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エガオが笑う時 第3話 デート(4)

 待ち合わせ場所にしていた馬に乗って剣を店高く掲げる騎士の銅像の前にカゲロウが立っているのが見えた。
 私は、待ち合わせ時間に少し遅れてしまったことと恥ずかしさから顔を伏せてカゲロウに近寄る。
 私が近寄ってくることに気づいたカゲロウは、手を上げようとして固まる。
 そして大きく口を丸く開ける。
「遅くなってすいません」
 私は、恥ずかしさに消え入りそうな声で謝る。
「あっいや・・・俺も片付け終わって今やってきたところだから・・・」
 カゲロウは、声を詰まらせながら何度も無精髭を擦りながら私を見る。
「やっぱり変ですか?」
 私は、恥ずかしさのあまり泣きそうになる。
 あの後、私とカゲロウは店の閉店作業を終え、スーちゃんにご飯をあげたらそのまま出ようと話していたのだが、マダムと4人組がそれを制した。
「カゲロウ君!女の子には準備があるのよ!」
 マダムは、私の両肩を抱えて柳眉を釣り上げてカゲロウを叱る。
 何も分かっていないと言わんばかりに。
 後ろで4人組もマダムに賛同する。
「ちょっと準備してくるから片付け終わったら騎士の銅像前で待ってなさい!」
 そう言って私を引きづるように連れ去った。
 そのままいつもの浴場に連れて行かれると髪を洗い、身体を洗い、いつも以上に化粧を塗られ、髪を結い上げられ、そして・・・・。
「いや、すげえ可愛いなあ。その格好」
 鎧下垂れは、薄桃色のものから明るいレモン色のロングスカートのものに着替えさせられた。肩の辺りがぼんぼりのように膨らみ、スカートの裾には白い編み込まれたレースが付いている。生地にも白い花の絵が目立たず、しかし華やかに縫われており、鎧を身につけてなかったら可愛らしいワンピースと言っても差し支えないデザインだ。そして結い上げられた髪には桃色ピンクの大きめなリボンが丁寧に結び付けられ、蝶が愛らしく止まっているように見える。それに合わせて前髪には花を装飾された髪留めが付けられていた。
 姿見で全身を見せられた瞬間、鎧と大鉈がなかったらとても自分とは気づかなかっただろう。
 私は、恥ずかしすぎてとても街なんて歩けないと浴場を出るのを拒否したが「女なら覚悟を決めなさい!」とマダムと4人組に送り出され、今ここにいる。
 カゲロウは、しげしげと私を見る。
 私は、恥ずかしさにいたたまれなくなる。
「この鎧下垂れはマダム?」
「はいっどうせ鎧は脱がないだろうからと鎧を着てもお洒落なものを選んで加工したって・・」
「髪の毛はあの4人組?」
 私は、頷く。
「眼鏡をかけたサヤって子がこれでもかと髪を解かしてディナって言うハーフエルフの子が自作の小物で飾ってくれて・・・」
「へえ」
 カゲロウは、感心したように言う。
「いい友達持ったな」
 そう言って私の頭を撫でる。
 私は、ぼんっと頭が破裂し、心臓が高鳴るのを感じた。
 マダムに撫でられたのとはまるで違う優しい温もり。
 ・・・気持ちいい。
「あ・・その・・」
 私は、目が回る思いをしながら何とか言葉を絞る。
「カゲロウも・・・格好いいです」
 カゲロウもいつもの黒いタンクトップとズボンではなく上品な黒のスラックスに淡い水色のストライプの入った襟付きのシャツ、そしてスラックスど同色のブレザーという普段からは想像も出来ないお洒落な出立ちだ。
 カゲロウは、照れ臭そうに鳥の巣のような頭を掻く。
「まあ、女の子と一緒に歩くなら恥ずかしくないようにしといてやらないとな」
 私は、目を丸くする。
 自分の為でなく私の為に着てきてくれたの?
 しかし、そんなことを聞けるわけもなく、私はまた俯いてしまう。
 そんな私の様子を見てカゲロウは、口元を釣り上げる。
「そんじゃあ行くか」
「はいっ」
 そう言って私達は街を歩いた。
 もう夕暮れだと言うのに街には大勢の人々が歩いていた。人間、獣人、エルフと多種多様な種族が歩き、買い物をし、雑談をしている。
 街道の至る所に設置された電灯が徐々に灯を灯し出している。近年、ガスに代わって取り扱われ始めた電気という物で灯る光は夜でも昼のように明るく照らしてくれて足元は愚か道の先の先まで見通すことが出来る。
 月明かりとランタンの灯りだけを頼りの戦場とは大違いだ。
「戦場もこんだけ明るければ良かったな」
 カゲロウがぼそりっと口にする。
 私は、驚いて目を見開いてカゲロウを見上げる。
 カゲロウは、にっと口元を釣り上げる。
「やっぱ考えてたか」
「・・・なんで分かったんですか?」
「んーっなんとなく」
 そう言ってカゲロウは、無精髭に覆われた顎を摩る。
「それよりも何か見たいものとか食べたいものはないのか?」
 私は、なんで分かったのかもっと聞きたかったが彼はそれ以上触れずに話題を変えてきた。
「見たいもの食べたいものですか?」
 私は、眉根を寄せる。
「仕事帰りに気になった店とかないのか?」
「特には・・仕事中終わったら真っ直ぐ帰ってもらったご飯を食べてお風呂に入って寝るだけですので・・」
「若い娘が健康的すぎるだろ」
 カゲロウは、そう言って苦笑する。
 普通は違うのか・・・。
 同じ年のあの4人組もどこかに寄ったりしてるのだろうか?
「そんじゃ俺の寄りたい店に行ってもいいか?」
 カゲロウの言葉に私は頷く。
 カゲロウは、そのまま商店街の方へと足を向ける。
 商店街には食品、雑貨、衣類、武具、そして何に使うのか分からないような怪しいものまで多種多様な店が小さな箱に押し詰められるように並んでいた。店構えも厳つい店から可愛らしい店、商品を前面に押し出した店と様々だ。
そして店の前には人数に差はあれど必ず人が寄っていき、店主達と雑談を交わし、品物を眺め、欲しい物を見繕って購入していった。
 普段、商店街なんて通らないのであまりの活気に圧倒されつつも人の動きや店が面白くて私は首と目を忙しく動かした。
「興味あるところあったら寄るから言えよ」
 カゲロウが横から声を掛けてくる。
「はいっ」
 私は、返事はするものの自分が欲しい物を買うという姿が想像出来なかった。
 そんなだからマダムや4人組達もヤキモキして世話を焼いてくれるのかも知れない。
 そう思う非常に申し訳ない気がしてくる。
「着いたぞ」
 そう言ってカゲロウは足を止める。
 それは小さな石煉瓦づくりこ建物であった。
 店の中に入れるような入り口はなく、白とピンクの幌の日避けの屋根と小さなカウンターの付いた大きな長方形の窓があるだけだ。
 窓の中を覗くとその中には大きなガラス張りの長いケースが置かれており、そのケースの中には赤、緑、橙、茶、白と言った雪のように表面がザラつきながらも輝いた何かが入った丸い箱が所狭しと収められていた。
 私は、宝石のような綺麗さに目が奪われる。
 窓が唐突に開く。
「らっしゃい!」
 威勢の良い声が飛んでくる。
 窓とガラス張りのケースの奥に浅黒い肌のでっぷりと太った中年の男が人懐っこい笑みを浮かべてこちらを見ている。
「ようっ」
 カゲロウは、右手を小さく上げて男に声を掛ける。
「なんでえカゲロウじゃねえか」
 男は、そう言ってさらに笑みを深める。
 どうやら顔見知りらしい。
 男は、ちらりと私の方を見て驚いたように目を剥く。
「おいおいっどうしたんだよ⁉︎女の子連れて歩くなんて今日は雨の変わりに雪でも降るのか?」
「変な勘繰りするな。うちの従業員だよ」
「従業員⁉︎お前が人を雇ったのか?」
 男は、さらに目を剥く。
 カゲロウが人を雇うってそんなに珍しいことなの?
 男は、視線を上下左右に動かして私を見る。
「確かに凄え器量良しだ。今度嫁に来る帝国の姫君にも負けてねえ」
 彼は、品定めでもするようにでっぷりとした顎を摩りながら私を見る。
 私は、思わず足を一歩引いてしまう。
「やらしい目でうちの従業員を見るな!」
 カゲロウが顎に皺を寄せて男に言う。
「おおっ申し訳ねえ」
 男は、頭を掻きながら謝罪してくる。
 どうやら悪い男ではないようだ。
「お詫びとお近づきの印にアイスを一つ奢るよ。何がいい?」
 男の言葉に私は、首を傾げる。
「アイス?」
 氷がなに?
 私の反応に男も首を傾げる。
 カゲロウが察したように私を見てから男の方を向き、ガラスケースの中を指差す。
「これとこれを。俺の分は金払う」
 そう言って銀貨を3枚、カウンターの上に置く。
「はいよっ」
 男は、景気良く答えるとどこからか金属の棒を取り出す。
 私は、咄嗟に警戒し、背中の大鉈に手を伸ばしかけるとカゲロウがぽんっと肩当てを叩いて「大丈夫」と答える。
 男は、ガラスケースをスライドさせて開けると白色の何かが入った箱に棒の先端を定めて伸ばした。
 棒の先端が水に沈むように白色の中に潜り込む。男は棒を何回か混ぜるように動かし、そのまま持ち上げると白い物も一緒に高く高く、天井に付いてしまうのではないかと思うほどに伸びていった。
 私は,思わず目と口を丸く開いてしまう。
 男は、私が驚いていることに気づいてにっと笑うと意気揚々と槍でも構えるようにポーズを決めて手首を回して白い物を巻物のように棒に巻きつけていく。そして赤茶色の尖ったもの平な部分にペタッと乗せてそのまま棒を引き抜いた。
「バニラ一丁」
 そう言って銀色の穴の空いた入れ物に尖った部分を刺して置く。
 濃厚な甘い香りと汚れのない白が目を焼く。
 続いて男は赤、と言うか桃色に近い物にも棒を差し込み同じように天高く伸ばし、回転させて尖った物に乗せる。
「ストロベリー一丁」
 そう言ってバニラと呼んた白い物の隣に刺し置く。
 甘酸っぱい香りと艶やかな赤桃色が輝きを放つ。
 私は、赤茶色の尖った入れ物に載った白と赤桃色の物を見てようやくこの2つが食べ物であると認識した。
「バニラとストロベリーどっちがいい?」
 磨かれた宝石でも見るように凝視していた私にカゲロウが声を掛ける。
 私は、彼の発した呪文のような単語に眉を顰める。
「バニ?ストロ?」
 私が戸惑いながら彼の発した言葉を口にする。
 彼は、顎に皺を寄せるも口元を綻ばせてもう一度口を開く。
「バニラは甘い牛乳、ストロベリーは苺のことだ。どっちがいい?」
 カゲロウの丁寧な説明で私の頭にようやくイメージが浮かぶ。といっても牛乳も飲み慣れてなければ苺も森や平原になっていた反芻してしまうくらい酸っぱい物を非常食として口に入れただけだ。
 正直、どちらも抵抗があるがカゲロウが髪の毛に隠れた目で私を見ていることが分かり、悩んだ末、色が綺麗なストロベリーを選ぶ。
 男は、私達のやりとりを不思議そうに見ている。
 カゲロウからストロベリーを受け取る。
 心地よい冷気が肌を擽る。
 私は、意を決してストロベリーを齧った。
 その瞬間、ヒヤッとした感覚が口の中に広がり、舌の上を滑らかな食感と震えるような甘みが広がった。
 生まれて初めての食感、あまりの美味しさに涙が出そうになる。
 私は、カゲロウと男の前だと言うのに無我夢中でストロベリーを食べた。
 カゲロウは、そんな私を嬉しそうに笑みを浮かべて見ながら自分もバニラを口にした。
「そういやカゲロウ」
 男・・アイス屋の店主がカゲロウを見る。
「お前んとこの店は1ヶ月後のお披露目会で出店はしないのかい?」
 1ヶ月後のお披露目会?
 どこかで聞いたような・・?
 カゲロウは、バニラを食べながら首を横に振る。
「うんにゃ。うちはどうせ公園で店やるからそんなもんに出る必要はない。お前んとこは出るのか?」
「ああっ。王都中にうちのアイスの美味しさを広めるチャンスだからな。今から母ちゃんと大はりきりよ!」
 そう言って大声で笑う。
 私は、2人の会話の意味が分からず顔を顰める。
 それに気づいた店主が私に一枚の紙を見せる。
 見せるも・・・。
 私は、思わずカゲロウを見る。
 カゲロウは、何かを察したが表情には出さずに一緒に紙を覗き込む。
「王国の第二王子と帝国のお姫様のお披露目会が一ヶ月後に開かれるんだよ。その大イベントに出店しませんかってことが書いてあるんだ」
 なるほど。
 だから紙の真ん中に綺麗な顔の男の人と女の人の写真が載っているのか。
 今度、マダムに字を教わろうかな・・。
「お披露目会って結婚式ではないの?」
「どちらかの国で結婚式なんて上げたら角が立って再び戦争ってなるかも知らないだろう?式は2つの国と関係ないところの教会ででも上げて、両方の民達に次代を担う君主達のお披露目をするんだよ」
「じゃあ帝国でもやるの?」
「そうなるだろうな。いつかは知らないけど」
 カゲロウは、興味なさそうにバニラを食べる。
 私は、じっとチラシを、男の方を見る。
 カゲロウの話しならこのチラシに載っている男がリヒト王子なのだろう。ずっと前線に出て戦ってきたのに私は自分が仕えていた王族の1人の顔すら知らなかった。
 別に彼の為に戦ってた訳ではない。
 しかし、その事実に気づいて私は少なからずショックを受けた。
 店主は、私が食い入るようにチラシを見てるのに気がついてニヤッと笑う。
「リヒト王子に惚れたかい?いい男だもんな」
 えっ?
 私は、思わず顔を上げる。
 いい男?
 私は、もう一度リヒト王子の顔を見る。
 これがいい男というものなのか?
 確かに綺麗な顔だとは思うけど・・。
「隣の姫さんも綺麗だけど嬢ちゃんなら釣り合いそうだよな」
 私は、顔を上げて店主を見る。
「私は、こんなに綺麗じゃありません」
 私は、頬を膨らませて言う。
 そう見えたとしてもそれはマダムの化粧のおかげであって私ではない。
 しかし、店主は私の言葉に驚いたように目を大きく開ける。
「嬢ちゃん・・」
 店主は、首を何度も振って額に手を当てる。
「そう言うことはあんま言わない方がいい。友達無くすぜ」
 そしてカゲロウの方を見る。
「お前も気にかけてやれよ。無自覚過ぎるぜ」
 カゲロウは、困ったように苦笑する。
 何故だか私が悪いことになってる。
 私は、ムッとして2人から顔を反らしてストロベリーを食べる。アイスというだけであって少しずつ溶けてきている。私は急いで食べないとと思っていると隣に雑貨屋であることに気がついた。
 装飾品の雑貨屋のようで意匠を凝らした銀細工が並んでいる。
 装飾品になんて興味はない。
 硬くもなければ身体を守ってくれるどころかジャラジャラと身体に張り付いて邪魔になりそう。
 しかし、私はその装飾品から目を反らすことが出来なかった。
 正確には数ある装飾品の中に並ぶ1つに。
 私の足は自然と雑貨屋に向く。
 私の目を引いた物、それはたくさんの指輪が並ぶ棚にひっそりとあった。
 銀で造られた6つの花弁、真ん中に赤い宝石が主張することなく鎮座した小さな指輪。
 意匠を凝らし、丁寧に細工された装飾品なんてたくさんあるのに何故か私はその指輪から目を反らすことが出来なかった。
 それどころか無意識のうちに私の手がその指輪に伸びていく。
 私は、取り憑かれたように指輪から目を離すことが出来ない。
 私の指先が指輪に触れる。
「気に入ったのか」
 後ろから掛けられた声に私の夢遊から覚めたように戻る。
 カゲロウが私の横に立って髪で隠れた目で花の指輪を見る。
「綺麗な指輪じゃないか。高い物じゃなさそうだし欲しいなら買ったらどうだ」
 そう言って彼は私の方を見て小さく笑う。
 ストロベリーで冷たくなったはずの身体が熱くなる。
「い・・・」
 私は、声を絞り出す。
「入りません!」
 そう言って私は雑貨屋から離れる。
 カゲロウは、そんな私を見て鳥の巣のような頭を掻く。
 私達は、アイスを食べ終えると店主に別れを告げる。
「最近、騎士崩れが出没するから気をつけろよ」
「ああっ分かってるよ」
 そう言ってカゲロウは、右手を上げる。
「後、お前らは大丈夫だと思うけど獣人への暴行時事件も起きてるからな。用心しろよ」
「獣人への暴行事件?」
 私は、眉を顰める。
「暴行っていっても乱暴される訳じゃないみたいなんだけどな」
 店主は、顎を摩り、視線を上に上げる。
「俺もよくは知らないが何でも獣人が夜の街を歩いてると黒い獣が襲いかかってくるらしい」
「黒い獣?」
 カゲロウは、顎に皺を寄せる。
「といっても噛まれた跡も引っ掻かれた後もない。気がついたら道の真ん中で寝てるのを発見されたらしい」
「何ですか?それ?」
 意味が分からない。
 悪い夢でも見たのではないかと思う。
「確かに意味は分からないけど実際に何人も獣人が襲われてるそうだぜ」
 私の脳裏に犬の獣人のマナ、そして猫の獣人のチャコの姿が浮かぶ。
 あの2人はこの事件の事を知ってるだろうか?
 私は、不安になりカゲロウの方を向くと顔を顰め、無精髭を摩っていた。
 そして私達は店を後にする。
 日も沈みかけ、もう直ぐ夕暮れから夜に変わる。
 もう帰る時間かな?そう思ったがカゲロウからもう一軒、付き合って欲しいところがあると言われた。断る理由もないので私はカゲロウと一緒に歩いていった。

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