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エガオが笑う時 第6話 絶叫(6)

 それからのことは覚えていない。
 ヌエとマナは、姿を消していた。
 それだけでなくオーガに変貌した戦士達も姿を消していた。
 残ったのは紫電に焼かれたイーグルとオーガに傷つけられた戦士達、そして私が傷つけたカゲロウだった。
 なんでカゲロウがあそこにいたのかは分からない。
 分かっているのは・・私がカゲロウを傷つけたということだけだった。
 私が・・・カゲロウを・・・。

 私は、王国騎士団専用の病院に来ている。
 誰に連れてこられたかも覚えてない。
 病院の手術室の前に立って覗き見ることも叶わない分厚い鉄をひたすらに見続けている。
 この中で懸命に死神と戦っているカゲロウの姿を見ようとする。
 でも、見えない。
 見えるわけがない。
 私は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「エガオ」
 いつの間にかグリフィン卿が私の横に立っていた。
 鋭く、強い眼差しで私を見る。
「無事で良かった」
 グリフィン卿は、そっと私の肩に手を置く。
 無事?
 なにが無事なの?
 私は、苛立ちを、怒りを飲み込む。
 この怒りはグリフィン卿に、誰にぶつけるものではない。
「あの魔法騎士は?」
 私は、震える声でグリフィン卿に訊く。
「逃げた。恐らく当日まで姿は見せないだろう」
 当日?
 私は、グリフィン卿に目を向ける。
 グリフィン卿の目が大きく見開く。
 そんな酷い顔してるのかな?今の私?
「当日って何ですか?」
 私が質問するとグリフィン卿は、どう答えたものかと唇を紡ぐ。
「答えてください」
 私は、グリフィン卿を睨む。
 グリフィン卿を睨むのなんて人生で初めてだと思う。
 グリフィン卿もショックを受けた顔をしながらも辿々しく言葉を繋ぐ。
「奴らの隠れ家を襲撃した時、一つの計画書を見つけた。リヒト王子と抵抗の姫のお披露目会に乗じて凶獣病患者ライカンスロープを王都に解き放ち、国を滅ぼす、と。まさか獣人のことだけではなかったとはな」
 グリフィン卿は、歯痒そうに唇を歪ませる。
「通常の凶獣病ライカンスロープとは違い、オーガは、感染の判別も出来なければ特効薬も効かない。対処が出来ん・・」
 対処が出来ない?
 何を言ってるんだろう?
「出来ますよ」
 私の言葉にグリフィン卿は、怪訝な表情を浮かべる。
オーガを操るにはマナの力が必要です。マナの力を使うには隠れた状態では決して使えない。魔印の魔力が届く所にいる必要がある。それにあの下賎な男のことだから自分が姿を見せることが王国、帝国への復讐になると思っているはずです」
 大した身印でもないくせに。
 でも、今はその虚栄心がありがたい。
 私は、背中に背負った大鉈の柄を握る。
「姿を見せた瞬間、私があの男を斬ります。どんなことがあっても。そして・・・」
 私は、目を閉じる。
 この言葉を発したらもうあの場所には戻れない。
 戻る資格なんて無くなる。
 いや、もう資格なんてない。
 私の手は再び穢れてしまったから。
 私は、目を開く。
「マナを斬ります」
 私の言葉にグリフィン卿の表情に動揺が走る。
 私は、冷徹に、感情なくグリフィン卿を見る。
「私は、メドレーに戻ります。そして・・・」
 私は、一瞬、言葉を躊躇い、そして綴る。
「笑顔のないエガオに戻ります」
 鎧の下に隠した花の指輪が小さく泣いた気がした。

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