かって送られる。大部分が野太い男性の声援だ。それもそのはず、女性ローカルアイドルグループ、『四国八十八(しこくエイティーエイト)』のライブ会場だからである。
「はい! あらためて今日はどうもありがとうございます!」
切れ長の目が印象的な女の子が頭を勢いよく下げる。黒いポニーテールが揺れる。
「おおっ!」
「今日は私たち、四国八十八初の四国ツアー、ファイナルですっ!」
「うおおっ!」
ポニーテールの言葉に観客が野太い声で応える。そう、この四国八十八が四国四県を巡ってのツアーは初めてのことである。
「しかも今回は、各県でそれぞれ一番大きなアリーナを会場にさせてもらってですからね~いや~どう思います?」
ステージの左側に立つポニーテールが、自分の右側に並ぶ四人に対して問いかける。少し紫がかった髪色の姫カットの女の子が大きな目をまばたきさせながら応える。
「っていうか、四国にアリーナってあったんですね~」
「暴言はダメ!」
ポニーテールが即座に突っ込んで、観客席から笑いが起こる。たれ目と豊満なスタイルが特徴的な赤色の長い髪を後頭部の上の方でまとめた女の子が口を開く。
「でも……本当に大勢のお客さんに来てもらって~」
「そうですねえ」
「誰も来ないんじゃないかなと思って~」
「ネガティブなことを考えていたんだね」
赤髪ののんびりとした発言にポニーテールが苦笑する。
「……蓋を開けてみたら、全会場、全公演ソールドアウトで~」
「そうなんですよ! なんと10万人動員です! 皆さんのおかげです!」
「おおおっ!」
ポニーテールの発言に観客が拍手と声援で応える。
「四国に10万人も人がいたんですね~」
「ちょっと黙っていてくれる?」
姫カットをポニーテールが笑顔をたたえたまま注意する。観客が笑う。
「……忘れられないツアーになったよ」
銀髪のショートカットでボーイッシュな雰囲気を身に纏った女の子がポツリと呟く。会場のそこかしこから黄色い歓声が聞こえてくる。女性人気が高いメンバーだ。ポニーテールがうんうんと頷く。
「まったくその通りですね」
「この四国八十八が活動を開始してから、わずか二年弱でここまで来られるとは……感慨深いものがあるね」
「確かに……」
四国八十八……とても女性アイドルグループとは思えないグループ名だ。漢字で八十八と書いて、英語で読ませるというのはそれなりにインパクトがある。だがしかし、『なんとかエイト』と言うと、東京の秋葉原を本拠地として活動するグループとその系列グループとして、全国各都市のみならず、アジア地域にまで展開する『4〇グループ』をどうしても思い出してしまうのだが……それが狙いらしい。運営曰く『40もプラスすれば、なんとか勝てるだろう』という考えのようだ。なんとも低い志である。『46……2くらいマイナスでも構わない、ちょうどいいハンデだ』という、なんとか坂46……いわゆる『坂〇グループ』の運営の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいところだ。
「えっと~それじゃあ、アタシたちのこれまでの歩みをVTRにまとめました、ステージの大型ビジョンにご注目ください~」
赤髪がのんびりとした口調で告げる。観客の目がステージ上に設置された大型ビジョンに集まる。四国八十八の結成前夜、オーディション風景やレッスンを受ける様子など貴重な映像をまとめたものが数分間流される。暗くなったステージにショートカットと赤髪の声が聞こえる。
「それでは……」
「ええ、ここからはソロコーナーです~本日のトップバッターは彼女です~爽ちゃん、よろしく~♪」
「いえ~い!」
明るくなったステージにスカート姿からパンツ姿に着替えたポニーテールが元気よく飛び出してくる。
「爽ちゃん~!」
観客が一斉に緑色のペンライトを振る。緑色はポニーテールのイメージカラーだ。ポニーテールはそれを見て、満足気に頷く。
「徳島県出身! 七友爽(ななともそう)です! 今日も盛り上がって行きましょう!」
「イエーイ!」
爽と名乗ったポニーテールの呼びかけに観客が応える。爽が笑みを浮かべて、さらに声を上げる。
「聴いてください! 『UZUSIO』!」
音楽が流れる。軽快なダンサブルナンバーだ。爽は曲に合わせた見事なダンスを披露する。女性らしい可愛らしい振り付けだけでなく、頭を地面に着けて回転するという技も披露し、観客席のボルテージは一気に上がる。激しい動きにも関わらず、息切れはほとんど起こしていない。歌も問題なく歌い上げる。わずか数分間でアイドル離れしたパフォーマンスを遺憾なく発揮してみせた。観客はペンライトを振りながら声を上げる。
「うおおっ! 爽ちゃんー!」
「はい、どうもありがとうございました! お次は彼女! 」
客席に向かって丁寧にお辞儀した華はステージを上手側から去りながら、左手をステージ中央に指し示す。スカート姿から軍服風の衣装に着替えたショートカットが下手側からステージに登場する。
「きゃああ!」
一際大きい黄色い歓声が上がる。青色のペンライトが一斉に振られる。青が彼女のイメージカラーだ。ショートカットはステージ上から微笑んで、右手を左右に小さく振る。
「高知県出身、平末涼(ひらすえりょう)です。よろしく……」
「涼ちゃんー!」
「それでは聴いてください……『心の洗濯』……」
音楽が流れる。バラードナンバーだ。涼と呼ばれたショートカットは、高らかに朗々と歌い上げる。その様子にはどこか荘厳さのようなものを感じさせるものであった。伸びの良い歌声は客席の奥の方まで響き渡る。観客はその歌声に聞き惚れながら、ペンライトをゆっくりと前後に揺らすように振る。曲を歌い終え、涼は深々とお辞儀をする。
「きゃああ! 涼ちゃんー!」
「はい、どうもありがとう……続いては……」
涼はステージを上手側から去りながら、左手をステージ中央に指し示す。スカート姿からより露出の多い、一見すると、水着のような大胆な衣装に着替えた赤髪が下手側からステージに登場する。
「ぬおおっ!」
観客が一斉に赤色のペンライトを振る。赤が彼女のイメージカラーだ。赤髪は満面の笑みを浮かべながら、頭をぺこりと下げる。それに合わせて、たわわな胸も揺れる。客席のこれまで以上の興奮が伝わってくる。
「愛媛県出身~川原和(かわはらのどか)で~す、よろしくね~♡」
「和ちゃ~ん!」
「聴いてください~『ファーストキスは柑橘系♡』」
音楽が流れる。いわゆる典型的なアイドルポップスだ。曲調はそれなりに早いが、和と呼ばれた赤髪のゆったりとした歌い方に不思議にマッチする。途中ラップのパートが入る。早口で歌わないとならないところで、和もそこは懸命に合わせようとするが、どうしてもズレてしまう。しかし、そのズレが妙な味わいを生み出している。愛らしいダンスも含めて、観客の誰もが笑顔になってしまう。そうやっている内に曲が終わる。
「ぬおおっ! 和ちゃ~ん!」
「ははっ、どうもありがとう~それじゃあ、お次は~?」
和はステージを上手側から去りながら、左手をステージ中央に指し示す。スカート姿からよりフリフリとした、昭和のアイドルのような衣装に着替えた姫カットが下手側からステージに登場する。
「ぐおおっ!」
観客が一斉に紫色のペンライトを振る。紫が彼女のイメージカラーだ。姫カットは両手を腰に当てて、嬉しそうに笑みを浮かべながら客席を見回す。見回した後、ひと呼吸置いてから、姫カットが口を開く。
「香川県出身、冴木煌(さえききらら)! 今日はきららが地元をガンガンに盛り上げていくから、しっかりついてきなさいよ~?」
「煌ちゃーん!」
「聴きなさい、『ウドンと大爆発!』!」
音楽が流れる。電子音主体の曲だ。歌詞も良く言えばエキセントリックである。言い換えればぶっ飛んでいる。だが、煌と呼ばれた姫カットの独特な声……いわゆるアニメ声にはよく合っている。キャッチーなサビの部分では、見ているこちらも思わず真似したくなるような振り付けがつけられている。客席も大いに盛り上がる。曲が終わる。
「ぐおおっ! 煌ちゃん!」
「どうもありがとう~ソロコーナーはここでおしまいと言いたいところだけれど……今日はまだ終わりじゃないの。分かっているわよね~?」
煌が客席に呼びかける。観客も応える。
「分かってる~!」
「よろしい……それじゃあ、最後は……この四国八十八、期待の新メンバーの登場よ! ぶちかましてやりなさい!」
煌はステージを上手側から去りながら、左手をステージ中央に指し示す。スカート姿からより短いミニスカート姿に着替えたやや茶髪のショートボブ……というかボクが下手側からステージに登場する。
「おおっ!?」
客席から好奇が入り交じった視線が向けられる。ボクは最初、それに面食らってしまう。ライブが始まった時から、最初の五曲は他の四人とともに、歌って踊ったのだが、無我夢中だったこともあり、視線はそれほど気にならなかった。だが、こうして一人でステージに立つと、否が応でも視線を感じてしまう。ボクは振るえる両手でマイクを握り、緊張しながら話す。
「えっと……この度、四国八十八に新加入しました、愛媛県四国中央市出身の日下晴(くさかはる)です……せ、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします……!」
ボクは頭をこれでもかと下げる。やや間を置いてから、客席から声が聞こえてくる。
「晴ちゃん~!」
「!」
ボクは頭を上げる。客席には黄色のペンライトが多く振られている。黄色は新たに定められたボクのイメージカラーだ。お客さんの温かさにボクは目頭を熱くさせてしまう。涙を指で拭う。
「頑張れ~」
そうだ、泣いている場合ではない、これからパフォーマンスで魅了しなくてはならないのだ。ボクはマイクを通して声を上げる。
「そ、それでは聴いてください! 『四国の中央で愛を叫べ』!」
音楽が流れる。歌謡曲チックなテイストもあるロックナンバーだ。ボクは力の限り歌う。スタッフやメンバーが言うには、所々ハスキーな声質が曲調にぴったりだと言う。そういった言葉を思い出しながら、ボクはダンスもこなしつつ、歌を歌い終えた。すると……。
「うわあああっ!」
「!!」
大きな歓声が上り、ボクは体をビクッとさせる。
「……いやいやいや、良かったんじゃない?」
「素敵だった~」
「実に魅力的なパフォーマンスだったね……」
「まあ、この四国八十八に入るんですもの、それくらいはやってもらわないと困るわよね」
白いシャツに胸元に赤いリボン、黒いミニスカートに、ハイソックスという衣装に着替えた、爽と和、涼と煌がステージ下手から登場する。
「おおおおっ!」
「……あらためて、今の晴ちゃんのパフォーマンス……皆さん、いかがでしたでしょうか~!?」
「最高~!!」
爽の呼びかけに対し、客席が大きな声で応える。
「あ、ありがとうございます!」
ボクは再び、頭を下げる。
「これから、この晴ちゃんも加えた五人体制で頑張っていきます! 新生四国八十八をどうぞよろしくお願いします!」
「うおおおおっ!!」
客席からさらに大きな歓声が上がる。
「よ、よろしくお願いします!」
ボクは三度、頭を下げる。
「ね~というわけで……」
爽が話を始めた為、ボクはさりげなく袖に引っ込む。このMCの間にボクも皆と同じ衣装に着替えなければならない。急いで着替えて、下手側に回り、ステージに再び登場する。メンバーは自然に、ボクも会話に混ぜてくれる。新顔のボクのことをちょっといじってくる。
「は、はははっ……」
ボクは気の利いた返しがあまり出来ずに苦笑するばかりであった。
「……それじゃあ、そろそろライブ後半戦と行きましょうか! 皆、準備はいいかなー!?」
「おおおおおっ!!」
爽の呼びかけに観客が大声で応える。
「OK! 盛り上がっていきましょう!」
爽の声で、音楽が流れる。そこから五曲、五人でパフォーマンスをして、一旦袖に下がる。観客からのアンコールに応え、上からライブTシャツを着たボクたちは再びステージに出て、三曲歌った。一人ずつ挨拶をした後、爽が高らかに声を上げる。
「あらためて、晴ちゃんを加えた、新生四国八十八……これからも四国を……いえ、さらに、日本全国を盛り上げていきたいと思っておりますので、皆さん、応援をよろしくお願いします!!」
「うおおおおおおっ!!」
ライブは大好評のまま終わり、ボクたちは楽屋へと下がってきた。
「晴ちゃん、お疲れ!」
「あ、お、お疲れさま……」
「晴、良かったよ……」
「あ、ありがとう……」
「晴ちん、最高~♡」
「あ、うん、どうもありがとう……」
「はるる、次もこの調子で頼むわよ!」
「う、うん、頑張るよ……」
爽、涼、和、煌とそれぞれ挨拶をかわしたボクは彼女たち四人とは別の楽屋に入る。楽屋に入ったボクはまずTシャツを脱ぎ、ため息をつく。
「ふう……」
「良かったわよ……」
「う、うわあっ!?」
ボクの背後から眼鏡をかけたパンツスーツ姿の女性が突然声をかけてきたので、ボクは素っ頓狂な声をあげてしまう。
「そんなに驚くこと?」
「お、驚きますよ! な、なに、楽屋に入ってきているんですか!?」
「マネージャーがタレントの楽屋に出入りするのは普通じゃない?」
マネージャーと名乗った女性が小首を傾げる。そう、彼女はボクら、四国八十八のチーフマネージャーだ。プロデューサーのような業務も兼任している。仕事の出来る人だ。四国八十八の躍進は彼女の手によるものも大きく、メンバーたちからは絶大な信頼を受けている。
「き、着替え中ですよ!?」
「別に良いでしょう。逆なら問題だけど」
「ぎゃ、逆……」
「ええ」
「やっぱり無茶ですよ!」
ボクはシャツを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。半球形のプラスチックのものが二つ、床にころころと転がる。胸パッドである。
「……」
「男が女装して女性アイドルグループに入るなんて!」
「……無茶は承知の上よ」
「こっちは承知していません!」
「そのつもりでオーディションを受けにきたんでしょう?」
「そんなつもりじゃありません!」
「ええ?」
「ええ?じゃあないですよ! エンタメ業界に興味があったから、地元に近いところで勉強させてもらおうと思って事務所のスタッフ募集に応じただけだったのに……」
「いやあ、中性的な雰囲気にピンと来たのよね……」
マネージャーが眼鏡をクイっと上げる。
「勝手にピンと来ないでくださいよ!」
「……四国八十八がさらに大きな存在にステップアップする為にはあなたが必要だったのよ」
「マジでそう思っています!?」
「マジもマジ、大マジよ……」
マネージャーが深く頷く。
「大体、よくメンバーが反対しませんでしたね。今さらな話ですけど……」
ボクは隣の楽屋の方を見つめる。
「むしろ彼女たちの方が乗り気だったわ」
「そ、そんな……!?」
「だからあなたはなんら気兼ねすることは無いの」
「……今後、四国八十八はますます注目度が上がって、ローカルアイドルグループの枠には当てはまらない存在になっていくでしょう……」
「そうね、四国ツアーで十万人動員ですもの、話題になるわ」
「……メンバーに男がいるってバレたら大スキャンダルですよ!?」
「……バレたらその時はその時……逆に良いネタになるわ」
「はい?」
「とにかく、日下晴くん……いや晴ちゃん、四国八十八の黒一点メンバーとして、これからも頑張ってちょうだい!」
「え、ええ……」
マネージャーがボクの両肩をがっしりと掴む。そして、ボクは楽屋で途方に暮れる。上半身裸のミニスカート姿で。
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