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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第8話 慈愛(6)

 アケの唇が極寒にいるように青く震えている。
 青猿は、アケが何を言わんとしているのか分からなかった。
 アケは、厚手の布に覆われた本来の目に触れる。
「子どもたちが邪教に攫われたと聞いた時、思ってしまったんです。その子たちが私と同じ目にあったらどうしようって。私と同じように親に捨てられてしまうのではないかって」
 アケの蛇の目から涙が流れる。
 アケの言葉に青猿とウグイスの表情が凍りつく。
「私は、親の愛を知りません。物心ついた時から愛情なんて注がれたこともない。でも、こんな目じゃなかったら邪教になんて攫われなかったらきっとお父様とお母様も私を愛してくれたのではないかと思うんです。思ってしまうんです。だから・・もし、貴方の子どもたちが私と同じようなことをされたら貴方から子どもへの愛情が消えてしまうのではないか、私と同じような愛を知らない子どもになってしまうのではないか、そう思うだけで、そう思うだけで・・・」
 アケは、それ以上言葉を出すことはできなかった。
 青猿がアケを優しく、強く抱きしめたから。
「すまなかったな。幼妻をこんなに苦しめてしまって」
 青猿は、団子にしたアケの髪を優しく撫でる。
「私は、攫われた子たちがどんな容姿になろうと捨てることも嫌うこともない。だから安心してくれ」
 アケは、青猿から感じる温かいミルクのような香りに癒されるのも感じながらも唇を噛み、細い手をぎゅっと握りしめる。
「では・・,なぜ・・・」
 アケは、顔を上げて青猿を見る。
 その顔は、悲しみにクシャクシャに歪んでいた。
「なぜ、お父様とお母様は私を愛してくれなかったのですか?」
 青猿は、深緑の双眸を細め、唇を固く紡ぐ。
 ウグイスは、アケに手を伸ばして抱きしめたい衝動に駆られる。
 しかし、ウグイスの代わりに青猿がぎゅっとアケを抱きしめた。
「すまない」
 青猿は、アケの顔を自分の胸に押し付ける。
「私は、幼妻の質問に答えられるだけの語彙と納得させるだけの知恵を持ち合わせていない」
 アケは、青猿の言葉とミルクのような匂いに身体の力が抜けていくのを感じた。
(私ってダメだな)
 今は、こんなことをしている場合ではないのに。
 溢れ出してしまった感情を抑えることが出来ず、青猿とウグイスを困らせてしまった。
 本当に辛いのは自分じゃなくて青猿とその子ども達なのに・・・アケは、未熟で子どもな自分を呪った。
「すいませんでした青猿様・・もう大丈夫です」
 アケは、青猿から離れようとするが、青猿の手はアケをぎゅっと抱きしめて離さない。
「青猿様?」
 アケは、青猿を見上げる。
 青猿は、深緑の双眸をアケに向ける。
「母となろう」
 アケは、青猿の発した言葉の意味が分からなかった。
 青猿は、柔らかく微笑む。
 優しい笑み。
 ツキのような愛しいさを感じる笑みともウグイスのような楽しく、嬉しくなるような笑みとも違う、心の奥から温めてくれるような優しい笑み。
 この笑みは、何と言うのだろう?
「私にはお前に投げかけるだけの言葉がない。しかし、お前に愛を注いでやることは出来る」
 アケは、蛇の目を大きく見開く。
「私がお前の母となろう。今まで足りなかった愛を私が注いでやる。だからもう泣くな。愛しい娘よ」
 青猿は、笑みを浮かべる。
 アケは、その笑みの名前が分かった。
 その笑みの名前は慈愛。
 無償に注がれる母の愛だ。
「青猿様・・・」
「その呼び方は止めだ。お母さんと呼びなさい。子どもたちはみんなそう呼ぶ」
 青猿は、子どものようにアケの頭を撫でる。
「分かった?アケ」
 アケは、心が温かくなるのを感じた。
 ツキに感じるものとはまた違う愛しい気持ちが湧き上がる。
「お母さん・・・」
 アケは、ぎゅっと青猿を抱きしめる。
「また、甘えん坊が1人増えたな」
 青猿は、嬉しそうに言う。
 アケは、今まで感じたことのない、しかしどこか懐かしい温もりに身体と心を沈めた。
 大きな咳払いがする。
 アケは、はっと我に返り、顔を見て上げると顔を赤らめてむすっとしているウグイスと嬉しそうに目を輝かせているアズキがこちらを見ていた。
「置いてけぼりはひどくない?」
 ウグイスは、視線を右に反らし、唇を尖らせて言う。
「ごめん、ウグイス」
 アケは、青猿から離れると両手を合わせてウグイスに謝る。
「良かったねお母さんが出来て」
 口では賛辞を送るがその口調は仲間外れにされてしょげている幼子のようである。
 それを見て青猿は笑う。
「なんだ、羨ましいならお前も娘にしてやるぞ。子どもが増えるのは大歓迎だ」
「・・・遠慮します」
 ウグイスは、ぷいっと首を横に向ける。
 その仕草がなんとも可愛らしくてアケは笑ってしまう。
 そしてふと思い出したように青猿の方を見る。
「でも、青猿様」
「お母さんだ!」
 間髪入れなきゃ返しにアケは身を引いて口を塞ぐ。
「お・、お母さん」
 アケは、口に出して少し気恥ずかしくなる。
「それで行くと夫である主人もお母さんの子どもってことになりますけど・・」
 アケに言われて青猿は初めてその事に思い至り、顎を摩りながら湯船に身体を沈める。
「あいつが息子はさすがに嫌だな」
「・・・ですよね」
 アケも苦笑いを浮かべて湯船に浸かる。
 それに釣られてウグイスも浸かる。
「だが、2人の子どもならいつでも大歓迎だ。私の子どもにしてやる」
 青猿は、笑いながら言う。
「それってお母さんじゃなくてお婆ちゃんじゃないですか?」
 ウグイスは、半眼になって言う。
「子どもはどれだけ増えても子どもだ」
 青猿は、少し拗ねたように言う。
 どうやらお婆ちゃんと言われるのは嫌らしい。
 それを見てアケは笑う。
「ははっでもまだ、コウノトリさんが来てくれないので・・」
 アケの言葉にウグイスと青猿は同時に眉根を寄せる。
「コウノトリ?」
 ウグイスが首を傾げる。
 その反応をみてアケも首を傾げる。
「主人の国ではコウノトリって言わないの?」
「いや、コウノトリはコウノトリだけど・・」
 ウグイスは、なにか釈然としないように言う。
 青猿も何かがおかしいと思ったのかアケをじっと見る。
「アケ・・」
「はいっ」
 アケも青猿を見る。
「お前は子どもがどうやって出来るか知ってるか?」
 青猿の質問にアケは眉を顰める。
「だからコウノトリさんが運んできてお腹の中に入れてくれるんですよね。知ってますよそれくらい!」
 アケは、何故か馬鹿にされたと思ったらしくて怒ったように言う。
 ウグイスと青猿は、お互いの顔を見合わせる。
「アケ・・夫婦のことだから失礼なのは百も承知なんだけど・・・」
 ウグイスは、恐る恐る口を開く。
「王とは夜の営みはしてるのよね?」
「営み?」
 アケは、首を横に傾げる。
「一緒に寝てるのかってこと!」
 ウグイスは、思わず声を上げる。
 その言葉を聞いてアケは頬を赤く染める。
「寝てるよ」
 それを聞いて2人は、ほっと胸を撫で下ろす。
 アケは、恥ずかしそうに両方の頬に手を当てる。
「いつもぎゅっと抱きしめてくれてキスしてくれるの」
 ウグイスと青猿は、信じられないものを見るように何度も瞬きをする。
「それだけ?」
 ウグイスは、絞り出すように声を出す。
「それだけって?」
 アケは、本当に意味が分からないらしい。
「だってたまに腰が痛そうにしてるじゃない?それって」
 そう言う意味でしょっとウグイスは言おうとするもアケの純朴な顔を見て飲み込んでしまう。
「ああっ私達のベッドって狭いから変な格好で寝ると腰が痛くなっちゃうのよね。それこそお婆ちゃんみたいだね」
 アケは,あっけらかんと言う。
 ウグイスは、何故か腹が立ってきた。
「あいつも寝てるだけなのか?」
 今度は、青猿が口を開く。
「んーっキスした後に何か服の中に手を入れようとしてくるんだけど恥ずかしいからやめてって言うの。意外と主人も助平だよね」
 アケは、頬を赤らめて言う。
 ウグイスと青猿は、ツキに心底同情した。
「アケ」
 ウグイスは、アケの細い右肩に手を置く。
「今日の夜、私と一緒にちょっと勉強しようか。大人の勉強」
「へっ?」
 青猿もアケの左肩に手を置く。
「私も付き合う。いくら何でもあいつが不憫過ぎるからな」
 ウグイスと青猿は、お互いに目配せし、頷くと小さくため息を吐いた。
 その2人の反応を見てアケはむっと腹が立つ。
 何だろう、この馬鹿にされたような、憐れまれているような2人の反応は・・。
「ちょっともう私大人だよ!赤ちゃんじゃ・・・」
 その時、アケの脳裏で閃光が光った。
(赤・・ちゃん?)
 思い出したのは自分の幼き頃、記憶にすらない、本来の目がまだあって、額に蛇の目がなかった時に自分がいた場所・・・。
「分かった・・・」
 アケは、ぼそりっと呟く。
 アケの言葉にウグイスは、眉を顰める。
「いや、アケ。ちゃんと夜に教えて上げるから」
「そうじゃない!」
 アケは、思わず声を荒げる。
「分かったかもしれないの!子ども達がいる場所!」

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