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エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(2)

 エガオちゃんは、本当に元気だった。
 少し目を離すとどこかに走っていって棚にある物を弄ったり、中庭に出て泥んこになるまで遊んだ。
 その度にお風呂に連れて行って身体を洗うと泡だらけになるのと身体を触られて擽ったいので笑い転げる。
 ご飯もたくさん食べた。
 作ったら作っただけ食べて特に甘いものが大好きで虫歯にならないか心配した。
 そんなエガオちゃんの姿と幼かった時のあの子の姿が重なり辛かった。
 うざかった。
 近寄らないで欲しかった。
 でも、目が離せなかった。
 心配で仕方なかった。
 そんな矛盾した気持ちが私の中でせめぎ合い、屋敷に戻ると強い酒を煽った。
 エガオちゃんを屋敷に連れてくることはなかった。
 あの子との思い出の詰まった屋敷に他の子を入れる気にはどうしてもならなかった。
 私は、エガオちゃんが眠ると屋敷に帰り、起きる前に宿舎に戻る生活を続けた。
 その為か深酒はすることはあっても夜遅くまで遊び歩くことも無くなったので身体は幾分軽くなった気がする。
 目を覚ますとエガオちゃんは「ママ」と呼んで抱きついてくる。
 なんで私をママと思ったんだろう?
 この子と私は祖母と孫と呼べるくらい年が離れている。
 この子の亡くなった母親が幾つだったかは知らないが少なくても私よりは歳下に違いない。
 そしてとても綺麗な女性だったのだろうことはこの子の顔立ちを見れば分かる。
 しかし、抱きついてきたこの子を抱きしめ返すとそんなことはどうでも良くなる。
 この子から発せられるミルクのような甘い匂い、柔らかな髪、優しい温もり、そのどれもがあの子を思い出させる。
 私は、エガオちゃんを呼ぶ時、何度もあの子の名前と間違えて呼んだ。
 エガオちゃんは、その度にきょとんっとした顔をするけど、すぐに笑顔になって「ママ」と寄ってくる。
 その度に胸が締め付けられる。
 痛いくらいの熱い何かが込み上げてくる。
 私は、必死にその想いを押し潰す。
 奥へ奥へと引っ込める。
 私の娘はあの子だけ。
 この子は私の娘じゃない。
 そう心の中で叫んで固い蓋を閉じた。
 しかし、ある時その固く閉じた蓋が音を立てて開いてしまった。
 その日の夜、私はグリフィン家の名代として公爵の一人が主催するパーティーに出席した。
 帝国との戦争が激化する中、貴族同士での団結を結ぶ決起集会と言うことだが、ようはただの憂さ晴らしだ。
 本来は夫の勤めだがメドレーでの公務が忙しい為に私が代わりに出席することになった。
 当然、その日のうちに帰れる訳がなく、私は夫と従者にエガオちゃんの世話を託した。
 エガオちゃんには帰りが遅くなるからご飯を食べて寝てるのよと伝えた。
 彼女も「はーいっ」と返事した。
 私は、後ろ髪を少し引かれる思いもあったが同時に強い安堵を覚えた。
 この子と少し離れる時間を設ければ胸の中に生まれたこの思いを鎮めることが出来る。いらない感情を捨てることが出来ると本気で思った。
 パーティーを終え、屋敷に戻ったのは日が変わってからだった。
 深酒は元々していたがそれ以上に人の臭いと会話に酔い、疲れ果てた私は風呂に入ることも忘れて寝てしまい、起きたのは日が昇ってだいぶ経ってからだった。
 しかし、それでも私は慌てることなかった。
 どうせエガオちゃんは夫と従者が面倒見てくれているのだからとお風呂に入って身体を洗い、ムカムカする胃を押さえながら食事をし、身支度を整えてからメドレーへと向かった。
 その時の私を私は本気で殴りたい。
 メドレーに着いてからも私は慌てることなく執務室に向かった。
 私がいなくてむすっとしているだろうからご機嫌取りにお菓子を持ってきたのでこれで許してくれるだろう、そんなことを考えながら執務室の扉を開けた。
 しかし、そこにエガオちゃんの姿はなく、代わりに表情を青ざめた夫が「今朝からあの子がいないんだ」と言った。
 私は手に持ったお菓子を投げ捨て執務室を飛び出した。

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